第25話:土に還る雨と、咬まれた村
雨は、六日目になっても止まなかった。
空は鉛色に沈み、風は冷たい湿気を含んで皮膚をじっとり濡らす。
診療院の裏庭で、ユウは土を掘っていた。
濡れた土を両手ですくいあげ、露出した地表に嗅ぎ慣れない臭気が鼻先をかすめた。
──薬草の匂いではない。
腐敗の匂いとも違う。けれど、何かが**“動いている”匂い**。
「やっぱり、ここだったのね」
声をかけてきたのは、フィレナだった。
傘代わりに診療用の革製マントを羽織っている。
「この雨、地中の空気を変えてる」
「空気だけじゃない。菌だ」
ユウはすくい上げた泥土の中から、白く光る微細な繊維状のものを取り出した。
「これは……カビ?」
「いや、毒胞子だ」
彼の声は低かった。
「湿度に反応し、成長する。もともとは地下の古い廃坑に繁殖していた種類だ」
「じゃあ、村の病も……」
「症状が一致する。湿疹の部位は、皮膚の薄い場所──つまり、皮膚呼吸から侵入してる」
ユウは草をむしり取り、観察用の拡大鏡を覗き込む。
「咬傷に見えた痕は、実は胞子が皮膚に食い込んだ跡だったんだ。あれは“咬まれた”のではなく、“咲いた”んだ」
フィレナの眉がひそめられる。
「じゃあ……雨が降るたびに、この村は毒を吸ってる?」
「……そういうことになる」
しかし──と、ユウは続ける。
「それだけでは、説明がつかない」
「どういうこと?」
「胞子が繁殖するには、媒介がいる。菌糸はただの自然の作用じゃない。“誰か”が、これを撒いた痕跡がある」
それを裏付けるかのように、彼は地面をさらに掘り返す。そして──
「これは……!」
出てきたのは、**木箱に入った錬金術用の“温度活性触媒”**だった。しかも未使用。
「こんなもの、村人が使えるはずがない」
彼はそれを布で包み、診療院の室内へ戻った。
夜。
ユウは、使用済みの試薬を整理しながら、記録帳をめくっていた。
(リーニャの容態は安定している。が、子どもたちの熱が下がらない)
そこで彼の目が止まる。
(……いや、待て。全員の共通点だと思っていた“手首”の湿疹……実は違う?)
再び彼は記録をなぞり直す。
ラシェの妹──首の後ろ。
リーニャ──左足首。
別の村の男──脇腹。
(位置がバラバラだ)
そして、彼はようやく気づいた。
「──寝具、か」
子どもたちは、全員が自宅の布団で寝ていた。
リーニャもまた、自宅の寝室で倒れていた。
だが、ラシェの妹だけは──診療院のベンチで倒れていた。
(……なのに、同じ胞子反応)
つまり、空気感染か?
そのとき、ユウの中ですべてがつながった。
翌朝、ユウは村の役人を集めて言った。
「この村の裏山に、封じられていた古い廃坑があるはずです。以前、魔石鉱が採掘されていた場所。そこが、感染源です」
ざわつく村人たち。
「廃坑は十年以上前に封鎖されました」
「それを“誰か”が開けた」
ユウは例の木箱を見せた。
「これは触媒だ。開封した直後に雨が降った。つまり──雨によって“胞子が拡散すること”を、計算に入れていた者がいる」
「そんな……それって……」
「この村が、実験場にされている」
言葉が落ちると、室内は静まり返った。
「でも、誰がそんな……」
「“風の王女”の一行が来ていたのは覚えているか?」
フィレナが言った。
その瞬間、ざわめきが再び起きる。
「まさか、あの人たちが──」
ユウは、懐から小瓶を取り出す。風の王女が去ったあとに残されていた、使用済みの香油。
「この香の成分にも、同じ胞子が検出された」
夜。
ユウはひとり、診療院の裏で月を見ていた。
(なぜ“風の王女”がそれを運んでいた? 彼女は、利用されたのか。あるいは──)
雨はようやく止みかけていた。だが、空気にはまだ、どこか不穏な気配が漂っていた。
闇に浮かぶ村の輪郭は、まるで誰かがじっと見下ろしているように歪んでいた。
構想を練るので、少しの間お休みします。




