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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
探偵編

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王太子からの依頼

書籍化に伴い変更した内容を反映したものにしました。

探偵編プロローグとの間にアルジェント公爵家と王家の美食革命を行っている話があるので、

興味のある方は買って見ていただければと。

王宮での美食革命から数日。公爵邸の応接室には、王宮から届けられた最高級の茶葉の香りが漂っていた。


「……さて、公爵。まずは礼を言わせてもらおう」


上座に座る王太子ジュリアンが、優雅にカップを置いて口を開いた。彼の隣には、心なしか以前よりもふっくらと健康的な顔色になった第二王子のエドワードも座っている。


「先日の晩餐会以来、父上も母上も、食事の時間を何よりの楽しみにされるようになった。あんなに穏やかな二人の顔を見たのは、生まれて初めてかもしれない」


ジュリアンは、いつもの冷徹な仮面を少しだけ緩め、満足げに微笑んだ。


「お役に立てて光栄です、殿下」


レオンハルトが恭しく一礼するが、その横でアイラはジュリアンの次の言葉を待っていた。王太子の目が、不意に鋭く細められる。


「……ところで、だ。一つ確認しておきたいことがある」


部屋の空気が一瞬で張り詰めた。セオドアが、無意識にアイラの前に少しだけ身を乗り出す。


「あの日の面会、私が病床のリリア嬢に会った時……あの時の君は、リリア嬢ではなく、アイラ嬢。君だったのではないか?」


レオンハルトとセオドアの肩が、びくりと跳ねた。


王族を騙したとなれば、公爵家といえども重罪になりかねない。けれど、ジュリアンは追求するような声は出さなかった。


「……安心したまえ。その件については、今回の美食革命の功績に免じて、完全に不問とすることに決めた。父上にもその旨は伝えてある。……あんなに美味しいものを教えてくれた恩人を、この程度で罪に問うほど私は不義理ではないからね」


ジュリアンは悪戯っぽく笑い、懐から一通の親書を取り出した。


それは、王家の紋章が刻印された、国王からの直筆の依頼状だった。


「これは、父上……国王陛下からの正式な依頼だ」


「陛下から……ですか?」


レオンハルトが驚きと共にそれを受け取る。


「ああ。アイラ嬢、そしてリリア嬢。君たちの観察眼と魔法、そしてその類まれなる知恵を見込んで、ある不可解な事件の調査をお願いしたいのだ」


ジュリアンの声に、今度は美食を語る時とは違う、真剣な響きが混じった。


「数日前、王宮の宝物庫から、私の王位継承の証である王家の宝剣が盗まれた。……厳重な警備を潜り抜け、魔法の障壁すら無効化して持ち去られたのだ。このままでは私の立太子礼にも支障が出る」


「王家の宝剣……。そんな重要なものが……」


レオンハルトの顔色が変わる。王家の権威に関わる重大な不祥事だ。


「調査を完遂し、宝剣を無事に取り戻した暁には、国王陛下より正式な王宮美食顧問の称号を授与しよう、とのことだ。……そうなれば、君たちは王宮の全食材を自由に使用し、新たな料理の研究に没頭できる権利を得る。……これは父上の、最大級の感謝の形だよ」


「王宮の全食材……。世界の果ての珍しいスパイスも、伝説の果実も、すべてですか!?」


アイラの鼻息が、思わず荒くなった。


そんな彼女にジュリアンが苦笑いして顔が怖いと告げるが、アイラの心は既に決まっていた。


「お引き受けします、殿下。……その宝剣、私の胃袋、いえ、公爵家の名誉にかけて必ず突き止めてみせます!」


「ふっ、頼もしいな。……では、期待しているよ、名探偵アイラ嬢」


ジュリアンは満足げに立ち上がり、風のように去っていった。


美食が結んだ新たな縁。


不敬の追求を感謝という最高級のソースで書き換えたことで、アイラたちの探偵家業は、これまで以上に香ばしく、そして刺激的な幕開けを迎えたのだった。


翌日。


アイラとリリア、そして妹たちを王宮の毒蛇に近づかせるわけにはいかないと同行を志願したセオドアの三人は、ジュリアンの案内で王宮の奥深くにある宝物庫へと足を踏み入れていた。


石造りの壁から染み出す冷気が、宝物庫という名の密室の静寂をより一層際立たせている。


「ここが現場だ。見ての通り、扉には強力な封印魔術が施され、窓すらない完全な密室。……しかし、祭壇に飾られていたはずの王家の宝剣だけが、跡形もなく消え去っていた」


ジュリアンが忌々しげに、空になった豪奢なガラスケースを指差す。


周囲には王宮騎士団の精鋭たちが物々しい警戒態勢を敷いているが、犯人の見当はついていないらしい。


「密室からの宝物強奪ね。燃えてきたわ! さあリリア、サクッと魔法で見つけて王宮美食顧問の称号を手に入れましょう!」


「はい、お姉様!」


リリアは早速、銀のペンを取り出してダウジングを開始した。


「見つけ出して。白い探知【ホワイト・ワーチ】!」


リリアが目を閉じ、宝剣の姿を強くイメージして魔力を練る。


しかし、数秒後、リリアのペンは激しく乱回転したかと思うと、パキンッと弾かれるように彼女の手から弾け飛んだ。


「きゃっ!?」


「リリア! 大丈夫か!?」


セオドアが慌てて駆け寄る。


「はい、お怪我はありません。でも……ダメです。宝剣がどこにあるか、全く見えません。分厚い壁に感覚を弾き返されてしまいます……!」


「犯人が宝剣に強力な探知妨害の魔術を掛けているのだろう。国家の宝を盗み出すほどの輩だ、当然の対策か」


ジュリアンが深刻そうに呟く。リリアの物探しが封じられてしまった。


ならば、アイラの人探しである血盟探知【ブラッド・サーチ】の出番だ。


「ジュリアン殿下。この部屋の中に、犯人が残した血痕はない?」


「……一つだけある。ガラスケースをこじ開けた際についたと思われる、微かな血痕だ」


「血があれば十分よ。いくよ、血盟探知【ブラッド・サーチ】!」


アイラはガラスケースの血痕を指で拭い、床に広げた地図の上に擦りつけて魔力を込めた。


青い炎が上がる。しかし、炎は地図全体に燃え広がることなく、血の染みの上でチロチロと弱々しく揺れた後、プツンと消えてしまった。


「あれっ? 炎が消えちゃった」


「……やはりな。お前たちの探知能力は脅威だが、相手の結界が強すぎる。居場所を完全に隠蔽された犯人を、ストレートに追うことはできないようだ」


完全に手詰まりかと思われた。


しかし、アイラはただの令嬢ではない。


スラムを生き抜いたサバイバル精神と、前世の推理知識を持つ探偵だ。


「……なるほど。魔法で一発解決とはいかないわけね。いいわ、魔法に頼る前に、まずは基本の現場検証からやり直すわよ」


アイラはドレスの裾が汚れるのも構わず床にしゃがみ込み、密室の入り口からガラスケースまでの道のりをじっと観察し始めた。


「ジュリアン殿下。この部屋、昨日事件が発覚してから掃除はしてないよね?」


「ああ。厳重に封鎖し、誰も中には入れていない」


「なら、この微かな泥の跡は犯人のものね。……この赤みがかった粘土質の土には、砕けた赤レンガの粉と特有の石灰が混ざっているわ。前世の地理知識……じゃなくて、私が昔読んだ地質学の本によれば、この成分は王都の北西にある、特定の川沿いの地層に建てられた貴族街特有の土よ」


アイラは指先で泥を弾き、自信たっぷりに宣言した。


「なんだと?」


さらにアイラは立ち上がり、空になったガラスケースの縁をじっくりと調べた。


「魔法の結界を破っただけじゃない。物理的な鍵を無理やりこじ開けた微かな傷跡があるわ。特殊なピッキングツールね。犯人は焦って鍵を開ける時に、指を切ったみたい。さっき殿下が言っていた血痕は、この時についたものね」


「土の成分と、ピッキングの痕跡……。確かに優れた洞察力だが、それだけで犯人を特定するのは不可能だぞ」


「ええ。だからこそ、ここからが私たちの力の『応用』ってわけ。リリア、宝剣そのものじゃなくて、犯人が落としたこの『泥』から元の場所を辿れない?」


「なるほど! やってみます!」


リリアは再びペンを取り出し、今度は床に落ちていた泥の跡に向けた。


宝剣は結界で隠されていても、ただの泥なら追えるはずだ。


リリアは額に汗を浮かべながら、何度もダウジングを繰り返す。


強力な結界に抗いながら感覚を研ぎ澄ます、これは能力の練度を上げるための大切なプロセスだ。


数分間、息を詰めるような集中が続き、やがて、リリアがハッと目を開けた。


「……あっ! 冷たい石の感覚と……お花の匂いがします! 華やかな、青い薔薇の匂い……!」


「青い薔薇ね。よくやったわリリア!」


リリアはそこからさらに思考を深める。


「……さらに、この土からは微かに、発酵させた銀影魚の骨の匂いがします。これは王都のごく一部で、青い薔薇などの特殊な観賞植物を育てるための高級肥料です。お姉様が旨味成分の研究で魚の骨を取り寄せていなかったら、気づかなかったかもしれません」


「さっきは王家の宝剣を対象に、現在地をピンポイントで出そうとしたから弾かれた。なら、魔力を上乗せして方角だけに絞って炙り出す!」


アイラはもう一度地図に血を擦りつけ、自分の魔力を限界まで注ぎ込みながら、暴れる探知の炎を強引に押さえつけた。


スラムの泥水のような執念で、何度も何度も炎の揺らぎを安定させる。


すると、炎が完全に焦げ跡を作るには至らなかったが、明確に地図の北西へと炎の穂先が傾き続けたのだ。


「……炎の向きは北西。さっきの靴の泥と同じ方角ね」


アイラは額の汗を拭い、息をついた。


「北西の貴族街で、高級肥料を使って青い薔薇を育てている屋敷か。……絞り込めたぞ」


ジュリアンの緑の瞳が鋭い狩人の光を帯びる。


「ああ。あの区画で青い薔薇を育てているのは、第一王子派の急先鋒、マリス伯爵の屋敷しかない」


「でも、決定打に欠けるわ」


アイラは首を横に振った。


「相手は高位の貴族よ。靴の泥と匂い、ダウジングが示した方角だけで乗り込んでも、宝剣を素早く隠されてシラを切られたら終わり。宝剣の正確な隠し場所か、犯行の瞬間を証明する決定的な証拠がないと、王家の騎士団は動かせないでしょ?」


「……確かに。状況証拠は揃ったが、決定的な物証を掴むには至らないか……」


セオドアも悔しそうに唸る。完全に手詰まりだ。


二人の魔法を限界まで駆使して、犯人がマリス伯爵の屋敷にいることまでは割り出した。


だが、あと一歩、決定的な証拠がないばかりに、王宮美食顧問に手が届かない。


アイラが熟成肉のステーキと幻のタルトへの異常な執念を燃やし、極限まで魔力を練り上げた、その瞬間だった。


『探偵スキル熟練度到達。新たなる能力が解放されました。』


突如、アイラの脳内に、このファンタジー世界にはあるまじき電子音のような軽快な響きと共に、システムメッセージが浮かび上がった。


「へっ?」


「ひゃっ!? お、お姉様!?」


隣にいたリリアが、ビクッと肩を震わせて空中を指差した。


リリアの指差した先には、彼女たち二人にしか見えない半透明の青いウィンドウが、空中に堂々とポップアップしていたのだ。


「なっ……!?」


「えええっ!?」


アイラとリリアの素っ頓狂な声が、密室の宝物庫に響き渡った。


完全にゲームのシステムウィンドウだ。何故このタイミングでポップアップしてくるのかと、アイラは全力でツッコミを入れたかったが、すぐ後ろには怪訝そうな顔をしているジュリアンと、心配そうなセオドアがいる。


ここでゲームの画面が出たなどと叫べば、王太子の前で頭がおかしくなったと思われてしまう。


「ど、どうしたアイラ、リリア。何もない空間を見て……」


「な、なんでもないですお兄様! ほら、古の魔法使いの……そう、神の啓示的なやつが降りてきただけだから!」


アイラは引き攣った笑顔で誤魔化しつつ、空中のウィンドウの詳細を視線で確認した。


『アイラ:新スキル血の記憶解放。対象の血液を触媒とし、現在地ではなく過去の記憶や感情を読み取る。』


『リリア:新スキル物体の記憶解放。対象の物体に触れることで、物体が記録した過去を再生する。映像は鏡とガラスのみ。』


アイラは心の中で拍手喝采を送った。現在地が分からないなら、過去の記憶から犯行の証拠と動機を引っこ抜けということだ。アイラはリリアの肩をポンと叩いた。


「リリア、怖がらないで。あの光る文字の通りに、あのガラスケースに触って昔の映像を思い浮かべるの。私はこの血痕から記憶を読むから」


「は、はい……!」


リリアは深く頷き、空のガラスケースに両手を当てた。アイラも、指に残っていた犯人の血をもう一度握りしめる。


「血の記憶、解放!」


「物体の記憶、展開!」


二人の声が重なる。


瞬間、リリアの触れていたガラスケースの表面が、水面のように波打ち始めた。


ガラスの反射の中に、現在の彼女たちの姿ではなく、昨夜の宝物庫の映像が映し出される。


「お兄様、見てください! ガラスの中に、泥棒の姿が映ってます!」


「なんだと……!? 魔法で過去の映像を再生しているというのか!?」


ジュリアンとセオドアが、驚愕に目を見開いてガラスケースを覗き込む。


そこには、精巧な偽造鍵を使って扉を開け、宝剣に手を伸ばす小柄な人物の姿が映っていた。


顔はフードで隠れているが、宝剣の結界を破る際に、ガラスの縁で指を切る様子が鮮明に映し出されている。


一方、アイラの脳内には、その血の持ち主の強烈な感情と記憶が流れ込んできた。


怖い、見つかったら殺される、でも、借金を返すためには、マリス伯爵に言われた通り、王太子の宝剣を盗むしかないのだという、犯人の切羽詰まった焦燥感。


そして、犯人に指示を出したマリス伯爵の、青い薔薇が咲き乱れる庭園の風景が、フラッシュバックのようにアイラの脳裏に焼き付いた。


「……見えた」


アイラが目を開けると、ガラスの映像もフッと消え去った。


ジュリアンが、信じられないものを見たという顔で彼女たちを見つめている。


「まさか、過去の映像を映し出し、血から記憶を読み取ったというのか……?君たちは、本当に何者なんだ?」


「ふふん。ただの、腹を空かせた探偵バディですよ」


アイラは口角を上げ、ジュリアンに向かって犯人の特徴と、黒幕の動機をすらすらと語り始めた。


「犯人は小柄な身軽な男。裏社会で借金を抱え、貴族に脅されてやらされた素人泥棒です。……黒幕は、さっき私たちが泥から特定した通り、第一王子派の急先鋒、マリス伯爵で間違いありません」


ジュリアンの緑の瞳に、鋭い狩人の光が宿る。しかし、すぐに彼は冷静さを取り戻し、小さく首を横に振った。


「確かに、君たちの魔法で犯人と黒幕の正体は完全に分かった。……だが、それを法廷や騎士団の前で証明できるか?私が魔法で過去を見ましたというだけでは、言い逃れされて終わる。決定的な物証がない限り、高位貴族の屋敷には乗り込めない」


ジュリアンの指摘はもっともだった。魔法の精度がいくら高くても、客観的な証拠にはならない。


せっかく新能力に目覚めたのに、またしても振り出しだ。


「……じゃあ、直接そのマリス伯爵の屋敷の近くまで行ってみましょうよ」


アイラが提案すると、三人が驚いたように彼女を見た。


「ここからじゃ宝剣の場所は結界に弾かれたけど、近くまで行けばダウジングが効くかもしれないでしょ?それに、宝剣そのものが見つからなくても、リリアなら宝剣を隠している強大な結界そのものを探せるかもしれない」


宝剣をピンポイントで狙うのではなく、それを覆う異常な魔力の塊をダウジングするのだ。


「なるほど! 物そのものじゃなくて、違和感のある空間を探すんですね! 私、やってみます!」


「そういうこと。結界の場所さえ特定できれば、そこを無理やりこじ開けて物理的に証拠を突きつけてやればいいんだから」


強引すぎるアイラの推理という名の物理的解決策を聞き、ジュリアンは一瞬呆気にとられた後、こらえきれないようにお腹を抱えて笑い出した。


「ふっ……くくくっ、あははははっ! なるほど、君たちは本当に面白いな! 王宮のしがらみなどお構いなしか!」


「だって、早く事件を解決しないと、『王宮美食顧問』の座が手に入らないですから」


アイラが真顔で言うと、ジュリアンは毒気を抜かれたように息を吐き、楽しそうに微笑んだ。


「いいだろう。君たちのその異常な執念を満たすため、極秘裏にマリス伯爵の屋敷周辺へと向かおう。……必ず宝剣の隠し場所を見つけ出し、奴らの言い逃れを塞いでみせろ」


「言質とりました! お兄様、マリス伯爵の屋敷周辺に潜入捜査ですよ!」


現場検証による推理と、土壇場で進化した魔法の力、そして泥臭い足を使った潜入捜査。


アイラたちの美食と陰謀の解決劇は、王宮のドロドロとした権力闘争へとさらに深く踏み込んでいくのだった。


深夜の王都は冷え込み、吐く息は白く濁って闇に溶けていく。


第一王子派の急先鋒、マリス伯爵の広大な屋敷を遠巻きに見下ろす小高い丘の上に、一台の目立たない馬車が停まっていた。


「ここまで近づけば君たちの力の方が強いかもしれない。頼むぞ」


馬車の中で、王太子ジュリアンが事前に手配していた伯爵邸の見取り図と断面図を広げ、期待の眼差しを向けてくる。


アイラとリリアは力強く頷き、同時にそれぞれのダウジングを開始した。


「見つけ出して。白い探知【ホワイト・サーチ】!」


「逃がさないわよ。血盟探知【ブラッド・サーチ】!」


リリアの銀のペンが光を帯び、アイラの図面上の血痕から青い炎が上がる。先ほど王宮の宝物庫から探った時は、分厚い壁に弾かれたり、炎が暴れて方角しか分からなかった。


しかし、物理的に距離が近づいたことで、距離による魔力のロスも少なく、魔法の精度は劇的に跳ね上がっていた。


「……見えます! お姉様、宝剣を隠している強大な結界の場所、ここからなら……宝剣の場所もはっきりと分かりました。伯爵邸の本館の地下です!」


リリアのペンが、広げられた断面図の上で、迷いなく本館の地下にあたる空間をピタリと指し示した。


そして、アイラの平面図上の青い炎も、今度は暴れることなく離れの一点に収束し、静かに焦げ跡を作った。


「こっちも特定完了。実行犯の泥棒は、屋敷の離れにいるみたいね。……って、あれ?」


アイラは図面上の炎を見つめ、思わず声を上げた。


以前のように地図全体を燃やして場所を大まかに特定するだけではない。


先日システムウィンドウが出現して熟練度が上がった恩恵か、一点に収束した炎は対象の状態までをリアルタイムで映し出している。


その炎の揺らぎが、今、極端に弱々しくなっているのだ。


「炎が消えかかってる。これ、対象者の生命力が急激に落ちてる証拠よ! もしかして……」


「……口封じか!」


セオドアが鋭く叫んだ。


「宝剣が手に入った今、素人の泥棒など伯爵にとっては生かしておく理由がない。王家に尻尾を掴まれる前に、消すつもりだ!」


「証人を殺されては、宝剣を見つけても、どこかの賊が勝手にやったこと。と言い逃れされてしまう。マリス伯爵を完全に追い詰めるには、宝剣と泥棒、その両方の同時確保が絶対条件だ」


ジュリアンが剣の柄に手を掛け、決断を下した。


「王太子の権限で、強引に押し入る! 名目は宝物庫を荒らした賊がこの屋敷に逃げ込むのを見た。で十分だ。私は騎士たちと共に本館の地下へ向かい、宝剣と伯爵を押さえる。セオドア! 君たちは離れへ向かい、何としても証人を生きて保護しろ!」


「はっ! アイラ、リリア、俺から絶対に離れるなよ!」


「了解! 王宮美食顧問のための大一番ね!」


アイラたちは馬車を飛び出し、伯爵邸へと駆け出した。


「開けろ! 王太子ジュリアンである! 凶悪な賊がこの屋敷に逃げ込んだとの報告を受けた! 治安維持のため、直ちに屋敷内を検めさせてもらう!」


ジュリアンの大音声と共に、王宮騎士団の精鋭たちが伯爵邸の正門を強行突破した。


深夜の訪問、しかも王太子直々の突入に、屋敷の警備兵たちはパニックに陥り、抵抗らしい抵抗もできないまま制圧されていく。


「お前たちは本館の地下を制圧しろ! セオドア、離れは任せたぞ!」


「承知!」


ジュリアンたちが本館へと雪崩れ込むのを見届け、セオドアはアイラとリリアを庇うようにして、敷地の隅にある薄暗い離れへと向かった。


離れの扉は内側から鍵が掛けられていたが、そんなものはセオドアの前では無意味だ。強烈な蹴り一発で分厚い木の扉が蝶番ごと吹き飛んだ。


「動くな!」


セオドアが剣を構えて踏み込む。部屋の中では、まさに今、殺しが行われようとしていた。


「がはっ……げほっ……!」


床に倒れ伏し、喉を掻き毟って苦しんでいるのは、小柄なフードの男だ。


そしてその男を見下ろしているのは、黒装束に身を包んだ伯爵の暗殺者だった。


手には、空になった毒薬の小瓶が握られている。


「チッ、早すぎる……!」


暗殺者が舌打ちをし、懐から短剣を抜いてセオドアたちに向かってきた。


しかし、金属が激突する甲高い音が鳴り響き、セオドアの剣閃が暗殺者の死角を正確に突いた。


その剣捌きは、まるで最高級の肉を解体する一流の料理人のように精密で、無駄な動きが一切ない。


流れるような刃の軌跡が暗殺者の急所を掠め、最後は重い峰打ちが顎を正確に捉えて、その巨体を床に沈めた。


「アイラ、男の様子は!?」


「ダメ、毒を飲まされてる! 息が止まりかけてるわ!」


アイラは倒れている泥棒の元へ駆け寄った。


男は白目を剥き、口から泡を吹いて痙攣している。


このままでは数分ともたない。せっかく見つけた証人を、ここで死なせるわけにはいかないのだ。


アイラの王宮美食顧問が懸かっているのだから。


「リリア! 部屋の中から解毒剤を探して! 暗殺者なら、自分が誤飲した時用の予備を持ってるはずよ!」


「はいっ! 白い探知【ホワイト・サーチ】!」


リリアが即座にダウジングを開始する。


そして数秒後、気絶している暗殺者のブーツの踵を指差した。


「そこです! ブーツの踵です!」


「ナイス!」


アイラは暗殺者のブーツをひっぺがし、隠されていた丸い錠剤を取り出した。


だが、男の痙攣は激しく、顎が硬直して薬を飲み込ませることができない。


「くっ……口を開けなさいよ! このままじゃ死ぬわよ!」


アイラが焦っていると、横からセオドアがスッと手を差し出した。


「アイラ、貸せ。荒療治だが、戦場で覚えた応急処置だ」


セオドアは泥棒の首のツボを強く圧迫し、強制的に口を開かせた。


すかさずアイラが錠剤を放り込み、セオドアが水筒の水を流し込んで無理やり喉の奥へと押し込んだ。


数秒の沈黙。やがて泥棒はゴハッと大きく咳き込み、肺に空気を吸い込んだ。


土気色だった顔に、わずかに血色が戻っていく。


「……はぁ、はぁ……たす、かった……?」


「ええ、ギリギリでね」


アイラが安堵の息を吐きながら見下ろすと、泥棒は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、縋り付いてきた。


「あ、あんたらは……!? 頼む、助けてくれ! 伯爵に、トカゲの尻尾切りで殺されかけたんだ! 洗いざらい全部話す! だから俺を、殺さないでくれぇっ!」


命の危機に瀕したことで、男は完全に伯爵への忠誠心を失い、絶好の証人へと成り下がっていた。


「よし。これで実行犯兼、完璧な証人の確保ね」


アイラはガッツポーズをした。これなら、どんな高位貴族だろうと言い逃れはできない。


「お兄様! 早く本館の方に行きましょう! ジュリアン殿下たちと合流しないと!」


「ああ。アイラ、リリア、よくやったぞ」


アイラたちは証人である泥棒を騎士たちに引き渡し、ジュリアンが突入した本館の地下へと急いだ。


王宮の最高権力者たちを巻き込んだ、王宮美食顧問争奪戦は、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。


アイラたちが離れで実行犯の泥棒を間一髪で救出していた頃。


本館の地下では、王太子ジュリアンによる冷徹な制圧作戦が進行していた。


「この壁の奥だ。魔道士、扉の隠蔽結界を破壊しろ」


「はっ!」


リリアのダウジングが指し示した本館地下の一角。


一見するとただのワインセラーの石壁だが、ジュリアンの命令を受けた王宮魔道士が解呪の術式を放つと、空間が歪み、重厚な隠し扉が姿を現した。


「開けろ」


騎士たちが力任せに扉をこじ開け、ジュリアンが静かに隠し部屋へと足を踏み入れる。


部屋の中央には、豪奢なベルベットのクッションに乗せられた白銀の剣、王家の宝剣があった。


そして、その宝剣をうっとりとした顔で見つめていた恰幅の良い中年男が、突然の侵入者に驚いて飛び上がった。


「な、何者だ! 私の屋敷に……お、王太子殿下!?」


第一王子派の急先鋒、マリス伯爵だった。


深夜に、しかも王太子本人が完全武装の騎士を引き連れて自らの秘密の地下室に踏み込んできた事態に、伯爵の顔面から一気に血の気が引いていく。


額から流れ落ちる脂汗が、彼の抱える罪の重さを物語っていた。


「マリス伯爵。随分と夜遅くまで、豪勢な鑑賞会を楽しんでいるようだな」


ジュリアンは宝剣を一瞥し、そして冷酷に光る緑の瞳を伯爵に向けた。


十代半ばの少年でありながら、その威圧感は長年権力闘争を生き抜いてきた伯爵をも圧倒していた。


「で、殿下……! こ、これは誤解でございます! 王宮から宝物庫を荒らした賊が逃げ込んだという一報を受け、屋敷内を検めさせておりましたところ……なんと、私の屋敷の地下にこの宝剣が隠されていたのです! 私は今、これをご報告に上がろうと……!」


伯爵は床に這いつくばり、脂汗を流しながら必死の言い訳を並べ立てた。


第一王子派の重鎮である彼は、まだ自分に逃げ道があると考えていた。


見知らぬ賊が勝手に置いていったと言い張れば、状況証拠だけでは自分を裁けないと高を括っているのだ。


「ほう。泥棒が勝手に置いていったと。……ではなぜ、ご丁寧にこの部屋に強固な隠蔽結界など張っていた? 王宮への報告が目的ならば、即座に私や騎士団をこの部屋へ招き入れればよかったはずだが」


「そ、それは……賊が再び取り返しに来るのを防ぐための、一時的な処置で……!」


「見苦しいぞ、マリス伯爵」


ジュリアンが冷たく吐き捨てた、その時だった。


「ジュリアン殿下ー! こっちは終わりましたよー!」


地下の廊下に、アイラののんきな声が響き渡った。


セオドアに守られながら、アイラとリリアが隠し部屋へと合流する。


そして、彼女たちの後ろでは、騎士に両腕を拘束された小柄なフードの男が引きずられてきた。


「なっ……! き、貴様……っ!?」


泥棒の顔を見た瞬間、マリス伯爵が幽鬼でも見たかのように目を見開き、腰を抜かした。


「なぜ生きている!? 確実に毒を……いや、なんでもない! 殿下、そいつです! そいつが宝剣を我が屋敷に持ち込んだ不届き者に違いありません!」


伯爵は咄嗟に口を塞ぎ、泥棒に向かってお前が勝手にやったことだと狂ったように指を差した。


「ふざけんじゃねえぞ、この悪徳貴族!」


解毒剤で一命を取り留め、完全に伯爵への忠誠心が裏返っていた泥棒が、血走った目で伯爵に向かって唾を吐きかけた。


「王太子殿下! 宝剣を盗むよう依頼してきたのは、そこにいるマリス伯爵です! 前金として渡された金貨の袋には伯爵家の刻印があり、今も俺のアジトの床下に隠してあります! 指示書も残ってる! なのにコイツは、俺を暗殺者を使って毒殺し、全ての罪を着せてトカゲの尻尾切りをしようとしやがったんだ!」


泥棒の口から、堰を切ったように証拠のありかと伯爵の企みが暴露されていく。


マリス伯爵は口をパクパクと開閉させ、真っ青な顔でジュリアンとアイラたちを交互に見比べた。


「ば、馬鹿な……。お前が使った毒は、即効性の……しかも、解毒剤などあの場には……」


「あー、解毒剤なら、暗殺者さんのブーツの踵からダウジングでサクッと見つけて飲ませました。お生憎様」


アイラがニシシと笑うと、伯爵は完全に絶望し、その場に崩れ落ちた。


盗まれた宝剣と、指示を出したという実行犯の確保。


もはや、どんな権力者だろうと言い逃れは不可能な、完全なる詰みだった。


「ご苦労だったな、伯爵。これ以上、私の派閥の顔に泥を塗られる前に、貴様の悪事を王宮の地下牢でじっくりと聞かせてもらおう。……連行しろ!」


「はっ!」


ジュリアンの無慈悲な宣告と共に、騎士たちが伯爵を両脇から抱え上げ、引きずっていく。


王宮の権力闘争に絡む大事件は、これにて完全決着となった。


「見事な手際だ。まさか本当に、一夜にして宝剣と黒幕の証拠を揃えてしまうとはな」


ジュリアンが、厳しかった表情を和らげ、心底感心したようにアイラとリリアを見下ろした。


彼の目には、彼女たちに対する深い興味と信頼の光が宿っている。


「いやー、結構ギリギリでしたよ。でも、これで王宮美食顧問の称号は貰えますよね?」


「ああ、約束しよう……それと」


ジュリアンはわざとらしく言葉を区切り、面白そうに口角を上げた。


「王宮美食顧問のために、明日の夜、王宮の厨房を君たちのために貸し切ろう」


その言葉を聞いた瞬間であった。


「「やったーーーーっ!」」


アイラとリリアは両手を取り合い、地下室に響き渡る声で歓喜の声を上げた。


事件の解決や王宮の陰謀の阻止よりも、彼女たちにとっては王宮美食顧問の方が一万倍重要だった。


「アイラ……リリア……。お前たちは……」


呆れ果てて額を押さえるセオドアをよそに、ジュリアンが声を上げて大笑いしている。


こうして、公爵令嬢探偵の初にして最大規模の依頼は、王宮美食顧問の称号授与と、極上の美食という最高の報酬と共に幕を閉じるのだった。


マリス伯爵邸での大捕物から一夜明けた、翌日の夕方。アイラとリリア、そしてレオンハルトとセオドアの四人は、王宮の豪奢な応接室のソファに腰を下ろしていた。


「待たせたな。事後処理がようやく落ち着いたところだ」


応接室の扉が開き、王太子ジュリアンが姿を現した。


昨日よりも少しだけ疲労の色が見えるが、その緑の瞳は獲物を仕留めた若き獅子のように爛々と輝いている。


「マリス伯爵の失脚は決定的だ。宝剣窃盗の首謀者というだけでなく、過去の横領や他派閥への工作の証拠も芋づる式に出てきてね。第一王子派の中に潜んでいた最大の獅子身中の虫を、完璧に駆除することができた。改めて、君たち公爵家には礼を言おう」


ジュリアンが頭を下げると、レオンハルトとセオドアは恭しく応じた。


マリス伯爵を完全に追い詰めたことで、公爵家と王太子の間には強固な関係が成立したのだ。


「それで、あの実行犯の泥棒さんはどうなるんですか?」


アイラが尋ねると、ジュリアンは冷たい声で答えた。


「当然、極刑……と言いたいところだが、今回は伯爵の罪を暴くための重要な証人となってくれた。少しばかり情状酌量し、一生、地下の強制労働施設送りにでもしてやろうと考えている」


裏社会の泥棒からすれば、命が助かっただけでも御の字だろう。


でも、アイラはそこで前世の知識を思い出した。


「もったいないですね」


「……もったいない? 犯罪者の命がか?」


「いえ。使い道が、です」


不思議そうな顔をするジュリアンに対し、アイラは身を乗り出して声を潜めた。


「あの泥棒、借金があって伯爵に脅されていたって言ってましたよね? つまり、彼は裏社会の賭博場や闇ギルドと深く繋がっているしがない小悪党です。今回の様に実行犯として使い捨てるには便利な存在です。そんな彼をただ労働施設に放り込むより……王家の情報屋として裏社会に戻した方が、何百倍も有益じゃないですか?」


アイラの言葉に、ジュリアンの目がわずかに見開かれた。レオンハルトとセオドアも驚いた顔をしている。


「こういうのを、別の言葉で司法取引って言うんです」


「シホウ・トリヒキ……?」


「はい。余罪を追及して大物を捕まえるための情報を提供する代わりに、本人の刑罰を軽くしたり、見逃してあげたりする交渉術です」


「……他の悪徳貴族たちが、裏社会の人間と接触して何を企んでいるのか。その動きを、末端からすべて吸い上げることができる……!」


ジュリアンの瞳に、戦慄と、そして強烈な歓喜の光が宿った。


「泥棒にとっても、裏社会で借金取りに追われるより、王太子殿下という最強の後ろ盾の元で働く方がずっと安全で確実です。彼が有用な情報を持ってきたら、その都度、罪を少しずつ軽くしてあげたり、報酬を出したりすればいい。……平民の小悪党一人の減刑で、大物貴族の弱みが釣り放題ですよ?」


そこまで言い切って、アイラはニシシと悪戯っぽく笑った。


前世で法廷ドラマや刑事ドラマを愛好していて、罪を免除する代わりに情報を引き出す裏取引の知識はばっちり頭に入っているなんて、口が裂けても言えないことだ。


王宮の権力闘争に身を置くジュリアンにとって、裏社会の生きた情報網がどれほど喉から手が出るほど欲しいものか、想像に難くない。


応接室に、深い静寂が落ちた。レオンハルトとセオドアは、九歳の娘が王太子に裏社会の掌握と政治的取引の手法を講義しているという事実に完全にポカンとしている。


「……ふっ、くくくっ。あはははははっ!」


やがて、ジュリアンは顔を覆い、腹の底から湧き上がるような大笑いを響かせた。


「司法取引! 素晴らしい、なんて画期的で、そして合理的な手法だ! 泥棒一人を労働力にするより、情報網として利用する方がはるかに国益にかなっている! まさか、九歳の令嬢に裏社会の操り方を教えられる日が来るとはな!」


「私はただ、スラムでそういう狡っ辛い大人たちをたくさん見てきただけですよ」


「アイラ・アルジェント」


笑いを収めたジュリアンが、スッと立ち上がり、私の前で片膝をついた。


そして、私の手を取ると、その手の甲に恭しく唇を落としたのだ。


「ひゃっ!?」


「で、殿下ぁぁっ!  何を俺の妹にッ!」


セオドアが悲鳴のような声を上げて顔を真っ赤にして暴れだそうとするが、レオンハルトが慌てて羽交い締めにして止める。


そんな騒ぎを意に介さず、ジュリアンは熱を帯びた緑の瞳で私を見つめ上げた。


「君のその知略、底知れぬ探求心……そして何物にも阿らない図太さ。どれを取っても、この王宮という伏魔殿を生き抜くのにこれ以上ない素質だ。……どうだアイラ、将来、私の妃になる気はないか?」


突然の、王太子からのプロポーズ。


レオンハルトはセオドアを開放し、一緒になって王族だろうと我が娘【妹】は絶対にやらん! と大暴れしている中、アイラはは冷静にジュリアンを見つめ返した。


「……私、面倒な権力争いとか、王太子妃のマナーとか、絶対に嫌なんですけど」


「すべて免除しよう。君には私の隣で、その司法取引のような画期的知略を振るってくれるだけでいい」


「三食おやつ付き、毎日お肉は必須ですよ?」


「当然だ。君を私の妃に迎えられるなら、王宮のシェフを君の専属にしてもいい」


その言葉を聞いた瞬間、アイラの胃袋と脳内で天秤が大きく傾いた。


「アイラ! 駄目だ、そんな甘い言葉に騙されるな!」


「そうだアイラ! お前は一生、お父様とお兄様と一緒に公爵家で美味しいものを食べるんだ!」


背後で必死に叫ぶ家族の声をバックに、私はジュリアンに向かって、満面の笑みで答えた。


「……とりあえず、今日の王家のシェフの味次第で、前向きに検討してあげます!」


「ははっ! 言ったな?  ならば、君のその恐るべき味覚と胃袋を、我が王室の総力を挙げて陥落させてみせよう!」


ジュリアンが力強く頷き、私の手を取って立ち上がった。


「――では、場所を移そう。父上が、君たちを待っている」


ジュリアンの先導でアイラたちが向かったのは、王宮の最深部、玉座の間だった。


そこでは国王と王妃、そして重臣たちが居並ぶ中、厳かな王宮美食顧問の授与式が執り行われた。


「アイラ・アルジェント、リリア・アルジェント」


玉座から立ち上がった国王が、重厚な声を響かせる。


「汝らの機転と勇気が、王家の誇りと食卓の平和を救った。その功績を称え、ここに正式に王宮美食顧問の称号を授与する」


アイラは金糸で刺繍された任命書を受け取り、深く膝を折った。


これで美食の未来への公的な切符が手に入った。すると、国王が一段と温かい眼差しを彼女たちに向けた。


「さらにだ。アルジェント公爵家には多大なる心配をかけた。そこで王家より汝らに願いを一つ叶えることを約束しよう。……どんな法外な望みでも構わぬ。この場で申してみよ」


「「なっ……!?」」


背後で、レオンハルトとセオドアが同時に絶句した。


国王直々の何でも一つという提案。それは、下手をすれば領地の拡大や、将来の王族との婚約さえも約束される、あまりにも大きな褒賞だったからだ。


アイラは一度リリアと顔を見合わせ、大きく頷いてから国王を見上げた。


「……陛下。でしたら、私にお抱えの調理魔道具技師を一人、スカウトする許可を頂けませんか?」


「……調理、魔道具、だと?」


国王が意外そうに眉を上げた。


「はい。今の調理器具は、すべてが職人の経験と魔法に頼りすぎています。もっと緻密に、もっと効率的に……例えば、一定の速度で攪拌し続ける道具や、正確な温度を保つ冷温庫があれば、美食の世界はさらに十年、いいえ、百年前倒しで進化します! そのために、食を解する最高峰の技師がどうしても必要なのです」


アイラは熱っぽく語った。国王は顎を撫で、傍らに立つジュリアンを見た。


「なるほど、美食の探求のために、魔道具の技術そのものを刷新しようというわけか。……だがアイラ、あいにく我が国の一流の技師たちは軍事や建築に特化しているのもあるが、君の求めるような繊細な生活魔道具の開発を行える者も殆どおらんだろう。スカウトをするならば、世界一の技術を誇るのは隣国のクラエス王国が良いだろう」


「クラエス王国……」


「あそこは優秀な魔道具技師がひしめく技術大国だ。……だが、一流の技師は国家の宝でもある。他国への引き抜きは、時として重大な国際問題になりかねん」


国王の言葉に、アイラは少しだけ肩を落としそうになった。けれど、国王は不敵な笑みを浮かべて続けた。


「ゆえに、私の権限で汝に国家間交渉の許可を与えよう。……ジュリアン。近日中に、クラエス王国へ特使として赴く公務があったな?」


「はい、父上。友好条約の更新のために参ります」


「アイラとセオドアをその随員として加えよ。アイラ、汝がクラエス王国の技師の中に『これぞ』という者を見つけたならば、私に代わって公式に交渉することを許す。汝の願いとして、王家が全力でその技師の招聘を後押ししよう」


「……っ! ありがとうございます、陛下!」


アイラは歓喜に震えた。国王公認のスカウト権。これがあれば、どんな頑固な一流技師だって、国家の合意の下で我が家の厨房に招くことができる。


「……ままま、ま、待てください! 陛下! 殿下! うちの娘をそんな、他国の……しかも技術自慢の猛者が揃う国へ連れて行くなど、親として承服しかねます!」


レオンハルトが慌てて抗議の声を上げた。


「レオンハルト。アイラはもう、守られるだけの子供ではない。彼女は王宮美食顧問であり、我が国の食の未来を担う逸材だ。……それに、セオドアも連れて行く。これなら文句はあるまい?」


「えっ、僕もですか!?」


セオドアが驚きに目を見開く。


「お前の警護能力は信頼している。……今回は、公務としての色が強い、リリア嬢とは別行動となる。アイラの美食の旅には、お前の力が絶対に必要だ」


「……アイラを守るためなら、地の果てまでも同行いたします!」


セオドアが即座に掌を返して跪いた。


こうして、報酬としての称号と願いは、国境を越えた壮大なプロジェクトへと発展した。


アイラの野望は、遂に技術大国へと向けられる。


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― 新着の感想 ―
「泥棒が置いて行った」が通じるならこの国は犯罪の温床ですね。 物証があっても言い訳が勝つならいったもの勝ちになってしまいますし、そもそも秘密の地下に置いていく阿呆もいなければ、「王宮から盗み出した賊が…
捜査に何で過保護父さん同行してないの?あと何で素人泥棒が1人で王宮宝物庫から盗みができるの? 素晴らしい、なんて悪魔的で、そして合理的な手法だ! 何で2回言った?
王妃とかこの手の能力は無駄になる未来しか見えない。免除するとか言ってる王子がマジで免除出来るとは思えない
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