5話 2人目
7月20日まで毎日投稿(午後8時50分ごろ)目指します。
近くのコンビニでアイスを買って食べる。帰ってくるまでどこかで待つしかない。
夜になった。午後7時。アパートの2階に誰かがやってきた。すぐに追いかける。
「あの、大沢さんですか?」
「誰!」
あからさまに警戒している。やっぱり女の子だった。年は同じくらいでかわいい子だ。
「あの、最近悪夢見てない?」
「悪夢? あなたもしかしてあの夢のことを知っているの?」
「ああ。俺もあの悪夢を見たからね」
「左手がいつまでもそろわないって、そんな夢よ」
「その原因、あのお米なんだよ。お隣の大男に分けてもらったお米」
「お米が原因なの? あなた、変なこと言うのね」
「俺は式目っていうんだ」
「……式目さん。あなたにお米を帰せば悪夢を見なくて済むの?」
「ああ。そういうことみたいだよ。君を入れてあと2人なんだ」
「持ってくるね」
そのあと、大沢さんは米を持ってきてくれた。
「食べてないの?」
「もらったけど、悪夢のせいで食欲なくて」
「ごめん。お詫びにおごるからファミレスでもいかない? ちょっとお腹すいちゃって」
「……わかった」
ということで、意外なところで女子との出会いがあった。
ファミレスに入る。アパートが暗くて顔や全身がよく見えなかったけど、ここならよく見える。全体的に痩せ気味で、目の下にクマができている。でも、顔はかなり整っている。
「何食べますか?」
「お腹いっぱいになれば何でも」
というのでごはんおかわり無料の定食を注文する。
大沢さんは勢いよく食べ始めた。
「正直、最近ごはんあまり食べていなくて」
「最近物価高いよね」
「そうなんですよ。おかげで1日1食しか食べてなくて。あ、おかわりいいですか」
「どうぞ」
このお店はまだ定職のごはんのお代わりをやっているので注文する。
3杯くらいお代わりして満腹になった大沢さんは満足げな笑みを浮かべていた。
「ああ、生き返る。これで悪夢はもう見なくていいんですよね」
「たぶんね」
「東京から横須賀って結構遠いと思うんだけど、なんでわざわざ米を取りに来たの?」
「実は」いや、これいっていいのか? いってたらきっと変な奴だと思われるんだろうな。
「実は?」お腹いっぱいになって元気になったのか、食いついてくる。かわいいから答えないわけにもいかない。
「言っても信じないと思うよ。家の外の公園が光って、米粒が落ちて来たんだよ」
話をしてしまった。もちろん枝葉議員の事件は伏せて。
「なるほど。その世直し侍のためにお米を集めているんだ」
「そういうことだ」
って、あれいつの間にか体がお思い通りに動かない。
「式目くん、ちょっと雰囲気変わった」
「吾輩が世直し侍だ」
「え? 面白い。一人二役なの? それとも本物?」
「本物だ」
『おい! 俺の体返せよ』
「ちゃんと返すさ。世直し侍に興味があるから答えてやろうとしたまでのこと」
「口調も変わっちゃった」大沢さんは口を開けて驚く。
「大沢。君は世直しに興味があるのか?」
「う~ん。いまの世界はちょっとおかしいっていうか、なにかしたほうがいいんだろうけど、わかんない」
「わかんない? どういう意味だ」
「だって、20歳の若者だよ? 政治も社会も全然わからないし、世直しとかよくわからないし」
「20歳は立派な大人だ。自分の生きる社会に責任を持つべきではないのか?」
『おい! 勝手に大沢さんに説教するなよ、世直し侍!』
こいつ、本当に勝手だな。
大沢さんは悩んだ様子で。「責任か。そろそろ就活もしないとなあ」
「就活がなにかはわからないが、大沢にはなにか成し遂げたいことはないのか?」
「夢ってこと? そうだなあ。仕事はほどほどでいいから、バンド組んで楽しくくらしたいかな」
「甘えるな!」
大声が頭に響き渡る。
「甘えてるつもりないんだけど」
「間違った世の中をただす、それは大人の責任だ。大沢。お前には責任感がない。いつまでも子供のままだ」
「わかってるよ。わかってるけどさ、どうしたらいいわけ?」
大沢さんは大きく息を吐きだす。
大沢さんの気持ち、わからなくはない。いまのままモラトリアムを味わうことができる期間は限られている。就活もある。就職して1人前の社会人になって家族を養ったりしないといけないのもわかる。
でも、面倒なんだよ。そこに希望があるのかわからない。
日本はこれから衰退していくと思う。それだけは確かだ。
『いまさらなにかしようとしたって無駄じゃないか』とつぶやく。
世直し侍が答える。「式目殿。それは違う。この国は確かに腐っているようだが、救いようがないほど手遅れでもない。まだ間に合うはずだ。いまならまだ世直しできる。もし不可能なら、我々もこの時代の日本になど来なかっただろう」
「なら、手伝いたい」と大沢さんが俺(いや、世直し侍)の目を見て言う。
「そうか。では連絡先を交換しよう。いずれ手助けが必要な時が来る。それまで力を蓄えておくのだ」
「はい。世直し侍さん」
というわけでやっと体が戻ってきた。
「はあ。やっと戻れた」
「……目が変わった」
「目?」
「いまは式目君でいいんだよね」
「ああ」
「今日はおごってくれてありがとう。また会おうね」
「ああ。またね」
という感じで分かれた。時間は10時を回っていた。
急いで駅に向かう。
奇妙なめぐりあわせというのはどんなときにもある。
枝葉議員のときもそうだった。たまたまいった氷川神社にたまたま枝葉議員がいた。
それは本当にたまたまだったのだろう。
見覚えのある顔の男が夜道を一人で歩いていた。
時計を気にしている。どうやら車を待っているようだった。
40代のすらっとした若い雰囲気のある男が見える。
一瞬目が合った。
そのとき頭の中で声が響く。
『こいつは悪人だ。すました顔して多くの人間を惑わしてきた』
俺の体が動かなくなった。
また体をやつに乗っ取られてしまった。
あとの祭りだ。
『やめろ! 世直し侍。その人は農水大臣だぞ』
「わかっている。お大臣様というやつだろう?」
だめだ。こいつは説得に耳を貸すような奴じゃない。
誰も通らない夜道、世直し侍は両手を振り上げ、まっすぐ男に斬りかかった。
男はなにが起きたかわからないまま、尻から座り込んだ。
どうやら、斬ろうとしたタイミングでたまたまた転んでしまったようだ。
「この悪の子め。有権者が許しては吾輩は許さないぞ! 御成敗!」
もう一度世直し侍が振り下ろす。
彼の体から血しぶきが噴き出した。
そのあと、世直し侍は走って駅へ向かった。
駅の近くで俺の体が戻ってきた。
トイレに行き、さっき食べたものを吐いた。
下半身に返り血がついていることに気づいた。ずぼんを脱ぎ、米を入れるために持ってきあ予備の袋に入れた。幸い、短パンを持っていたのでそのまま履き替える。
少し血の匂いがするかもしれない。できるだけ乗客が少ない先頭車両に乗る。終電前だったからそこまでの込み具合ではない。
血の匂いがしないか、それだけが心配で周囲を見る。周りの人間は俺に関心がないみたいだった。
「もう終わりかもしれない」
2人も斬ってしまった。一人は野党の有力者、そして現役大臣まで。
逮捕される。もう俺の人生は終わりだ。
悲しくて涙が止まらなかった。
自宅に帰ってきてからズボンについた血の汚れを取れるまで取れるまで洗い続けた。
読んでくれてありがとうございました。