第十一話 調査線上の黒【1/2】
ウィンドミル冒険者ギルドの朝は、いつもと変わらぬ騒がしさの中にあった。
ギルド内に足を踏み入れたフィオナ、ノエル、ドランの三人は、すぐに受付のミアに声をかける。
「おはよう、ミア」
「フィオナさん。おはようございます。今日は......セオドアさんはいないんですね?」
「うん、ちょっと用事があってね。今日は私たちだけ。それで.......ちょっと調べたいことがあって」
「……何をお調べですか?」
「ギルドに登録されている冒険者の中で、テイマー、魔獣使いと、杭のような飛び道具を用いる魔法使いに心当たりはない?」
「フィオナさん.......他の冒険者達の情報をお教えする事はできないのですが......」
「あぁ......冒険の書関連でちょっと、相談ができる冒険者がいたらなって思って」
「......わかりました。あまり大きな声では申せませんが、グレッグギルド長よりブックマンにはできる限りの手助けはしろと仰せつかっております。
少しお待ちになって下さい。すぐに調べてみます」
奥に消えるミア。フィオナたちはその場で待っていたが、ある光景が目に入った。
ガストンだった。
ガストンは手にしていた冒険の書をギルドの床に落とすと、靴で踏みつけた。わざとらしいほどに力強く。
フィオナの拳が震える。力が入りすぎて血が滲むほどだった。
だが――動かない。
「挑発に乗らない」――セオドアとの約束が、今の彼女を支えていた。
ガストンは受付に近づくとわざとらしくフィオナに不適な笑みを浮かべる。
「おぉいたのか、耳長。何か言いたいのかよ?」
「......別に。あんたになんか興味ないわ.......」
その反応にガストンは高らかに笑い声を上げる。
「なんだ言い返すこともできねぇ腰抜けじゃねぇか。あの坊主がいなきゃそんなもんだよな!」
ガストンは高らかに笑い声を上げながら、ドランにわざとらしく肩をぶつけて、ギルドの外へと消えていった。
ノエルがフィオナの袖を掴む。
「フィオナ.......」
「.......よく耐えたな」
ドランが肩に手を置く。
「当たり前よ......ここで私がまた過ちを繰り返すわけにはいかないもの.......!」
フィオナは踏み躙られた冒険の書を睨みつけながら、拳を強く握り血を滴らせた。
やがてミアが戻るとすぐに冒険の書が荒らされている事に気がつく。
「え!?何があったんですか!?」
「ガストンよ......」
「本当ですか!?すぐにギルド長に報告してきます!こんな事、放っては置けません!!」
「あ、待って待って!ミア!報告はいいけど先にさっきお願いした事を先にしてもらっていい?」
「わ、わかりました。他の冒険者に聞かれると問題になってしまうので別室までいいですか?」
フィオナはそれに頷いて答える。ミアは別室に向かう際に他のギルド職員を呼び止めて荒らされた冒険の書を片付けておく様に依頼する。
別室にて
「これがさっき言われた情報に該当する冒険者になります」
ミアは小さなメモをフィオナたちに手渡す。そこには、名前が記されていた。
テイマー
1.キール
中年男性。元はノルフェンのギルドに所属。近年ウィンドミルへ移籍。かつて“猛獣使いのキール”として中堅の魔獣討伐で名を馳せた。2.レーナ
二十代前半の女性。騎獣型モンスターを扱う若手テイマー。
杭魔法使い
1.フェルト
三十代前半。戦闘型魔法使いで、鉄杭の魔力投射魔法を得意とする。“魔力で武具を操る”タイプで、訓練場での事故歴あり。
2.ユエル
二十代後半。狩猟魔法を主とする魔法戦士タイプ。土魔法で金属物の生成が可能。
3.サミュ
五十代。引退間近の老魔術師。だが“変換式魔力兵装”の知識が深い。(杭の生成も可能か?とメモ書きがある)
「……以上の五名が、条件に合致する人物です」
フィオナはそのメモを見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「これだけでも、十分な手がかりになる……ありがとう、ミア」
「いえ、中には冒険の書をよく思っていない人物もいますのでお気をつけて下さい」
「ちなみに誰が?」
「この方とこの方、それにこの方も.......」
フィオナはミアが指を刺した人物の名前に下線を引いた。
それは、まだ朝靄の残る時刻だった。
セリカは、図鑑と実験器具一式を詰め込んだ大きな鞄を背負い、アトラス商会の玄関で待っていた。
「おはようございます、セオドア氏、ノエル氏!」
セリカは元気よく頭を下げると、持っていた植物標本を大事そうに抱え直した。
「今日は、必ず突き止めましょう……“クラッグファングを操る香”の正体を!」
「おはよう〜……いつもながら素材の事となると気合が違うね〜」
ノエルは圧倒されつつもセリカの情熱を受け止める。
「数種の素材を候補として絞り込みました。実際にクラッグハウンドの縄張りに赴いて、行動変化を見ることで特定できます!」
セリカは説明しながら、精製した香のサンプルを見せる。いずれも見た目は似通っているが、組成は微妙に異なる。
「……では行きましょうか。
クラッグハウンドはスチールランク帯のモンスターになりますのでセリカさんは決して無理のない様にお願いします」
セオドアの言葉にセリカは頷いた。
彼らは北の山へと向かう。そこはクラッグファングの縄張りのひとつで、通常は高位の魔物は出没しないが、用心は怠らなかった。
道中、セリカは香の理論構成や、魔獣の嗅覚特性について熱く語り続ける。
「この種のモンスターは、実は嗅覚に依存して群れを維持している可能性があるんです。つまり、嗅覚を操作すれば――群れを扇動できる」
「本当に……操れると思う?」
「確信はありません。でも、何かしらの反応があれば……そこから組成を調整できるはずです!」
そうして、山の中腹に到着すると、セリカはサンプルごとに設置ポイントを分けて香を炊き始めた。
しばらくすると――
「来た!」
セリカが小さく叫ぶ。
遠くの茂みから、クラッグファングが数頭、ゆっくりと現れた。
第一の香には無反応。第二も同様。
だが、第三の香を炊いたーー
――その時だった。
第三の香を焚いた直後、森の奥から複数の咆哮が響いた。
「構えて!」
クラッグハウンドは鼻を鳴らし、香の漂う空気を探るように、首を振っていた。
「セリカさん!急いで!香に反応してます!」
「わ、わかってます!でも……まだ確証が……!」
セリカは震える手で図鑑をめくり、行動パターンと香の影響を照らし合わせていた。
「セリカちゃん!そっちにに集中して!こっちは私たちがなんとかするから!」
ノエルが叫ぶと同時に、精霊魔法を発動する。
魔法は一頭のクラッグファングの前足をかすめて地面を穿つが、威嚇にはなった。唸り声が一段と激しさを増す。
「……二頭!セリカちゃんの方に行っちゃうよ!」
「行かせない!」
セオドアが斧を振るい、一頭の進行を真正面から止める。衝突音とともに火花が散る。
「ノエルさん後ろ!」
「合点承知の助け!」
ノエルが一瞬で体を反転し、魔法を放つ。狙った頭部はわずかに外れたものの、クラッグファングは一歩後退する。
「セオドア氏、ノエル氏!今反応に変化が!これは明確な誘導行動……!」
「セリカさん!分析は後でいいので!とにかく終わったら教えて下さい!」
セリカは目を見開き、慌てて香の火加減を調整しつつ、精製薬を一滴加えた。
その瞬間――
三頭のクラッグハウンドの動きが、一瞬止まる。
そして、鼻を鳴らしながら、まるで引き寄せられるように香のもとへと歩き出した。
「来た……!これです!この反応……香に操られてる……!」
「本当に……!? 本当に効いてるの!?」
「はい!この組成、間違いなくクラッグハウンドに作用してます……!」
セリカの声に、セオドアとノエルは互いに視線を交わす。
斧を構えたセオドアが一歩後ろに下がりながら言った。
「よし……今は無理に倒さなくて大丈夫です!奴らの動きを観察しましょう!」
「賛成。これ以上やったら私たちのほうが持たないし……!」
クラッグハウンドたちは攻撃を止め、香の近くに留まる。
セオドアは深く息を吐き、汗を拭った。
セリカはふらつきながら立ち上がり、小さく拳を握る。
「これだ……間違いない、この香だけが行動を変えた!」
セリカはすぐに記録を取りながら、セオドアに振り向く。
「香の主成分は“ハシリドコ草”と“カクリ根”です! 一部の狩猟香にも使われる組み合わせですが、調合比が特殊なんです!」
ノエルが感嘆の声を上げる。
「すごいよセリカちゃん……これ、調合できる人限られてるよね?」
「ええ、素材の扱いには高度な知識が要るし、両方を常備してる冒険者は少ないはずです」
セオドアは頷きながら言った。
「帰ったらすぐにマックスさんに報告しましょう。この素材の仕入れ元と購入履歴を追えば、黒装束の構成員に繋がるかもしれません」
セリカは満足げに頷いた。
「はいっ……これでまた一歩です!」
彼らの目に、確かな手応えと決意が宿っていた。
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