第7話:蒼玉の腕輪と「いつもと違うもの」
蒼玉の腕輪が見つかったのは、ちょうど宦官たちの朝の点呼が終わった直後だった。
見習い女官のひとりが水場の裏手で拾ったそれは、あまりに高価そうな作りに、最初は盗難品かと思われ、宮中が一時ざわついた。しかし、装飾の細工は「王族でも上級妃でもない者が身につけるには不釣り合い」とされ、誰のものか判別できぬまま、腕輪は私の手元にやってきた。
「鑑定してみる?」
そう言ったのはいつものように気まぐれな侍医・青墨だった。手のひらに乗る蒼玉の腕輪を、彼は陽の光にかざして目を細める。
「こういう色石は、採れる地で成分が微妙に違うからね。君なら、何か“変なところ”に気づけるかと思って」
“変なところ”。この言い回しを彼が使うときは、大抵、誰かが気づかないよう細工をしたか、あるいは「気づかせないこと」が鍵になっているときだ。
私はそっと腕輪を手に取る。石は澄んだ青、彫りは浅くも細やかで、表面はわずかに摩耗している。それよりも。
(……おかしいわね。模様が、片方だけ反転してる)
唐草の意匠のうち、右半分は左と鏡合わせになっていた。だが、これはデザイン上の偶然というには奇妙すぎる。職人が左右非対称を意識的に刻んだ可能性が高い。
「この彫り、模様の“ズレ”を意図してる。つまり、そういう“暗号”の類じゃないかしら?」
「やっぱり君は面白いね」
青墨は笑い、奥から火打ち石と小瓶を持ってきた。瓶の中身は透明な油で、彫りの中に流し込むと――模様の一部が、浮かび上がる。
そこには、唐草の蔓に隠れるように、三つの小さな文字が刻まれていた。
「『水・東・九』?」
「座標か、時間か、それとも……」
私は一瞬で、あの噂を思い出す。
(――先月、東苑で水死体が上がったっていう噂、あれも“九の井戸”の話だった……)
腕輪は、もしかすると、何かを“知らせようとしていた”のではないか?
そして思い出す。先日、腕に包帯を巻いていた下女がいたことを。彼女は誰の目にもつかぬよう、手を袖で隠していた。あの腕には、確か……
(何かを巻いていた。――腕輪?)
「青墨様、この腕輪、“誰かに戻す”前に調べたい場所があります」
彼は面白そうに私を見つめると、にやりと笑った。
「じゃあ案内してくれるかい。僕はその“九の井戸”ってところに、妙に興味が湧いてきたよ」
――その夜、井戸端には誰もいなかった。だが水面に浮かぶ蓮の花の下に、もう一つの“腕輪”が沈んでいた。
片割れ。蒼玉の双子。
そしてそれは、次の事件の扉を、音もなく開けてしまったのだった。




