第六話 黒豹再び【1/2】
岩壁に囲まれた広間は、重苦しい沈黙に包まれていた。
空間の中心には、煤けた灰色の毛並みを持つ巨大なモンスターが、じっとこちらを見据えていた。
《咆嗥猟虎グラバル》。
体長は四メートルを超え、虎と狼の中間のような鋭い輪郭を持つ。異様に発達した耳は小刻みに震え、背の膜状器官が微かに鳴る空気の流れを感じ取っていた。
「……これが第一階層のフロアボス」
セオドアが低く呟く。
「ウィンドミル近郊じゃ見ない奴ね......」
「僕も初めて見るモンスターですね」
「魔力の反応はスチールランク上位……って感じかな?」
ノエルが前に出ながら、精霊との感応を強める。
「情報通りですね......」
「あれくらいなら私のスキルで強化した精霊魔法で倒せると思うよ!」
「いえ、初めてのモンスターになりますので、情報を収集しながらの戦闘でお願いします」
ドランは一歩踏み出して、盾を構えた。
「......了解」
セオドアは斧を構え、後方支援に入る。
その瞬間だった。
――ガアアアアアアッ!!
グラバルが咆哮を上げた。空気が震え、岩壁が軋む。頭蓋に直接響くような重低音に、セオドアたちは一瞬だけ動きを止められた。
「くっ……なんて咆哮!鼓膜を直接……!」
「この洞窟の反響で咆哮が強化されているのだと思います!」
「結構響くね!」
ノエルが顔をしかめ、額に手を当てた。
ドランが身を翻し、跳びかかってきたグラバルの爪を盾で受け止める。
ズンッ――!
その衝撃で地面が割れた。
「っ……!」
「いきます!」
セオドアが横に回り込み、斧を振るった。
だが、グラバルは身をひねってそれを回避し、即座に跳躍。音を読むような鋭敏な動き。
「この反応......耳を頼りに動いてます!」
「フィオナさん!」
「了解!」
フィオナが矢を壁際に撃ち込む。鋭い音を立てて岩に当たり、反響が広がった。
グラバルがそちらに反応し、身体の向きを変える。
「ノエルさん!」
「《火の精よ、瞬け――フレイム・ダーツ!》」
小さな火球が一直線に飛ぶ。グラバルはノエルの攻撃に反応して身を翻すも、皮膚の一部に火球が掠める。それにグラバルが警戒して一瞬身を引いた。
「ノエルさん、他の属性魔法もお願いできますか?属性弱点を探りたいです」
「合点承知の助!水精霊さん!お願い!」
ノエルは水球を作り出し、グラバルへと放つ。グラバルはノエルの攻撃を素早く躱すとノエルの方へと突進した。
「ありゃ!」
「下がれ......!」
ドランはノエルの前に立ち、突進を受け止める。
「もう一回!水精霊さん!」
ノエルが再び詠唱し、攻撃を繰り出すも、グラバルは大きく跳躍し、ノエルの魔法を避ける。
「セオドアくん!避けられるよ〜!」
その様子を観察していたセオドアはあることに気がついた。
「おそらく、魔法の詠唱や魔法が放たれる際の衝撃音に反応して攻撃を避けているのだと思います!」
「えー!精霊魔法は声に出して精霊さんにお願いしないといけないから気づかれちゃうよ!」
(......となると、魔法は有効打になりにくいかもしれないーー)
セオドアは体勢を立て直し、戦闘の情報を即座に整理してする。
――重低音の咆哮で詠唱妨害と威嚇。
――聴覚に依存した索敵・回避行動。
――火属性には通常耐性。
――体格と筋力による強烈な突進・跳躍。
(――なら、静かに!)
セオドアが構え直し、音を最小限に抑えた足運びでグラバルの死角に回り込む。
その動きに合わせて、ドランが盾を鳴らして音を誘導し、フィオナが矢を連射する。
セオドアが音を最小限に抑えた攻撃はグラバルに気付かれる事なく、攻撃を与える事に成功した。
グラバルはセオドアの攻撃に怯んだが、すぐにセオドアに反撃する。セオドアは素早く爪を避け切ると距離を取る。
「物音を立てずに近づけば気付かれません!」
「セオドアじゃなきゃ、音を立てないとか前衛職じゃ難しいわよ」
「そうですか?」
「シーフとかじゃなければ、他の前衛職はドランみたいに鎧を着込んでいるもの。だから......」
フィオナは弓を引き絞り、音もなく矢を放つ。
フィオナの放った矢はグラバルに深く突き刺さり、グラバルは痛みから小さく悲鳴を上げる。
「音の出ない弓なんかが最適じゃないかしら」
フィオナはセオドアに微笑みかける。
「流石です、フィオナさん!」
「どうも!けど弓だけじゃ決定打にはなりにくいわ。私はスキルを使えば、弓でも風穴開けられるけど、スチールランク冒険者はスキルは習得していないだろうし......」
「そうですね......、スチールランク冒険者がこのモンスターを攻略するとなると......」
セオドアはフィオナが弓を壁に当てて洞窟内に音を反響させてた時はノエルの攻撃に反応が遅れて掠めた事を思い出す。
「ドランさん!盾を叩いて大きな音を出し続けて下さい!」
セオドアの指示にドランは静かに頷くと、大楯に剣をぶつけて騒音を鳴らし始めた。
――ガアアアアアアッ!!
グラバルは咆哮すると、ドランに向かって、突進を始める。
セオドアはノエルの方にアイコンタクトを送る。
「水精霊さん!お願い!」
ノエルの放った水球にグラバルは気付いたが、ドランの出す騒音に反応が阻害されていたのか、避けきれず直撃した。
「やった!当たった!」
ノエルは嬉しそう笑みを浮かべる。
セオドアはその様子を観察する。グラバルに当たった水球のダメージを確認する。大きな損傷を与えていない事に気がつく。
「水魔法はそこまでのダメージになっていません!ノエルさん次の属性をお願いします!」
「あいよー!」
全員が、咆哮と聴覚というグラバルの特性に対応しながら、確実に情報を蓄積していった。
セオドア達は戦闘を進め、グラバルに関する情報を収集した。
「情報収集完了です!」
セオドアはブックメーカーのメンバーに声をかける。
「じゃあ討伐してもいいって事ね!」
「はい!」
――ガアアアアアアッ!!
グラバルが咆哮し、セオドア達はとどめを刺そうと武器を構える。
「いきます!」
セオドアの号令に、仲間たちが同時に動いた。
フィオナが矢を番え、ドランが駆け、ノエルの詠唱で精霊が光を放ち始める。
と、その瞬間。
「――どいてろ!!」
場違いなほど朗らかで響き渡る声が、洞窟の天井にこだました。
驚いたセオドアたちの手が止まる。
そして――天井近くの岩棚から、ひときわ俊敏な影が跳躍した。
着地と同時に、鋭く光る影がグラバルの頭部に突き立った。
影の主は、黒い毛皮を持つ獣人の男。尾を揺らし、金の瞳を愉快そうに細める。
鮮やかすぎる一撃。巨大な咆嗥猟虎グラバルは、断末魔をあげることすらできずに崩れ落ちた。
あっけに取られるセオドアたちの前で、男が誇らしげに笑みを浮かべた。
「運命の再会だ!レディ!!!!」
その男ーーザガンはフィオナに笑みを向けた。
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