第18話 魔王(2)
「そ、それが、シェリを小さな小屋に追い込んだのですが、あと一歩のところで邪魔が入りまして......」
「ほう......邪魔者とな?」
天蓋が風に当てられたように揺らめく。状況は何も変わってない、だが明らかに空気が変わった。シムを押し潰さんばかりの重圧は、霧が晴れるように忽然と消え失せた。しかし、安堵は訪れなかった。王の言葉を皮切りに、精神も肉体も、鎖に繋がれたかのように自分の言うことを聞かなくなっていった。
「はい。名はアムール。元勇者一行の一人です」
(うあ――ご――ぎ)
シムの意識が薄れていく。思考は四散しもはや言葉すらも失っていった。肉体は黒い霧で覆われ、もはや、シムの形をしているだけの人形と化していた。
「フフフ......アムール......アムールか。懐かしい名だな」
王の影が天蓋の奥で揺れ動く。
「あの老いぼれめ......まだ生きておったか」
やがて、声からは穏やかさが消え、どす黒い邪気だけを帯びていった。周囲に建てられた燭台からは炎が消え、静寂な闇だけが辺りに満ちていく。
白い花の装飾が施されたワイングラスを口から離し、王はゆっくりと立ち上がった。天蓋を払い、シムの眼前に姿を現す。その圧倒的な威圧感は、静寂を切り裂く刃に似ていた。
「興が乗ってきたぞ。アムールは元気だったか?」
「私は直接はミテイマセン。ワタシハガガガ」
「ふむ......壊れたか」
王がゆっくりとシムの頭に手を乗せ、耳元でささやく。
「よい働きであったぞ」
「あ――」
次の瞬間、シムの身体は灰すら残さず消えていった。
「及びですか、我が王よ」
「早いな」
王の背後に、黒い外套に身を包んだ男が現れる。
「例のアレは順調か?」
「後は実践投入するのみとなっております」
王の唇が不遜に歪み、その端に鋭い笑みの痕跡を刻んだ。冷ややかな眼差しを男へと転じると、静寂を切り裂くように重々しく言葉を紡ぎ出す。
「うむ。ならば、完成品の一部をお前に預ける。実践投入と行こうじゃないか」
「は! ......して、どこを攻め入りましょうか?」
「決まっておろう。商人共の街『ルミネ』だ。そしてもう一つ、ベルガーも呼び戻しておけ」
「御意」
その一言を闇に落とすと、黒い外套の男は、まるで最初からそこには存在しなかったかのように、闇の中へと溶け込んで消えていった。
「楽しみだ。まさか奴らと再び相まみえようとはな......」
あとに残された王は、重厚な衣の擦れる音だけを響かせ、ゆっくりと歩みを進める。やがて、深い影を落とす天蓋の帳の向こう側へと、その姿を没していった。
遅くなってしまい申し訳ない。
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