第七話 約束の花を見に【1/2】
朝の陽光が、ウィンドミルの冒険者ギルドを照らしていた。
謹慎明けのこの日、ギルドの扉を開けてブックメーカーの一行が中へ入るとそれまで騒がしかったギルドの冒険者達が一斉に静まり返った。
セオドアとフィオナが目を合わせると小さく頷き、中へと進んでいく。
ざわついた空気が流れ、その多くが先頭を歩くセオドアとその半歩後ろを歩くフィオナに向けられた。
「あんな暴力沙汰起こしておいて、よくもまぁ顔を出せたな......」
「何がブックメーカーだ。暴力パーティーじゃねぇか......」
そんな小声が、あちこちから飛ぶ。それでも、セオドアは真っすぐ前を見据えたまま動じる様子はなかった。
隣に立つフィオナもまた、毅然とした表情で周囲の視線を受け止めていた。
視線は冷たい。だが、それを跳ね返すほどの覚悟が二人にはあった。
受付まできたブックメーカーをミアが出迎えた。
「おかえりなさい。ブックメーカーの皆様」
「ただいまです。ミアさん。ご迷惑をお掛けしました」
「迷惑だなんて......フィオナさんはお怪我の具合はどうですか?」
「大丈夫よ。2、3日で治ったから私も謹慎みたいなものよ」
「そうですか.......あれ以降、冒険の書の反対派の冒険者達の反発も大きいのでくれぐれも気をつけて下さいね」
「わかってる。忠告ありがとう、ミア」
「いえ。それではギルド長がブックメーカーの皆様が見えたら部屋に来るようにと伝言を承っております」
「わかりました」
セオドアとブックメーカーの面々は支部長室に向かった。
「おう、セオドア、フィオナ。来たか」
ふたりは頭を下げる。グレッグは腕を組んで二人をしばし見つめた後、低く言った。
「……まずは、謹慎ご苦労だったな」
「いえ、ご迷惑をお掛けしました」
セオドアとフィオナが深々と頭を下げ、それに続いてドラン、ノエルも頭を下げた。
「セオドアとフィオナに関しては形だけの処分だ。そう気に病むな。反対派を納得させられなかったこっちの落ち度もある」
グレッグは静かに笑う。
「感情を抑えられなかった自分たちにも非はあります」
「それはそうだな。次に喧嘩をふっかけられた時はぶちのめす前に俺かミアに相談してくれ」
「わかりました」
「それはそうとガストンについてだが.......」
「何かありましたか?」
「あぁ、まぁ不貞腐れてるのかは知らんが、あの日以降行方がわからなくなっていてな」
「行方不明ですか......」
「新人のセオドアにあそこまでコテンパンにやられちゃあ、ギルドに顔を出しづらくもなって他の街へ移ったかもしれん.......それかーー」
「お前達に復讐を考えている可能性もある」
「ホント、つくづく厄介な男ね」
「ガストンは性根は腐っちゃいるが、腐ってもシルバーランク。お前らと同ランクだ。何をしてくるかもわからん。くれぐれも気をつけろ」
「わかりました」
「一応、バルトにもこの小競り合いの収拾を依頼しているが、我関せずの姿勢だ。まったく古株は扱いづらいったらありゃしねぇ」
「バルトさんですか.......」
セオドアは冒険者ギルドで冒険者登録をした日を思い出す。ガストンに絡まれ、フィオナが助けに入り激昂したガストンを一声で鎮めた冒険者。
「ウィンドミルじゃ、あいつが一番の高ランクだからな。あいつの鶴の一声にも期待したんだが、そう上手くはいかないってことだ」
グレッグは頭をかきながらため息をつく。
「バルトさんってランクはいくつなんですか?」
セオドアはフィオナに尋ねる。
「バルトはプラチナよ」
「プラチナ......ゴールドの次........あの威圧感は伊達じゃないですね」
セオドアがそんなことを呟いていると、グレッグ「さて」と声を上げた。
「今日は前々から申請のあった例の実地研修の日だな」
その声にセオドア達は姿勢を正した。
「はい。アイアンランクのモンスター討伐依頼を実地で新人冒険者にレクチャーする予定です」
セオドアが一歩前に出て言うと、グレッグは大きく頷いた。
「正直、ギルド内にはまだまだ反発もある。だが、お前たちは実績でそれを黙らせるんだ。言葉より成果を見せてやれ」
「わかりました」
グレッグはそれ以上言葉を重ねなかった。ただ、セオドアの肩を軽く叩き、無言で応援の意を示す。
受付前には既に新人冒険者たちが十数名ほど集まっていた。緊張した面持ちの者、浮き足立っている者、明らかにセオドアたちに興味津々の者もいた。
その中には以前、冒険の書のモニターとして参加してくれていたロゼとダリルの姿もあった。
「セオドアさん!」
「ダリルさんにロゼさん!今回の実地研修に参加されるんですか?」
「はい!前はセオドアさんの戦闘が見られませんでしたから!」
「そうですか!」
「それより.......こないだの件、大丈夫でしたか?」
「あぁ、心配させちゃったみたいですね。うん、大丈夫です。ダリルさん達も大丈夫ですか?」
「え、あぁ.......はい。ちょっと先輩冒険者達の人達には冷たく当たられているようには思います......」
「そうですか......迷惑をお掛けして申し訳ありません......」
「いやいや!セオドアさんが謝ることじゃないですよ!セオドアさん達、ブックメーカーは僕達新人冒険者の為に頑張ってくれているんですから!」
「そう言って頂けると助かります」
「今日の研修も無料でやってくれるなんて、本当にセオドアさん達には感謝ですよ!」
「喜んで貰って何よりです.......」
本当はマックスさんの案だから、裏があるのだけど......
「では今日はお願いしますね二人とも」
「はい!」
セオドアはロゼとダリルに頭を下げると集まった新人冒険者の前に出る。フィオナも続いて前に出る。
「みんな!今日は集まってくれてありがとう!出発の前に、今日の指導内容について説明するわ」
フィオナが一歩前に出て、新人たちを見渡す。
「今日の実地研修は二班に分かれて行動します。一班は、セオドアと私が担当して、森でアイアン以下の魔獣討伐。もう一班はノエル、ドラン、セリカの三人が同行して、採取系依頼とルート確認を担当します」
ノエルが手を挙げて笑顔を浮かべた。
「は〜い!こっちは危険はほとんどないので、リラックスしつつ、周囲の観察眼を養う感じでいくよ〜!」
「こっちは戦闘主体です。身の安全にはこちらで配慮しますが、行動には責任を持ってください」
セオドアが言うと、新人たちに緊張が走る。彼の冷静な声は、無駄がなく、妙に安心感を与えた。
「では、各自準備が整い次第、出発します。持ち物の最終確認と、同行する指導者の名前をしっかり覚えておくように」
こうして、セオドアたちは新人冒険者達を連れ、冒険者ギルドを出る。
ウィンドミルの東門、朝の光を受けて門番が軽く手を上げた。
「ブックメーカーか。気をつけて行けよ」
「ありがとうございます。何かあれば、すぐ戻ります」
セオドアが簡潔に答えると、門番は頷いて見送った。
門の外では、すでにノエル、ドラン、セリカの三人が準備を整えていた。
「こっちは採取依頼ルートの確認。特に危険はないはずだけど、何が起こるかわからないから慎重にいこうね〜」
ノエルが明るく新人たちに手を振る。
「そっちも気をつけてね〜」
セリカは人見知りからか新人冒険者の引率にオドオドとしている様子が見てとれた。ドランは静かにセオドア達に向かって頷いた。
セオドアとフィオナはノエル達に手をあげて合図する。
「それじゃあ、分かれて行動を開始しましょう。何かあったらギルド支給の発光玉で合図を」
セオドアの言葉に全員が頷いた。
「じゃあ、またあとでね〜!」
ノエルたちが西側の道へと消えていき、セオドアは振り返って、自分たちの班に視線を向ける。
――新人冒険者たち、総勢10名。その中には、ロゼとダリルの姿もある。
緊張した表情の者、武器を握る手に汗をにじませている者、不安を隠すように笑っている者。
「改めて確認します。今日は、アイアンランク以下のモンスターを対象とした実地研修です。戦闘は僕、セオドアとフィオナさんの二人で行います。
皆さんは僕達がどう動いてモンスターを倒しているのかを見ていただけたらと思います。
アイアンランクのモンスターですが、油断は禁物です。だから、慌てずに、落ち着いて行動してください。そうすれば皆さんの安全は僕達が保証します」
セオドアの声は落ち着いていたが、その中には確かな力があった。
それが新人たちの不安を和らげる。
フィオナが続ける。
「冒険の書に載ってる知識は大事だけど、実際にその知識を持って行動できるかどうかが大事よ。
私達はできるだけ何を考えているか話しながら戦うからよく見てよく聞いてね!」
「はいっ!」と、ロゼが一歩前に出て元気よく返事をする。
「……は、はい!任せてください……!」と、やや緊張しながらダリルも続く。
「じゃあ、出発しましょう。目的地は南の外れ、クローヴの森」
セオドアが軽く地図を広げ、現在地と目的地の位置を指で示す。
「スライムだけじゃなく、腐食性の小型モンスターも確認されています。接触した際の粘液に注意してください。装備の表面を溶かされます」
「森の入り口までは小走りで行くわよ。無理に急がず、隊列は乱さないこと」
フィオナの号令とともに、一行は足を進めた。
――クローヴの森、入口。
薄く霧がかかり、湿気を含んだ空気が肌にまとわりつく。地面はややぬかるんでおり、歩き方を誤れば簡単に足を取られる。
「まずは、地面の見方から教えます。ぬかるみに足を取られない歩き方、そして足音を立てずに進むコツ」
セオドアが実演してみせる。重心を低く、足の裏全体で地面を感じながら進む。
新人たちも真似しながら、ぎこちなく進み始める。
「足音は魔獣を引き寄せる原因にもなるからね。意識して」
フィオナが後方で補足を入れる。
「ロゼさん、今の動き、とても良かったですよ。重心のかけ方が上手いです」
「えっ……ほんとですか!? よかったぁ……!」
「ダリルさん、もう少し歩幅を小さくすると、安定しますよ」
「あっ、はい!わかりました!」
和やかな雰囲気の中、しばらく進んだ先――森の広場に差し掛かった時だった。
「……痕跡を発見。あれは――」
フィオナが低く呟き、前方の地面を指差した。
ぬかるみの中に残された、蹄のような跡。だが、それは通常の獣とは明らかに違う。モンスターだ。
「“ツインホーン”……小型の二足獣魔ですね。角で突進してくるタイプです。油断は禁物です」
セオドアが手帳を広げ、即座に特性と対処法を口頭で説明する。
「新人の皆さんは僕たちの指示に従い、後方に下がり観察を」
フィオナが弓を構える。
茂みが揺れ、草の向こうから、ツインホーンが姿を現す。
茶色の毛並みに、ねじれた角。低い唸り声を発しながら、こちらに気配を向けている。
「前に出ます。フィオナさん、援護を」
「了解!」
セオドアが一歩前に出る。森の中に、緊張感が走った。
実地研修は、いよいよ本番を迎えた。
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