第20話 呪印
荒かったシェリの吐息がようやく静まりを見せると、アムール差し出してきた手を取り、二人は村を出た。二人は少し離れた場所まで移動したのち、野営の準備をすることとなった。
シェリは呆然と、アムールが起こした火を眺めていた。いつもなら、積極的に手伝いをしていたが、今だけは気力が湧くことはなかった。少女にとって、今は幾多の試練のなかで、擦り切れた精神の形を保つことが精一杯であった。
「......」
頭の中は真っ白だった。今まで漠然と物事を考えていた自分に嫌気がさした。
――アムールはこのことを知っていたのだろうか。
――もう進むべき道はどこにもないのか。
浮かび上がる疑問に対しての答えは浮かばず、頭の隙間を埋める様にいっぱいになっていった。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
アムールがぴたりの動きを止めた。夜食の準備をしている手を止め、荒み切った少女の方へ、目線を送る。
「......魔王じゃろうな」
「魔王......?」
彼の発した言葉は意外だった。思いがけない言葉の真意を確かめるべく、シェリは口を開いた。
「どういう事? 十五年前に魔王は討伐されたんじゃないんですか」
「ああ......討伐した――はずだったんじゃ」
空気がぴりりと張り詰める。
「十五年前、儂は勇者一行の一員として魔王討伐の場に居合わせた。魔王は勇者の剣に胴を裂かれ、そのまま消滅した……。歴史書にそう記されているのは、お主も知っての通りだ」
「......うん」
「……じゃが、あの時、魔王が消滅する刹那にな、普通の魔族が消え去る時とは明らかに違う、異様な魔力の揺らぎを感じたんじゃよ」
「え――」
思わぬ事実に、顔がこわばる。冷静になりかけていた頭の中は再び混乱の渦へと巻き込まれていった。
「……どうにも、あの時の違和感が胸につかえて離れんでな。古今東西のあらゆる伝記や書物を、片っ端から読み漁ってみたんじゃ。そうしたところ……一つの推測にたどり着いた。それは――」
アムールが突然口を閉じ、辺りを見回し始める。シェリもつられるように辺りを見渡すが、周囲に気配は感じられなかった。
「ど、どうしたんですか」
アムールが動きを止める。その目線はまっすぐとシェリの服の袖に向けられていた。
「儂としたことが、こんな簡単なものに気付かぬとは」
「へ――」
そう言うと、突然シェリの服の袖に掴み、まくり上げた。シェリの腕には、牙のような形をした、赤い痣のようなものが刻まれていた。
「な、なんですか、これ」
「動くな。今取ってやる」
アムールが痣を撫で、魔力を込め始める。しかし、次の瞬間、痣からは赤い亀裂のようなものが腕を広がり始めていった。
腕に、鋭利な刃で肉を裂かれるような激痛が走る。シェリはあまりの苦悶に、その端正な顔を激しく歪めた。
「痛っ! ぅぅぅ......」
「な、なんじゃこれは――儂の魔力が通らぬどころか、呼応して痛みを与えるなんて聞いたことがないぞ!」
「くっ……う、ああぁっ……! からだが、内側から、焼き切られる」
「ま、まずい!」
アムールは咄嗟にシェリの腕を離した。すると、腕の刻印から伸びていた、赤い枝のような亀裂は、見る見るうちに刻印へと戻っていった。
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