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探偵編2

探偵編第二話です。

今回は騎士団長の息子、カイルが登場します。

そして、王太子のジュリアンも再登場です。

「お姉様、そんなに鼻息を荒くしてどこへ行くんですか?」


「リリア、決まってるじゃない。騎士団の演習場の裏山にあるっていう『幻の白イチゴ』よ! それと、演習場で大切に育てられている名馬から分けてもらう新鮮なミルク……この二つが揃えば、前世で夢見た『究極のショートケーキ』が作れるわ!」


私は馬車の中で拳を握りしめた。


王宮のフルコースで胃袋を満足させた私だったが、甘いものは別腹だ。幸い、今日はセオドア兄様が騎士団の合同演習に参加する日。


実は昨夜、兄様から「演習場で管理していた軍馬が数頭消えて、騎士団長の息子が責任を問われそうで青い顔をしている」という話を聞き、ちゃっかり「探し出してあげる代わりに、一番いい馬のミルクと白イチゴの場所を教えてもらう」という約束を取り付けていたのだ。


演習場に到着すると、そこには銀色に輝く鎧を纏った騎士たちが立ち並んでいた。その隅で、一人泥だらけになって地面を這いずり回っている少年がいた。


「……ない。一晩で五頭も忽然と消えるなんて、ありえない……」


彼こそが騎士団長の息子、カイル(15歳)。


次期騎士団長と目されながらも、あまりに真面目すぎて融通が利かない性格が災いし、今回の「軍馬消失事件」の責任を一人で背負わされている見習い騎士だ。


「ねえ、そこのお兄さん。セオドア兄様から聞いてるわよ。馬が消えて困ってるんでしょ?」


私が声をかけると、カイルは顔を上げ、鋭い……けれど、どこか悲痛な眼差しで私を射抜いた。


「……今日来たというセオドア様の妹か? ここは遊び場ではない、早く帰りなさい。私の不手際で、軍馬が脱走してしまったんだ。万が一、暴れ馬にでも遭遇したら危ない」


「脱走? 嘘おっしゃい。この地面、馬が暴れた跡も、柵を飛び越えた跡も一切ないじゃない」


私はスラムで「逃げる足跡」を嫌というほど見てきた。


カイルがハッとして私を見つめる。


「君……今、何と言った?」


「魔法を使うまでもないわ。ここ、不自然に踏み固められた跡がある。まるで、馬が自分の意志ではなく、何らかの力で『誘導』されて整列したみたいにね。……お兄さん、私を信じるなら、その馬たちを取り戻してあげるわよ」


私はリリアに目配せし、懐から預かっていた馬の毛を取り出した。


「【血盟探知ブラッド・サーチ】の応用、個体追跡アニマル・トレース!」


青い炎が、現実の森の奥へと向かって一筋の「道筋」を描き出す。


「リリア、追跡開始よ! カイルさんはリリアと一緒にこの道を辿って。私は一度戻って、セオドア兄様にこのことを知らせてくるわ!」


「はい、お姉様! 任せてください!」


「ま、待て! 知らせるだと? 騎士団を動かすというのか!?」


「当たり前でしょ、相手は馬を操るような手練れなんだから! 兄様が動けば、騎士たちも動くわ。……リリア、状況をよく見ておいてね!」


私はカイルにリリアを託し、全力でセオドア兄様が訓練している演習場の中枢へと走った。



一方、リリアはカイルと共に森の奥へと足を踏み入れていた。


アイラの描いた「道筋」は、深い藪の中へと続いている。


「……リリア殿、本当にこちらで合っているのか?」


「静かに……お兄さん。この子たちに聞いてみます」


リリアは道端に咲く小さな野花にそっと触れた。


「【物体の記憶オブジェクト・メモリー】……『声』と『音』を聴かせて」


植物には映像こそ記録されないが、周囲で響いた音は鮮明に刻まれている。


花に触れたリリアの脳内に、数時間前の状況が流れ込んできた。


『よし、この笛なら馬も大人しい。国境まであと三時間だ』

『騎士団長の息子め、今頃震えているだろうな』

「……聞こえます。犯人は二人組。いえ、もっと多いかも。魔獣を操る特別な笛を持って、北の国境へ向かっています!」


「なんだと……!? 君たちの魔法は、音まで拾えるのか」


カイルは驚愕しながらも、リリアの指し示す方向へ迷いなく突き進んだ。



森の開けた場所で、黒装束の工作員たちが馬を牽いているのを発見した時。


カイルは反射的に剣を抜いて飛び出そうとしたが――隣にいる幼いリリアの姿に気づき、ギリッと奥歯を噛み締めて踏み止まり、草むらに身を潜めて様子を見た。


しかし、工作員たちはすぐに馬を牽いて移動を再開しようとしている。ここで逃がせば国境を越えられてしまう。


「……リリア殿、あの大岩の陰に隠れていてくれ。何があっても、決して出てきてはダメだ」


「カイルさん……?」


「私が奴らを引きつける」


リリアが安全な物陰に移動したのを確認し、カイルは深呼吸をして、あえて足音を立てて草むらから飛び出した。


「そこまでだ! その馬を置いて投降しろ!」


カイルは勇んで剣を構えたが、相手は実戦慣れした工作員たちだった。


突然の襲撃にも慌てることなく、即座に数人が迎撃態勢をとる。一瞬の打ち合いの末、数に押されたカイルの剣が弾き飛ばされ、無情にも地面に転がった。


「騎士のガキが一人で来るわけがない。おい、奴が出てきた茂みを探れ! 仲間が隠れているはずだ!」


工作員のリーダーが鋭く指示を飛ばす。


数人の男たちが、リリアが身を潜めている大岩の方向へと警戒しながら近づいていく。


「やめろ! 伏兵などいない、私一人だ!」


「くっ……! 私は、また守れないのか……!」


カイルが必死に叫ぶが、工作員の刃が彼に振り下ろされようとし、同時に別の工作員がリリアの隠れ場所へと手を伸ばしかけた。


――その瞬間。


「そこまでだ、賊ども」


凄まじい風圧と共に、銀色の旋風が工作員を吹き飛ばした。


セオドア兄様だ。背後には、アイラに急かされて駆けつけた完全武装の騎士団が、森を埋め尽くさんばかりに展開している。


「セオドア様……! アイラ殿、本当に連れてきてくれたのか……」


「カイル、よく一人でここまで食い止めた。お前の執念が時間を稼いだんだ。……だが、ここからは本物の『騎士の戦法』を教えてやろう。騎士とは、個ではなく組織で戦うものだ」


セオドア兄様の洗練された指揮により、工作員たちは抵抗の隙もなく包囲・制圧された。


圧倒的な実力差を目の当たりにしたカイルは、己の未熟さを痛感すると同時に、目指すべき真の「騎士の姿」をその目に焼き付けていた。



演習場に戻ると、そこには厳格なことで知られる騎士団長――カイルの父親が待っていた。


救出された馬たちと、泥だらけの息子を見て、彼は一歩前に出た。


「……カイル。セオドア様から報告は聞いている。よく感情に振り回されず行動したな。リリア嬢が無事なのは、お前が冷静に状況を見定めた結果だ。それに、国境を越えさせないための囮役も見事であった。よくやった」


「父上……っ!」


初めてかけられた称賛の言葉に、カイルは瞳を潤ませる。しかし、騎士団長は少しだけ口元を緩め、厳しくも温かい声を続けた。


「だが、剣術の鍛錬はまだまだのようだな。今後は私も直々にお前の鍛錬をつける。今まで以上に厳しくなると思え」


「はっ! 望むところです!」


カイルは涙を堪え、震える手で人生最高の敬礼を返した。


その隣で、私はちゃっかりと料理長にお願いをしていた。


「というわけで団長さん、約束の白イチゴと新鮮なミルク、頂いていきますね!」


「ははは、ああ、もちろんだ。アイラ嬢、君とリリア嬢の洞察力には、騎士団を代表して感謝する」


カイルは、自分と共に危険を冒してくれたリリアと、白イチゴを大事そうに抱えるアイラを見て、深く、深く頭を下げた。


「リリア殿、アイラ殿。……私は、あなたたちのような方を守れる強さを身につけてみせます。いつか必ず」


その真面目すぎる瞳に、感謝以上の熱い光が宿っていることに気づかないアイラは、「ケーキ楽しみ!」と鼻歌まじりに馬車へと乗り込むのだった。


消えた軍馬の救出劇から数日後。


今日はセオドア兄様が非番ということで、私とリリアは、兄様とマリー姉ちゃんを護衛に伴って王都の街へと繰り出していた。


目的はただ一つ、王都の喫茶店巡り(という名のスイーツ爆食いツアー)である。


「お姉様、あそこのお店の焼き菓子、とってもいい匂いがします!」


「リリア、あれはスパイスケーキね。マリー姉ちゃん、お土産に3ダースほど確保しておいて」


「かしこまりました、アイラお嬢様」


完璧超人メイドへと進化したマリー姉ちゃんが、涼しい顔で大量のお菓子を買い付けていく。


その後ろで、両手に荷物を抱えたセオドア兄様が「アイラ、リリア! 人混みで逸れないよう、俺の服の裾をしっかり掴んでおくんだぞ!」と親鳥のように目を光らせていた。


「あれ……? リリア殿、アイラ殿?」


賑わう大通りの交差点で、不意に声が掛かった。


振り返ると、そこには私服姿の真面目そうな少年――騎士団長の息子であり、先日共に軍馬を取り戻した見習い騎士のカイルが立っていた。


「あ、馬の時の泥だらけお兄さん」


「アイラ殿、その覚え方はやめていただきたい……。今日はセオドア様もご一緒ですか」


カイルは姿勢を正し、荷物持ちをしているセオドア兄様に深く一礼した。


「ああ、カイルか。非番の日に奇遇だな」


「はい。実は、先日の軍馬の件でのお礼をどうすべきか、ずっと考えておりまして……。リリア殿やアイラ殿が甘いものがお好きだと伺ったので、最近、貴族令嬢たちの間で大人気だというスイーツ店を予約していたのです」


「えっ、ほんとに!?」


私は食い気味に身を乗り出した。


カイルは少し照れくさそうに頬を掻きながら、頷いた。


「はい。王都一等地に最近できた『サロン・ド・ルミエール』という高級サロンです。何でも、隣国から輸入した珍しい果物を使った『幻のパルフェ』が絶品だとか。……もしよろしければ、このままご案内させていただけませんか?」


「行く!! 絶対に行く!!」


私の即答に、カイルはほっとしたように微笑み、セオドア兄様は「カイルめ、抜け駆けしおって……」と小声で悔しそうに呟いていた。



『サロン・ド・ルミエール』は、白と金を基調とした内装に、華やかなシャンデリアが輝く、いかにも貴族令嬢が好みそうなお店だった。


私たちはカイルの案内で広々とした個室に通され、お目当ての『幻のパルフェ』を堪能していた。


「ん〜っ! この桃みたいな果物、すっごく甘くてとろける〜!」


「本当ですね、お姉様! クリームもフワフワです!」


至福の時間を過ごしていると、ふいに、廊下の方から『ガシャンッ!』という陶器の割れる音と、女性の悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあああっ! 誰か、泥棒よ!!」


悲鳴を聞いた瞬間、カイルとセオドア兄様が反射的に席を立ち、扉を開けて廊下へ飛び出した。私とリリア、マリー姉ちゃんも後に続く。


廊下の先にある別の個室で、派手なドレスを着た伯爵令嬢が、顔を真っ青にしてへたり込んでいた。彼女の足元には、割れたティーカップと零れた紅茶が散乱している。


「どうしました!? 私は公爵家騎士団のセオドアだ」


「セオドア様……! わ、私、この個室でお茶を飲んでいたのですが……急に猛烈な眠気に襲われて、少しだけうとうとしてしまったのです。そして目が覚めたら……首につけていた『青星の魔石』のペンダントが、消え失せていたんです!」


「なんだと……?」


伯爵令嬢の訴えに、周囲がざわめく。


『青星の魔石』といえば、単なる宝石ではなく、強力な魔力を秘めた軍事転用すら可能な代物だ。


個室の窓は内側から鍵が掛かっており、出入り口は廊下に面したこの扉一つだけ。


カイルが素早く状況を確認し、顔をしかめた。


「密室での盗難……。しかし、ほんの数分の居眠りの間に、首飾りを外して持ち去るなど……」


「密室でも魔法でもないわね」


私は、零れた紅茶の匂いを嗅いでいたマリー姉ちゃんと視線を交わした。


マリー姉ちゃんは静かに頷き、耳打ちをしてくる。


「アイラお嬢様。この紅茶の香り……高級な茶葉に紛らせていますが、微量の『睡魔草』が混ざっています。スラムで人攫いがよく使う、遅効性の睡眠薬ですわ」


「やっぱり。ねえカイルさん、このお嬢様にお茶を出した給仕は誰?」


「給仕? 確か、背の高い黒髪の男でしたが……」


カイルが答えると同時に、店の奥から、従業員専用の裏口へ向かって早足で立ち去ろうとする黒髪の給仕の姿が見えた。


「――リリア!」


「はい、お姉様! 【物体の記憶オブジェクト・メモリー】……再生します!」


リリアが割れたティーカップの破片に触れる。


そこに記録されていたのは、うとうとと眠りについた伯爵令嬢の首元から、先ほどの『黒髪の給仕』が手慣れた手つきでペンダントを外し、自らの靴底の隠しスペースへと滑り込ませる映像だった。


「ビンゴ! カイルさん、あの給仕の靴底よ!」


「逃がすかッ!」


私の声に反応し、カイルが地を蹴った。


見習いとはいえ、騎士団長の息子。カイルの踏み込みは一瞬で給仕との距離を詰め、その腕を背後にねじ上げて床に押さえつけた。


「ぐはっ……! 離せ、私は何も……!」


「黙れ! 靴底を改めさせてもらうぞ!」


セオドア兄様が給仕の靴を剥ぎ取ると、踵の隠しスペースから、眩い光を放つ『青星の魔石』が転がり出た。


完全な現行犯。言い逃れの余地はない。


「ご立派です、カイル様。鮮やかな捕縛術でした」


マリー姉ちゃんが拍手を送ると、カイルは少し照れたように「リリア殿とアイラ殿の推理のおかげです」と首を振った。


しかし。


給仕を取り押さえていたカイルの表情が、不意に険しいものへと変わった。


抵抗して暴れた給仕の袖が捲れ上がり、その腕に刻まれた『黒い刺青』が露わになったのだ。


「……セオドア様。この刺青の紋様……先日の、軍馬を盗んだ隣国の工作員たちの腕にあったものと、完全に一致します」


「なんだと……!?」


セオドア兄様が顔色を変え、給仕の胸倉を掴み上げた。


「貴様、ただの泥棒ではないな。隣国の工作員か! なぜ、こんなスイーツ店に潜伏し、貴族の令嬢から魔石を盗んだ!」


給仕はチッと舌打ちをし、憎々しげに私たちを睨みつけた。


「……ただのスイーツ店ではない。ここは、王都の貴族たちが集まり、情報を落とす絶好の『狩り場』だ。そして、今回のような強力な魔石を集めれば、王都の防衛結界に干渉することすら可能になる」


「結界への干渉だと!?」


「くくっ……先日の軍馬の一件は、我らの真の目的に比べれば、ほんの陽動に過ぎんよ。お前たちがこうして優雅にスイーツを食べている間にも、我らが祖国の刃は、この王都の喉元まで迫っているのだからな……!」


給仕の不気味な宣告に、その場にいた全員の背筋に冷たいものが走った。


「隣国の陰謀は、終わっていなかった……むしろ、王都の内部深くにまで根を張っているということか」


セオドア兄様がギリッと奥歯を噛み締める。


平和な休日のスイーツ巡りは、水面下で進行する国家間の巨大な陰謀へと、私たちを再び引きずり込んだのだ。


「カイル、この男を直ちに騎士団の地下牢へ連行する! 尋問し、王都に潜む他の工作員の全容を吐かせるぞ!」


「はっ!」


緊張感が高まる中。


私は、まだ半分以上残っている『幻のパルフェ』を見つめ、そっと手を挙げた。


「あのー。お兄様たちがお仕事モードなのは分かるんだけど……このパルフェ、溶けちゃう前に食べ切ってもいい? なんなら、事件解決のお祝いにもう一個おかわりしたいんだけど」


「ア、アイラ……お前という奴は、国家の危機よりパルフェが大事なのか……」


呆れ果てるセオドア兄様をよそに、私はスプーンを握り直した。


だって、隣国が何を企んでいようと、美味しいものを食べる時間は邪魔させない。


もし王都の美味しいスイーツ店が工作員に脅かされているというのなら――私の探偵スキルと食欲で、残らず炙り出して叩き潰すだけだ。


「よしリリア、マリー姉ちゃん! パルフェのおかわりが終わったら、王都のスイーツ店に潜むスパイ狩り(という名の食べ歩き)に出発よ!」


「はい、お姉様!」


「畏まりました。毒見はわたくしにお任せを」


頼もしい二人の返事を聞きながら、私は追加のパルフェを頬張りつつ、内心で少しばかり『不穏な考え』を巡らせていた。


(……さっきの男を見ていて思ったけど。私の新スキル『血の記憶ブラッド・メモリー』、落ちている血痕から過去を読むだけじゃなくて、生きた人間の血液を直接触媒にすれば……『相手の精神そのもの』にダイブして、記憶や思考を全部覗き見ることができるんじゃない? そしてリリアの『物体の記憶』も、対象者が肌身離さず身に着けている物を使えば、もっと詳細で生々しい手がかりが引き出せるはず……)

私とリリアが本気で能力を応用すれば、どんなスパイだろうと頭の先からつま先まで秘密を丸裸にできる。


黒と白の魔法使いの探偵コンビは、まだまだ進化の余地(という名の悪用の可能性)を秘めているのだ。


(うん、これは今後の捜査で試してみる価値アリね。きっと頭も魔力もすっごく使うだろうし……そのためにも、今のうちに上質な糖分を限界まで補給しておかないと!)

呆然とするカイルを置き去りにし、白と黒の探偵姉妹は、新たなる「美食と陰謀」の舞台へと高らかに宣言するのだった。


スイーツ店での工作員捕縛から数時間後。


私たちは王宮の奥深くにある、堅牢な防音魔術が施された極秘の作戦会議室に呼び出されていた。


「よく来てくれた。非番のところを呼び出してすまないな、セオドア。そしてアイラ、リリア」


円卓の上座に腰を下ろし、鋭い緑の瞳を光らせているのは、今回の事件の総指揮を任された王太子ジュリアンだ。


そしてその隣には、歴戦の猛者特有の重圧感を放つ厳格な初老の男――王宮騎士団のトップであり、カイルの父親である騎士団長が腕を組んで立っていた。


「騎士団長殿も、お疲れ様です」


「うむ。セオドア様、そしてアイラ嬢、リリア嬢。先日の軍馬の件に続き、またしても我が騎士団が助けられた。感謝の言葉もない」


騎士団長が深く頭を下げる。


その背後の壁際では、見習い騎士であるカイルが、ガチガチに緊張した面持ちで直立不動の姿勢をとっていた。


「カイルさんも会議に出るんですね」


「アイラ殿……。はい、父上からの命令で……」


カイルが小声で答えると、騎士団長が厳格な声で告げた。


「カイル。お前は次代の騎士団を背負う者。見習いとはいえ、国家の存亡に関わるこの特命捜査班に加わり、王都を守る『本物の戦いと意思決定』がどのように行われるか、その目にしっかりと焼き付けておくのだ」


「はっ! 肝に銘じます、父上!」


父親からの期待と重責に、カイルは力強く敬礼した。


しかし、その視線が、私よりも先に隣にいるリリアの方へチラリと向けられ、リリアが「カイルさん、頑張ってください!」と小さくガッツポーズを返すと、カイルの耳がほんのりと赤くなったのを私は見逃さなかった。


(……あらあら。真面目な騎士見習いさんも、可愛い妹の前では分かりやすいこと)

私が内心でニヤニヤしていると、ジュリアンが表情を引き締め、本題に入った。


「さて、本題だ。君たちがスイーツ店で捕縛した工作員だが……王宮の地下牢で尋問を行っているものの、一向に口を割らない。毒薬はマリー殿が事前に回収してくれたおかげで自決は防げたが、完全に訓練されたスパイだ」


「強情なやつね」


「ああ。奴の靴底から見つかった『青星の魔石』は、防衛結界に干渉するためのもの。つまり、王都の内部にスパイの巨大なネットワークが構築され、今まさに我々の喉元に刃が突きつけられている状態だ。……だが、主犯格の居場所も、次の狙いも分からない」


物理的な拷問は王太子の権限でも限界があり、何より時間がかかりすぎる。


会議室に重苦しい空気が漂う中。


私は、たっぷり補給したパルフェの糖分でフル回転している頭を働かせ、小さく手を挙げた。


「殿下。普通の尋問で吐かないなら、私の『新しいアイデア』を試してみませんか?」


「新しいアイデア、だと?」


「はい。私の新スキル【血の記憶ブラッド・メモリー】。こないだは現場に落ちていた血痕から『過去の映像』を見ただけでしたけど……もし、今生きているあの工作員の血液を、本人から直接採取して触媒にしたらどうなると思います?」


私の言葉に、セオドア兄様と騎士団長が訝しげに眉をひそめた。


「どうなるって……お前、まさか」


「ええ。直接繋がった血液を通して、相手の『精神そのもの』にダイブするんです。そうすれば、隠している記憶も、組織の全容も、黒幕の顔も……頭の中から全部丸裸にできるんじゃないかなって」


私の提案を聞いた瞬間。


騎士団長とカイルは「ひっ」と息を呑み、セオドア兄様すらも「あ、悪辣すぎる……」と顔を引き攣らせた。


対象者の精神に直接侵入し、無理やり記憶を暴き出す。それはもはや、古の黒魔法の中でも禁忌に近いえげつない所業だ。倫理観の強い騎士たちからすれば、ドン引きするのも無理はない。


しかし――ただ一人。


腹黒王太子ジュリアンだけは、その緑の瞳を爛々と輝かせ、歓喜に肩を震わせていた。


「くくっ……あはははははっ!! 素晴らしい! なんて悪魔的で、そして完璧な尋問だ!」


ジュリアンは立ち上がり、狂喜の笑い声を上げた。


「相手の口を割らせる必要すらない、記憶の直接強奪! 平時ならば人権を問われるだろうが、王都の危機が迫る今、これほど効率的で確実な手段はない! アイラ、君という令嬢は、本当に私の期待を裏切らないな!」


「どうも。でも、これ絶対に頭と魔力をすっごく使うと思うんです」


私はジュリアンの賞賛をサラリと受け流し、一番重要な『条件』を提示した。


「だから、術を使う前に、美味しいケーキとお紅茶の差し入れは必須でお願いします。王宮のパティシエさんが作った、最高に甘いやつ!」


「ふっ、安いものだ! すぐに厨房に命じて、王宮が誇る至高のスイーツを山のように用意させよう!」


王宮の特命捜査班の作戦会議が、いつの間にか「私の胃袋を満たすための交渉の場」へとすり替わっている。


部屋の隅では、騎士団長とカイルが「アイラ嬢、恐るべし……」「こ、これが王宮の裏のやり取り……!」と別の意味で戦慄していた。


「マリー。お姉様、また悪い顔をしてます……」


「いいのよ、リリアお嬢様。アイラお嬢様が悪い顔をしている時は、美味しいものが食べられる合図だから」


マリー姉ちゃんとリリアがこそこそと囁き合っているが、聞こえないふりをしておく。


「よし、特命捜査班の最初の一手は決まりだ! アイラ、君のその恐るべき力で、隣国のネズミどもの脳内を隅々まで暴き出してくれ!」


「お任せを。糖分さえくれれば、頭の先からつま先までスッカラカンに読み取ってあげますよ」


王太子による全面的なバックアップ(という名のスイーツ提供)を取り付け、私はニシシと笑った。


隣国が何を企んでいようと関係ない。この王都の美味しいスイーツと平和な日常を脅かす奴らは、私とリリアの探偵バディが、悪魔的な魔法で残らず叩き潰すだけだ。


「ん〜っ! さすが王宮のパティシエさん、この濃厚なチョコレートケーキ、最高に美味しい〜!」


厳重な警備が敷かれた王宮の地下牢。


薄暗くカビ臭い空気が漂うその空間に、全くそぐわない優雅なティーセットと、私の幸せそうな声が響き渡っていた。


作戦会議室での交渉通り、ジュリアン殿下が急遽手配してくれた『王宮特製スイーツの詰め合わせ』である。私はマリー姉ちゃんに紅茶を淹れてもらいながら、これから始まる大仕事(悪魔的尋問)に向けて、限界まで糖分を摂取していた。


「アイラ嬢……国家の危機を前に、その豪胆さには恐れ入る」


「はは……セオドア様の妹君は、本当に底が知れませんね……」


鉄格子の外で待機している騎士団長とカイルが、私のマイペースっぷりに引き攣った笑いを浮かべている。


カイルの視線は、私の隣で一緒にマカロンを頬張っているリリアへ向かい、「リリア嬢も、どうかお腹を壊さないように……」と密かに心配しているようだった。


「アイラ。糖分の補給は済んだか?」


ジュリアン殿下が、鉄格子の奥――頑丈な拘束衣を着せられ、壁に縛り付けられている黒髪の工作員を見据えながら尋ねてきた。


「はい、バッチリです。頭の先からつま先まで、魔力とカロリーが満ち満ちてますよ!」


私は最後の一口を飲み込み、口元をナプキンで拭って立ち上がった。


そして、冷や汗を流しながら私を睨みつけている工作員の前へと歩み寄る。


「さてと。お兄さん、痛い拷問とかはしないから安心してね。ただ、ちょっとだけ『頭の中』にお邪魔するだけだから」


「ふん……子供の脅しなど通用せん。我が祖国への忠誠は、どのような尋問にも屈しは……ッ!?」


強気な言葉を吐いていた工作員の声が、驚愕に裏返った。


私が懐から取り出した銀のペーパーナイフで、彼の手の甲に浅い傷をつけ、ツツーッと流れた血を指先で掬い取ったからだ。


「いくよ。新スキル応用――【深淵の記憶アビス・メモリー】!」


私はその血を触媒にして、強烈な魔力を練り上げた。


対象がその場にいない「過去の血痕」から記憶を読むのが通常のブラッド・メモリーだとするなら、目の前にいる生きた人間の「生の血液」を触媒にするこれは、相手の精神そのものに直接接続する黒魔法の深淵。


ボワァァァッ! と、私の指先の血から、青黒い禍々しい炎が燃え上がった。


その炎は私と工作員の体を包み込み、周囲の音と光を完全に遮断した。


炎に包まれても、工作員の肉体には一切の痛みも苦痛も生じなかった。


しかし――私の意識は、青黒い炎を伝って、彼の脳内――精神の世界へと強引にダイブしていく。


本人の同意など必要ない。堅牢な忠誠心も、鍛え上げられた精神力も、黒魔法の圧倒的な強制力の前では薄紙のようなものだ。


(さて、見せてもらうわよ。あなたたちの隠れ家と、次の狙いを!)

私は彼の記憶の海を掻き分け、必要な情報をピンポイントで引っ張り出し、まるで絵本でも読み上げるかのように無造作に口に出していった。


「ふーん……あなたたちの隠れ家、王都の地下水道の奥深くにある『忘れられた古代遺跡』なのね」


「な、なぜそれを……!?」


「そこに大量の『青星の魔石』を運び込んで、巨大な魔力増幅器を構築してる。明日の夜明けに、王都の防衛結界の要石を内側から破壊して……国境にいる本国の軍勢を雪崩れ込ませる。へえ、冷酷そうな指揮官ね」


私の口から次々と紡がれる極秘情報に、工作員の顔から急速に血の気が引いていく。


肉体的な拷問ダメージは一切ない。ただ、己の魂の奥底に隠したはずの祖国への忠誠と最も重要な機密が、何の抵抗も許されずに吸い上げられ、暴露されていく。


それは、どんな物理的な苦痛よりも恐ろしい、己という存在の根幹を無造作に暴かれる絶望的な恐怖だった。


「ひっ……ば、化け物……やめろ、私の頭の中を、覗く、な……!」


「……なるほどね。大体の全容は把握したわ」


十分な情報を得た私は、対象への精神接続ダイブを強制終了させた。


青黒い炎がフッと消え去り、地下牢に元の薄暗い照明が戻る。


「あ、あぁぁ……」


拘束衣の工作員は、魂の底から絶望と恐怖に心を折られ、ガクンと首を垂れて完全に気絶していた。廃人になってはいないだろうが、当分は立ち直れないだろう。


「……終わりましたよ。殿下」


私がクルリと振り返ると、鉄格子の外にいる全員が、息を呑んで硬直していた。


拷問具も使わず、ただ血に触れただけで、強靭な工作員の精神を完全に破壊ブレイクしてみせたのだ。その光景は、正義と誇りを重んじる騎士たちからすれば、あまりにも恐ろしく、そして悪魔的な所業に見えただろう。


(うわぁ……自分でやっておいてなんだけど、これ完全にアウトなやつだ。教会の連中に見つかったら、一発で異端審問にかけられて火炙りコース間違いなしの『真性の黒魔法』じゃない……。絶対に、教会関係者の前では使わないように気をつけよう)

私が内心で冷や汗を流していると、静寂を破ったのは、やはりジュリアン殿下だった。


彼は戦慄よりも歓喜に満ちた瞳で私を見つめ、そして、ふっと表情を引き締めて一歩前に出た。


「……恐るべき力だな。だが、これほど頼もしいものはない。……アイラ、念のために言っておくぞ」


「はい?」


「君のその力――特に、他者の精神に無理やり暴くような魔術は、決して教会関係者の前では使うな。知られれば、異端として魔女裁判にかけられかねんからな」


私の危惧を正確に読み取ったかのように、ジュリアン殿下が鋭く釘を刺してくる。私がコクリと頷くと、彼は王太子としての威厳に満ちた、力強い声で続けた。


「だが、安心しろ。君が私に協力し、その悪魔的な知略と力を貸してくれる限り……王家の権力と私の名にかけて、君の秘密と安全は完全に守り抜く。教会の異端審問官などには、君に指一本触れさせないと約束しよう」


それは、権力闘争の只中を生きる王太子からの、最大級の保護の誓約だった。


セオドア兄様が「我が家の妹に何と恩着せがましい……!」と後ろで歯軋りしているが、王家という最強の後ろパトロンが確約されたのは、純粋にありがたい。


「ふふっ。頼もしいですね、殿下。火炙りにされて美味しいケーキが食べられなくなるのだけは絶対に嫌なので、よろしくお願いしますね」


「ああ、任せておけ」


ジュリアン殿下は満足そうに微笑み、本題へと切り替えた。


「それでアイラ。ネズミどもの巣穴と、次の企みは分かったか?」


「ええ、バッチリです。連中のアジトは、王都の地下水道の奥深くにある古代遺跡。そこに大量の『青星の魔石』を集めて、魔力増幅器を構築しています」


私の報告に、騎士団長とセオドア兄様がハッと顔を見合わせた。


「地下水道の古代遺跡だと!? あそこは迷路のように入り組んでおり、容易には近づけぬ場所だぞ!」


「連中の狙いは、明日の夜明けにその増幅器を暴走させ、王都の防衛結界を内側から破壊することです。結界が消えれば、国境に控えている隣国の軍勢が一気に王都へ雪崩れ込んでくる手はずになっています」


「なんだと……! 明日の夜明けだと!?」


タイムリミットは、あと十時間もない。


ジュリアン殿下の表情から笑みが消え、王太子としての冷徹な顔つきに変わった。


「結界が破られれば王都は火の海になる。……騎士団長! 直ちに王都防衛の騎士団をフル稼働させ、地下水道への出入り口を完全封鎖しろ!」


「はっ!」


「そしてセオドア、カイル! お前たちは精鋭を率いて、その古代遺跡へ突入し、魔力増幅器を破壊しろ! ネズミどもを一人残らず駆除するのだ!」


ジュリアン殿下の的確で迅速な指示が飛ぶ。


いよいよ、隣国の陰謀との最終決戦だ。


「あの、殿下。地下水道は迷路みたいになってるって言ってましたよね? それなら、私たちも行きます」


私が手を挙げると、セオドア兄様が血相を変えた。


「ダメだアイラ! ここから先は本物の戦場になる。お前たちを危険な真似に巻き込むわけには……」


「でも、正確なルートが分からなくて迷っている間に夜明けが来ちゃったら、王都は終わりでしょ?」


私はリリアと顔を見合わせた。


「私が引き出した記憶の道順と、リリアの『物探し』で魔力増幅器の場所を辿れば、迷わず最短ルートで敵の本陣に突っ込めるわ。……それに」


私はニシシと笑い、ジュリアン殿下を指差した。


「王都が火の海になったら、約束の『フルコース食べ放題』もパーになっちゃうでしょ。私の食い扶持を守るためにも、最後まで付き合いますよ」


私の揺るぎない(食への)執念を聞き、ジュリアン殿下は堪えきれないように吹き出した。


「ふっ……あははははっ! そうだな、君の胃袋を満たす約束を反故にするわけにはいかない! セオドア、アイラたちを連れて行け。ただし、彼女たちの護衛には最優先で当たれよ」


「……承知いたしました。俺の命に代えても、妹たちは守り抜きます」


かくして、糖分と黒魔法の力で敵の計画を丸裸にした私たちは、王都の地下深くで進行する巨大な陰謀を阻止するため、騎士団の精鋭と共に暗く冷たい地下水道へと足を踏み入れることになったのだった。


王都の地下深くに広がる、広大な地下水道。


その隠された入り口の前に、異様な緊張感と……そして、異様なまでの『圧』が漂っていた。


「……あのさ、お父様、お兄様。いくらなんでも、人集めすぎじゃない?」


私が引き攣った顔で突っ込むのも無理はない。


地下水道の入り口に集結していたのは、王宮騎士団の精鋭数十名だけではない。公爵家から呼び寄せられた私兵の猛者たち、さらには完全武装した暗部(諜報部隊)までがズラリと並び、総勢百名を超える大部隊がひしめき合っていたのだ。


「何を言うかアイラ。相手は国家を転覆させようとする隣国の精鋭なのだぞ。そして何より、お前たち姉妹をあのような危険な場所へ連れて行くのだ……これでも護衛の数が足りないくらいだ!」


「そうです! 妹たちの安全を確固たるものにするためには、圧倒的な暴力(戦力)による蹂躙こそが最も安全な手段。……全員、ネズミ一匹逃がすなよ!」


レオンハルトお父様とセオドア兄様が、親バカ全開の物騒な号令をかける。


その横では、カイルが「リリア嬢、アイラ嬢! 私が必ずお守りします!」と気合十分に剣の柄を握りしめ、さらに私たちの背後には、仕込みナイフを大量に隠し持ったマリー姉ちゃんが「毒見と後始末はわたくしにお任せを」と涼しい顔で控えていた。


(……これ、相手がちょっと可哀想になってきたな)

私は内心で同情しつつ、リリアと頷き合った。


「さあ、夜明けまで時間はないわよ。リリア、ナビゲーションお願いね!」


「はいっ! 【白魔法ホワイト・サーチ】……魔力増幅器の方向、ロックしました!」


リリアの持つ銀のペンが、迷いなく地下水道の奥を指し示す。


私は、工作員の脳内から引き抜いた記憶のマップを頭の中で展開した。


「よし、出陣! 最初は右! その後、三つ目の角を左に行くと隠し通路があるから、そこをぶち破って進むわよ!」


「「「おおおおおっ!!」」」


私の指示と共に、地鳴りのような足音を立てて、百名超えの重武装部隊が地下迷宮へと突撃を開始した。



――同時刻。


地下水道の奥深く、忘れられた古代遺跡の祭壇にて。


そこには、山のように積まれた『青星の魔石』と、それを動力源とする禍々しい巨大な魔力増幅器が構築されていた。


周囲を警戒しているのは、隣国から選りすぐられた十数名の暗殺部隊。そして中央で陣頭指揮を執っているのは、顔に大きな傷を持つ冷酷な指揮官だった。


「……ふん。どうやら地上の連中が騒がしいな。我々の計画に勘付いたか」


指揮官が、地下に響く微かな振動を感じ取って鼻で笑う。


「だが、気付かれたところで遅い。夜明けまであと二時間……この古代遺跡は、恐るべき罠と複雑怪奇な迷路で守られている。王宮の騎士団が総出で迷い込んだところで、ここに辿り着く頃には、既に王都の結界は吹き飛んでいるだろう」


彼らの作戦は「隠密行動」を前提とした少数精鋭部隊による破壊工作だった。


もし見つかったとしても、この迷宮の構造と罠を利用すれば、少人数で大部隊の足止めなど容易い。指揮官は勝利を確信し、魔力増幅器の最終調整に入ろうとしていた。


しかし。


彼らの計算には、致命的な誤算が一つあった。


相手陣営に、「迷宮の構造を完全に把握しているカンニング野郎アイラ」と、「目的地への最短直線ルートを指し示す人間コンパス(リリア)」がいるという事実である。


『――そこ、落とし穴があるからジャンプして!』

『――その壁、偽物です! 叩き割って直進してください!』

迷宮の奥から、少女たちののんきな声が聞こえてきたかと思うと。


ドゴォォォォォンッ!!!

祭壇の入り口を塞いでいた分厚い石の扉が、外側からの凄まじい物理攻撃(数十人同時の攻城槌タックル)によって、粉々に吹き飛んだ。


「なっ……!?」


指揮官が驚愕に目を見開いた。


土煙を上げて雪崩れ込んできたのは、予想していた「罠で疲弊し、迷いながら少人数で辿り着いた騎士」などではない。


傷一つ負っていない、体力も魔力も満タンの、怒り狂った百名超えの重装甲部隊だった。


「ば、馬鹿な!? なぜこんなに早く!? しかも、この数はなんだ! 隠密工作の制圧に、軍隊規模の戦力を投入してきたというのか!?」


「「「逆賊ども、覚悟ぉぉぉぉっ!!」」」


指揮官の悲鳴のような疑問を、騎士たちの怒号がかき消す。


「カイル、右翼を抑えろ! 逃げ道を塞げ!」


「はっ! リリア嬢たちには、指一本触れさせない!」


カイルが見習いとは思えぬ鋭い剣閃で工作員を弾き飛ばし、セオドア兄様が銀色の旋風となって敵の陣形をあっという間にズタズタに引き裂いていく。


さらに、後方から迫る伏兵の気配は、マリー姉ちゃんが投擲した銀のナイフによって音もなく処理された。


「おのれ……! こうなれば、貴様らを道連れに増幅器を強制起動して……がはっ!?」


指揮官が魔力増幅器のレバーに手を掛けようとした瞬間。


お父様の振るった『天使の剣』から放たれた衝撃波が、指揮官の体を軽々と吹き飛ばし、祭壇の壁に叩きつけた。


「……我が娘たちの散歩(捜査)を邪魔する輩に、構っている時間はない」


氷の公爵の冷徹な一撃。


結果として、戦闘は「戦闘」と呼ぶのもおこがましい、完全な一方的蹂躙で幕を閉じた。


敵の少数精鋭部隊は、こちらの『過剰なまでの多数の精鋭部隊』の前に、罠を活用する暇も、時間稼ぎをする隙も与えられず、ものの数分で全員が床に転がる羽目になったのだ。


「そんな……我らの、完璧な計画が、こんな……あっさりと……」


縄で縛り上げられた指揮官が、絶望の涙を流しながら呟く。


「ま、ドンマイ。こっちは早く帰って朝ごはん食べたいんで、巻きで進行させてもらったのよ」


「悪魔もいなくなったことですし、あとはこれを壊すだけですね」


私とリリアがのんきに歩み寄り、祭壇の中央で禍々しい光を放つ巨大な魔力増幅器を見上げた。


「お父様、これ壊しちゃっていい?」


「ああ。跡形もなく粉砕してしまえ」


私は頷き、お父様から『天使の剣』を少しだけ貸してもらった。


そして、魔力増幅器の核となる巨大な青星の魔石に向かって、思い切り剣を振り下ろす。


パキィィィンッ!!

清々しい破砕音と共に、魔力増幅器は真っ二つに割れ、周囲に集められていた魔力が光の粒子となって霧散していく。


王都を脅かしていた結界破壊の危機は、今度こそ完全に、そして物理的に叩き潰された。


「よしっ! 任務完了! 悪党どもは騎士団に任せて、私たちは帰ろう!」


私がガッツポーズをすると、リリアも「やりましたね、お姉様!」と満面の笑みで飛びついてきた。


お父様とセオドア兄様も、全てが終わった安堵から、ようやく親バカな笑顔を取り戻して私たちを撫で回してくる。


「さあ、ジュリアン殿下との約束通り……王宮の国宝級シェフが作るフルコース、お腹いっぱい食べに行こーっ!」


「はいっ! 熟成肉のステーキと、幻のタルトですね!」


国家の危機など、所詮は私たちの極上のフルコースに添えられた前菜にすぎない。


神話スケールの陰謀をあっさりと物理で粉砕した探偵姉妹は、最高の朝食(王家のフルコース)を求めて、足取り軽く王宮へと凱旋するのだった。


「んん〜っ! この熟成肉のステーキ、口の中でとろける〜! 幻のタルトもサクサクで最高!」


「お姉様、こっちのコンソメスープもすごく深い味がしますよ!」


国家転覆の危機から数時間後。


王宮の貸し切りダイニングルームでは、私とリリアが国宝級シェフの腕によりをかけた『王家のフルコース』を限界まで堪能していた。


テーブルに並ぶのは、最高級の食材を惜しげもなく使い、私の夢のレシピの知識も取り入れて洗練された極上の品々。それを端から端まで平らげていく私たちの恐るべき胃袋に、王宮の給仕たちは目を丸くしている。


「ふっ……本当に、君たちという姉妹は。数時間前まで地下迷宮で隣国の精鋭部隊を蹂躙していたというのに、全くブレないな」


向かいの席で紅茶を傾ける王太子ジュリアンが、呆れと感心が入り混じった笑みを浮かべた。


彼の隣では、セオドア兄様とカイルが「流石はアイラとリリアだ」「ええ、見事な食べっぷりです」と、なぜか誇らしげに頷いている。背後に控えるマリー姉ちゃんに至っては、次のおかわりを給仕に指示する完璧な采配を見せていた。


「だって、このために頑張ったんですから。やっぱり、平和という最高のスパイスがないとご飯は美味しくありませんからね!」


「……違いない。君たちのそのブレない食欲が、結果的に我が国を……いや、世界を救ったのだからな」


ジュリアンが苦笑しながら頷く。


美味しいご飯と、それを一緒に笑って食べてくれる家族。それこそが、私が守りたかったたった一つの宝物だ。



その日の午後。


すっかりお腹を満たしてアルジェント公爵邸に帰還した私たちは、それぞれの部屋で心地よい休息をとっていた。


一方、公爵閣下であるレオンハルトお父様は、執務室で一人、白銀の輝きを放つ両刃の直剣――『天使の剣』を見つめていた。


(凄まじい切れ味だったな。あの巨大な魔力増幅器を、いとも容易く真っ二つにするとは……。だが、これほどの神話の武具を人間が持ち続けるのは危険か)

お父様がそう考えていた、まさにその時。


「ふむ。下界で天使の武具が振るわれた強い波動を感じて様子を見に来てみれば……お前に貸したままだったな、人間よ」


音もなく執務室に現れたのは、見慣れたメイドの姿をした『天使』だった。


「メイド?いや、天使殿か。……ああ、魔力増幅器を破壊するのに使わせてもらった。見事な剣だった」 「うむ。よもや過剰戦力で物理的に迷宮を破壊して回るとは思わなかったが、結果オーライだ。……だが、それは天界の備品だからな。回収させてもらうぞ」


天使が手をかざすと、机の上にあった天使の剣は光の粒子となってフッと虚空に消え去った。


お父様が名残惜しそうに手元を見つめていると、天使は「おっと、そうだった」と思い出したように、再び何もない虚空へ手を突っ込んだ。


「悪魔の企てたあの巨大な陰謀を、人間の身でありながら阻止してみせた功績は称えねばならんな。天使の剣の代わりに、これをやろう」


天使が取り出したのは、古びた意匠の片手剣だった。


しかし、鞘から微かに漏れ出る魔力は、ただならぬ重圧感を放っている。


「それは?」


「五千年前、悪魔との大戦で活躍した『人間の騎士』が使っていた魔法剣だ。天使の剣ほどの神聖な浄化力はないが……まあ、悪魔相手でも何度か斬りつければ倒せる程度の力はある、なかなかの代物だぞ」


悪魔相手でも何度か斬りつければ倒せる。


その言葉を聞いて、お父様の顔が引き攣った。


悪魔といえば、通常の人間の武器や魔法が一切通じない神話のバケモノである。それを「何度か斬れば倒せる」など、国宝どころか世界を揺るがすレベルの超絶アーティファクトではないか。


「そ、そんな恐ろしいものを、我が公爵家が受け取ってもよいのか……?」


「構わん。お前のその過保護っぷりなら、悪用する心配もないだろう。……ではな。あの規格外の探偵姉妹たちにも、よろしく伝えてくれ。これ以上、厄介事を引き寄せて私の仕事を増やさないようにな!」


天使は満足げに頷くと、モブメイドの体からスッと抜け出て、天へと帰っていった。  残されたメイドは、カクンと首を揺らしてパチリと目を覚ます。


「ハッ!? わ、私、また立ったまま寝てました!? も、申し訳ありません旦那様、すぐにモップ掛けに戻りますぅぅっ!」


「あ、ああ……気にしなくていい。ご苦労だったな」


涙目で廊下へと逃げていくメイドを見送りながら、お父様は机の上に残された『神話の魔法剣』を見て、深いため息をついた。


「お父様ー! 開けますよー!」


直後、執務室の扉が勢いよく開かれ、私とリリアが飛び込んできた。


「王宮のシェフに包んでもらった『幻のタルト』のお土産です! 兄様も呼んで、みんなでお茶にしましょう!」


「えへへ、お姉様が絶対にお父様たちと一緒に食べるってきかなくて」


「お前たち……」


満面の笑みでケーキの箱を掲げる双子の娘たちを見て、お父様は魔法剣の恐ろしさも忘れ、一瞬で顔を綻ばせた。


「ああ、今行く。三人で待っていてくれ」


世界を揺るがす神話の陰謀は去り、代わりに残されたのは、最高の美食と強固な家族の絆。


そして、ちょっとやそっとの事件ではびくともしない、最強の探偵姉妹の騒がしくも幸せな日常だ。


「さあ、お茶会の時間よ! リリア、マリー姉ちゃんを呼んできて!」


「はい、お姉様!」


公爵令嬢アイラの飽くなきグルメと探偵の物語は、これからも甘く美味しく続いていくのだ。



楽しんで頂けましたか?

次も別の登場人物を入れる予定です。

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甘い物好きということは、それだけ脳を酷使してるという事? ついでに、力使うとカロリーも消費する···つまりは太りにくい? 羨ましい!! となったら納得する! あの爆食いというか食への飽くなき執念! …
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