第21話 道化(3)
「さて、そろそろ終わらせますか。もちろん貴方にも死んでもらいますよ、アムールさん」
フィルマンがゆっくりとアムールへ向けて歩を進める。
「さっきから随分と静かですけど、抵抗しないのですか? ま、しないほうが此方としてはありがたいですし、わたくしが少女の生死を握っている以上、素晴らしい英雄であるあなたにはできないと思いますがね」
「......」
「勇者一行の一人と聞いて、かなり警戒をしていたのですが、拍子抜けでしたね。もっとも、わたくしが強すぎるってのもあるのでしょうが」
「......」
フィルマンがアムールの前へ立つ。手を振れば当たるほどの距離であったが、それでもなお、アムールは沈黙を貫いていた。
「ア......ぎ......」
シェリは叫んだ。しかし、喉を鳴らそうとするたび、焼けた鉄を呑んだような激痛が走る。言葉は形をなさず、ただの湿った喘ぎとなってアムールの耳元で空虚に消えた。
「さあ、死んでもらいましょうか!」
(アムール!)
フィルマンが懐からナイフを取り出し、振り上げる。
「――なめてんのか? この俺を」
刹那、シェリの身体に身の毛のよだつような深い恐怖が走る。フィルマンも同じものを感じたのか、大きく後ろに飛びのき、アムールとの距離を取った。
「――? な、なんですか、今の殺気は......」
身体を震わせるフィルマン。先程のような余裕は消え去り、生まれたての小鳥のように委縮していた。アムールはそんな彼に、ゆっくりと近づいて行った。
「おまえも、あのアプロとかいう小童も、俺のことなめてんだろ? じゃなきゃ、こんな阿保みてぇに近づかねえもんな」
(あ、アムール?)
そこにいるアムールは、今までの爺口調が印象付けるためのお飾りだったのではないかと思わせるほどの言葉遣いをしていた。
「なめられたもんだぜ......」
「お、おい! それ以上わたくしに近づくようなら、ガキの命はないぞ!」
アムールがぴたりと足を止める。腕を組み、フィルマンに視線を固定すると、ゆっくりと口を開き始める。
「まだわかってねえようだな。お前はもう出来上がってるんだよ」
「はぁ?」
「詰んでるって言ってんだよ。ママのおなかに理解力おいてきたのか?」
「ほ、ほう......随分と立派な口を叩くじゃないですか」
先ほどまでの表情が入れ替わったかのように、フィルマンの額には青筋が浮かび上がっていた。
「なら、お望み通りにしてあげますよ!」
フィルマンが指を鳴らす。その衝撃は空気を伝わり、シェリの腕に響――かなかった。
「......?」
(......?)
シェリはフィルマンとシンクロして目を見開く。腕に新たな反応はなく、静かに効くタイプとも予想したが、フィルマンの様子的に考えられなかった。疑問を投げかける様に、アムールに視線を送ると、彼は応える代わりに腕をまくり上げ、シェリに見せつけてきた。
その様子を見てはっと気づいたシェリは、袖をまくり上げると、驚くことに傷跡としての亀裂だけを残し、刻印は腕からきれいさっぱりになくなっていたのだ。
「な、ない......きれいさっぱりなくなってやがる! 貴様、何をしやがった!」
フィルマンの切実な問いを、アムールは薄ら笑いで受け流した。沈黙が場を支配し、張り詰めた空気が数秒、あるいは数分にも感じられる。
やがて、彼は満足そうに組んでいた腕を解くと、重い口をゆっくりと開き、その真実を語り始めた。
「おまえが馬鹿みたいに長広舌をふるっている間に、解かせてもらったぜ」
「解いただと?」
「初めて見るタイプだし、無駄にダルイ感じで組まれていたから、流石の超天才の俺でも時間がかかっちまったがな。特に神経系辺りを取り除く時がきつかったな」
「何を言っているんだ、お前は......? 魔王様から直々に頂いた呪印だぞ? それに、第一お前はガキの腕に触れていないじゃないか!」
至極当然な疑問にシェリもうなずく。
「なに、簡単なことさ。最初に呪印に触れたとき、ほんの少しだけ、魔素を仕込んでおいたのさ。あとは一粒一粒丁寧に操って、呪印を取り除く簡単なお仕事さ」
シェリは何も言えなかった。喉が破壊されているからではなく、彼の言っている魔素を一粒一粒云々が理解できなかったからである。そしてそれは、フィルマンも同様なのか、すかさずツッコミを入れた。
「何わけわからんことを抜かしてるんだ! そんなことできるやつがいるわけが――」
「いるんだよ。ここに」
アムールが食い気味に答える。
私は勘違いをしていたのかもしれない。なぜ、彼のような英雄を、一般的な尺度で測れると思っていたのだろう。彼は、かの魔王......闇の厄災を払った英雄の一人なのに――。
「――超天才なめんじゃねぇよ」
読んでいただきありがとうございます!
前回、3ほどに分けるといったのですが、全然足りませんでした。




