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 第四話 遺す物 【2/2】


 セオドアは早足でアグネスさんの家を通り過ぎると村の中心へと続く道を急いでいた。


 広場の賑わいもまだ本格化していない早朝、村長のジョージは大人達に指示を出して祭りの準備を行っている。


 その前を通り過ぎたところでベンジャミンとルーカス達が石碑を運んでいるを見つけた。


 セオドアが近づくとベンジャミンが気付いてセオドアに声をかける。


「おぉ!セオドア!おはよう!今日は昼には仕事切り上げるんだろ?」


 セオドアはいつものベンジャミンをみて昨日のループで俺を必死に助けようとするベンジャミンの表情を思い出し言葉が詰まってしまった。


「どうした?てかセオドア。斧忘れてるぞ?」


「いや……何でもない。今日はちょっと野暮用があって木こりは休もうと思うんだ」


「へぇ仕事熱心なーー」


 セオドアは昨日と同じやりとりをしてルーカス達と石碑運びに参加した。


 重い石碑に肩を入れ、力を込める。ベンジャミンもセオドアの隣で顔を歪めながら押している。


「ルーカスさん!少し……お話しいいですか?」


 セオドアは力いっぱい石碑を押しながらルーカスに大声で尋ねる。


「あぁ?何だ?」


 ルーカスは、セオドアが普段見せない積極性のある態度に驚ながらも聞き返す。


「あの……今日設置する石碑の近くに、もう一つ石碑を建てて、そこに何かを彫り込むことってできますでしょうか!?」


 セオドアは、息を切らしながらも必死に尋ねた。ルーカスは、ぴたりと手を止め、セオドアをじっと見た。ベンジャミンも隣で胡散臭そうな顔をしている。


「石碑をもう一つ?何言ってるんだ、セオドア。


この石碑も最近仕上げたばかりだぞ。それに、石碑を建てるなんて、手間も金もかかる。


おまけに祭りの準備で手が足りないんだ。悪いが、そんなことには構っちゃいられねえぞ」


「今日でなくてもいいんです!お金ももちろん払います!必ず作ってさえしてくれれば……!」


「あぁ?まぁ……そりゃあ構わないが、一体何の石碑を建てるんだ?」


 彼の言葉には、セオドアの突飛な提案への戸惑いと、祭りの準備で忙しいという現実的な理由がにじみ出ていた。


「いや、どうしても、レッドデスキャップへの警告を彫って欲しくって……」


 セオドアは言葉を重ねようとしたが、ルーカスは眉をひそめて、きっぱりと言い放った。


「レッドデスキャップだと!?あの毒キノコへの警告を彫れってか?馬鹿を言うな!


村の人間なら誰でも知ってることだ。そんな分かり切ったことを、わざわざ石碑に彫り込む必要なんてあるか。お前、頭でも打ったのか?」


 ルーカスは呆れたように首を振った。


「え、毒キノコ?石碑に?セオドア、一体何を言い出すんだよ。変な夢でも見たのか?」


 ベンジャミンは、まったく理解できないといった表情で首を傾げた。


「いや、ヒルクレストの村人達は知っていても、他の地域からの旅人なんかにはわからないかもしれないので!それを注告したくって!」


「あんな見た目のキノコ食うやつがいるかよ!もし、それでも必要だって言うのなら張り紙か、立て看板で十分だろ!」


「それもそうなんですけど……それじゃあ年月が経ったら朽ちてしまうじゃないですか……!」


「別にいいだろ?朽ちたらまた新しいのを立てりゃ済む話だろ。石碑に彫り込む様なことじゃねぇ!」


「でも……!」


 セオドアが食い下がろうとするとベンジャミンが止めに入る。


「セオドア!それ以上はやめとけって!父さんの機嫌悪くするんじゃねぇよ!聞いてるこっちが気が気じゃねぇよ!どうかしちまったのか?」


 ベンジャミンはセオドアの突拍子もない言動に驚きを隠せないと言った様子で諭す。


「……わかったよベンジャミン」


 セオドアは下を向き、石碑を依頼するのは困難だと悟った。


 ルーカス達が石碑を村外れに設置し終え、エルダの横柄な態度に退散したところを見計らってセオドアはエルダに声をかける。


「エルダさん。少しお話しいいですか?」


「駄目。今は忙しいのよ。見てわからない?」


 相変わらずのエルダにセオドアは心をおられそうになる。


(ここから始まるのきついな……)


 セオドアは根気よくエルダにタイムループする自分について説明し、前回のループでは謎の男は現れなかったこと。


 エルダの解毒や回復魔法ではどうにもならなかった事を話した。



「ーーで?何でそこまでわかったのにまた私に相談しに来てるのよ?」


 石碑の隣に腰掛けていたエルダは不満そうに頬杖をついてセオドアを睨みつける。


「え?」


 素っ気ないエルダの反応にセオドアは驚いて声が出る。


「だから、私の魔法じゃどうにもならなかったのでしょ?また私にその話をして何になるってのよ」


 あくまで他人事であるとするエルダに若干肩を落とすセオドアであったが負けじと説明していく。


「前回までのループでは気がついていない事がありまして……」


 セオドアの言葉にエルダは眉を吊り上げる。


「わかった事?」


「はい。エルダさんが背にしているその石碑はルーカスさん達が最近仕上げた石碑です。


今は切り出した部分や魔法陣の掘られた箇所は綺麗ですが、俺が死ぬ間際に頭の中に流れる映像の石碑は苔むしていました。


周りの景色ももう少し木が生い茂っていたんです」


 セオドアの説明にエルダはイラついたように貧乏ゆすりをする。


「まさか似た場所があって、そもそも場所が違ったとか言うんじゃないわよね?」


 エルダがそう言ってセオドアを睨みつける。


「いえ、場所は確かにここなんです……おそらく時間が違ったんです……祭りの夜に現れない謎の男。


ビジョンで石碑が苔むしている事から謎の男がレッドデスキャップを食べるのは今日明日ではなくて数年、数十年先の……未来の出来事だと僕は思うんです」


 セオドアの言葉にエルダは目を丸くさせる。


「はぁ!?数十年先の未来での死の同期?!ますます、私の手に負える案件じゃないわよ!


私はね!ただの田舎村の治療院をやってるだけなの!賢者や、宮廷魔法使いってわけじゃないのよ!!」


 エルダはセオドアが自身の力を勘違いしているのではないかと激しく捲し立てる。


「根本的にどうにかして欲しいわけではないんですよ!今回エルダさんにお願いしたいのは張り紙と立て看板が風化しないように魔法をかけて欲しいんです」


 セオドアの言葉にエルダは眉を吊り上げる。


「張り紙と?立て看板?そんなので数十年先の未来に毒キノコ食べるなって忠告するつもり!?そんなの私の保存魔法かけたって保てる訳ないじゃない!」


「え?そ、そうなんですか?」


 予想外の言葉にセオドアは気の抜けた声が出る。


「室内で保管するならまだしも雨風に晒されるこんな場所じゃ持って数年、形を保てるかどうかよ!」


 セオドアは石碑に続いて張り紙と看板という未来への伝達手段を絶たれ頭を抱える。


「はぁー……どうしましょう?」


「知らないわよ」


 落ち込むセオドアに居心地が悪そうにエルダは口を開く。


「あんたさっきの石工の所のガキンチョと仲いいじゃない?頼めばやってくれるんじゃないの?」


 エルダの提案にセオドアは頭を上げることもなく弱々しく返事をする。


「僕もそう思ってさっきルーカスさんに直接お願いしたんですけど、キッパリと断られてしまって……」


「まぁ無理もないわね。毒キノコへの忠告でわざわざ石碑作れだなんて馬鹿にも程があるわ」


「ですよねー。……何かルーカスさんを説得するいい方法があれば……」


 セオドアは少し考えこむと一つの案を思いつく。


「そうだ……!エルダさんも一緒にお願いしに行っては貰えませんか?


大人と一緒……村唯一の魔法使いのエルダさんと一緒にお願いすればルーカスさんもわかって貰えるのでは?」


 セオドアはすがりつくような思いで提案するもエルダは嫌悪感を露わにした。


「嫌よ!村長にお願いされてこの石碑に魔法陣を書きに行ったら、あの石工のおやじとかなり揉めたの!絶対に関わりたくないわ!」


「何してるんですか、エルダさん……」


 エルダの素行の悪さにセオドアは顔を引き攣らせる。


「仕方ないでしょ!魔法陣の字が細か過ぎて彫れないだとできるだけ間隔を空けろだの!魔法の素人に何度も横槍を入れられたら怒りたくもなるわよ!」


 セオドアは更に深く頭を抱えた。


「八方塞がりですか……」


 そんな時作業を終えたベンジャミンの声が聞こえる。


「セオドアー!」


 ベンジャミンはセオドアとエルダの近くによると明らかに落ち込んでいるセオドアと無愛想に腕組みをするエルダに視点を行き来させた。


「お前らいつのまに仲良くなったんだ?」


「仲良くなんかない!」


 エルダが速攻で否定する。


「あー……」


 ベンジャミンはセオドアの肩に手を置くと耳打ちする。


「セオドア……お前、さっき言ってた野暮用がまさかエルダにナンパとはな……村に若い女が少ないとは言え、ああいうのがタイプなのか?」


 ベンジャミンの揶揄いにセオドアは力無く答える。


「絶対に違うよ、ベンジャミン……」


 落ち込んでいるセオドアの雰囲気を感じ取ったベンジャミンは首を傾げた。


「え?……何だ?振られたのか?」


 セオドアは顔を上げて返答を考えるも馬鹿らしく感じて思考を放棄した。


「そんな所だよ……」


 セオドアの返答にベンジャミンは驚きと好奇心が半々と言ったような声をあげる。


「えぇ!?まじぃ!?」


 エルダもセオドアの返答に驚いて声を上擦らせる。


「はぁ!?セオドア!あんた誤解するような事言ってんじゃないわよ!」


「エルダ酷いぞ!うちのセオドアの純情を弄びやがって!」


「はぁ!?あんたも素直に誤解してんじゃないわよ!馬鹿なんじゃないの!?」


「誤解だと!現にうちのセオドアがこんなに落ち込んでるじゃないか!」


「そ、それは……!」


 エルダとベンジャミンの喧騒とは他所にセオドアは周りの状況が全くどうでも良くなっていた。


 石碑は駄目……張り紙や看板も駄目……あとはどうする?


 レッドデスキャップを根絶やしにするか……?いや、無理だ。


 今から石碑の周りを畑にして食物を育てて代わりの食べ物を実らせておくか……?


 いや、今日一日でその未来を確定させるのは……無理がある。それだったらまだ石碑を建てる方がまだ現実的……


「あーもう!いい加減にうるさい!散れ!ガキンチョ共!私は忙しいのよ!!」


 エルダがついにブチ切れてベンジャミンと僕をその場から離れさせる。


「んだよ、エルダの野郎……!」


 ベンジャミンがセオドアの腕を引っ張ってその場から離れる。


 セオドアはされるがままといった様子で力無くベンジャミンに引っ張られる。


 石碑から少し移動したところでベンジャミンはそんな様子のセオドアを心配するように顔を覗き込む。


「おいおい。大丈夫かセオドア?そんなに落ち込むなよ」


「落ち込みもするよ……もう、僕には何も打つ手がないんだ……」


「おいおい気にすんなよ!エルダよりいい女は絶対いるってこれまじだから!」


 お互い考えている事が違うが絶妙な噛み合い方を見せていた。


「また僕は何もできず、ただただ死ぬだけなんだ……」


「おい……何もそこまでの事じゃないだろ!」


 ネガティブな発言にベンジャミンはセオドアのオーバーな発言だと思い、苦笑を浮かべる。


(ただ……死ぬだけ?いや、待てよ……)


 セオドアはネガティブ真っ只中であるからこその一つの案を思いついた。


(まだ試してない事があるじゃないか……)


 セオドアは自分の考えついた最悪の案に思わず、ごくりと生唾を飲む。


(あの男による死の同期ではなくて……僕から……



ーー自分から死んだからどうなるんだ......?)



 馬鹿な考えとは思いつつ額に冷や汗が流れる。セオドアはそのことについて考え始めてしまっていた。


(タイムループするだけ?いや、もし……タイムループもせずに死ぬだけだったらどうする……?タイムループもなしで、ただただ僕の人生が終わる……)


(いや、どちらにせよ、僕はこの祭りの日の夜には死ぬことになる。


早いか遅いかは関係ない……未来のあの男の死を免れない限りは僕は何度も何百回でもこの祭りを過ごすに違いない……!)


 変に覚悟が決まったセオドアは不適な笑みを浮かべる。



(もう何回か死んでるんだ……今更死ぬ事にビビっててられない……!)



「おい……本当に大丈夫か?セオドア?」


 壊れた様なセオドアを本気で心配したベンジャミンが声をかける。


「あぁ、大丈夫だよベンジャミン……」


 その言葉とは裏腹に思考は最悪なことを考えていく。


(考えろ……!僕の死ぬことで……あの男が毒キノコを食べる事を阻止する事ができる場合って何だ……!僕が死んだら……どうなる……!)


 ふとベンジャミンを見ると心配そうにセオドアの顔を覗き込んでいる。



(みんな悲しんでくれるだろうか……?)



 村のみんなの顔が次々と浮かんでくる。


(ベンジャミンは昨日のループであれだけ必死になってくれたから悲しむだろうな……


それが自死だった場合は怒りもするだろうな……墓石はセオドアが彫ってくれたら嬉しいな……)


 セオドアはそんな考えが浮かんだその時、閃いたように目を見開く。


(僕が死んだらおそらく……ベンジャミンは墓石を彫ってくれる……


じゃあ遺言に石碑の隣りにレッドデスキャップへの警告文を彫ってくれるように書いていたら……


ベンジャミンは建ててくれるんじゃないか……!)


 セオドアはベンジャミンの方へと顔を上げる。急な視線に驚いたベンジャミンは首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。


「マジで今日のセオドアおかしいぞ?」


 純真なベンジャミンの瞳にセオドアは自分のズルくて非道な考えに嫌気がさした。


 この選択が彼をどれだけ悲しませるのか想像もできない。……けれど。


 目頭が熱くなるのを隠し口を開く。


「ごめんな。ベンジャミン。……ありがとう」


 セオドアの言葉にベンジャミンは笑みを浮かべる。


「謝って、お礼言っておかしなやつだなー」


 セオドアも笑みを浮かべる。


「そうかな。……なぁベンジャミン。祭りの前に一旦、家に帰るよ」


 さっきまでベンジャミンに引っ張られて歩いていたセオドアは自分の足で歩き始める。


「ん?忘れ物か?」


 セオドアは振り帰り笑顔で答える。


「そんなところ。先に村に戻ってうまそうな菓子でも見つけといてくれよ」


「おぉ!いいぜ!セオドアの傷心を癒すために今日は何か奢ってやるぜ!」


 ベンジャミンは親指を立てながら任せろと言わんばかりの笑顔を見せる。


「ありがとう!じゃあすぐに戻るよ!」


 セオドアは微笑むと小走りで家へと向かった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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