第10話 神の御業(1)
――回復魔法
”慈愛の女神 エレオノール”が先の厄災で負傷した人々を癒すために施した神の御業。
厄災は消え、女神が神座へと昇るその時、人々に消えぬ証として授けられた加護でもある。
女神が大地に刻んだ慈愛の残り香は、今もなお選ばれし赤子たちの魂に宿る。
この「原初の癒やし」を授かりし者は、神の代弁者たる「僧侶」の儀礼称号を与えられ、人々の苦痛を拭う終生の役目を担うこととなる......はずである。
しかし、今、私の目の前にいるこの男は何と言ったのか。
女神の加護なんて持っていない――だと?
あり得るはずがない――。
聞いたことがない――と以前の私であったら心に抱いていただろう。
すでに腕をくっつけるという神業を見せられた私にとっては驚愕に値しなかった。
私は余裕の表情を作り、疑問をぶつけた。
「女神の加護がないなら、いったいどうやって回復魔法を使ってるんですか? 」
疑問をぶつけられたアムールは、眉をひそめ、右手で口元を覆うようにまさぐった。瞳は何もない空間を見ており、はたから見れば変人にしか見えない様相であった。
しばらくの間、沈黙が続いた後、彼は口を開いた。
「......平たく言ってしまえば我流の魔法じゃよ。 師匠から回復魔法の空論を教えてもらった時に、『いけそうな気がする』って思ったら、案外できてしまってのう」
再び静寂があたりを包んだ。
彼の言っていることは理解できる。魔法学は天才の閃きによって発展していった学問である。
彼ほどのものであれば、神の御業とはいえど、再現してしまうだろう。
しかし、疑問が尽きないが、ここで新たに疑問が生まれる。
「魔導至高議会で発表したら世界が震撼するレベルなのに......。どうして、公表しないのですか? 」
当然ともいえる私の疑問に対し、彼はすぐに答える。
「理論や構築術式も公表したんじゃが......」
彼は少し、間を開けたのち、空を見上げながら話を続けた。
「教会側に怒られてしまってな......『不敬だぞ! 』ってな。」
「そんな......この魔法が広まっていたら救えた命もあったはずなのに......。神への信仰心の方が大事だっていうんですか!? 」
気づけば、私は激昂のままに言葉を叩きつけていた。
――許容など、できるはずもなかった。
神を敬う心を否定するつもりはない。その敬虔さを指して、悪だと言うつもりもない。
だが、彼らの振る舞いは「命」という尊厳への侮辱に他ならなかった。
彼らが口癖のように唱える『命は神より賜りしもの』という言葉が真実ならば、その命を軽んじる彼ら自身の所行こそ、主の御顔に泥を塗る最たる不敬ではないのか。
私は不快感をかき消すほどの、怒りの奔流に飲まれていく感覚に陥っていた。
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