第六話 謹慎【1/2】
冒険者ギルドの支部長室。
セオドアは、正面の椅子に腰かけたまま、拳を握りしめていた。グレッグに取り押さえられた際にできた額の傷から血が滲む。右の手の甲にはガストンを殴った際の痕跡が残っていた。
傍らには、同席を許されたフィオナ、ノエル、ドラン。皆、押し黙ったまま沈痛な表情で席に座っていた。
そして対面には、ギルド長――グレッグが、厳しい目を向けていた。
「……まず、冒険者ギルド内における“私闘の禁止”は、我々の規約における明確な違反事項である」
静かに、しかし低く重い声で、グレッグが言う。
「ギルドの中で争えば、秩序が崩れる。秩序が崩れれば、冒険者ギルドとしての機能しなくなる。――それは理解しているな、セオドア?」
「……はい」
セオドアは俯いたままに答えた。
グレッグの視線は鋭いまま、話を続ける。
「だが、今回の一件には“私闘”という言葉だけでは測れぬ事情があることも、私としては理解している。ガストンの行動もまた、許されるものではない」
「それでも……僕は、手を出してしまいました」
「お前の拳が理性を失っていたか、心から出たものか、それは見ていた者がよく分かっているだろう」
グレッグは重く息を吐き、目を閉じると、一枚の書面をゆっくりと持ち上げた。
「ここに裁定を下す」
その声に、部屋の空気がぴんと張りつめる。
「セオドア、およびガストン――両名に対して、“ギルド活動二週間の謹慎処分”を言い渡す。依頼の受託・報酬の授受・ギルド内施設の使用、一切を禁ずる」
セオドアは静かに目を伏せた。納得していた。受けるべき報いだった。
「また、両名はこの間の行動において、今後の言動と態度によってギルドからの信用を回復する責任を負うものとする」
それきり、グレッグは言葉を切り、視線をセオドアの隣へ移した。
「フィオナ。お前は今回、物理的な被害を受けた被害者側と見なすこともできる。だが、ギルド内で手を出した以上、完全に免責とはいかん」
フィオナもうつむき、歯を食いしばっていた。
「口頭での厳重注意と、同期間の自主的な休養を勧告とする。……いいな」
「……はい。申し訳ありませんでした」
かすれた声で、フィオナが答える。
グレッグは全員を見渡した。
「これは私情を挟まず、規約に従って判断した裁定だ。お前達に冒険の書を作る様に手を貸していたのも俺だが……忘れるな。
ギルドには色々な思想を持った奴が混在している。これ以上の反発があればギルドで冒険の書を販売することも危うくなる........」
その言葉には、若い冒険者たちを導いてきた者の重みがあった。
しばらくの沈黙のあと、グレッグが椅子を軋ませて立ち上がる。
「処分は本日より発効される。部屋を出たら、ギルド施設の使用は不可だ。……気をつけてまっすぐ帰れ」
支部長室を出たあと、誰もすぐには口を開かなかった。
廊下の冷気が、皮膚にしみるように感じられた。
「……セオドア君、大丈夫?」
ノエルがぽつりと尋ねるが、セオドアはただ、うっすらと笑って首を振った。
「僕は……なんとも........」
セオドアはフィオナの方へと視線を移す。
フィオナは一歩だけ遅れて歩きながら、俯いていたが、セオドアの視線に気付くと、目に涙を溜めた。
「ごめん........セオドア........私.........我慢できなくて.......セオドアが必死に作ってきた冒険の書を........あんな風にされたら........私........」
そう言ってフィオンが膝から崩れ落ちそうになる。ノエルとドランがフィオナの身体を支える。
「フィオナさんが怒ってくれたことはすごく嬉しかったです。フィオナさんは悪くありません。その後の冷静さを欠いた僕の責任です。やりすぎでした.......」
「違うの.......私が.........私が.........ごめんなさい.........!」
ノエルはそっとフィオナの背をさすり、ドランは黙って前を歩いた。
ノエルとドランも、何か声をかけるべきか迷いながら、それぞれの足取りで、ギルドを後にした。
こうして、ブックメーカーたちは“静かな隔離”の中へと入っていった。
丘の中腹、隠れ家のようなアトラス商会の新事務所。扉を開けて入ったセオドアたちに、迎えの言葉はなかった。
書類棚の前で帳簿を整理していたマックスはちらりとセオドア達の方を見る。そこで全てを察した様に深呼吸する。
「.......報告をどうぞ」
静かな声。その裏には、何もかも既に察している空気が漂っていた。
「……ギルドでガストンが冒険の書を破いているのを発見し、感情を抑えられず......暴力沙汰を起こしました」
セオドアはまっすぐ立ったまま、言葉を選ばずに告げた。
後ろでフィオナが身を縮め、ノエルとドランは沈黙したままだ。
「処分は?」
「僕とガストンが二週間の謹慎。フィオナさんは……口頭での厳重注意と、自主的な休養を言い渡されました」
マックスは小さくため息をつくと、ようやくセオドアたちに振り返った。
「……なるほど。まんまと挑発に乗った、というわけですか」
その声には怒りはなかった。けれど、静かな叱責が込められていた。
「正直に言えば、私も似たような想定はしていました。
――挑発し、こちらが反応すれば、自らが正義になれると踏んだのでしょう」
マックスの言葉に、セオドアは唇をかむ。
その横で、フィオナが力なく椅子に腰を下ろし、顔を伏せた。
「ごめん……私が、もっと冷静だったら……」
かすれた声でそう呟く彼女の横顔は、どこか翳っていた。
ノエルが小声で寄り添うように隣に座り、ドランは言葉を発さぬまま、壁にもたれたまま天井を見上げている。
マックスはしばらくの間、全員を見渡すように視線を移し……そして小さく首を振った。
「……本来なら、代表ともども暴力沙汰を起こしたとなれば、私がここで一喝すべきなのでしょうが」
彼の目が、ゆっくりとフィオナに向けられる。
涙こそ流していないが、その肩は小刻みに震えていた。
「――今日のところは、ここまでとしましょう。皆様も、精神的な整理を優先してください」
セオドアが思わず顔を上げると、マックスは視線を戻し、手帳に淡々と書き込みを始めた。
「セオドア代表。落胆もありますが......少し安心した気持ちも個人的にはあるんですよ」
「安心ですか?」
「ええ。
あなたのタイムループの件......
齢十五にして、冒険者ギルドのシルバーランク。
ブックメーカーの筆頭メンバー。
加えてはアトラス商会の代表となったお方です。側から見ても少し大人の階段を登るのがあまりにも早すぎる。
年相応の反応があってどこかほっとしましたよ」
「まだ未熟物ですね.......」
「未熟者、多いに結構。これからの成長にまだまだ余地があると言うことです。
今回の件を糧にして我々としても大きく成長する機会といたしましょう」
それきり、マックスは何も言わなかった。
セオドアは静かにうなずき、フィオナのほうへと歩み寄った。
「…...フィオナさん、少し休みましょう。今日は、もう……」
フィオナは小さくうなずくだけだった。
ノエルがそっと肩を貸し、二人は奥の部屋へと消えていった。
その背を見送りながら、セオドアは拳を握りしめた。
静かな沈黙の中、事務所の空気は、ただ重く揺れていた。
謹慎処分が下された翌日、アトラス商会の仮事務所には、いつもより静かな朝が訪れていた。
セリカは採取依頼で外出中。ノエルとドランも同行しており、今この空間にはセオドアとフィオナの二人だけが残っていた。
「……静かですね」
セオドアが、帳簿の山をめくりながらぽつりと口にする。
「うん......」
フィオナはカウンター越しに湯を沸かしていた。手元にはハーブティーと、二人分のカップ。
「マックスさんならいつもなら仕事を押し付けて忙しくなるんですけどね」
「”謹慎中の意味わかってます?“だってさ.......」
やがて、お湯の沸く音だけが小さく響いた。
――しばらく、そんな穏やかな時間が流れた。
「……フィオナさん」
湯気の立つカップを受け取りながら、セオドアが不意に声をかける。
「なに?」
「……一つだけ、ずっと言えなかったことがあるんです」
フィオナが湯気越しにセオドアを見る。その目は真剣だった。
「僕が何度も新人冒険者としてループしていたのは知っていますよね?」
「うん.......」
「冒険者登録をすると毎回、ガストンに絡まれていたんです」
「あいつ........本当にクズね.......毎回投げ飛ばしてやったんでしょ」
「まさか!投げ飛ばしたのはあの時が初めてですよ。
僕も最初は村から出てきたただの木こりですから.......言い返したり、避けたりしていたんです」
「そうだったの?」
「はい。けど何十回も繰り返して絡まれる僕を毎回ある人が助けてくれたんです」
「........」
「あなたです。フィオナさん」
「私.......?」
「はい。初めの頃は対峙するのも怖かったガストンさんと僕の間に颯爽と現れて仲裁してくれていたんです。それはもうかっこよかったです」
フィオナはカップの底に目を落とす。
「僕は今でもフィオナさんに憧れているんです。あなたみたいな冒険者になりたくて」
「じゃあ幻滅させちゃったわね.......」
「そんな事ありません。あの日、フィオナさんが僕をパーティーに誘ってくれなければ、今でもあのループに囚われていたと思います。
本当に嬉しかったんです。
僕の為にガストンにまた立ち向かってくれたこと.......
だから僕はフィオナさんの事を幻滅したりはしません!より一層貴方への憧れが強くなりました」
「そっか.......前のループの私、そんなことしてたんだ。でも……セオドアがそんな風に思ってくれてたなら、ちょっとは報われるかも」
そう言って微笑むフィオナの表情は、どこか照れくさそうで、けれど嬉しそうだった。
「じゃあ、これからは私が誰かに絡まれたら、セオドアが助けてくれる?」
「もちろんです」
セオドアは即答した。
「……それなら、安心かも」
フィオナがそっと視線を逸らす。頬にはうっすらと赤みが差していた。
しばらく、何も言わずに二人でお茶を飲む時間が続く。
そして、不意にフィオナが呟いた。
「……ねぇ、セオドア」
「はい?」
「これから先、何があってもさ。私たち、背中を預け合える仲間でいようね」
セオドアは少し驚いたように目を瞬き――それから、力強く頷いた。
「はい、もちろんです」
フィオナはそれ以上何も言わず、ただ小さく微笑んだ。その微笑みに、どこか寂しさのようなものが混じっているように感じたが、セオドアは深く追及しなかった。
お茶の香りが仄かに漂う中、外では風に揺れる木の葉の音がかすかに聞こえる。
言葉は少なかったが、心の距離は、確かに縮まっていた。
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