第七話 滴る迷路【2/2】
翌朝、まだ朝霧の残るルーメンベルの街を、ブックメーカーの一行は再びダンジョンへと向かっていた。
ダンジョン入口前は、昨日と比べて殺伐としているわけでなく、早朝に比べて情報市が活気付いた。クロー・リング以外に冒険者が情報のやり取りをしている様子が見てとれた。
「クロー・リングの行進はもう終わってるみたいですね」
「そう見たい。朝一とは雰囲気も違うわね」
「クロー・リングの行進で情報を得て戻ってきた冒険者が情報を売り出しているんでしょうね」
「それを今からダンジョンに潜る冒険者が買い取って、ダンジョン攻略に活かしていくってわけね」
「これで昨日みたいにモンスターの大群に巻き込まれなくて済みそうだね〜」
「......そうだな」
ノエルが胸を撫で下ろすと、ドランも小さく頷いた。
「では僕達も入りましょうか」
「今日も張り切って行こう〜!」
ノエルの元気な掛け声にみんなが頷いた。
「それではみなさん!お気をつけて!」
セリカがブックメーカーのメンバーに手を振り、見送る。
「行ってきます!」
「行ってくるね〜!」
「行ってくるわ!」
「......」
それぞれがセリカに手を振りダンジョンの中へと入っていく。
ブックメーカーの姿がダンジョンの中へと消えていくのを見送ったセリカは胸元を強く握った。
「やっぱり......寂しいですね......」
セリカは唇をギュッと噛み締める。
「みなさんはああ言ってくれましたが......私だって冒険者の端くれ......並んで歩きたいですね......」
セリカはダンジョンの入り口上に立つ、ルーメンベルのシンボル、グランベルへと視線を上げる。
「私だって......!」
何かを決意したセリカは駆け出し、ダンジョン前の広場を抜け出した。
冒険者ギルドの扉を開け放ったセリカは息を切らしながら、受付へと向かう。
「......朝っぱらから騒々しいです。私は低血圧なので静かにしてもらえませんか?」
ミュレナはじとりと息を切らすセリカに視線を向ける。
「依頼を......お願いします......」
「依頼......?」
「討伐依頼をお願いします!」
セリカの眼差しは真剣な物であった。
ルーメンベル、第一階層。
クロー・リングの行進がないおかげか、第一階層は静まり返っていた。
第一階層をすでに踏破しているブックメーカーは戦闘を最小限に抑えるため静かに行動していた。
「あいつらがいないと、こうも静かに進めるのね」
フィオナは昨日のクロー・リングの行進を思い出しながらそう呟いた。
「そうですね......けど、代わりに攻略中の冒険者もいるんでしょうね。時折話し声や戦闘の音が響いてきますね」
「そういえば、ダンジョン内の宝箱とかは見ないけど、運がないのかしら?」
「どうでしょうか。ダンジョンが形成されてから250年も経っていますし、この階層はあらかた他の冒険者に回収されているんではないでしょうか」
セオドアの返答にフィオナは少し肩を落とす。
「そんなもんか」
「フィオナはお宝好きだもんね」
ノエルはニヤリと笑みを浮かべる。
「何よ。お金はいくらあっても困らないでしょ」
ノエルの発言にフィオナはギロリと睨みつけ、語気が荒くなり、あたりに声が響く。
「ちょっと、フィオナさん!声がでかいですって!」
セオドアが仲裁して音にモンスターが反応していないか、静かに観察する。
「ごめん......」
安全を確認したフィオナが苦笑いを浮かべながら謝罪する。
その後もセオドア達は第一階層を静かに進み、フロアボス、グラバルのいるひらけた場所に出る。
グラバルはその空間の真ん中に鎮座していた。
「フロアボスも復活するんだね......」
ノエルが小声で、セオドアに問いかける。
「ダンジョンではフロアボスも1時間くらいで新しい個体が復活するらしいです......」
「どういう原理なのかしら......」
「どうなんでしょうか......」
グラバルはセオドア達の話し声に気付いたのかあたりの警戒を始める。
「グラバルには作戦通りに行きましょう」
セオドアが斧を引き抜くと他のメンバーもそれぞれ武器を構える。
ーーガァアアアアア!!!
セオドア達に気付いたグラバルの咆哮が響き渡り、戦闘が始まった。
剣戟とグラバルの咆哮が幾度か聞こえると洞窟には静けさが戻った。
「ふぅ......!騒音返し作戦通りね!」
「はい。これなら体力消費も少なく倒せますね」
「魔力も消費しなくて助かるよ〜」
グラバル討伐後の安堵した空気の中、フィオナが何かに気付いた様に顔を上げた。
複数の足音と話し声が聞こえた。
「……誰か来るみたい」
フィオナが声を潜める。
次の瞬間、向こうから現れたのは、皮と鎧を身にまとった四人の男女──
中堅冒険者らしくm、バッジをかくにんするとシルバーランクのパーティーだった。
「お、先客がいたか。フロアボス倒されてる。助かるー!」
ひときわ目立つ赤毛の青年が、笑みを浮かべて声をかけてきた。
「俺たちはライフベルってパーティーさ。ルーメンベルじゃ地味に知られてる中堅どころってやつさ!」
彼はそう名乗ると、仲間たちを順に紹介した。
盾役の長身の女戦士「ベラ」双剣を背負った気の強そうなエルフ「エグニア」そして後方支援担当らしい落ち着いた僧侶風の女性「ソフィア」──どの顔にも経験の色がにじんでいる。
「んで俺はラルフだ!」
「どうも......僕達はブックメーカーというパーティーです。僕はセオドアです」
「フィオナよ」
「ノエルだよ〜」
「......ドランだ」
セオドア達も自己紹介する。
「クロー・リング所属じゃないよな?」
ラルフがセオドア達に尋ねる。
「えぇ、僕達はクランには入っていません」
セオドアの返答にラルフの表情が明るくなる。
「そうか!よかった!俺たちも無所属でダンジョンを攻略してるんだ!」
「そうなんですか」
「あぁ、俺たちは第三層に挑戦中なんだ」
「第三層すごいですね!」
「君達も手慣れている様だけど......」
ラルフは無傷な様子のセオドア達をまじまじと見る。
「僕達はこれから初めての第二層攻略です」
「そうか!じゃあ、沼地に足を取られない様に気をつけて進むんだぞ!」
「アドバイス、ありがとうございます」
「あぁ!無所属同士気をつけて進もうぜ。クローリングにいっぱい食らわせたいからな!」
ドランが低く礼をすると、赤毛の青年は手を振って通路を去っていった。
「いい人達で良かったですね」
「ダンジョン内でのパーティー同士のいざこざはよく聞く話だったけど、友好そうで良かったわ。クローリングを好いてない感じも高評価ね」
「クローリングも別にダンジョン攻略に真剣なだけで、悪徳パーティーってわけじゃないですよ」
「私のストーカーがいる時点で悪質よ」
フィオナの言葉にセオドアは苦笑する。
「素材を回収したら僕達も二階層に行ってみましょう」
突然の来訪者に警戒していたセオドア達は落ち着きをみせ、グラバルの素材を回収を済ませるとラルフ達が消えていった扉の前に立つ。
そして彼らは、ついにその扉を開く。
第二階層《滴る迷路》。
天井からはぽたぽたと冷たい水滴が落ち、壁面には苔がびっしりと広がっていた。通路のほとんどが濡れた石畳かぬかるんだ泥地で構成され、迷路のように入り組んでいる。
「うわあ……足場が最悪だね、ここ」
「でも、セリカさんのかんじきがあれば大丈夫ですよ。……装着、完了です」
セオドアがしっかりと足元の装備を確認する。
「よし、装着感も問題ないですね」
セオドアはみんなを見渡すとそれぞれが頷いた。
セリカ製のかんじきを装着したブックメーカーの一行は、慎重に泥濘の迷路を進み始めた。
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