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 第六話 討伐の果てに【2/2】

色鮮やかな鳥が飛び去る。


 また......戻ってきた.......


 目を覚ました瞬間、セオドアは叫んでいた。


「なんでだよおおおおおおお!!」


 森にセオドアの声がこだまする。斧が地面を跳ねた。拳を何度も木に打ちつけ、木片が地面に散らばる。


「倒した……あいつを倒したのに.......!やっと、やっと倒したのに……!」


 肩で息をする。歯を食いしばり、目に涙が滲む。


 斧の刃が届いた。喉を裂き、確かにトドメを刺した。あの瞬間、すべてが終わったはずだった。だが、現実は変わらなかった。


 また、最初の朝に戻っていた。今度こそ、最後だと思った。だというのに。


「なんで……! どうして……っ!!」


 怒りと絶望が胸を焼き尽くす。声は枯れ、涙が頬を伝って地面に落ちた。


 やがて、セオドアは崩れ落ちるように地面に座り込む。セオドアの絶望と怒りとは裏腹にウィンドミル近郊の森の静けさを取り戻していく。


(……何かが違う。どこかで、僕は……何か、大事なことを見落としてる)


 セオドアは、頭を抱えながら思い返す。


 毒キノコの時は、ハルトが毒キノコ食べない未来に変えるために、忠告を残そうとした。


 結果、死の偽装をしてまでも毒キノコへの警告の石碑を残す事でハルトが毒キノコを食べる未来を回避する事ができたと思う......


 実際次にビジョンに現れたハルトは生きてあのモンスターと対峙していたわけだ。


 ーー今回も同じなのか?


(ただ僕が倒せば終わると思ってた。倒せば、未来でハルトがあのモンスターと対峙する事もなくなり.......死ぬ事もなくなると......)


 目を閉じると、まだ瞼の裏に、あのモンスターの爪が迫る光景が焼き付いていた。


(倒すだけじゃダメなんだ。ビジョンは数十年先の未来......現代では倒したとしても、他の個体が台頭し、結局はハルトと戦う事になるということか.......)


 「今回もやる事はあのモンスターへの忠告を残さなければならないのか.......?石碑?いやいや、あいつの対策は石碑がいくつあっても足りないぞ......」


 何をすれば“未来”に届くのか。何をすれば“あの死”を回避できるのか。


 セオドアは拳を握ったまま、ただじっと朝焼けた空を見上げていた。


 ウィンドミルの町に入ると、セオドアはまっすぐ文具を扱う小さな店へと足を運んだ。


 「これと、インクも……あとペン先も一つ」


 店主は木こりの姿のセオドアが本やペンを買う事に驚いたのか少し動揺した様に話しかける。


「少々値が張りますがよろしいので?」


 セオドアはその言葉にこの段階での所持金の少なさを思い出す。革袋に入っている木こり時代の少ない貯金の全財産でやっと買える代物であった。


(しばらくループしては依頼をこなす日々を繰り返していたから.....この段階の所持金の少なさを忘れた......)


「あぁ、大丈夫です.....お願いします」


 セオドアは新しい革張りの手帳を手に取ると、掌で感触を確かめるように撫でる。ページの白さがまぶしく感じられた。


(何か依頼をこなさないと、今日の宿代も払えないな......)


 セオドアは手帳を手にギルドへと向かった。


 ギルドの登録窓口でギルドカードを受け取ったセオドアはブロンズで受けられる範囲で一番高額な報酬の依頼書を取りミアに渡す。


「セオドアさん!これはブロンズで一番難易度が高い依頼ですよ!!冒険者登録をしてすぐにこんな依頼は無茶です!」


 最近のループではお決まりとなった光景である。


「大丈夫です。この程度なら問題ありません」


「大丈夫?この程度って......あなた今冒険者登録をしたばかりなのですよ、セオドアさん!困ります!」


 そう言って制止するミアを振り切りセオドアはギルドホールに出る。


 するとガストンが嫌味ったらしく絡んでくる。


「おいおい、坊主。威勢はいいが、駆け出しが討伐依頼とは餌になる為に村からわざわざ出てきたってのか?」


 セオドアの前に佇むガストンを無視して、横を通り過ぎようとする。


 ガストンは無視されたのが気に食わない様子でセオドアの肩につかみかかる。


 セオドアはモンスターを倒してもループが終わらなかった怒りからか、ガストンの挑発につい眉を顰める。


「おい、無視するとはいい度胸じゃねぇか!」


 そんな様子を見かねたフィオナが止めに入ろうと声を上げようとする。


 その時、セオドアは肩を掴んでいたガストンの手の小指を掴み捻る様にガストンを投げ倒した。


(あ......しまった.....つい.....やってしまった.....)


 ギルドホールに一瞬の静寂が訪れる。投げ飛ばされたガストンが状況を理解できていないと言った様子で瞬きをする。


 いつの間にか天地がひっくり返っているのだから無理もない。


 ガストンのそんな様子に周りの冒険者達は一斉にゲラゲラと笑い声を上げた。


「おいおい!ガストンが新人に投げ飛ばされたよ!!!」


「新人いびりして返り討ちに合うたぁざまぁねぇよ!」


 フィオナもくすくすとそばで笑っている。ガストンはすぐに起き上がると怒りで顔を真っ赤にしていた。


「テメェ!ふざけた真似を!!!!」


 ガストンは握った拳をそのままセオドアへと振りかぶる。その時セオドアには間に割って入る影が見えた。


「大概にしろガストン」


 ガストンの拳をバルトが受け止めていた。ガストンはバルトに気がつくとすぐに拳を引っ込める。


「バ、バルトさん!!けど!!」


「口答えなど聞くに耐えん。これ以上恥を晒すな」


「っく!」


 ガストンはドスドスとギルドから飛び出す。セオドアもそうそうにその場から離れようとした時にバルトが低い声で引き止める。


「ルーキー」


 セオドアは取り繕う様に頭を下げる。


「止めて頂いてありがとうございます......」


「ガストンを止めたつもりはない。お前を止めたのだ。あのままだとガストンが無事では済まなかったからな......」


 バルトはセオドアの実力を見抜いているかの発言をする。シルバー帯のガストンを凌駕する実力を持つセオドアを見抜いているのだ。セオドアもそれにピクリと反応する。


「私はギルドには秩序が必要だと思っている。もしこの先お前が秩序を乱すのなら相応の対応をさせてもらう。いいな?」


 歴戦の冒険者のバルトの威圧にセオドアも圧倒される。


「すいませんでした......以後気をつけます.......」


 セオドアの謝罪にガストンは黙って踵を返すとギルドの奥へと姿を消していった。


 しばしの沈黙が流れたかと思うと周りが一斉に笑い声を上げてセオドアを囲んだ。


「すごいな新人!シルバーのガストンを投げ飛ばすとはな!」


「こりゃ、大型新人が入ったぞ!!」


「こいこい!一杯奢ってやる!」


 セオドアは今までにない程他の冒険者に親しげに接せられる。驚いて返答に困っていると様子を見ていたフィオナがその場から立ち去ろうとするのが見えた。


「あ、あの!」


 セオドアが声を上げると、フィオナが気付いて振り返る。


「え?」


「さっきは貴方も止めに入ろうとしていただきありがとうございました」


 セオドアのお礼にフィオナは恥ずかしそうに頬を掻き、手を振る。


「あぁ!いいっていいって!結局バルトさんに先越されちゃったし!


それにしてのすごいね君!ガストンが投げ飛ばされるところが見られるとは思わなかったよ!」


「いえいえ!たまたまです!手を払い除けようとしたらたまたま、ああなってしまったといいますか......」


「謙遜しなさんなって!私はフィオナよ!」


「セオドアです......よろしくお願いします」


 殺伐としたループで長らくこんなやりとりをしてこなかったからか少し心のサビが取れる様な感覚に陥り笑みを見せる。


「よろしくセオドア!これからの活躍に期待しているわ」


 フィオナはそう言ってウィンクをして立ち去る。フィオナを見送ったセオドアは盛り上がった冒険者の誘いを断りつつ、討伐依頼に出た。


 早々に討伐依頼を済ませ、しばらくの宿代を稼いだセオドアはギルドに戻った。


 広いギルドホールの片隅。壁際のテーブルに腰を下ろし、懐から取り出したのは、今朝購入した一冊の手帳であった。


 セオドアは羽ペンを走らせながら、思考を巡らせる。


(あのモンスターを倒しても、結局ハルトは別個体に殺される。つまり“未来を変えた”ことにはならなかった……)


 忠告......いや、情報を未来に届ける必要がある。だがどうすれば?


(毒キノコの時は、石碑に刻んだ記号が届いた。けど、あれは“食べるな”と伝えるだけで十分だった。


今度は違う。


ただの忠告では不十分だ。対処法、戦術、致命点


――すべてを伝えなければ、意味がない)


 セオドアはペンを走らせながらも、思考を広げていく。


(前回の毒キノコの時に初めて石碑を届けた時はハルトにはアルシェール語では伝わらなかった。そうするとまた絵や記号で伝えるしかないわけ何だけど....)


 ペンを握る手に力がこもる。次の一手が見えないまま、セオドアはうめくように深く息を吐いた。


 その時、――背後から、柔らかな声がかけられた。


「ねえ、それ……セオドアが書いたの?」


 驚いて振り返ると、そこにはフィオナが立っていた。光を受けて揺れる銀髪と、冷静さを湛えた瞳。だがその目は、セオドアの手帳を真剣に見つめていた。


「……フィオナさん......お疲れ様です。はい。自分で書きました。今までに遭遇したモンスターの記録です」


「モンスターの……記録?見てもいい?」


「あ、はい。どうぞ」


 フィオナは興味深そうに、隣の椅子を引いて座ると、そっと一枚ページをめくった。


 そこには、スパインボアの骨格構造の簡易図と、前肢の動きの癖が書かれていた。


 弱点の推定位置、攻撃の予備動作、過去にセオドアが受けた致命傷の角度まで、異様なまでに克明に書き込まれている。


「……何これ、セオドアが一人で……?」


「あ、ええ......忘れないようにと.......」


 その言い方に、フィオナの目が少しだけ細められた。まるで、何かを悟ったように。


「セオドアって……どれだけモンスターと戦ってきたの?」


 セオドアは答えなかった。ただ、少しだけ苦笑した。


 だがそれがフィオナには充分だったのだろう。ページを数枚めくった彼女は、目を見張るように言った。


「……すごい。まるで、冒険者の“教本”みたい。いや、それ以上。ここまで詳細に記録している冒険者は見た事ないわ......ゴブリン一つにとっても私が知らない情報がこんなにもたくさん......」


 そして、真っすぐにセオドアを見た。


「セオドア。あなた、私のパーティーに入ってくれない?」


「……え?」


「あなたと一緒に戦ってみたいの。今朝のガストンの件もそうだけど、ここまでモンスターの詳細を観察できるあなたと一緒に冒険してみたいの!


この情報は私達冒険者の命を救う代物になりかねないわ!」


 セオドアは、ふと息を止めた。


(僕の知識が、冒険者の命を……?)


 それは今まで彼が考えたことのない視点だった。これまで何度もループを繰り返し、抱えてきた情報を今この時代の誰かと共有するという発想は、なかった。


 セオドアは、少しだけ視線を落とし、自身の手帳を見つめた。


 何か、何かが掴めそうだとセオドアの直感が、心がそう叫んでいた。


「わかりました......フィオナさんのパーティーにどうか、入れてください!」


 セオドアは深々と頭を下げる。


「ちょっとちょっと!こっちがお願いしてるのにセオドアが頭を下げる事ないよ!」


フィオナは満面の笑みを浮かべる。


「よろしくセオドア!」


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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