第8話 道のり
「どうじゃ? 少しは落ち着いたかのう? 」
頭を撫でられ、優しく声を掛けられる。泣き腫らした私の顔は、きっと人前に出せないぐらいひどいものになっていたと思う。しかし、彼の前では不思議と羞恥も自己嫌悪もなかった。
「はい......もう大丈夫です」
顔をゆっくりと上げ、アムールの目を見つめる。彼の表情は先ほどと違い穏やかな表情だった。
「ふむ。なら、そろそろ発つとしようかの。ここに居ては、またあやつらが来るかもしれん。用心するに越したことはないわい。」
そういうとアムールは再び歩みを始めた。
私はその背中を追いかけながら、心に芽生えた小さな問いの数々を、言葉にして投げかけた。
「あの......アムールさん」
「そんな畏まる必要はない。わしのことは、気軽にアムールと呼んでおくれ。」
「で、では......。アムール、聞きたいことがあるんだけど......」
頬に朱がさす。呼び捨てという慣れない響きに舌がもつれ、自分の喋り方がおかしな言い回しになっていないか、気もそぞろになる。
「なんじゃ? 聞きたいことって」
高揚した私を見たアムールの瞳に、一瞬だけ珍妙な標本でも観察するかのような愉悦の色が浮かんだ。だが、それも瞬きひとつの間に消え失せ、底知れぬ真剣な光がその奥底に宿る。どこか胡散臭さを漂わせながらも、その立ち居振る舞いには、隠しきれない生真面目な本質が凛として息づいていた。
そんな彼に、簡素だが現状一番聞きたい問いを投げかけた。
「悪者退治をすると言ってましたが、今どこに向かって歩いているのですか? 」
私は彼を信頼して付いて行っているが、実際のところ、彼がどこに向かっているのかは理解していなかった。
頭の中をふわふわさせて浮ついている私の問いに、アムールは蓄えられた立派な髭をゆっくりと指先で撫でつけ、落ち着いた声で答える。
「活気あふれる商いの声と、多種多様な人々が織りなす喧騒が響く街、ルミエに向かっているところじゃよ」
「ルミエ......」
聞いたことのない街......つくづく自分が世間知らずだったことを思い知らされる。
「そこに何かあるんですか? 」
「情報収集をするんじゃよ。勇者レオについての情報を......な」
アムールの口から出た名前にも驚いたが、何よりその言葉が意味することに、私は仰天した。
「それって......まさか―――」
私が言葉を言い切る前にアムールが答える。
「そのまさかじゃよ。......今、この国には音もなく、逃れがたい魔の手が忍び寄っておる。なればこそ、今一度集わねばなるまい」
アムールはそこで言葉を切り、遠くを見つめるように目を細めた。
「勇者レオ。そして、かつて世界を救ったあの仲間たちが、な」
―――巡り合わせの悪戯か、はたまた天の差配による奇跡か。
出会いの由来など、もはやどうでもよかった。
胸を満たす熱い悦びに身を委ね、私はただ、確かな足取りで道を行く。
彼と共に在るこの時間が、これからの長い旅路を照らす唯一の標になるのだと信じて。
読んでいただき感謝感謝




