2話 体を取りもどす
7厚20日まで毎日投稿(午後8時50分ごろ)目指します。
悪夢を見た。
俺の体がばらばらになっていて、体が自分を追いかけてくるのだ。手が地面を這いながら動き、足だけが飛び跳ねるように近づいてくる。そんな夢。
その夢を3日続けてみた後、俺はとうとう観念した。
「わかった。やるよ手伝う」
白い男が『それでいい』と答えた。
「で、どうやって集めるんだよ」
白い男は声だけで指示してくる。
『なに簡単なこと。米を拾った近所の人に、米を譲ってもらうように頼めばいい』
「もう食べちゃったんじゃないのか?」
『食べたものもいる。が、その人物の枕元に立ち、『米をやってきた若者に譲れ』といって悪夢を見せる。そうすれば気味悪がって渡してくれるだろう』
「なるほどな。それなら渡してくれそうだ」
誰が米を持っているかは世直し侍が知っているみたいで、俺の体を動かして勝手に進む。
「すみません」
玄関口から女性が出てくる。目にクマがある。寝不足なんだろうか。
「なんですか」
「夢で見たと思うんですけど、米を引き取りに来ました」
「ああ、やっと来てくれたんですか。早く持って行ってください」
女性は米を入れた袋を引きずって持ってきた。
「これで全部ですか」
「はい。まだ前の残りがあったので」
米を無事回収する。
そのあとも家々を回った。みな悪夢を見せられて憔悴しているようだ。変なコメを拾ったばかりに大変なことになったもんだ。
12軒から42キロを回収した。ちょっと炊いて食べてしまった人もいるみたいだったけど、だいたいは戻ってきた。
「残り8キロだけど、食べたり捨てた分をが3キロあるから残りは5キロか」
『順調だ。だが、ここからは困ったことになっている』
「なにかあるのか?」
『実は、米を転売した不届き物が2人いるのだ』
「いま米が高いからなあ」
『そうなのか? 前いた世界では米は一俵12万べい、5キロ1万べいくらいだったが』
「いくらなんでも高すぎだろ、そりゃあ。ってべいってなんだ」
『べいは前の世界で使われていた通貨単位だ。この国の円とほぼ同じ価値だと聞いている』
「やっぱり高いんだな」
『厄介なことに、その転売されたコメは売れて、どこか遠い場所に運ばれてしまっているのだ』
「遠いってどこだよ」
『埼玉という国だ』
「埼玉か。でもまあ首都圏だし。埼玉のどこ?」
『大宮という場所だ』
「しょうがない行ってやるか」
電車を乗り継いで大宮駅で下車。来るのは初めてだが、割と栄えている街のようだ。
そこからはよくわからなかったので(250521)スマホアプリで住所を入力してルートを調べる。普段あまり出歩かないけど、最近はいろいろ便利なアプリがある。
閑静な住宅街。そこにくたびれた感じの2階建てアパートがある。
「ここだな。名前、なんだっけ?」
『大沢だ』
「大沢ね」
表札を見る。表札が書かれていない部屋もある。空き部屋か?
そして、2階の奥に『大沢』という表札を見つける。
「お、大沢だ」
チャイムを鳴らす。
何度か押してみるが返事がない。
「留守みたいだな。帰ってくるまで待つか」
1時間くらい待ったが、こない。
「来ねえな。仕事かな」
『ところで、式目殿は仕事はしないのか?』
「一応学生だからな」
『学生? ああ、世直しのために勉学に励んでいるのだな』
「違うって。なんだよ世直しのために勉学って。ふつうに大学卒業するために決まってるだろ」
『大学を卒業すると立派な御一新の指導者になれるのか?』
「なんだ、その御一新って」
『世直しのことだ。世直し』
「世直し侍。お前、この世界にわざわざ世直しのためにやってきたんだよな。本当にご苦労なこった。誰かに頼まれたの? 報酬はどれくらいもらうの?」
『誰かに頼まれて世直しするなんてくだらない。世直し侍として生まれたからには世直しをするのが当然だ』
「え? じゃあ、誰に頼まれてもないし、報酬もないのに世直しなんてするのか?」
『報酬が全くないわけではない。ただ、式目殿には理解できないだろう』
「なんだよその言い方。きになるじゃねえか」
『報酬は威信だ。世直しをすると威信を集めることができる。威信を集めれば上位の格付けを得てなりあがることができるのだ』
「維新? ああ、明治維新みたいなやつ?」
歴史は苦手だからよく覚えてないけど、
『明治? なんだかわからないが、いまの世の中をただす、それが世直しであり、御一新だ』
「じゃあ、いまは令和だから令和維新ってことか」
そのとき、遠くから音が聞こえる。
『日本共産党です。わたしたち日本共産党は……』
「本当に宣伝カーはうるさいな。そういえば。7月に選挙かなんかあるんだっけ?」
世直し侍の声が頭に響く。『選挙? なんだそれは』
「高給取りのくそじじいどもの就職活動だよ。『国民の皆様のため』とかいって俺たちを嘘の公約でだますイベントだよ」
『なんと! くそじじいが国民をだますイベントだと。許せぬ。そんな国賊は一刀両断だ』
「ははは。そんなことになればスカッとするんだろうけどな」
いや、こいつなら、こいつならやりかねない。侍とか言っているし。
『そうか。一刀両断でスカッとするのか』
「じょ、冗談だよ。冗談。そんなことしたら警察に逮捕されるし、なにより、殺人なんてダメなんだからな。日本はほうち国家なんだ」
俺の体を使ってそんな物騒なことされたら逮捕されて大学も辞めさせられる。親にだって何て言ったらいいか。ここは全力で止めないと。
『なにを言っているのかわからないな。国賊は一刀両断。ずっとそうして戦い威信を集めてきたのだ。吾輩に任せるといい』
「いや」何とか気をそらさないと。「その前にお前の体を集めるんだろ」
『おおっとそうだったな。まずは大沢か』
危ない危ない。なんとかごまかせたか? だが、こいつは危険だ。こいつに体を乗っ取られたら、本当に一刀両断し始めるかもしれない。
待っていると近所の人の目が気になるので一度近くのカフェで時間をつぶすことに。
「そうだ。大学の課題レポートやらないとな」
ノートパソコンを取り出して、Wordを開く。
『なんだこの白い箱は』
「パソコンだよ。そうか。世直し侍は知らないのか。ネットにつながっていて、いろいろ調べものとかできるんだよ」
『便利だな。便利店にはおいてなかったが』
「なんだよ便利店って」
『便利店には便利なものがたくさん販売されていた。この国にもよく似た店を見かけたぞ』
「もしかしてコンビニのことか?」
『わからないが、たぶんそうだろう。それで、パソコンで何をしているんだ?』
「張り付けるんだよ」
『張り付ける? そのパソコンにはノリがあるのか?』
「コピペするんだよ。まずはそれっぽい記事を探して」
グーグルに単語を入力するかわりにチャットGPTに調べてもらう。すると、それっぽい記事が出てくる。その記事をワードにコピペする。
「一応根拠もあった方がいいよな。リンクも出してもらうか」
さらにリンクを調べてもらう。それを参考文献として載せておく。
「よし、レポート終わり。まあとりあえずCは取れるだろう」
『なんだかよくわからないが、レポートとやらは終わったのか』
「ああ」
注文したコーヒーを飲む。苦いな。「砂糖、砂糖」
砂糖を1袋追加で入れて飲む。
「いい感じだな」
それにしてもわざわざ埼玉の大宮まで来るとは。
「せっかくだし、なんか観光地とかないかな」
調べてみると案外いろいろあるみたい。
「大宮公園。いや公園は興味ないな。コクーンシティ。これはまあショッピングモールだよな。ほかは博物館とかそんなやつばっかりだな」
『ここは!』となにか興味を持っているみたいだ。
「なんだよ。氷川神社? ここが気になるのか?」
『この場所からは強い力を感じる』
「俺も行ったことないし、行ってみるか」
別に神社とかどうでもいいけど、せっかくだ。世直し侍に取りつかれた悪運を取り除けるかもしれない。
時間は午後4時。バスとか使って移動して氷川神社に到着。
神社の入り口がなんだか騒がしい。
「あ、あの人テレビで見たことある」
『テレビ? なんだそれは』
「確か、立件民衆党の枝葉議員だよ」
『議員。それはいいやつなのか、悪いやつなのか?』
「さっき言った選挙で通るじじいの一人だよ」
『なんと! 悪人ではないか!』
あ、これはヤバい。なんとか。
「そういえばこの前減税を訴えるやつは党から出ていけ、みたいなこと言ってたってネットで見たな」
『減税というのは、税金を減らすことだな。減税はよいことだぞ。それなのに減税派を追い出すということは庶民を苦しめる増税派だ! 増税は悪! よし、やつから一刀両断だ』
体が動かなくなった。やばい、体を乗っ取られた。
『なにするつもりだよ』
しゃべっているはずなのに声が出ない。
「決まっている。民衆を苦しめる国賊、増税派は成敗だ!」
『でも、武器なんてないだろ』
「心配には及ばぬ。刀とは魂の形。いま呼び出せばいい」
足が勝手に前に進む。一歩一歩確実に前に進み、枝葉議員に近づいていく。
右手にスマホを持っているだけで、武器なんてない(パソコンはリュックに入れてある)。いったいどうするつもりなんだ?
枝葉議員のところに握手を求める列ができている。それを無視して、横から近付く。
「立件民衆党の枝葉だな」
「困るよ。握手ならちゃんと列に並んでもらわないと」と枝葉が注意するのも聞かず、俺の体はなにも持たない両手を空に振りかぶる。枝葉も両手を見ている。
「悪人一刀両断!」
両手を振り下ろす。すると、枝葉議員が倒れた。胸には刀で斬ったような斬り傷ができていて、そこから血が流れている。
「斬り捨て御免」
そういって、俺の体はその場からあっという間に立ち去った。
まず1人。