第三話 村唯一の魔法使い【2/2】
エルダに協力を得たセオドアは、ベンジャミンのからかいに苦笑いを浮かべながら村の中心へと戻った。
彼の足取りは、今までにないほど軽く感じられた。
(エルダさんに相談して、根本的な解決にはならなかった。
けど、僕の置かれている状況が《タイムループ》という現象であることはわかった。
魔法や呪いではないとなれば、一層複雑化した気はしないでもないけど……
何より僕の状況を知ってくれる人ができたのは、収穫としてはかなり大きい!)
今日の夜に起こるかもしれない変化への期待が、セオドアを支えていた。
(祭りの後に石碑で謎の男を見つけて、毒キノコを食べるのを阻止する。
もしダメならエルダさんに解毒魔法を試してもらえる!うまく行けば今回こそ……
僕はこの祭りの日を終わらせることができるかもしれない!)
村の中心部では、祭りの準備が本格的に進められ、すでに多くの村人が集まっていた。
あちこちで笑い声が響き、美味しそうな食べ物の匂いが漂っている。
セオドアはベンジャミンの隣に立ち、いつものように、しかしこれまでとは違う気持ちで祭りの喧騒を眺めた。
「セオドアー、いい加減にエルダとなんの話をしてたのか教えてくれよー」
ベンジャミンがアグネスさんの出店で買ったビスケットを頬張りながら、好奇心旺盛な目で尋ねてきた。
「あー、魔法で解決してほしい事があって、エルダさんに頼んでたんだよ」
「魔法で解決してほしい事?なんだよそりゃ?」
ベンジャミンの質問に、セオドアは少し考える。あの気難しいエルダでさえ、タイムループのことを信じてくれたのだ。
ーーもしかしたら、ベンジャミンも信じてくれるかもしれない。
「ベンジャミン。真剣に聞いてほしいんだけど……」
セオドアが口を開くと、ベンジャミンは身を乗り出した。
「僕は……祭りの日を何日も繰り返してるんだよ」
セオドアの言葉に、ベンジャミンは思考が停止したように固まった。ビスケットを頬張る動きも止まり、ただ呆然とセオドアを見つめている。
「はぁ?お前、酒でも飲んだか?」
訝しげな表情のベンジャミンに、セオドアは慌てて説明する。
「いやいや、本当なんだってベンジャミン!祭りの日を過ごして気がついたらまた祭りの日の朝になってるんだよ!」
セオドアの声には、切実な響きがあった。
「……どういう事?」
セオドアの説明に、ベンジャミンは首を傾げた。彼の頭の中では、セオドアの言葉が理解不能な情報としてぐるぐると回っているようだった。
「どういう事かは僕もまだわからないんだけど……
もう本当に言葉の通りなんだよ!
俺はもう4日も祭りの日を繰り返してるんだ!」
「セオドアー……エルダに気があることがバレたからって、それはないぜー」
ベンジャミンはそう言って、セオドアを揶揄った。信じられない現実を、冗談で跳ね除けようとしているようだった。
「ベンジャミンー……」
セオドアはベンジャミンのからかいに頭を抱える。どうしたらベンジャミンにタイムループのことをわかってもらえるのか、必死に考えた。
「じゃあ、今から起きる事を教えるから、それが起きたら信じてくれるか?」
「まぁ……」
ベンジャミンはまだ半信半疑といった表情だが、セオドアの真剣さに押されたのか、話を聞く姿勢を見せた。
「今から僕たちは石碑のお披露目に向かって、ジョージ村長が村の繁栄を祈った後にエルダさんが石碑に魔法をかけて成功する」
「そりゃぁな。そういう祭りの予定だからな。それにエルダが失敗したらと思うとちょっと面白いけど、さすがに成功するだろ」
確かにこの予言は薄いかとセオドアは次の手を考える。
「……じゃあ!祭りの酒盛り大会でルーカスさんとエルダさんの一騎打ちになって、エルダさんが優勝するんだ!」
これならば、ベンジャミンも信じるだろうという確信があった。
「またまたー!俺の父さんは酒の強さなら村一番だぞ?よりにもよってエルダには負けないって!」
ベンジャミンは面白そうに笑い、父親の強さを誇った。
「僕もそう思ってたけど、現実はそうじゃなかったんだよ!」
「わかった。わかったよ、セオドア。もし父さんがエルダに負けたら信じてやるよ!」
ベンジャミンは諦めたように頷いた。
「頼むよベンジャミン」
「あぁ、じゃあ石碑のお披露目に向かおうぜ」
その後、セオドアとベンジャミンは石碑のお披露目がある場所へと戻った。
村外れの石碑の前では、村長のジョージが威厳のある声で村の繁栄を祈る言葉を述べ、魔法使いのエルダに石碑への魔除けの魔法を依頼する。
エルダは少し緊張したように魔法陣が刻まれた石碑に静かに魔力を注ぎ込んだ。
淡い光が石碑を包み込み、やがて波動のような風が村に広がる。村人たちの間には一瞬の静寂が流れ、その後、大歓声が上がった。
ベンジャミンの野次が混じるが、エルダはそれを聞いて眉を吊り上げ、村人たちの笑いを誘った。
セオドアは、この賑やかな祭りの雰囲気に、わずかながらの安堵を感じていた。
石碑のお披露目が終わると、村の広場は一斉に宴会の場へと変わった。
村人たちは各々持ち寄った料理を広げ、酒を酌み交わし、賑やかな音楽に合わせて踊り始める。
セオドアはエルダを探して周りを見渡した。
これまでのループでは、酒盛り大会が始まるまでエルダは大人しく祭りを眺めていたと思ったが、今回は姿が見当たらない。
そんな時、簡易的に外に設置されたテーブルに、すでに酒を並べて上機嫌で飲んでいるエルダの姿を見つけた。
「エルダさん……」
呆れたセオドアはエルダに話しかけた。
「あーらー!セオドアじゃない!待ってたわよー!」
その頬は桜色に染まり、目はとろんとしていた。セオドアがエルダに近寄ろうとすると近くを通った店主に呼び止められる。
「セオドアの奢りだって言って、酒をどんどん頼んでるんだが……」
店主が心配そうに声をかけてきた。
「え?」
セオドアは思わず声を上げた。もうすでに奢りの約束を履行しているのかと驚いた。
「そうよー!このガキンチョが出してくれるってー!」
エルダは得意げに笑いながら、店主に向かってセオドアを指差した。
「あぁ、はい……」
セオドアは内心で冷や汗をかきながらも、店の人に頷いた。
「そ、そうか。まぁエルダは魔除けもやってくれたし、安くはしとくからな……」
店主はセオドアの顔色を見て、少しばかり気遣ってくれたようだった。
「ありがとうございます……」
セオドアは絞り出すような声で礼を言った。
「エルダさん!前回のループじゃ、酒盛り大会が始まるまではそこまで飲んでなかったですよ!」
セオドアは前のループとの違いをエルダに指摘する。
「そりゃあんたの奢りだから飲むに決まってるでしょー!酒盛り大会だって参加料さえ払えばいくらでも飲めるから出るんだから!」
エルダは悪びれる様子もなく、そう言い放った。その言葉に、セオドアは守銭奴のようなエルダの一面に頭を抱える。
金貨一枚の価値を考えると、エルダの飲みっぷりはセオドアの財政を大きく圧迫する。
(これはかなりの出費になりそうだ……)
セオドアの頭の中では、金貨が風のように飛んでいく幻想が見えるようだった。
「……わかりました。けど……祭りの後の事忘れてないですよね?」
セオドアは念を押すように尋ねた。
「大丈夫大丈夫!!私は酒に関しては魔法よりも得意なんだから!!」
エルダは豪快に笑い飛ばした。その自信満々な態度に、セオドアは呆れるばかりだった。
「それって魔法使いとしてどうなんですか?」
「うるさいわねー!あんたも飲め飲め!」
エルダは笑いながらセオドアにグラスを差し出した。琥珀色の液体がグラスの中で揺れている。
「お酒は18からなので僕はまだ飲めませんよ」
セオドアはキッパリと断る。
「セオドアあんた硬いやつねー!そんなんじゃモテないわよ!」
エルダはつまらなそうに顔をしかめた。
(もしもの時、僕はこの飲んだくれに助けて貰うんだよな?)
セオドアは不安で苦笑いを浮かべた。しかし、これがループ脱出の唯一の希望なのだから、今はエルダを信じるしかない。
祭りの喧騒が最高潮に達する頃、年に一度の酒盛り大会が始まった。
広場の中央には、大きな木の樽が用意され、村人たちが優勝の座をかけて集まってくる。ベンジャミンは興奮した様子でセオドアの腕を掴んだ。
「おい、セオドア!いよいよ始まるぞ!」
今回の酒盛り大会はベンジャミンにタイムループを信じてもらうための賭けだ。
(肝心のエルダさんは……)
セオドアはエルダに視線を移すとこれまでにない程におぼつかない足取りで客を煽っていた。
「みんな見てなさい!優勝するのは私よー!」
(大丈夫かな……)
出場者たちが次々と樽の前に並び、司会の合図と共に一斉に酒を飲み始めた。
ルーカスは普段から酒豪として知られており、その飲みっぷりはまさに村一番だ。
しかし、エルダもセオドアに普段よりもはるかに勢いよく杯を傾けていた。
序盤はルーカスとエルダが互角の勝負を繰り広げ、周りの参加者は続々と脱落していく。
二人が杯を煽る度に村人たちからも大きな歓声が上がる。しかし、中盤に差し掛かると、エルダの動きが徐々に鈍くなっていたが、負けじと酒を煽る。
そしてルーカスとエルダ以外の参加者が脱落し、いよいよ二人の一騎打ちとなった。
「おーまじでエルダ強いじゃん!」
予想外の展開に思わずベンジャミンも白熱してセオドアの肩を叩く。
しかしエルダの杯を持つ手が震え始める。
司会者がカウントを行いルーカスは杯を飲み干す。エルダは杯を傾けたが中身は全て顔にかかりそのまま後ろへと倒れ込んだ。
「おーっとここで村唯一の魔法使いエルダが倒れたー!!前代未聞の一騎打ちを制したの前回優勝者のルーカスだぁー!!!」
ルーカスはふらつきながらも高らかに勝利の雄叫びを上げた。
「うぉー!!!さすが父さんだぜ!」
ベンジャミンは歓声を上げて喜んだ。セオドアは複雑な表情でエルダを見つめた。
「ほら見ろ、セオドア!やっぱり父さんが一番だぜ!」
ベンジャミンはセオドアの肩を叩き、冗談めかして笑った。彼の言葉には、セオドアのタイムループを信じさせる機会を失った瞬間であった。
「そ、そうだね……」
セオドアは言い返す言葉が見つからない。エルダが酔いつぶれてしまった今、ベンジャミンを納得させる材料はない。
呆れたセオドアは倒れたエルダに近寄る。当人のエルダは酒を満足するまで飲めたからかどこか幸せそうな表情を浮かべている。
「勘弁してくれよ……」
セオドアは頭を抱えるとこれから村外れの石碑のところまでこの飲んだくれを連れて行かなければいけない事に気がつき急いでエルダを呼びかける。
「エルダさん!しっかりしてください!」
セオドアはエルダの肩を揺する。
「大丈夫……大丈夫……今日はセオドアの奢りだから……」
呆れたセオドアがエルダを手放すと、彼女は再び地面に倒れ、情けないうめき声をあげる。
泥酔しているエルダをどうにか歩かせ、石碑のところへ向かわなければならない。セオドアは小さくため息をつくとベンジャミンに助けを求める。
「ベンジャミン」
ルーカスを褒めていたベンジャミンはセオドアの呼びかけにこちらを振り向く。
「あぁーあぁー。エルダのやつ完全に潰れてるなぁー」
近寄ってきたベンジャミンはエルダを見て他人事の様に呆れる。
「今からエルダさんを石碑のところまで運ぶの手伝ってくれ」
「はぁ!?石碑!?やだよ!悪いこと言わないから村の大人達に任せて家に放り込んどいて貰おうぜ!」
「頼むよベンジャミン。石碑まで急がなきゃならないんだ!!」
セオドアの真剣な眼差しにベンジャミンは圧倒された様に目を見開く。
「あーもう!セオドアがそこまで言うならわかったよ!」
観念したベンジャミンはエルダの片側を担ぐ。
「ありがとう」
セオドアとベンジャミンは、エルダを両肩で支えるようにして、石碑の方へと引きずるように歩き出した
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