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君、働きたもうことなかれ ~ワーカホリック令嬢は、ベストセラー作家への道を突き進む~

作者: 冬生 恵

 うちのお嬢様は、貴族にあるまじきワーカホリックだ。





「いい加減になさってください、お嬢様! 何徹目ですか!?」

「待って! 待って、今、インスピレーションが降りて来てるの! せめてプロットだけでも……」

「良いから! 寝ろ!」


 マリーが叫ぶと、エステルお嬢様はしぶしぶペンを手放した。侍女としてあるまじき言葉遣いも、このお嬢様を止めるためならと、黙認されてしまっている。


 ペルティエ家は二年前、存続の危機に陥った。


 伯爵であるお嬢様の父君が、税収の減った領地を立て直そうと大博打を打ち、逆に土地の大部分を取られそうになったのだ。


 ショックのあまり、エステルお嬢様は倒れ込み、目が覚めたら――「私がこの家を守る!」と叫んで一心不乱に机に向かっていた。


 唖然とする家族や使用人をよそに、お嬢様は一冊の『ショウセツ』を書き上げた。「書物は男性のものである」というこの国の常識を覆す、女性向けの、女性が活躍するその空想本は、瞬く間に国中の評判を集めた。

 以来、お嬢様は婚約者との面会も睡眠もそっちのけで、物書きに(いそ)しむ日々を送っている。


「今度のお話はね、無実の罪で裁かれそうになった子爵令嬢が命がけで真実に挑む、ハードボイルド系にしようと思うの」

「ボイル……? 真実を湯がく? どういうことですか?」


 寝巻きに着替える間も、お嬢様の口は止まらない。おざなりに流すマリーに不満げなご様子だが、マリーがジロリと睨むと、ようやっと大人しくベッドに入ってくださった。


「おやすみなさいませ、お嬢様」

「おやすみ、マリー」


 一礼して部屋を辞するマリーに、エステルお嬢様は柔らかく微笑んで手を振る。マリーはドアを閉め、そっと溜め息をついた。







 お家の存続危機に意識を失って以降、お嬢様は変わった。

 引っ込み思案でのんびり屋だったのが、今ではどこか生き急ぐように、お嬢様が言うところの「執筆活動」に熱中している。


 おまけに、


「私がこの世界の『ムラサキシキブ』になる!」

「ああでも、『セイショウナゴン』も捨てがたい……春はアケボノ……」


 などと、謎めいた言葉を口にすることもしょっちゅう。


 敷布団がどうしたと言うのだ。イナゴは農家の天敵、捨てていただかなくては困るのだが。ボーノは隣国の挨拶で、なぜ今ここに出てくるのか。


 自身の物思いに首を振って、マリーは、お嬢様が机の上に散らかしたままの紙類の片付けに向かった。








 貴族の労働は領地運営以外に認めず、ましてや女性が表舞台に立つことを忌避する世界で、お嬢様はあろうことか、『サイン会』なるものを開催するという。

 お嬢様の最新著書を特定の書籍屋で購入した者のうち、希望する者にはくじを引いてもらい、「当たり」を引いた三十名と会うというのだ。当選者には、お嬢様が目の前で最新作に花押(かおう)を描く。


 当初、マリーは断固反対した。


「なりません、お嬢様! お嬢様のお立場が、万が一見破られでもしたら……!」

「あら、大丈夫よ。変装はするし。私そもそも引きこもりで、友達いないもの」

「ですが……!」


 なおも渋るマリーに、エステルお嬢様は苦笑気味に言った。


「大丈夫よ、マリー。ちゃんと気を付けるから」


 どこか大人びたその笑みに(ほだ)され、マリーも最終的には受け入れた。ただし、ペルティエ家とは関係のない筋から護衛を雇うこと、マリーも立ち会うことが条件だ。

 鼻息も荒く告げるマリーに、エステルお嬢様は降参とばかりに両手を上げていた。









(うわっ、めちゃくちゃ人がいる……!)


 サイン会当日、会場となる書籍屋には、通り一帯を塞ぐほどの人が集まっている。幸運を手にしたのは三十名のはずだが、斬新な物語を次々世に生み出す才女を一目見ようと、王都中から人が集まってきているようだ。


「――おっ、お嬢様! どうなさるんですか!」

「大丈夫だってば。入店は必ず当選くじと引き換えで、くじにも偽造対策は施してもらってる。裏口にも見張りはいるし、この仮面の紐もマリーに髪に編み込んでもらったでしょ?」


 お嬢様は仮面舞踏会のようなアイマスクを付け、露出している口元には幾つもの色を混ぜた紅を塗っている。口紅の色から、出入りの業者が特定出来ないように、という配慮らしい。


(うちのお嬢様、何気にすごい。幼い頃は若干将来を危ぶまれていたほどの、ぼんやりさんだったのに)


 緊張から、思考が失礼な方向にとっ散らかり始めたマリーをよそに、お嬢様は落ち着いた様子で店主に頷きかける。

 口髭をぴょこんと生やした初老の店主は、お嬢様の合図を受け、咳払いと共に声を張り上げた。


「お待たせしました! ただ今より新作発売記念の、限定サイン会を開始します!」







「マルタン先生! 新作、とても素敵でした!」

「ありがとう、光栄です」

「斬新なアイディアで、思わず本を取り落としそうになりました!」

「嬉しい。次も頑張ります」


 花押を描く間、興奮したご令嬢方が震える声で告げた言葉にも、エステルお嬢様は律儀に答えている。

 ちなみに、マルタンはお嬢様の筆名だ。ロワーズ・マルタン、この国で一番多い名と姓の組み合わせ。

 お嬢様は更に念には念を入れて、事前に飲める濃さギリギリに調整したリンゴ酢水をがぶ飲みし、喉を枯らしている。これなら確かに、家族でもなければ気付かれまい。

 有事の際にはすぐに飛び出せるよう、陰から見守っていたマリーは、やっと緊張を少し解いて息をついた。


 しかし直後、吐いた息を一気に吸い込む羽目になる。


(なんでここに――!)


 順番が回り、いそいそと書籍を取り出したのは、若い男性だった。マリーの顔が蒼白になる。

 いや、男性自体は何名か既にサイン列で見掛けた。マリーが青ざめたのは、その男性が他ならぬお嬢様の婚約者であったからである。


(なんでよ! どういうことよ!)


 ドゥニ・ルヴァスール伯爵令息。

 女性は常に男性の後ろ三歩下がり、何をされても言われても淑やかに微笑んでいろと要求する、典型的な貴族男性である。


 そんなルヴァスール伯爵令息がなぜ、自立した職業女性筆頭のようなマルタン先生のサイン会に。


 混乱と焦りでパニックを起こすマリーをよそに、エステルお嬢様は変わらない態度で彼を迎えた。差し出された書籍を受け取り、さらさらと筆を走らせる。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます、先生! 家宝にします!」

「大袈裟ですよ」

「とんでもない!」


 頬を紅潮させ、ルヴァスール伯爵令息は拳を握り締めて全否定する。彼はそのまま、まくし立てるように続けた。


「先生の描く登場人物は生き生きとしていて、気が付けば世界観に没入してしまいます。思わず、『自分も書いてみたい』と考えてしまうほどに」

「――では、書いてみられてはいかが?」


 あっさりとそう答えたマルタン先生――エステルお嬢様に、ルヴァスール伯爵令息だけではなく、その場に集まった全ての人物が瞬きをする。マリーもその一人だ。


 驚愕する周囲をよそに、お嬢様はひとり口元を綻ばせていた。


「自分も書いてみたい。――そう思えることは、素晴らしいことです。そしてそのキッカケに私がなれたのなら、光栄です」

「でも、僕には物語を書く能力も技術も……」

「そんなものは、後からいくらでも着いてきます!」


 声を張り上げ、お嬢様はその場に立ち上がった。

 気圧されたように、ルヴァスール伯爵令息が上体を引く。それに気付かぬように、お嬢様は拳を固めて歌うように続けた。


「面白い、でも自分ならこうする。こういうお話はどうかな? ……そう思ったら書き時なのです。まずはワンシーンだけでも良い、あなたのアイディアを形にするんです!」

「はあ……」

「それが繋がれば、少しずつ作品になっていきます! 一人、また一人とそんな人が増えていけば、小説はもっと身近になる! 目指せ、第二の『なろう』世界!」


 力説するお嬢様に困惑気味の様子で、ルヴァスール伯爵令息は首を傾げた。


「『ナロー』は、海向こうの国の言葉で『狭い』という意味だそうですが……いったい、どういう……」


(お嬢様ー! ボロが出だしたー!)


 エステルお嬢様が時折、訳の分からないことを口走るのは、身内の人間には周知の事実。この令息は恐らく知らないだろうが、これ以上は危ない。

 焦ったマリーは、必死で手元の細い紐を引く。

 その紐は密かにお嬢様の足首に繋がっており、マリーが「危ない」と判断した時にはお嬢様に伝わる仕組みになっていた。お嬢様のアイディアに、主の身体に紐は……とも思ったが、背に腹はかえられなかった。

 足首の違和感に気付いたのか、エステルお嬢様はコホンと一つ咳払いをしてみせる。そのまま、笑顔で「頑張ってくださいね」と告げると、傍らに控えていた屈強な男性が、ルヴァスール伯爵令息を引き剥がしにかかった。

 黙ってそのさまを見送り、エステルお嬢様は次の客に微笑で向き合った。







「……もう! もう! お嬢様!」

「ごめんごめん、マリー。でも、大丈夫だって」

「胃に穴が空いたらどうしてくれるんですかー!」


 緊張の糸が切れ、帰りの馬車の中で絶叫するマリーに、エステルお嬢様は苦笑してみせる。

 余裕なその態度が悔しくて、マリーは顔を(しか)めた。


「それにしても……いくらドゥニ様を煙に巻くためとはいえ、よくもあんな口から出まかせを」

「え? 私本気だよ?」


 きょとんと首を傾げたお嬢様に、マリーの口はぱっかりと開く。

 何んだかとても、嫌な予感がする。

 恐る恐る自分の様子をうかがっている侍女には気付かず、お嬢様は興奮気味に叫んだ。


「さあ、次のベストセラー作家は誰かな!?」

「――お願いですから、また余計な仕事抱えないでくださいね!?」







 お嬢様は一年後、『コンテスト』なるイベントを行った。

 テーマと文字数、その他いくつかのルールを定め、王都中から小説を募ったのだ。

 応募作品がルールを守っているかどうかは、昨年サイン会を開催した書籍屋の店員たちが協力してチェックしてくれた。お嬢様はチェックを潜り抜けた作品に目を通し、特に面白いと思ったものいくつかに、講評を寄せた。それらには早くも、お嬢様の小説を扱う新聞社から、出版の話が出始めているという。


 こうしてこの国には少しずつ、自由な読書文化や、女性の自立支援が広まっていくのだが、それはまた別のお話。

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