第六話 討伐の果てに【1/2】
血飛沫が上がる。
色鮮やかな鳥が飛び去る。
血飛沫が上がる。
色鮮やかな鳥が飛び去る。
血飛沫が上がる。
色鮮やかな鳥が飛び去る。
ーーーーー以下省略。
もう何度、殺されたか分からない。
セオドアは、黒いモンスターを討つためだけに、幾度となくループを繰り返していた。
一度目の敗北以降、その異形の影に辿り着くまでにも時間がかかる。
依頼をこなし、ランクを上げて、森を越え、山を越え、襲い来る強力なモンスターを排除し、辿り着いたその先で、また敗北。そこからまたやり直し――
それはまるで、地獄の迷路だった。
それでもセオドアは斧を握り続けた。
このまま逃げれば、“次の自分”が同じ死を永遠に味わう。ハルトが殺される限り、自分もまた死に続ける――それだけが、彼を動かしていた。
そしていつしか、彼の動きは鋭く洗練されていった。あのモンスターとの戦いの中で培った技術と判断力。
もはやその実力はスチールの枠に収まらず、シルバーすら超えていると言われるほどだった。
斧を振るう手は、もはや戸惑いを知らない。呼吸のリズム、足の運び、敵の殺気の揺れ――
その全てを読み取って、セオドアは正確に“死”の予兆を避けてみせる。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
再び辿り着いたあの森。ビジョンで見た地形。血の気配と静寂の重なる空気の中、異形の影が現れる。
黒き毛皮。鋼鉄のような爪。殺意の塊――あのモンスター。
セオドアは、過去のループすべての記憶を繋ぎ、あらゆる攻撃パターンに備えた動きで斧を振るった。
剣戟にも似た斧と爪の激突。血しぶき。裂ける肉。激突と転倒の連続の中、セオドアは深く呼吸を整える。
前はあのモンスターの動きを目で追う事も叶わなかったが、今ではセオドアの目はモンスターの動きを捉える事ができていた。
木こりとしての斧の扱いには慣れていたつもりであった。
しかし、武器としての斧の扱いに洗練された今ではセオドアの斧の一振りである程度の太さの木なら一刀両断できるまでになっていた。
そして以前は弾かれていたモンスターの皮膚をも切り裂ける様になっていた。
セオドアの鋭い一閃がモンスターの皮膚を切り裂く。
モンスターは怯んで怒りに震えた様子でセオドアを睨みつける。
「相変わらず……硬いな……」
セオドアは素早く斧についた血を拭う。一撃一撃こうでもしなければ斧の切れ味が下がってあの硬い皮膚を切り裂けなくなるからだ。
怒り狂ったモンスターの爪や牙をセオドアは間一髪のところで交わしていく。モンスターの動きはすでに把握しつつある。
セオドアは攻撃を避けつつ、確実に、着実にモンスターに手傷を負わせていく。
セオドアはモンスターの噛みつきを避けるとこのモンスターの柔らかい部位である口角を切り裂く。
一瞬モンスターの血飛沫で視界が遮られる。
しまった……!
セオドアはすぐに目にかかった血を拭うがその瞬間に身体に強い衝撃を受ける。木の幹に激しくぶつかる。衝撃でうまく呼吸ができない。
(くそ……!)
戦いの腕は上達しても身体が鍛えられているわけではない。
シルバー以上の実力となっても、急に身体が丈夫になったわけではない。村を出た頃と何も変わっていないのだ。
つまりは攻撃を受ける事に関してはかなり脆い。
セオドアは未だ呼吸のできない体でモンスターの追撃をなんとか飛び退いて避ける。
「……もう少し……もう少しなんだ……殺されてやるか……!」
セオドアは「ヒュー」と肩で呼吸しながら斧を振り抜きモンスターに向ける。セオドアは乱れた呼吸を整えながら冷静さを取り戻す。
セオドアはモンスターの攻撃を避けつつ、少しずつ切りつけるも次第に体力の限界が近づいていた。
身体の耐久性もさながら、根性で騙し騙し身体を動かしていたがそれも体力の限界に近かった。
(もう身体の感覚がない……)
荒い息でセオドアはもう斧で反撃する力も残っておらず、ただ防戦一方になっていた。
モンスターはそれを悟ったのかセオドアを値踏みするかの様に周りを徘徊し始める。
セオドアは力尽きた様に片膝をつく。
モンスターはそこを逃さないとばかりに大口を開けて迫る。
(今回も……ダメだった…….か……)
そう思い下を向いた時に首から下げているベンジャミンから貰ったペンダントが視界に入る。
「ベンジャミン……会いたいよ……」
そんな考えが頭を過ったその時、セオドアは全身に最後の力を振り絞る。
バクン!
モンスターがセオドアの全身を大きな口で捉えた。
勝利を確信したモンスターはほくそ笑みながら、咀嚼する。ーーしかし、何の噛みごたえのない事に違和感を覚える。
その時だった。くぐもったセオドアの雄叫びが聞こえた。
「あぁあああああああああああ!!!!!!」
セオドアは自分からモンスターの口の奥へと飛び込み、口腔内、いや。喉の中からモンスターの首を掻き切ったのであった。
モンスターは苦しそうに喉元を抑え、膝をつき、そのまま地面に倒れた。しばらくもがいていたがやがてその動きを止めた。
倒れ伏したモンスターの巨体を前に、森の中に静寂が戻った。鳥の声も、風の音も、まるでセオドアの勝利を見守っていたかのように。
しばらくして、モンスターの喉元が切り開かれ、血まみれのセオドアがモンスターの喉元から這い出た。
血まみれのセオドアの身体からはモンスターの体温からか湯気がたちのぼる。
セオドアはしばらく這いずりモンスターから離れた木の根元に背中を預ける。
「やった……やった……ぞ……あいつを倒した……」
セオドアは目の前で横たわるモンスターを見て、信じられないほどの達成感が胸に広がる。崩れ落ちそうな膝を支えながら、セオドアは小さく笑った。
ようやく、終わった――
そう、思った。
だが次の瞬間。右腕に衝撃が走り、ボトリと鈍い音を立てた。
セオドアは恐る恐る、その音の正体を目で追う。そこには膝から先が切り裂かれた自分の右腕が落ちていた。
セオドアは狂った様に肩を振るわせて笑い声を上げた。
「死の同期……?な、なんで?モンスターなら今倒したじゃないか……」
セオドアの身体中が切り裂かれる衝撃と生々しい血飛沫が上がる。
(まさか……やっと倒したって言うのに……ループは終わらないのか……?)
ビジョンが、再び、脳を焼いた。
ハルトが――また殺される。見慣れた“光景”が脳裏に流れ込んでくる。ハルトの絶叫。
そして、黒い影。だが――よく見ると、右目の傷跡がない。耳の裂け目も違う。
(まさか……あれとは違う……別の、個体……?)
同じ種類のモンスターである事は間違いはないが、ビジョンに映るのはまた別の個体という事なのだろうか……?
セオドアの血の気が引いていく。
「やっと……倒したのに……あんまりじゃないか……」
セオドアはそう呟くと頭が潰れる音を皮切りにセオドアの意識は闇へ落ちていった。
終わらない。まだ、終われない――
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