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第23話:双子の王子と凍った時間

 王宮の奥深く、北の小塔――そこは、陽も届かぬ孤島のようだった。


 ユウは、ぴたりと止まった時のような空間に足を踏み入れる。石造りの壁には古い紋章が刻まれ、凍てついた空気が微かに震えるように彼の頬を撫でた。


 「ここが……“影の王子”の部屋?」


 案内役の女官は、沈黙のまま頷くだけだった。


 王太子の双子――表向きには存在しないはずの弟が、この部屋で長年、幽閉に近い生活を送っているという話は、王宮でも囁かれる禁忌のようなものである。だが、ユウは確信していた。あの呪詛は、どこかこの部屋とつながっている。


 音を立てずに扉を開けると、そこには、ひとりの青年が佇んでいた。


 窓辺に座り、白磁のような横顔で外を見つめる彼は、確かに王太子と瓜二つだった。


 いや、それ以上に――異様なほどに“整いすぎて”いる。


 その目がこちらを向いた瞬間、ユウの心臓がひとつ、余計に跳ねた。


 「君が……ユウか」


 その声音は、氷のように冷たく、炎のように静かだった。


 「初めまして。突然の訪問、失礼します」


 ユウは軽く一礼する。だが、目の前の王子(?)は微笑もせず、ただ静かに言った。


 「兄が死んだそうだね」


 ユウの背に、冷たいものが走る。


 「……どこまでご存じですか?」


 「すべて、とは言わない。だが、“いつかこうなる”ことは、わかっていたよ」


 この部屋は時間の檻だ。


 ユウはその確信を強くした。王族の中でさえ、この存在を知る者はほとんどいない。だが、彼の眼差しは、まるで“外のすべて”を見透かしているようだった。


 「呪詛にかけられた王子殿下の死は、あなたにとって“想定内”だった?」


 「呪詛など……滑稽な話だ」


 王子(仮)は、窓から目を離さず、ぽつりと呟いた。


 「――王族が死ぬとき、常に『病か毒か祟り』だと決めつけるのは、思考の怠慢だ」


 ユウの眉が僅かに動く。


 「……つまり、呪詛ではない?」


 「呪詛を使えば、誰も真相を追わなくなる。だからこそ都合がいい」


 青年は立ち上がり、ユウに近づく。動きに無駄がない。眼光も、呼吸も、計算されたように整っている。


 「兄はね、あれで案外、善人だった。だが、“王”にするには甘すぎた」


 その言葉の意味を、ユウはまだ完全に掴めていない。


 「……あなたは兄君を、恨んでいた?」


 「いや、憎んではいない。ただ、彼が死ぬことで、“私の役割”がようやく動き出すのだ」


 ――“役割”。


 ユウはその言葉に強く反応した。


 「あなたは何者ですか?」


 「さあ、それを判断するのは君の役目だろう?」


 まるで、医師としての“診断”を試されているかのような視線。ユウは無意識に、彼の肌の色、声帯の響き、動作の癖、瞳孔の開き具合などを観察する。


 そこには、何かが“欠けている”。


 「……まさか、“作られた存在”?」


 口に出した瞬間、青年の笑みが、初めて浮かんだ。


 「正確には――“選ばれた器”だよ」


 背筋に電流が走る。


 水平思考の鍵が、開いた。


 この王子は、単なる双子ではない。


 “王家が非常時に備えて育てた、秘密の影武者”――それが彼の正体だ。


 だが、影であるべき彼が、今や主役を欲している。


 「君がこの国を診る医者なら……私のことも、診てみてほしい」


 その眼差しは、冷たくも懇願のようで、どこか痛々しかった。


 ユウは静かに頷いた。


 「わかりました。ならば、まず“あなたの名前”から、聞かせてください」


 青年は目を伏せ、そして――


 「……それが、まだ決まっていない」


 言葉は、どこまでも虚ろだった。


 


 それは、自分が“誰か”であることを、まだ許されていないという痛みだった。


 王宮に巣食う影は、呪詛でも毒でもない。もっと根深く、制度と血筋と役割に絡みつく――“人の形をした矛盾”だ。


 


 ユウは、この国の“本当の病”を診つつある。


 


 そして次の瞬間――廊下から、急報が届く。


 


 「第二王妃が倒れました! 口から泡を……!」


 


 王の継承をめぐる、さらなる“毒”が、いま噴き出したのだった。

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