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第二話 ブロンズ冒険者【1/2】

挿絵(By みてみん)



 ギルドカードを手にしたセオドアは、少し緊張を残したまま、ミアに案内されてギルドホールの奥へと進んだ。


「こちらが依頼掲示板です。冒険者の方々は、ここで自由に受けたい依頼を選んでいただけます」


 ミアが指し示したのは、広いホールの一角に据えられた巨大な掲示板だった。


 厚手の板には大小さまざまな紙が無数に貼られており、その前では数人の冒険者が腕を組んで何かを吟味していた。


 紙には「討伐」「調査」「護衛」「収集」などと太字で書かれ、内容や報酬、対象のモンスター名、地域、必要なランクなどが細かく記載されている。


「……すごい量……!」


 セオドアは圧倒された。


 そしてすぐに、そこに書かれている文字の意味の半分も理解できていない自分に気づく。


(“ガルバット族の駆除”……? “ブレイズリザードの鱗の採取”……“依頼ランク:スチール以上”?)


 見たことも聞いたこともない単語に、セオドアの額に冷や汗が浮く。


「……これ、全部本当に人がやっているんですか……?」


 ひときわ大柄な戦士風の男が「チッ、また下っ端どもが割り込んでやがる」などと呟きながら去っていくのを横目に、セオドアは一歩後ずさった。


 途端に、自分の斧がやけに頼りなく思えてくる。


「……どうしよう……」


 心細さが喉までせり上がったとき、すっと隣に立ったミアが優しく言った。


「最初は皆、戸惑うものですよ。初心者向けの掲示スペースはこちらです」


 彼女が指したのは、掲示板の端に小さく設けられた別枠のエリアだった。


 貼られていたのは「町の清掃手伝い」「荷馬車の積み荷運び」「市街地の小型魔物の見回り」など、比較的穏やかな依頼ばかりだ。


「まずは“ブロンズ専用”と書かれた依頼の中から選ぶといいでしょう。


依頼内容によっては、短時間で終わるものや、一日かけるものもあります。無理なく、自分にできそうなものを選んでみてくださいね」


 セオドアはその言葉に背中を押されるように、慎重に紙を一枚ずつ眺めていった。


(町の南門周辺の掃除……荷車の見送り……あ、これなら……けど....これって......)


 依頼用紙を受け取ったセオドアは、ふとその紙をじっと見つめた。


 風車の修繕手伝い――荷物運びと足場の整理。冒険者とはいえブロンズでやるのは村での力仕事と大差ない。


「……なんだか、なんでも屋って感じなんですね......」


 そんなセオドアの様子を察したのか、ミアは少しだけ言葉を選びながら口を開いた。


「そう思ってしまう気持ちも分かります。ですが、ブロンズ帯の依頼は“社会”を支える大事な役割もあるんですよ」


「社会を支える……?」


「ええ。この町には、貧しい人、難民、住む場所を失った者、職を探している人……たくさんの人が流れ着いてきます。


冒険者ギルドは、そうした人々に“生活を立て直すための第一歩”を提供する場でもあるんです」


「……」


「もちろん、全員がすぐに剣を振るえるわけではありません。中には、読み書きもできない人もいる。


だからこそ、掃除や荷物運び、整備の手伝いなど、無理なく参加できる仕事がたくさん用意されているんです。


ブロンズ帯の依頼って、いわば“社会の地盤”なんですよ」


 ミアの声は静かだったが、どこか誇りがあった。


「ここで経験を積んで、少しずつ自信と信用を得て、やがて上位の冒険者へと進んでいく……それが、このギルドの考え方です」


 セオドアは黙って話を聞いていた。


 そういえば、村にいた頃には考えもしなかった。自分には木こりの仕事があったし、生きる手段があった。でも―


―ここでは違う。


 町にいる“冒険者”は、皆が剣を振るってるわけじゃない。


 今の僕だってそうだ。ゴブリン一匹に怖がっている僕だって今は胸を張って剣を振えるわけじゃない。


 最初の一歩は、誰だって土にまみれたところから始まるのだ。


「……ありがとうございます。なんか、ちょっとだけ気が楽になりました」


 そう言って、セオドアはもう一度依頼用紙を見つめ直す。今度は、“雑用”ではなく、“必要な仕事”に見えた。


 彼の目に止まったのは、「中央市場の通路整理と荷下ろし手伝い」という依頼だった。


 場所は町の中心にある市場。依頼主は地元の商人連合。報酬は銀貨三枚。所要時間は半日程度。特に戦闘の必要はなし。


「……やってみよう、これにしよう」


 セオドアは掲示板から依頼書を丁寧に剥がすと、それを持って受付へ戻った。


「この依頼を受けたいです」


 見ると、ミアがやや心配そうな表情を浮かべていた。


「こちらの依頼、内容は確かに単純ですが……市場の通路整理は、町の人の動きに慣れていないと意外と大変なんです。


セオドアさんはウィンドミルは初めてですよね?」


「あ、はい......」


「でしたら、初めてウィンドミルに来た方は町に慣れるまでは土地勘が必要のない作業の方が安心ですよ」


 ミアはそう言って、隣のいくつかそっと指さした。


『町はずれの路地清掃』

『風車の外壁の補修準備(道具運びと足場整理)』


「このあたりの依頼でしたら、場所も分かりやすいですし、体を使う作業中心なので始めやすいかと。


報酬は控えめですが、初仕事にはちょうどいいと思いますよ」


 セオドアは改めて紙を覗き込んだ。確かに、どちらも内容は具体的で、何より“今の自分にもできそうだ”と感じられる。


(……まずは、できることから、か)


「何から何までありがとうございます!では……風車の手伝い、してみます!」


「かしこまりました」


 ミアは微笑むと、依頼用紙を受け取り、手続き用の書類に記入を始めた。


「依頼主は風車の整備士、ダリオさんです。ギルドのすぐ裏手にある工房が集合場所になっています。特別な道具は不要です。お怪我だけはお気をつけて」


「はい、ありがとうございます!」


 セオドアは依頼用紙を胸に抱きしめるように持ち、深く頭を下げた。


 ミアに深く頭を下げたセオドアは、依頼用紙を手にカウンターを離れた。


 初めての仕事。地味ながらも、大事な一歩だと胸に言い聞かせながら、ギルドホールの広間を抜けようとした、その時だった。


「……やれやれ、またひとり雑用が来たみたいだな」


 気がつくと大柄な男がセオドアの前に立ちはだかっていた。くすんだ革鎧をまとい、首元まで覆うマントの陰から鋭い視線がセオドアを見下ろしていた。


 セオドアは突然の事で困惑した表情を浮かべる。それを見た周りに座していた冒険者がコソコソと話す。


「見ろよ。またガストンのやつ、また新人にちょっかいをかけてるぜ」


 ガストンと呼ばれた大男はセオドアに不敵な笑みを浮かべ、セオドアが抱えている依頼書を強引に奪った。


「あっ、ちょっと....!」


「風車の手伝い、だって? まさに雑用じゃねぇか」


 そういうと下品な笑い声を上げる。軽く、だが明確に“下”を見る目が、セオドアの胸に冷たいものを落とした。


「……っ」


 言い返そうと口を開いたが、言葉が出てこない。


 ガストンはゆっくりと近づくと、低い声で囁く。


「坊主。どこの田舎から出てきたかしらねぇが、田舎もんは田舎もんらしく大人しく畑でも耕しときな」


 ガストンは依頼書を乱暴に放り投げるとセオドアの肩を叩く。


 ――そのとき。



「ねぇ、ちょっと、やりすぎじゃない?」



 ひらりと音もなく割って入ってきたのは、一人の女性だった。


 鮮やかな緑のポニーテールに、軽装の革鎧。腰にはコンパクトなショートボウと小型のサイドポーチ。目元に笑みを浮かべながらも、どこか鋭い観察眼を感じさせる。まるで、射抜くような視線だった。


 耳が長い。


(エルフだ......)


「あぁ?何がだよ、フィオナ?」


「新人にいちいち絡まないでくれる?見ていていい気がしないのよ」


「最近スチールに上がったからって調子に乗ってんじゃねぇぞ?それでも俺より下だろうが」


「口喧嘩にランクは関係ないでしょ。新人にしかマウント取れないだなんて格好悪いわ!」


「テメェ......言わしておけば......」


 ガストンが握り拳を作ったその時、低い声が響いた。


「大概にしろガストン」


 ガストンの背後にいつの間にかガストンと同じぐらいの大男が立っていた。


「バ、バルトさん......」


 ガストンはバルトと呼んだ男に圧倒された様にへつらう。


 バルトはガストン、そしてフィオナに視線を向け、何も言わずにゆっくりとその場から離れいく。セオドアにはセオドアには目もくれない様子だ。


「っけ、命拾いしたな」


 ガストンはフィオナとセオドアに捨て台詞を吐き、バルトの後に続いていく。


「どっちがよ」


 フィオナはフンっと鼻を鳴らすとセオドアの方を振り返る。


「新人君。気にしない方がいいよ。ガストンはああやって新人にかましてくるのよ。もうクセみたいなもんだから」


 そう言ってガストンが投げ捨てた依頼書を拾い上げセオドアに手渡す。


「助けていただいてありがとうございます」


 セオドアはフィオナに深々と頭を下げた。


「いいっていいって。ああいう輩は言っても聞かないだろうから気をつけるのよ」


「そ、そうなんですね」


 わずかでも自分を見てくれている人がいる。それだけで、少しだけ息がしやすくなる。


「初依頼?」


「はい!そうなんです!」


「そう。私はフィオナよ」


「僕はセオドアです!」


「よろしくセオドア。応援してる。しっかり働いてきなよ」


 フィオナはウィンクを一つ残して、また人混みの中へと入っていく。


 セオドアはその背中を見送る。敵意と、優しさと。冒険者の世界には、どちらもあるのだと知った。


(……かっこいいなぁー。僕もああいう冒険者に......なりたい......)


 セオドアはフィオナに羨望の眼差しを向けていた。


「よし......フィオナさんみたいな冒険者になれる様に俺も頑張らなくちゃ......」




最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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