第五話 “鉤爪の環”の行進【2/2】
第一層《静謐の洞》を進むセオドアたちは、徐々に深部へと足を踏み入れていた。燐光苔が淡く光る岩壁が続くその空間は静かで、音が一層際立つ。
「……モンスターもいないみたいだね」
ノエルがささやくように言った。
「さっき入って行った、冒険者達が討伐してくれたんでしょうか?」
セオドアが油断半分で呟いたその時だった。
――ぴぃいぃぃぃっ!!
洞窟の奥から、甲高い笛の音が響いた。
それは一つではなかった。二つ、三つ、四つ――音の重なりは次第に騒音に近いほどの広がりを見せ、洞内のあちこちで反響した。
「……っ!? なんの音!?」
ノエルが身を縮める。
「音の発生源……前方です!」
セオドアの声にドランが盾を構える。すると前方の方からドタバタと大勢の足音が反響してくる。
「あそこ!」
フィオナが前方を指差す。
セオドアが目を凝らすとそこには冒険者の一団が駆けながら、こっちに向かって来た。
彼らは目を丸くするセオドアたちを一瞥すると、慌てた様子もなく通路の脇に避けていく。
「……退け!新入りども!」
低く発せられたその声の直後、地響きのような振動が走った。
「来るぞ……!」
ドランの警告と同時に、暗闇の先から異様な数のモンスターたちが殺到してきた。
コボルド、バットウィング、石殻虫――第一階層に生息する小型~中型の魔物たちが、まるで津波のように押し寄せてくる。
「モンスターの大群よ!」
「避ける場所もない……迎え撃つしかありませんっ!」
セオドアが叫び、仲間たちは即座に陣形を整える。ドランが前に立ち、フィオナが後方から援護に回り、ノエルが精霊の力を呼び出す。
「《火の精よ、燃え盛れ!》」
ノエルの足元に現れた火精霊が宙を舞い、突進してきたバットウィングの群れを焼き払う。
「三体左!ドランさん!」
「了解!」
セオドアの指示でドランが盾を構え、跳びかかってきたコボルドを弾き飛ばす。
「一発で仕留める……!」
フィオナの矢が唸りを上げて飛び、石殻虫の急所――頭部の割れ目に見事に命中。硬い殻を貫通し、地に沈める。
だが――数が多い。
波状で押し寄せてくるモンスターの中には、すでに狂化した個体も混じっていた。クロー・リングの囮役がわざと深部で音を響かせ、群れを煽ってきたのだろう。
「……この量!あの人たちは囮でモンスターを引き寄せてたんです!」
セオドアが息を荒げながら呟く。
「なんつー迷惑な奴らなの!?」
フィオナが悔しげに叫ぶ。
「仕方ありません!応戦しましょう!」
セオドアの叫びとともに、再び大群が角を曲がって押し寄せてくる。
それは、力試しと呼ぶにはあまりにも苛烈な“洗礼”だった――。
地に伏した魔物たちの亡骸の間を、熱を帯びた空気が漂っていた。
乱戦の余韻を引きずるように、誰もがその場で肩で息をしている。
「……終わった〜?」
ノエルが、杖を地面に突いて膝をつく。火の精霊の輝きも、すっかり消えていた。
ドランが周囲を確認しつつ、盾を降ろした。
「収まった様だな......」
セオドアは唾を飲み込みながら、ぐったりと壁にもたれかかる。額からは汗が滝のように流れ、全身が痺れるように熱い。
「……数で押されたけど、なんとか、なったわね……」
弓を抱えたフィオナも、壁際で腰を下ろした。弦が焦げてはいないか、矢筒の残量を確かめながら、ぽつりと呟く。
「第一層で助かったわよ......スチールランクのモンスターだったからまだ良かった物のシルバーランクでこれをやられたらひとたまりもないわ」
セオドアは頷きつつ、あらためて魔物の死骸を見下ろす。
石殻虫の砕けた外殻、焼け焦げたバットウィングの羽、打ち伏したコボルドの小柄な骸。
「何の為に笛なんか......ここは音に敏感なモンスターが生息しているんだよね......」
ノエルが息を切らしながら、疑問を投げかける。
「クロー・リングの仕業よ、間違いなく」
フィオナが肩越しに振り返る。ノエルが弱々しくうなずいた。
「おそらくさっき通り過ぎて行った冒険者達が笛でモンスターの気を引いている間に、攻略組が先へ進んだんでしょう......」
「何の為にそんな事するの〜」
ノエルが項垂れながら質問する。
「攻略組は下層へと進む体力の無駄遣いをさせない為......ですかね?」
「あの大人数だからできる作戦だけど、巻き込まれるこっちの身にもなってほしいわ!」
フィオナが地団駄を踏む。
「モラルには欠けますが、合理的な作戦ですね」
セオドアが苦笑しながら言うと、フィオナがため息をつく。
「マックスみたいな連中ね......」
「フィオナさん......いや、マックスさんならやりかねませんね......」
セオドアが「マックスみたい」と言う表現を咎めようとしたが、脳裏のマックスは平気でやりそうな気がして、肯定した。
「あいつには力を持たせちゃダメね......」
モンスターの大群を耐え切ったブックメーカー達は一息つくと第一層の攻略に戻った。
ドランが先頭に立ち、大盾を構えて周囲を警戒する。セオドアはその背に続き、フィオナは後方から周囲をカバー。ノエルは中間で精霊と交信しながら気配を探る。
道はうねりながら続き、時折分岐が現れる。
「こっちの通路、風が通ってる。たぶん奥に抜けてるわ」
フィオナが微風の流れを指摘すると、セオドアが地図を確認しながら頷いた。
「地上で買った情報通りですね。この風が通る方角が正規ルートの可能性が高い。逆に、風のない通路は袋小路やトラップが多いそうです」
そう語ると同時に、ドランが前方で手を上げた。
「気配……」
一同が構える。
壁の陰から現れたのは、灰色の体毛を持つ蛇型モンスター――《バウルス・スニーク》。
俊敏さと聴覚に優れた獣型モンスターで、群れで行動する習性を持つ。
「三体確認!突っ込んできます!」
「ドラン、受け止めて!」
「任せろ!」
ドランが前進して立ちはだかる。敵の鋭い牙が盾に当たり、火花を散らす。
その直後、ノエルが小声で詠唱を唱えた。
「《風精よ、目に見えぬ刃を舞わせたまえ――ウィンド・スライス!》」
無数の風の刃が、ドランの横をすり抜け、モンスターの足元を切り裂いた。動きが鈍った隙を、セオドアが見逃さない。
「右へ!」
セオドアが急接近し、短剣で脇腹を斬りつける。
直後、フィオナの矢が頭部へ突き刺さり、1体が崩れ落ちた。
連携は完璧だった。残る2体も間もなく討伐を終える。
「ふぅ......この数なら問題はなさそうですね......」
セオドアが額の汗を拭いながら言う。
「スチールランクのモンスターよ。あんな大群じゃなけりゃまだまだ余裕よ」
フィオナが落ち着いた様子でモンスターの死体から素材を回収する。耳、牙、皮……全てギルドからの採取依頼に含まれていた。
道中でも、同じような中型モンスターとの遭遇が数度あったが、ブックメーカーの連携は極めて円滑だった。
ノエルの魔法で先制をとり、ドランが防ぎ、セオドアが動きを見切って斬り込み、フィオナが正確に仕留める。
四人の呼吸は合っていた。
「こうやって情報が溜まっていけば、冒険の書にも活かせますね......」
セオドアがメモ帳を取り出し、罠の位置、通路の形状、モンスターの出現パターンなどを書き込む。
「クローリングの迷惑行為も絶対に載せてやるわ」
「そうですね。あれで命を落とす冒険者もいるかもしれませんからね」
セオドアが苦笑しながら同意する。
「ここまで来ると、もうすぐフロアの最奥ね」
フィオナが前方を指差す。
そこには明らかに空気が変わる開けた空間があった。
第一階層のボスルーム。
冒険者ギルドの依頼にも記されていた、目標の一つ――“フロアボスの討伐”。
「……行きましょう。準備はいいですか?」
「万全よ」
「……応戦可能」
「いっちょ気合入れていこう!」
四人は頷き合い、最奥へと足を踏み入れた。
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