第21話:風の王女と、閉ざされた扉
診療院の朝はいつも早い。
ユウは、昨日の審裁での応酬を思い返しながら、薬草棚を整えていた。
だがその静けさを破るように、風のような声が吹き込んだ。
「ユウ! 入っていい?」
無遠慮に扉を開けたのは、王女アレッタだった。
今日は侍女もつけず、旅人のような簡素な外衣に身を包んでいる。
「また逃げ出したんですか」
「逃げたんじゃないの。会いに来たの」
そう言って微笑む彼女の頬には、少し泥がついていた。馬を走らせて来たのだろう。
「医者を裁く場所より、あなたの診療所のほうが、ずっと清潔で、正しい気がするの」
ユウは苦笑して、薬湯を差し出した。
「なら、今度は王宮の扉を診ましょうか。開かない扉には、何か理由がある」
「どういう意味?」
ユウは棚の奥から一枚の地図を取り出した。
それは、王宮の地下――正式な設計図には載らない、古い“隔離区”の案内図だった。
「香毒事件の時、この地図の“第七処置棟”から出入りしていた形跡があります。だが今は、門が封じられている」
アレッタは目を見開いた。
「そこは……私の祖母が、幽閉されていた場所」
「王妃殿下が? どうして」
「病だったの。でも、詳しくは語られず、“静かにお眠りになった”って……」
ユウは地図に目を落としながら、独り言のように呟いた。
「“病”と“封印”は似ている。どちらも、外に漏れたら困るものを隠す手段です」
その夜、ユウとアレッタは秘密裏に“第七処置棟”へ向かった。
古びた階段を下り、誰も通らぬ地下廊に足を踏み入れる。
そこには、薬草と鉄錆の入り混じった臭いが立ちこめていた。
かつて“病”を閉じ込めた場所。その残り香は、まだ壁に染みついている。
扉の前で、ユウは立ち止まった。
「鍵が……違う。普通の医療棟の鍵じゃない」
アレッタが懐から細い髪飾りを取り出す。
「使えるかもしれない」
鍵穴に差し込むと、カチリ、と音が鳴った。
扉はゆっくりと開き、封印の中が明らかになる。
そこには、棚に並んだ薬瓶、血のついた器具。
そして、中央には、いくつもの文書が広げられていた。
ユウは一枚を取り上げ、眉をひそめた。
「これは……“妃候補者に対する生体実験”……?」
それは、過去に行われた非道な研究の記録だった。
体質改善を謳いながら、薬草の投与実験。
“適合した者”だけが、生き残ったという事実。
アレッタは青ざめ、後ずさった。
「お祖母様も、その中の一人だったの……?」
「可能性はあります。王家の血統が“選ばれる”のではなく、“選別される”ように作られていたなら」
ユウは薬瓶を手に取り、成分を分析する。
「この成分……“不活性化させた香毒”の原型。今の毒事件は、ここから派生した」
王宮の病は、まだ終わっていなかった。
いや、“始まってすらいなかった”のかもしれない。
地上に戻った二人に、夜風が冷たく吹きつけた。
「ユウ。私……逃げちゃいけないよね」
「誰かが、正しく診なければ。“嘘のままの歴史”は、いずれ誰かをまた殺す」
アレッタは、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ……私は、王族として、王宮の“病”に向き合う」
ユウはその言葉を受け止めながら、空を見上げた。
この風が、彼女の運命をどこへ運ぶのか。
そして、その風が巻き起こす“改革”が、どれほどの代償を伴うのか。
ユウは、ただ静かに見守ることしかできなかった。
完結済みにしておきます。




