第24話:雨がやまぬ村と、疑いの種と
朝から、雨が降り続いていた。
濡れ鼠のような子どもたちが診療院に駆け込み、咳き込みながら床に座り込む。何人かは熱があり、ひどく消耗している。ユウは急ぎ、薪をくべて室内を暖めながら、各自の容態を確認していた。
「いつから雨が止まらない?」
「……もう、五日目だって、母ちゃんが」
返事をしたのは、村の少年ラシェだった。痩せた肩を震わせながら、彼は仲間の少女に毛布をかける。少女は高熱で意識が朦朧としていた。
ユウは、子どもたちの体を拭きながら、静かに思考を回す。
(この季節にしては、異常すぎる)
辺境とはいえ、五日連続の降雨は過去に前例がない。そして、この異常気象に呼応するように、原因不明の熱病が村に広がりつつあった。
──それはまるで、「雨と一緒に病が降ってきた」ように。
診療院の棚から薬草を調合しながら、ユウは子どもたちの皮膚に小さな湿疹ができているのに気づいた。
(虫刺され……ではないな。配置が妙だ)
湿疹は、皆おなじ部位──右の手首の内側にのみ現れていた。
そこにだけ、かすかに赤い円が広がっていた。
と、診療院の扉が乱暴に開かれた。
「ユウ! 来てくれ、リーニャが倒れた!」
村の青年リクトが泥まみれで駆け込んできた。彼の恋人リーニャは、数日前から体調を崩し、ユウの指示で自宅療養中だった。
「場所は?」
「川辺の畑……って言ってたけど……!」
ユウはすぐさま防水の外套を羽織り、薬箱を手に飛び出した。雨は相変わらず、視界を滲ませるように降り注いでいた。
リーニャが倒れていたのは、川沿いの茂みの奥だった。
彼女の呼吸は浅く、口元には泡を吹いていた。ユウはすぐに脈を取り、瞳孔の状態を確認する。
「……これは、薬草の成分と合致しない反応だ」
脈拍の乱れ、呼吸の抑制、瞳孔の収縮。これらは自然由来の毒物ではなく──人工的な成分による中毒症状。
しかも、先の子どもたちの症状と一致していた。
ユウはリーニャの袖をまくると、そこにも例の赤い湿疹があった。だが、場所は右手首ではなく──左足首の内側だった。
(違う。これは、「咬傷」だ)
皮膚の下に、小さな牙のような痕跡が見えた。
(なにかに……噛まれてる?)
そのとき、草の向こうで音がした。振り向くと、濡れた獣のような影が木々の間に潜むのが見えた。
一瞬、視線が交錯する。
その瞳は、獣ではなかった。人のものだった。
──まるで、「見られること」を意識したような目。
「つまり、“誰か”が、村の中に放ったってことか?」
その夜、診療院の灯のもとで、ユウはフィレナに報告を行っていた。彼女は静かに頷きながらも、眉根を寄せた。
「目的がわからないわ。病を流行らせて、村を潰すつもり?」
「もしくは、実験だ」
ユウの声は冷ややかだった。
「毒性の実験……それも、“天候と症状の関連性”まで含めた、大規模なテスト」
沈黙。
フィレナがぽつりと口を開く。
「──風の王女のこと、まだ気にしてるの?」
ユウは答えなかった。
あのとき見た「瞳」が、まだ頭から離れない。
(あれは、獣の目ではない。人の……けれど、獣のような)
彼は天井を見上げる。
外では、また雨が音を立てていた。




