3話 事件の余波
7月20日まで毎日投稿(午後8時50分ごろ)目指します。
「緊急ニュースです。本日午後4時ごろ、さいたま市大宮の氷川神社前で立件民衆党の枝葉副代表が何者かに切られる事件が発生し、さいたま市内の病院に運ばれました。意識ははっきりしていますが、重症です」
そこから病院が移り、中継の人が枝葉議員の容態について話をしている。
「なんだよこれ、現実なのかよ」
呆然とした。
あのあと、俺は体を動かせるようになって、そのまま逃げた。
その途中、例のアパートに米を受け取りに向かい、大沢から米を受け取ることができた。東京の1DKの自宅にとんぼ返りした。
「はあ、なんでこんなことに。俺、国会議員を斬っちゃったんだぞ」
正確には斬ったのはあいつなんだが。
頭の中で声が響く。世直し侍の声だ。
『命を残してしまうとは、まだまだ未熟であったな。もう少し体の操縦になれなければな』
「お前のせいだぞ! お前のせいで俺はお尋ね者になるかもしれないんだ」
『お尋ね者か。それもまたいい』
「ふざけんなよ! 俺の体なんだぞ。お前がやったとしても、逮捕されるのは俺なんだ。もう知らねえ。お前の体を取り戻す手伝いなんてするもんか!」
『それは困る。手伝ってくれ。そうしないと残りの2人が悪夢で苦しむことになるんだ』
「いまのこの瞬間が俺にとっての悪夢だよ!」
両手で頭を抱える。
もし逮捕されたら大学は退学。一生犯罪者扱い。家族も犯罪者の仲間だといわれるに違いない。
「立件民衆党の野蓋代表からのコメントです。
『まことに許しがたい犯罪です。民主主義国家ではあってはならないものです。いかなる理由があろうとも、暴力を許するわけにはいきません』」
やばい。なんか偉い人にも許されないとか言われている。野蓋だけじゃない。自由民衆党の石破茂総理大臣をはじめ、前原誠、玉菌、ほかにもいろんな政治家たちが怒っている。
テレビはさらに2022年7月8日に起きた元首相銃撃事件、さらに2023年の漁港で起きた爆弾事件などの記録映像を流す。
「このようなことが繰り返される原因はどこにあると思いますか?」
これに政治学者を名乗る男が答える。
「民主主義が壊れちゃっているのかな、そういうのは感じますね。来月6月には都議会議員選挙、7月には参議院選挙があります。選挙という形で民意を示す場があるわけですね。なので選挙に行け、といいたい」
「そうですね」と女性アナウンサーが言う。
「そうだよ。選挙で政治家を変えればいいんだ。それが民主主義なんだ」
頭の中の声が否定する。『違う。選挙なんかで変わりはしないのだ。政治を変えるのは天誅であり、悪の成敗であり、世直しなんだ』
「暴力で政治が変わるわけないだろ! 疲れた。もう寝る」
俺は眠りについた。
翌朝。目が覚めてネットを見てみた。
やほーのトップニュースには昨日の枝葉議員関連の記事が出ている。
「犯人はまだ捕まっていません」
もう俺はお尋ね者だ。もう終わりなんだ。
記事を下までスクロールして、やほーのコメント欄の1番上にあるコメントが目に入った。
政治家が襲われる事件って毎年のようにあるけどさ、いい加減政治家たちも態度を改めるべきなんじゃないか。
毎回民主主義が脅かされるとか、テロは許されないとかお決まりのコメントしているけど、お前らがくそみたいな政治をするからこういう事件が起きるんだろ。身から出た錆だよ。
これにいいねが2万ついてた。
「え? 嘘だろ」
ほかにもいろんなコメントがついていたが、枝葉議員の自業自得だという意見が圧倒的で、特に、枝葉議員の発言、国民が苦しいのに減税反対を訴えていたことがやり玉に挙がっていた。
「枝葉立て!」
と励ます意見もあったが、少数だった。
エックスを見てみるとトレンド1位から上位は関連ワードが並んでいた。マスコミと全く違う意見が流れていた。
「よくやった! LGBTを推進する枝葉に天誅が下ったんだ」
「立件民衆党のパヨク議員をよくやったぞ」
「もっとやれ! 辻木とか、ほうれんそうとかも斬れ!」
などと過激なポストが散見される。
いや、でもエックス民だしな。あいつらは極端で過激な意見が大好きだから真に受けすぎないようにしないと。
ネットを巡回してみたが、意外にもネットでは好意的な意見や、もっと過激な意見を言うものがたくさんいたことに驚いた。まるで自分がヒーローになったような気がした。
『ほれみたことか。民衆は悪い政治家を斬ってほしいと望んでいるのだ。やはり世直しが必要なのだ。選挙などという金権政治に別れを告げるときがきたのだ』
頭の中で響く世直し侍の声。
本当にいいんだろうか?
応援してくれている人もいる。もちろん、暴力はだめだという意見もたくさんあることはある。
でも、大学卒業したって、サークルも入ってないし、ガクチカもないから大した企業には入れない。日東駒専レベルの俺に明るい将来なんてない。
なら、いっそ太く短く生きた方がいいんじゃないか。
いやいや、ダメだって。
自首しよう。枝葉議員は死んでないんだし、いまからならまだ間に合うかもしれない。
そんな感じで悩むこと3日。不思議なことに俺は逮捕されることなくまた朝を迎えるのだった。
大学にも行ってみた。大学はいつも通りの雰囲気で、誰とも話すことなく講義を受けて、学食で食事をする。
学食で、学生たちがわいわいと騒いでいる。
「犯人まだ捕まってないんだってな」
「また安倍さんのときみたいに宗教絡み?」
「枝葉さん左派だし、過激な右翼とか?」
「そんな右翼、日本では絶滅危惧種だろ。ネットに閉じこもってるやつしかない」
「あいつらはデモとか参加するぞ。フジテレビとか、財務省とか」
「でも枝葉さんを斬るやつはいないだろ」
「個人的な恨みかな?」
「だろうなあ」
「氷川神社に行く予定はなかったらしいし、突発的な犯行だってテレビで言ってたし、本当にたまたまなんだと思うよ」
「ローンウルフだな」
「なんだっけ、ローンウルフって」
「一匹狼。山神みたいに一人でやるやつだよ」
「山神も今年の秋以降に公判やるんだっけ?」
「山神の銃弾で本当に死んだのかって俺は怪しんでいるけどな」
「また陰謀論か。お前好きだよな」
「いまは陰謀論が現実になっている時代だ。エプスタイン、ディディに日本ではジャニー、中居、性接待。ケネディ暗殺だって、CIAやほかの組織がかかわっていることが明らかになっている」
そのあとは陰謀論の話に変わった。
事件の犯人の動機が気になって話している声が聞こえて、俺は怖くなって家に帰った。
警察の捜査は難航していた。
「犯人は誰なんだ。どうして行列を作っていたくせに誰一人撮影していないんだ!」
事件捜査の指揮を任された管理官は机をたたく。
部下が答える。「枝葉はいま代表でもありませんし、握手の行列も前もって準備されていたものではなかったようです。目撃者の情報では20代の男が両手を振りかぶっておろすと、突然血を流して倒れたそうです」
「凶器は見つからないのか」
「目撃者は凶器をみていないそうですから」
「凶器がないと殺人未遂を立証できないぞ」
「近隣の防犯カメラで追跡しましたが、氷川神社近くのバス停からどこかに乗ったことしかわかりませんでした」
「おのれ。埼玉県警の総力をあげてホシを上げるんだ。さいたま市内の防犯カメラすべてを調べろ」
「はい!」
埼玉県警の懸命の捜査も実ることはなかった。なぜなら、容疑者はたまたま氷川神社にきて、見えない刃物で斬りつけた後満員電車に乗って東京に帰ったのだから。