夢の欠片
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俺には一つの夢がある。
スカイツリーよりも高い建物を造ることだ。
この夢はまだ誰にも明かしたことがない。家族にも、友人にも、そして恋人にも。
馬鹿にされるだとか、軽蔑されるだとか、そういうことを危惧しているのではない。俺の壮大な野望に恐れおののいて、己の矮小さに直面させてしまうのが申し訳ないのだ。
だからこの夢は、実現させるまで心の中に留めておくことにする。
そんなことが本当に可能なのかと思う人もいるだろう。無理もない。だが俺は不可能なことをむやみやたらに吹聴する頭のおかしな奴らとは違う。
何せもう目途は立っているのだ。
あとはプランに従って動くだけ。俺の作った計画は完璧だ。さっそく明日から材料を集め、必要な機材も用意する。上手くいけばすぐに完成するはずだ。
この夢を実現させるため、俺は全てのものを犠牲にした。
朝から晩までひたすら働き、ようやく資金を集めた。その間はあらゆる欲望を捨て、まるで禅僧のような生活を送った。
すべては夢を叶えるために…
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最近彼の様子が変だ。かつてのように頻繁に会ってくれなくなったし、たまに会っても上の空で私の話など聞いていないみたいだ。
一度どうしたのか尋ねてみたことがあったが、彼は不敵な笑みを浮かべてそっぽを向いた。その眼は私を蔑んでいた。彼のあんな眼は見たことがない。
その瞬間、彼はもう私の知っている男性ではないと悟った。
私はその日、泣きながら帰った。泣いて泣いて、もう涙が枯れてカラカラになってしまうまで泣きはらした。
ふと気づくと、知らない場所に立っていた。ここはどこだろうと首を上げると、ひときわ高い塔が私を見下ろしていた。
スカイツリーだ。
そういえば彼の部屋に行った時、壁一面にスカイツリーの写真が貼ってあったことを思い出した。上空から撮ったもの、どこかのビルの屋上から撮ったもの、まだ建設途中のもの。それらは幻想的で、写真からでも背高いことが分かった。
実際に目の前にすると、それ以上に巨大だ。こんなに大きなものを人間が造ったなんて信じられない。もう人類に成し得ないことなんて一つもないんじゃないだろうか。
しばらくの間彼のことは忘れて、私はその巨塔に想いを馳せた。
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ついに俺は夢を叶えた。
長い道のりだったが、今振り返ればあっという間だった気もする。
今まで俺のことを馬鹿にしてきた奴らを見返してやる。到底届かぬ目標だったスカイツリーを、俺は超えた。人類の英知を凌駕した。
俺は壁に貼ってある無数の写真をズタズタに引き裂いて、宙に放った。舞い上がる紙片は光に反射して、まるで粉雪の結晶のようにキラキラと光った。
綺麗だ。今まで目にしたものの中で一番。
俺はそのまま降り積もった夢の欠片の上に倒れこむ。天井はいつもと変わらず煤けた茶色。それが次第に色を失う。
ゆっくりと目を閉じる。
もう二度とここに戻ってくることはできないと、俺は確信した。
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自分の目に映っているものが信じられなかった。
これは何かの間違いじゃないか。自分のほっぺたを思いっきりつねってみたが、その痛みは、これが夢でないことを物語っていた。
高い。スカイツリーよりもずっと。
不思議なことに私は、それが彼の手によるものだと明確に認識できた。
私は泣いていた。こんなにもとめどなく涙が溢れてくるのはあの時以来かもしれない。だけど決定的に違う点がある。
これは悲しみの涙じゃない。
彼に会いたい。会って謝りたい。彼を抱きしめてあげたい。
私は持っていたバッグをぎゅっと握り直し、彼のもとへと走り出した。




