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第八話 冒険の書【1/3】

 朝日が談話室を明るく照らし始めていた。窓の外からは小鳥のさえずりと街の目覚めを告げる活気が聞こえてくる。


 ノエルは机に突っ伏し、頬の下には小さな涎の水たまりができていた。くぐもった寝息と、時折ぴくりと動く指先が彼女の夢見心地を物語っている。


 ドランは椅子に腰かけたまま、こくりこくりと頭を揺らしていた。


 それでも手元の資料に視線を送り続けている姿は、彼なりの不器用な責任感を映し出していた。


 セオドアは二人の様子を見て、小さく微笑んだ。疲れた顔、寝癖の髪、無言のままに協力してくれるその背中――すべてが、胸を温かくさせる。


「冒険の書を編む…..」


 その呟きには、どこか新たな希望が宿っていた。セオドアに……いや、仲間と共に目指せる、新しい未来ができたのだ。


「ドランさん少し休みましょうか?」


 そっと声をかけると、ドランは眠気に曇った目でこちらを見やった。


「いや…..時間が惜しい…..」


「ありがとうございます。ドランさん。けどこの状態で仕上げてもいいものはできないと思うんです。


未来に残るぐらいの精度の高い情報を残さなければいけませんから」


 セオドアの言葉に、ドランはしばし目を閉じ、無言のまま考えを巡らせる。


「…….一日しか残っていないのだろう?」


「……そうですけど、毒キノコへの忠告の石碑を遺書でお願いした後に僕はループを抜け出しました。


おそらくその時点で石碑が建つ未来が確定したからだと考えています」


「…..明日までに完成していなくとも…..書き上げることができたらいいというわけか……」


「……はい。ですので、今焦って仕上げても後世に残らなかったらループは終わらないと思います…….」


 その時だった。


「みんなー!お疲れ様ー!朝ごはん買ってきたよー!」


 弾けるような声が響いた。扉を開けて現れたのは、買い出し袋を両手に抱えたフィオナだった。


 袋の中からは焼きたてのパンや果物、香ばしいチーズの香りが漂い、眠気が一気に吹き飛ぶ。


「……ハッ!ごはん!」


 ノエルが寝ぼけた顔をあげて叫んだ。半分寝たままのような声だったが、彼女の身体は本能的に食べ物に反応していた。


「ドランさん。休みましょう」


 セオドアが笑みを浮かべながら促すと、ドランはため息混じりにうなずいた。


「……わかった」


 重たい体を少し後ろへ倒し、彼は椅子にもたれる。姿勢は相変わらずピンと張ったままだが、わずかに肩の力が抜けていた。


「それで冒険の書を作るのはいいけど具体的にどうしていけばいいの?」


 パンをひとつテーブルに置きながら、フィオナが真剣な目つきで尋ねた。


「まずは冒険の書の有用性を世間に広めなくてはなりません」


 セオドアの瞳は真剣そのもので、声にも熱がこもっていた。


「有用性?」


「はい。僕が得たモンスターに関する情報はゴールド以上のランクの冒険者には周知の事実である可能性が高いです」


「ゴールドランク以上の冒険者は場数は凄いからねー」


 フィオナが頷きながらパンをちぎる。


「はい。僕も結局はスチールランクで受けられる依頼とベルゼルグの討伐以外の情報は皆無ですので、ゴールド以上に向けての情報は今は置いておきましょう」


 セオドアの話に他の三人は頷いた。


「知らない事はどうしようもないからね〜」


 ノエルは目を閉じながらももりもりとパンを齧る。


「スチールランクまでの情報をまとめるのはそうですけど、今は一番情報が欲しいと思っているランク向けに冒険の書を届けるんです」


 その一言に、三人の視線がセオドアに集中する。


「今一番欲しいと思っているランク……」


「…..ブロンズか」


 ドランが低く呟く。


「そうです。今の冒険者はモンスターなどの情報を他の冒険者に教えたがらない風潮が根付いています。


その為、駆け出しのブロンズランク冒険者は街での力仕事や建物の補修といった依頼から始めます。


モンスターの対策を知ることができず、討伐依頼に飛び込む勇気が湧かず、そのままブロンズ冒険者を続けている方だっています」


「つまりそこを抑えた冒険の書があれば、その人達の後押しになるってわけね」


 フィオナが腕を組みながら言った。


「はい。なので….まず作るべきは冒険の書の初心者編…..っと言ったところでしょうか?」


「いいね〜それ!」


 ノエルがぱちぱちと手を叩く。


「なのでまずは冒険の書の試作を作ります。それを持ってギルドに置いてくれないか相談してみましょう。


現在のブロンズとアイアンの人数を調べて、冒険の書の試作を配布後の人数でどれだけ昇格できたかを検証して有用性を示せば……


ギルドの資金提供を受けての制作ができるかもしれません」


「冒険の書が有用である事が認められて、本格的に作成に移れる…..そういうわけね!」


 フィオナが、満足そうにうなずく。


「よし!そうと決まれば急いで試作品を作るわよ!!」


 意気込む声に、部屋の空気は一瞬明るくなったが、みんなの顔には隠しきれない疲労の色があった。それを見たセオドアは、苦笑を浮かべる。


「その前に......まずは一旦寝ましょうか」


 セオドアが優しく諭すように言うと、全員が一瞬黙り、そして苦笑いした。


「それもそうね」


 フィオナは頭をかきながら椅子にもたれかかり、談話室にようやく静かな安堵が戻ってきた


 数時間の仮眠を終えた四人は、どこかすっきりとした表情で談話室に再集合していた。窓の外には、すでに昼の陽光が差し込み、広場の喧騒が耳に届く。


 目覚めたばかりのノエルが、大きな欠伸をしながらストレッチをしている隣で、フィオナは外出の準備を整えていた。


「フィオナさん。どこか行くんですか?」


 寝起きのセオドアが尋ねるとポニテールを閃かせながらフィオナが振り向く。


「ギルド長にアポ取ってくるわね。折り入って話があるって言えば、取り合ってくれるでしょう!」


 背中越しにそう言って手をひらひらと振りながら、フィオナは部屋を出ていった。


 セオドアはその背を見送りながら、彼女の頼もしさに胸が温かくなるのを感じていた。


 残された三人は、それぞれの席に戻ると、テーブル中央に資料を広げて向き合った。


 そこにはセオドアがこれまでにまとめたモンスターの情報、討伐時の注意点、フィールドの地形ごとの立ち回り方、さらには避けるべき依頼の例まで、ぎっしりと書かれた手帳の写しがあった。


 セオドアはノートを開き、ページを指差しながら言う。


「まずは、ブロンズの冒険者に知っておいてほしい情報を精査していきましょう。


討伐対象としてよく出るのはスライム、ワーラット、それから低位ゴブリンです」


 ドランは腕を組みながら頷き、重々しい声で言った。


「問題は、最初の一戦だ。油断して死ぬ者が多い……特にゴブリンの夜間行動と集団性は、明記すべきだ」


「うん〜あと、スライムは甘く見られがちだけど、意外と危ないよね〜。武器に粘液が絡んだら大変だもん〜」


「そうですね……一見安全そうなモンスターほど、見落としやすい対処法があります」


 三人は膝を突き合わせ、時に意見を出し合い、時に互いの知見を補いながら、初心者のための“本当に必要な情報”を丹念に拾い上げていった。


 単にモンスターの特徴を列挙するのではなく、現場でどう動くべきか、どう判断するべきか――生き延びるための知恵を、言葉にして整理していく。


 やがて、いくつかの項目が仮の章立てとして浮かび上がってきた。


 《スライム対応編》《罠の見抜き方》《パーティー内の役割分担》《逃げる判断と撤退戦の手順》


――それは、かつてセオドアが誰かに教えてほしかった知識ばかりだった。


 セオドアはふと、顔を上げた。ドランとノエルが、それぞれのやり方で真剣に記録を読み解き、次の世代に向けて伝えようとしている。


 その姿を見て、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


(本当にこの人たちと出会えてよかった)


 そんな想いが、黙っていても胸の内に広がっていった。


 陽も高く昇り、町の喧騒がますます活気を帯びてくる頃。談話室の扉がバタンと開いた。


「ただいまー!」


 元気な声と共に、フィオナが息を弾ませて戻ってきた。肩には汗で貼りついた髪が揺れていた。


 セオドア、ノエル、ドランの三人が一斉に顔を上げた。


「ギルド長、ちゃんと時間取ってくれたわよ!明日の朝、支部長室で正式に話を聞いてもらえることになった!」


「……本当ですか?」


 セオドアが驚きと喜びの入り混じった声を上げる。


「ええ。内容も軽く話してきたけど、“試作品として提出するなら歓迎する”って。ただし、それが“本当に価値あるものなら”って条件付きだったけどね」


 フィオナは椅子に腰を下ろし、ぐるりと仲間たちを見渡した。


「だから、この今日で“それ”を形にしなきゃならない。あくまで“本”としての構成と、中身の説得力が求められるわ。


外見だけでなく、ちゃんと読まれる前提でね」


「なるほど……見た目じゃなく、中身で勝負……」


 セオドアは頷きながら、自分の手帳を握りしめる。


 ノエルも身を乗り出しながら興味津々に問いかけた。


「でもさ〜、ギルド長ってぶっちゃけ、怖くて私ちゃんと喋れる気しないんだけど〜」


「安心して。話すのは主に私とセオドア。ノエルは笑っててくれればいいわ」


「任せて!すっごく良い笑顔作っておく!」


 ぱあっと明るくなるノエルに、ドランが「……逆効果だ」と低く呟いて小さく場を和ませた。


 フィオナは、テーブルに置かれた草案とメモの山に視線を落としながら言う。


「このままいけば、明日には“冒険の書・初心者編”の試作品が完成する。


それが最初の一歩よ。あとは私たちがどれだけ本気かギルド長に伝える事ができるのかにかかってる」


「……はい。どんな形であれ、届けましょう。みんなに.....そして.....ハルトにも」


 セオドアの言葉に、全員が黙って頷いた。


 使命は重い。だが、その分、胸に宿る熱は確かなものだった。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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