4話 横須賀
7月20日まで毎日投稿(午後8時50分ごろ)目指します。
俺はというと、回収したコメを炊いて食べていた。
食事時になると、あいつは俺の体を乗っ取って勝手に米を炊いて食べてしまうのだ。
米を食べるほどに、俺の自由時間が減っていくのを感じる。でも止められない。
いっそのこと米を捨てようと思うが、金もなくて冷蔵庫もから。ほかに食べるものはない。
大学にも行った。相変わらずのぼっち大学生活を楽しむこともなく、講義に出席して、ノートを取るだけ。
『これで半分だ』
そう。60キロのコメのうち、すでに30キロを食べてしまった。考え事をしていると、腹が減ってしまう。実家からの仕送りも最近の物価高で減っていて、米を食うしかない。
1日のうち、寝ている時間を除いて8時間がやつの手の内にある。
60キロすべて食べきったら体を世直し侍とかいうやつに乗っ取られてしまう。
俺は焦っていた。でも、解決策はなかった。
「そうだ。バイトをしよう」
これまでは仕送りでなんとか食べてきたが、最近のシャレにならない物価高のせいで仕送りだけで生活するのは無理になった。バイトをすれば給料が入る。給料が入れば米以外の食べ物を食べてお腹いっぱいにできるという算段だ。
「よし、バイトを探すぞ」
バイトを探すとあるある。最低賃金くらいだが、それでもいろいろある。コンビニは大変で論外。飲食も接客とかできないし、料理もできない。パスタをゆでたり米を研ぐくらいしかできない。
タイミーというアプリを入れた。これで空いた時間にちょっとバイトできる。大学生の生活にもあっている。
そんなんでタイミーでバイトをして小遣いを稼ぐようになった。
食事の前になると体が勝手に米をとぎセットし始める。
「あのさ、相談があるんだけどよ」
頭の中で声が響く。『なんだ。残り2人から米を取り返すつもりになったか?』
「前からおかしいと思ってたんだけど、お前居候だよな。居候の分際でなんで命令してくるんだよ」
『居候? 確かに体を借りてはいるが』
「ルールを決めよう。勝手に体を使われるのは不愉快だ。もし今後も主人である俺の許可なく体を使ったら自首してやるからな」
『それは困る。自首したら米を取り返せないし、死ねないではないか』
「米は食べる。米を取り返しにも行ってやる。ただし、俺の許可なく体を動かすな」
『そんな約束はできない』
「できないならいまから警察に行って自首するだけだ」
『わかった。体を動かす主導権は引き続き式目殿に渡す。勝手に体を乗っ取らないと約束しよう』
「交渉成立だな。明日講義ないし、取りに行ってやるよ。残り2人はどこにいるんだ?」
『神奈川だ』
「神奈川ならまあ遠くはないか。わかったいこう」
転売されたお米は残り5キロ。
目的地は神奈川県横須賀市。
大宮と比べるとそんなに人がいないというか、静かな感じの街だ。
中心部から離れた住宅街にまた2階建ての古そうなアパート。なんでまた2階建てのアパートなんだ。まあ、俺もそうなんだけどさ。みんなかねないのかな?
チャイムを鳴らす。
「なんですか?」
と目の下にクマのある明らかに寝不足の熊みたいな大きい男が出てくる。
「あの。悪夢を見ていますよね」
「なんで知ってるんだ?」
「夢でいわれていますよね。米を着た若い男に渡せと」
「知らねえ」
「え? でも」
「知らねえっていいってるだろ! しつこいんだよ。俺は眠いんだ」
ばたん
扉が閉じる。
「いや、だから米を渡せば悪夢を見なくなるんだって」
『バカなのだろう。どこの世界にもいる。ああいうバカは』
「バカって、言いすぎだろ」
扉が勢いよく開く。
「てめえ、いま俺のことバカにしやがったらだろ!」
その恐ろしい顔と臭い息に圧倒されて後ずさりする。なんだこいつ。
「お、落ち着いて」
「この野郎!」
太い腕が伸びてきて、俺の体は吹き飛んだ。
青い空が見える。
痛い。痛みがして、口の中が鉄っぽい。やばい、歯が抜けたかもしれない。抜けなかったとしてもやばいかも。
「俺をバカにしやがって、ただで済むと思うなよ」
男が近づいてくる。このままじゃやられる。
『代わるか?』
「代わるって、この状況を何とかできるのかよ、世直し侍」
『造作もないことよ』
「なら任せる」
意識が奥に引っ込む。同時に痛みもなくなった。
俺の体が立ち上がる。
「なんだ。やる気じゃねえか。寝不足でイライラしてるからな、サンドバッグになってもらうぜ!」
また太い腕が伸びてくる。てか、こいつなにしてるんだ。体ムキムキすぎるだろ。
もやしみたいな俺の体がうまく、こぶしを避ける。
「よけるんじゃねえよ! この腰抜け!」
次々とパンチを繰り出してくる。
それを世直し侍はうまくよける。俺の体なのに別人みたいだ。
「くそ!」とイラつく大男。
『なあ、なんで反撃しないんだ?』
「この腕は細すぎて大したダメージを与えられない」
『前みたいに剣を使えば』
「あれは悪人を成敗するときにしか使えない」
『こいつもいきなり殴りかかってくる悪人だろ。正当防衛だよ。やり返せよ』
自分の体だが、いまは世直し侍が操作しているから言いたい放題だ。
「悪人というのは悪人リストに記された人間および団体に限る。この男の名前はリストにはない。当然だ。メルカリで米を買っただけなのだから」
『いかにも悪そうな顔してるけどな』
「それは彼が寝不足で元から悪い目つきがさらに悪くなっているからだ」
『早く米を取り返そう』
「よし。では、気絶させよう」
世直し侍は右手の手刀で大男の後ろに回り、首の後ろをマンガみたいにとんとたたく。
大男はコンクリートのマットに沈んだ。
「よし! KOだ!」
お、体が元に戻ってくる。そして、痛みも戻ってきた。
「痛い! 痛いって。なにこれ」
頭の中で声が響く。『戦闘中はアドレナリンが出ていたから痛みが少なかったが、戦いが終わって一気に痛みが襲ってきたのだ』
「おまえ。世直し侍。わかっててかわっただろ」
『その痛みは殴られたご主人様である式目殿のものだ。持ち主に返しただけだ』
「このやろう。……でもまあ助かったぞ。世直し侍が変わってくれなかったらもっと痛かっただろうし」
いや、冷静に考えるとこいつの米を回収しにわざわざ横須賀に来たんだからこいつのせいでは?
『この男が目を覚ます前に米を回収するんだ』
「はいはい。わかってますよ」
コメ3キロを回収するために部屋に入る。
キッチンすらないボロアパート。家賃もかなり安そうだ。というか、炊飯器も鍋もないんだが? 見てみるとコンビニ弁当のごみが袋に入っていたり、そこらへんに放置されている。
「こいつ米炊いてないんじゃないか?」
そのあと狭い部屋を探したが米は見つからなかった。
外にいる大男を起こして問い詰めることにした。
「おい。あんた。米はどこだよ」
「米? なにを言っているんだ。……せっかくいい感じに寝ていたっていうのによ」
「いい感じに寝ていた?」
おかしい。こいつはいま寝ているときは悪夢を見るはず。なんでいい感じに寝てるんだ。
「なあ。答えてくれ。メルカリで買ったコメ3キロはどこに行った? もしかして食べたのか?」
大男は手をあごに乗せて少し考えた後、「米か。あれを勝手から変な夢を見るようになったから、隣のやつにあげたんだよ」
「隣の部屋って、どっちだ?」
「大沢ってやつだよ」
「そうか。ありがとう」
ってか、前米買ったやつも大沢じゃなかったか? よくある苗字だし、偶然か。
大沢のチャイムを鳴らすが出てこない。
「この大沢ってやつは昼間はいないのか?」
「楽器の音が隣からよく聞こえるよ。何度かうっせえって怒鳴り込んでやったから最近は静かだけど」
「それって、どこか別の場所で楽器引いてるってことか」
「なんじゃないか? 俺は知らねえよ」
「じゃあなんで米をあげたんだよ?」
「最近コメ食べてないっていうから」
反応を見てピンときた。
「大沢ってもしかして女の子か?」
「ああ、そうだ。ちょっと大食いで、バンドをやっているらしい」
「連絡先は」
「知らねえよ。そこまでの仲じゃない。ただのお隣さんだ」
とにかく大沢というやつを待つしかない。