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第二話 採取の要【1/3】

 冒険の書のモニター調査から戻ってきたセオドア達はギルドの隅にある食事スペースで鎮座するドランを見つけた。


「ドランさん。お疲れ様です」


 ドランは腕組みをしたまま頷く。


「はい、みんな冒険の書の情報を活かして依頼を達成する事ができていましたよ」


「......そうか」


「試作品はどうでしたか?」


 ドランはセオドアの問いに黙って頷くと荷物の中から紙に包まれた小包をセオドアに渡した。


「え〜試作品できたの〜?」


「ホント!?見せて見せて!」


「開けますね」


 セオドアが包みを開けるとそこにはしっかりとした装丁の本が入っていた。


「わぁ〜本になってる〜!」


「えーすごい!これほんとに私達が作ったやつなの!?」


 身を乗り出すノエルとフィオナにドランが頷く。


「......あぁ」


 一瞬顔を見合わせた二人は喜びを露わにする。


「イェーイ!ついに完成だねー!」


「これが冒険の書.......」


 セオドアの手には印刷所に依頼していた、冒険の書の試作品が手にされていた。


 モニター達に配布した簡単な作りのものではなく、紙質や装丁を頑丈なものであった。


 セオドアは裏を向けると背表紙にはキノコにバツが書いたイラストが小さく印字されていた。


「キノコもしっかり、印字されてるね!」


「そうですね」


 セオドアは笑みを浮かべる。


 ハルトがちゃんと気付いてくれるかはわからないけど、僕が初めて君に情報を繋いだ時.......


 僕が死を偽装してまでも未来に初めて残した石碑に刻まれた絵だ。


「少しでもハルトにこの冒険の書が......


毒キノコを忠告した時の様に過去からの忠告だと気付いてもらえる様にお願いして印字して貰ったんです」


「うん!いいと思う!」


「他の人からしたら意味わかんないだろうけどね〜。そのハルトって人に情報を届けるのが最優先事項だからね〜」


 ノエルの言葉にセオドアは嬉しそうに頷く。


「はい!これで三十部刷って貰いましょう!」


 そんなセオドアにフィオナは待ったをかけた。


「落ち着いてセオドア、今日のモニターやってくれた子から要望があったの!」


 フィオナの言葉にセオドアは冷静さを取り戻す。


「すいません......熱くなってしまいました。それでモニターの子の要望というのは何だったんですか?」


「それが盲点だったんだけど、この冒険の書、戦闘面においての事が殆どなのよ」


 その言葉にセオドアは首を傾げる。


「それが何か.......」


「ギルドからの依頼には薬草なんかの植物や鉱石の採取があるでしょう?」


「そうですね.....」


「採取系等の依頼にフォーカスした記載が全くないのよ」


 確かに......僕は受けた事がないけど、討伐より危険度は低いから駆け出しの頃は受注する人も多いのかもしれない。


「......ブロンズからアイアンでは確かに採取系の依頼も多いですね......


僕はループの中でも討伐系しかやってこなかったので、発想自体ありませんでした.....確かにあった方がいいですね」


 セオドアは考え込むもやはり採取系に関しての知識を持ち合わせてはいなかった。


「誰か、採取系に精通していたりしませんか?」


 セオドアが問いかけるとブックメーカーのメンバーは一様に首を横に振った。


「私も討伐系が殆どよ」


「私も〜」


「......同じく......」


 全滅......


「そ、そうですか......」


 セオドアは苦笑を浮かべる。


「『ブックメーカー』を名乗っておいて、何やかんやみんな脳筋なのよね、このパーティー......」


 フィオナは頬杖をつきながらそう呟く。


「......一から収集するとまた時間がかかりますね.....」


 しばらくどうするか考える為に沈黙が流れる。


「採取なら危険度も低くて、危険な事も少ないしなくてもいいんじゃない?」


「え〜気付いちゃったら落ち着かないよ〜」


「......」


「そうですね。言われてみたら、採取系はサバイバル知識としても転用できますから、長旅のある冒険者には必要な知識でもある気がしてきました」


 セオドアは小さくため息を吐き、卓上の試作品を見つめた。


「……せっかく形になったと思ったのに。素材採集の項目……誰か詳しい人が居れば良いけど......」


 その言葉に、フィオナが顎に指を当てて小さくうなった。


「そういえば……一人。いたかもしれない」


「え?」


 セオドアが顔を上げると、フィオナは記憶をたぐるように目を細めた。


「名前は……たしか、セリカ。採取系の依頼ばっかり受けてる冒険者がいたはず......」


「そんな方がいたんですね.....ギルドで見た覚えはありませんが.....」


「そりゃそうよ。ギルドには滅多に顔出さないから。依頼受けるとすぐに山とか森にこもっちゃうんだって」


「へぇ〜変わった人だねぇ」


 ノエルが飲み物を啜りながらぽつりと呟く。ノエル以外のメンバー「お前がいうな」とばかりに目を合わせる。


 セオドアはすぐに立ち上がった。


「ミアさんに確認してみましょう。ギルドに情報が残ってるかもしれません」


 受付カウンターの向こうで帳簿をめくっていたミアは、セオドアたちが駆け寄ると、やや怪訝そうな顔で目を上げた。


「どうしたのですか? 」


「すみません、ミアさん。セリカという冒険者の方について教えていただけますか?」


 ミアは数回の瞬きをしたあと、すぐに納得したように頷いた。


「ああ、セリカさんですか。普段なら他の冒険者についてはお教えしたりはできないのですが、ちょうどいいタイミングです。


セリカさんですが、二日前に“黒曜苔”の採取依頼に出発したまま戻ってきてないんです」


ミアの言葉にセオドアはフィオナと目を合わせる。


「……二日も?」


「はい。場所はここから東に半日ほどの湿地地帯。昨日他の冒険者から大型のモンスターの目撃情報もあったので、心配していたところなんです......ギルドでも大型モンスターの調査依頼を今発行しているところです」


「……大型モンスター」


 セオドアの顔色が変わる。


 ただのスカウトでは済まない。命がかかっているかもしれない。


「その依頼、僕たち、ブックメーカーが引き受けます」


 すぐにフィオナ、ドラン、ノエルも無言で頷いた。


「本当ですか!?では、依頼内容と位置情報、渡します!


.......これは依頼には含まれてはいませんが、セリカさんの無事も確認していただけないでしょうか?」


 心配そうなミアにセオドアは力強く頷いた。


「はい。むしろ僕達はセリカさんの無事を確かめたいんです」


「ありがとうございます。ではお気をつけて行って来てくださいね」


 ミアが手早く書類をまとめて差し出す。


 それを受け取ったセオドアは、強くうなずいた。


「はい!行って来ます!」


 外に出たセオドア達は既に夜になっている事に気がつく。


「もう夜でしたか......」


「今日はモニターの子達の依頼に付き合ってたからね」


「仕方ないですが、今日は現地の手前まで移動して、野営を張って早朝から捜索を行いましょう」


「ハードだねぇ〜」


「.....仕方ない」



 次の日の朝、セオドアたちは、足元のぬかるみを慎重に踏みしめながら、深い湿地の一角に足を踏み入れていた。


 ロズ湿地帯.....その中でも特に地面の水分が多く、周囲を背の高い葦とシダが取り囲んでいる――通称、《底無しの窪み》と呼ばれる沼地だ。


「……ここが、セリカが向かった黒曜苔の採取地候補ってことよね?」


 フィオナが眉をひそめ、ぬかるみに沈みそうになる足を引き上げながら訊ねる。


「はい。ミアさんの地図によれば、この辺りが“黒曜苔”の群生が報告された場所のはずです……」


 セオドアは湿った羊皮紙を手に、地形と周囲の風景を見比べるが、自信を持てる判断はできなかった。


 足元に見える所々ある岩の表面には黒や茶に近い苔がびっしりと広がっている。だが、それが目的の“黒曜苔”なのか、ただの湿地苔なのか――判別がつかない。


「これの事かな〜?」


 ノエルが呟きながら、目の前の苔を指先でつまんだ。


「いや、これはただの苔ですね。黒曜苔はもっと光沢があるって聞いています」


 セオドアの言葉にも、確信はなかった。


「そもそも私たち、誰も黒曜苔を実物で見たことないのよね」


 フィオナの言葉に、全員が黙った。


 討伐系の依頼ならば、敵の挙動や地形から推測し、経験をもとに判断ができる。


 だが――採取は違う。相手は“動かないもの”であり、代わりに無数の“紛らわしいもの”が周囲にある。


 正確な知識と経験がなければ、必要なものを見つけることさえできない。


「戦うばかりが冒険者の仕事じゃないってこと、痛感しますね」


 セオドアがぽつりと呟く。


「これだから採取系の依頼は嫌なのよね......」


 フィオナの苦い声が沼地に落ちる。


「やっぱり、セリカさんの力が必要ですね。無事だと良いですけど......」


 言葉に重ねるように、ぬかるみの向こうから――


 「――きゃああああっ!」


 甲高い悲鳴が、湿地の空気を震わせた。


「今のは!?」


 セオドアの声と同時に、全員が駆け出す。


 水を跳ね上げ、泥を蹴り、重たい空気を裂いて、叫び声の主のもとへ――!


 ぬかるみに水が跳ね、風もない湿地に激しい足音が轟く。


「――くっ……許してください〜っ!」


 長身の植物の影を抜けて、ひとりの女性が走っていた。


 癖っ毛の深緑の黒髪が湿気に絡まり、細身の体には泥の跳ね跡がついている。


 腰には採取用のポーチと工具がぎっしり詰まっており、背中にはボロボロのノートが一冊、革紐で縛られて揺れていた。


 セオドア達はすぐにその女性の元へと駆け出そうとするも沼に足を取られて素早く動けない。


「これじゃあ、進めないよ〜!」


 ノエルが困ったように声を上げる。セオドアも同様に足を取られている。苦悶の表情で女性を見る。


 しかし、走る彼女の足取りは軽やかだった。


 泥を蹴らず、沈まない。


 セオドアが彼女の足元を見ると木枠と革紐で作られた特殊な装備が見えた。


 それによって、足を取られるような深いぬかるみも軽やかに進めていたのだった。


 次に視界に入ったのは大きな狼型のモンスターであった。


「……あれは、《スワンプファング》!!……追いつかれたらまずい.......!」


 濁った水に棲む湿地特化型モンスターで、その異様に発達した後肢と泥濘に沈まない特殊な肉球により、ぬかるみの中でも常人の倍以上のスピードで動く。


 見れば、その鋭い鉤爪と湾曲した牙が、セリカの背中へと届かんばかりに迫っていた。


「……っ!ノートだけは、落とさない!」


 彼女は息を切らしながら、腰のノートを左手で押さえ、右手で小さな火打ち石を取り出す。


 ――バチッ!


 乾いた火花と同時に、彼女はポーチから取り出した干し苔に火をつけ、足元に叩きつけた。


 シュッと煙が広がり、瞬間的に炎を立ち上らせる。


(この辺の苔は可燃性の高い苔だったのか......!)


 彼女がつけた火にスワンプファングは怯む様子を見せたが、それだけでは足止めにはならない。


 スワンプファングが一瞬たじろぐも、炎を突き破って再び猛スピードで迫ってくる。


「……!」


 再び走って逃れようとしたその時、足元がもつれて沼に手足をついた。


「しまった......!」


 セオドアは女性の危機に駆けつけようとするも足が取られて思う様に動けない。


(足が埋まってる!間に合わない!だったら......)


「フィオナさん!!」


 セオドアの空を裂くような声が、沼地に響いた。


「任せなさい!」


 ぴん、と空気を裂く音。


 フィオナが引き絞った長弓から、鋼鉄製の矢が放たれた。矢はスワンプファングの肩の関節を正確に射抜き、獣の動きを一瞬止める。


「ノエル!」


「合点承知のすけ〜!」


 ノエルが両手を前にかざし、精霊語をささやく。


「〈風よ、しずめの矢となれ〉――ウィンドスピア!」


 風の精霊が答え、形成された風の槍が空を裂いて飛ぶ。


 スワンプファングの側頭部を打ち抜いたそれは、衝撃で獣の視界を攪乱させ、軌道を逸らせた。


 咆哮とともに沼に激しく突っ込む獣――泥と水が飛び散る中、ドランが女性とスワンプファングの間に割り込み盾を突き出し、スワンプファングの爪と牙を押えた。


「ふんっ.......!セオドア......!」


 セオドアはドランの呼び声に呼応する。


「はい!」


 セオドアは飛び上がりドランの肩に着地するとさらに上へと飛躍する。


 セオドアは空中で身体を回転させながら遠心力で斧を振る。


「はああああっ!!」


 重力と勢いを乗せたその斬撃が、スワンプファングの首筋へと深々と叩き込まれる――!


 ――ズンッ!!


 土を打つ重低音のような衝撃音。


 斧の刃が獣の骨を砕き、肉を裂き、地面に叩き伏せた。


 スワンプファングの体が一度痙攣し、やがて泥の中に沈んでいく。


「……やった.......か」


 ドランが盾を下ろし、セオドアはスワンプファングの死体の上に立つ。


「ふぅ、助かりました。ドランさん。流石です」


「……」


 ドランは無言で親指を立てる。そんな時ー、


「危ないところ救って頂きありがとうございます」


 ドランの背後から女性の声がした。


 二人の視線の先――女性が四つん這いで沼にハマったまま動け無くなっているのを見つけた。ドランとセオドアは顔を見合わせた。


「手を貸しますね」


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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