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第四話 遺す物 【1/2】

挿絵(By みてみん)




 ベンジャミンは泥酔したエルダを担ぎ上げると、その重さに思わずうめき声を上げた。


 エルダの腕がだらりと垂れ下がり、セオドアの肩に食い込む。


 祭りの喧騒が遠ざかるにつれて、あたりは徐々に静けさに包まれていった。


 セオドアは、ベンジャミンがまだこの状況を信じていないことを感じながら、必死に言葉を選んだ。


「ベンジャミン……昼間にしたタイムループは本当に冗談じゃないんだ。


さっきの酒盛りはエルダさんが勝つ筈だったんだけど今回協力してくれる代わりに僕が酒を奢る約束をしたんだ。


それで大会前に浴びるほど飲んでしまったエルダさんは大会で負ける未来に変わってしまったんだ」


 セオドアの真剣な声に、ベンジャミンはちらりと視線を向けた。エルダの重みで、彼の顔にはすでに汗が滲んでいる。


「僕は、本当にこの祭りの日を何度も繰り返してるんだ。朝目が覚めると、また今日の朝に戻ってる。


何をしても、どんなに頑張っても、また同じ朝が来てしまう……」


 セオドアは切羽詰まったように続けた。ベンジャミンは黙ってセオドアの言葉に耳を傾けている。


 エルダの重さも相まって、彼の表情は疲労と困惑で歪んでいた。


「そして、ループが終わる前に、いつも頭の中に謎の男が倒れているビジョンが浮かぶんだ。


その男は、どうやらレッドデスキャップを食べて死ぬらしい。その場所が、あの石碑の近くなんだ」


 セオドアは、先の方に見えてきた石碑の方向を指差した。ベンジャミンは、その指先を目で追ったが、その顔に理解の色はまだ浮かんでいない。


「エルダさんの話だと、《タイムループ》という現象らしい。


魔法で似た現象があるらしいんだけど、俺のは魔法でも呪いでもないらしい。


この現象を止める手がかりはあの男が毒キノコを食べるのを阻止する事なんだ……」


 エルダのぐったりとした体を支えながら、セオドアは必死に説明を続ける。呼吸も荒くなってきた。


「だから、今からあの石碑のところに行って、その男が現れたら、なんとしてでもレッドデスキャップを食べるのを阻止しなくちゃならない。


それが……このループを終わらせる唯一の方法だと思うんだ」


 セオドアの言葉に、ベンジャミンは眉間に皺を寄せ、難しい顔をした。


 彼の常識では理解しがたい話だが、セオドアの必死さが尋常ではないことも感じていた。


「それに万が一、阻止できなかった場合……


どういう訳か僕にもその男と同じ毒の症状が現れる。その時は、エルダさんに解毒してもらうしかないんだ。


だから、エルダさんを連れて行く必要があるんだよ」


 セオドアは、重いエルダの体を持ち上げ直しながら、ベンジャミンに懇願した。


 ベンジャミンは、セオドアの顔をじっと見つめ、その目に揺るぎない決意を見出した。


「……わかったよ、セオドア。よくわかんねえけど、お前がそこまで言うなら……」


ベンジャミンは諦めたようにため息をつくと、エルダの体をさらにしっかりと担ぎ直した。


 彼の顔には、まだ困惑の色が残っているものの、セオドアを信じようとする気持ちが伝わってきた。二人は、泥酔したエルダを支えながら石碑に到着した。


 月明かりがぼんやりと森の道と、そこに建つ石碑を照らしていた。


 セオドアとベンジャミンは、泥酔して意識のないエルダを石碑の根本にそっと下ろした。


 セオドアは石碑に背をもたれかけ、ベンジャミンは心配そうな目で彼を見つめている。あたりはシンと静まり返り、虫の声だけが響いていた。


「まだ来てないな……」


 セオドアは小声で呟いた。


「その謎の男ってやつか...」


 ベンジャミンは呼吸を整えながらセオドアに尋ねる。


「あぁ……そうだよ」


 時間が経つにつれて、彼の胸の焦りが募っていく。すでに祭りは終わり、夜も更けている。


 これまでのループで、セオドアに毒の症状が現れ、謎の男がキノコを食べるのは決まってこの時間帯だ。


「本当に来るのかよ、そんな奴……」


 ベンジャミンも不安げに周囲を見回した。彼にとって、この状況はまだ現実離れしている。


「わからない……けど、今できるのはあの男が現れるのを待つしかないんだ」


 秒針の音が聞こえるかのように、刻一刻と時間が過ぎていく。セオドアの視線は、森の奥へと続く暗闇に釘付けになっていた。


(来い……来い……来い……!)


 彼の体は、もう何日も続くループの中で、頭の奥で、じわりと鈍い痛みが広がり始める。


 その時、セオドアの視界がぐらりと揺れた。全身に悪寒が走り、胃の奥からこみ上げるような不快感に襲われる。


「うっ……!」


(ーー眩暈……!?なんで!?まだあの男は来てないのに……!?)


 セオドアは思わず口元を押さえた。ベンジャミンがその異変にすぐに気づき、驚いたように駆け寄ってくる。


「おい、セオドア!どうしたんだ!?」


 ベンジャミンが声をかけた時にはセオドアは蹲りその場で大量の嘔吐を始めた。


 セオドアの嘔吐に驚いたベンジャミンは慌ててエルダの肩を揺さぶり、叩き起こそうとした。


「おい!エルダ!早く起きろよ!セオドアが!」


 しかし、エルダはぐったりとしたままで、意識が戻る気配はない。焦ったベンジャミンはセオドアの様子を振り返り確認する。


 両膝を地面につけたセオドアの口から、血が溢れ出して、ベンジャミンの方を助けを求める様に見ていた。


「べ、ベンジャミン……助け……て……」


 真っ赤な液体が、彼の指の隙間からこぼれ落ちる。


ーーその光景に、ベンジャミンは目を見開き、凍りついた。


「エルダ!起きろ!セオドアが……!セオドアが血を吐いてる!!死んじゃうよ!!!」


 ベンジャミンは必死にエルダを揺さぶった。その声は、恐怖に震えていた。エルダは呻き声を上げながらも、その異常事態にようやく意識を浮上させる。


「ったく、なんなのよ……もう……」


 朦朧とした視線でセオドアの姿を捉えると、彼女の顔から血の気が引いた。


「な、なんてことっ……!セオドアっ!」


 エルダは慌ててベンジャミンを払い除けるとセオドアに駆け寄り、横にするとセオドアの身体に手をかざした。


 彼女の掌から淡い光が放たれ、セオドアの体を包み込む。それが解毒の魔法だということは、セオドアにもわかった。


「くそっ!あの男は現れなかったのね!?」


 エルダはセオドアに質問する。セオドアは大量の血を吐きながら頷く。


「くそったれ!」


 エルダは魔法を込める力を強める。顔に焦りの色が浮かぶ。


 魔法の光が、セオドアの症状を和らげるどころか、何も変化をもたらさない。


 彼女の額に冷や汗が流れ落ちた。


「エルダ!どうしたんだよ!何とかしろよ!セオドアが死んじまうぞ!」


 ベンジャミンは半狂乱になり、エルダの肩を掴んで詰め寄った。


 その声には、親友を失うかもしれないという絶望と恐怖が混じり合っていた。


「私だって……わ、わからないのよ!魔法が効かないの!」


 エルダは狼狽し、セオドアの顔を覗き込んだ。そして、次々と別の魔法を試そうと、焦ったように指を動かす。


 癒しの光を放ったり、魔力を体に流し込もうとしたり、必死に呪文を唱え続けるが、セオドアの顔色は悪くなる一方だった。


「も、もう他に方法はないのかよ!?何か、何かできることがあるだろ!?」


 ベンジャミンの声は、もはや悲鳴に近かった。エルダは力なく首を振った。


「そんな……嘘だろ……」


 ベンジャミンもまた、目の前の光景に打ちのめされ、膝から崩れ落ちた。


 セオドアの体は、刻一刻と冷たくなっていく。呼吸は浅くなり、やがて途切れ途切れになった。


「セオドア……!嘘だろ!死ぬな!頼むよ!なぁ!」


 エルダとベンジャミンが見守る中、セオドアの意識は急速に薄れていく。


 彼の脳裏に、再びあの映像が鮮明に流れ込んだ。


 いつもの様に男が苦しみ石碑の前に倒れ、レッドデスキャップが側に転がる。


 薄れゆく意識の中でセオドアは石碑をよく見る。間違いなくエルダが魔除けを付与した石碑だが、今まで目の前にあった石碑と違って風化している様に思えた。


 周りは木々に囲まれた風景。石碑の表面は苔むしている。



 その光景が脳裏に焼き付いたまま、セオドアの意識は闇へと沈んでいった。



ーーー朝陽がセオドアの顔に差し、鳥の囀りでセオドアは見慣れた自分のベッドで目を覚ました。


 もう急いで食料袋を確認するまでもなく、肌に感じる暖かさ、周囲の環境音にまた祭りの朝に戻っている事を感じ取っていた。


 心には重い落胆がのしかかる。昨夜の出来事がはっきりと脳裏に焼き付いている。


 エルダの解毒魔法が全く効かなかったこと、そして、謎の男が現れなかったこと。


「ダメだったか……」


 セオドアは、重い体を起こしてベッドから降りた。エルダの魔法が効かなかったことは、彼にとって大きな衝撃だった。


 魔法が、自分の命を救えないという事実。このタイムループはただの呪いや魔法の類ではない。


 謎の男が現れなかったことも、彼の心をかき乱す。男を阻止すればループを終わらせられると信じていたのに、その対象すら現れない。


 しかし、昨夜の意識が薄れる中で見たビジョンが、新たな考察を生んでいた。


「今まで注意して見れてなかったけど設置してすぐの石碑が風化していた……周りの景色も今とは違っていた……」


 セオドアは、あの映像を思い出す。苔むした石碑、そして周囲を囲む木々。


 間違いなく今の街道ではない。おそらく……



ーーあれは未来で起きる出来事なのか……?



 セオドアは推測を始める。


「そうだ……あの男がレッドデスキャップを食べるのは、今日ではなく、未来に起きる出来事……


おそらく石碑の感じからして明日、明後日の話じゃない。数年後……いや、数十年後かもしれない!


僕が《死の同期》をしているのは、今の時代の男じゃない。



ーーー“未来”だ……」



 この新たな考察は、セオドアの胸に一筋の光明をもたらした。


 彼が取るべき行動は、今、この場所であの男が毒キノコを食べるのを阻止することではないのかもしれない。


 昨夜の酒盛り大会の記憶も蘇る。セオドアがエルダに酒を奢ったことで、エルダは普段より飲みすぎ、結果的にルーカスに負けてしまった。


 これは、彼の行動が未来を変えることができる明確な証拠だ。


「今日の僕の行動で……未来を変えることができるなら、あの未来の出来事も、きっと変えられるはずだ……」


 希望がセオドアの心に湧き上がる。


 やるべきことはまだ明確ではないが、少なくとも、闇雲に男を待つだけではないということが分かっただけでも大きな進歩だった。


 未来の男が毒キノコを食べるのを阻止するため、セオドアは思考を巡らせた。


 数十年後の未来に、今から直接何かをすることはできない。しかし、この時代の自分が起こす行動が、未来に影響を与えることは分かっている。


 どうすれば、未来の男に「このキノコは毒だ」と伝えられるだろうか?


セオドアは、いくつかのアイデアを思いついた。


「簡単なところだと張り紙や立て看板。


石碑の近くに、毒キノコの危険を警告する張り紙や立て看板を設置する。


ただそのまま僕の手作りの張り紙や看板をしたところで未来では朽ちている可能性が高い……


未来になっても朽ちないような素材や、魔法で保護する方法があれば良いが……


これに関してはまたエルダさんに相談するしかないか……」


 セオドアは考察しながら、水を汲み飲み干す。


「もう一つは新たに石碑を建て、警告文を彫り込む。


これならば、数十年経っても残り続ける可能性が高い……現にエルダさんが魔法を付与した石碑は残っていた。


けど問題は費用と時間。


それにベンジャミンやルーカスさんに頼まなくてならない。


毒キノコへの警告だなんてわかりきっている事をわざわざ石碑に彫ってくれだなんて依頼をおいそれと引き受けてくれるかだよな……」


 セオドアは首を傾げながら、とにかく取り掛かる事にした。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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