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第一話 風に導かれる勇者【1/2】

幕間ー、

セオドアが毒キノコループを脱してから50年後、

ヒルクレストを旅立った勇者ハルトの物語。


 ハルトがヒルクレストの村を後にして、二日が経った。


 見送ってくれたベンジャミンとエルダの姿は、もう遠い。振り返っても、そこには広大な草原が広がっているだけだった。


 ――俺は、異世界に来た。


 改めて心の中でそう言葉にすると、まだどこか現実味がなかった。制服姿で歩く自分の影が、やけに浮いて見える。


 草原に伸びる一本道を踏みしめながら、ハルトはこれまでに知ったことを頭の中でひとつずつ整理していった。


 一つ。


 この世界にはモンスターがいる。


 転移した直後に頭上を飛んでいった巨大なドラゴン、そして森に潜むゴブリンや獣型の怪物たち。


 さらに魔法も存在する。


 エルダが光を灯し、魔法陣を起動したあの光景が、いまだに脳裏に焼きついている。ここはまぎれもなく、ファンタジー世界だった。


 二つ。


 この国はアストニア王国。ベンジャミンの話によれば、今は魔王が三百年ぶりに復活し、再び人間と魔族の戦争が迫っているという。


 戦争――平和な日本で暮らしていたハルトには遠い言葉だったが、こちらでは日常に影を落とす現実らしい。


 三つ。


 その魔王に対抗するため、アストニア王国は「勇者召喚の儀式」を行った。三百年前の魔王襲来のときも勇者を呼び出し、戦争に勝利した歴史があるのだという。


 ――そして、自分もまたその“勇者”として呼ばれたのかもしれない。


 だが、何らかの理由で召喚の座標がずれ、辺境の村ヒルクレストに現れてしまったのではないか。エルダはそんな推測を口にしていた。


 四つ。


 五十年前、この村にセオドアという少年がいて、タイムループして未来を予言した。


 ーー俺が現れて、毒キノコを食べて死ぬ未来を。


 セオドアはその未来を変えるため、石碑を残した。結果として、自分は命を拾った。


 彼がいなければ、自分はとっくに死んでいただろう。


「……セオドアさん……」


 ハルトは小さくつぶやいた。会ったこともない相手。けれど、確かに命を救ってくれた恩人だった。


 いつか、その足跡を辿ることになるのだろうか?


 歩きながら、腰に差した粗末な短剣を確かめる。


 ベンジャミンが持たせてくれたもので、刃は短く、鍔も頼りない。しかし、これがあるだけで心強かった。


 道中、森の中で小型の獣を見かけるたびに、無意識に柄へと手が伸びてしまう。


「学校じゃ、体育の成績は並だったのに……モンスターと戦うなんて、俺にできるのか?」


 声にすると、不安が喉に絡みつく。


 だが、同時に胸の奥で奇妙な感覚が蠢いていた。


 エルダは自分にはいくつもの「スキル」が備わっていると。


 エルダとの会話を思い出す。


『俺の持っているスキルって何かわかりますか?』


 ハルトの質問にエルダは眉を吊り上げる。


『知らないわよ』


 即答。


『え?』


 あまりの素っ気ない返事にハルトは呆気に取られる。


『私の鑑定の魔法じゃ、せいぜいスキルを持っているかどうか、わかる程度くらいのものよ』


 エルダの返答にハルトは肩を落とす。


『そうなんですね……』


 スキルを何個も持っているなんてありえないってノリで話していたから、ちょっと嬉しかったのにとハルトががっかりしていると更なる問題に気がつく。


『じゃあ、スキルってどうやって使えば?』


 エルダは呆れたようにため息を吐く。


『それも知らない。スキルは得意な事が極まって魔力が流れる事で、発現するって事らしいわ。だから、自分で使い方を見つけるしかないわね』


 エルダの返答にハルトは「そうですか……」と頭を抱える。


『お前は何も役に立たないな』


 ベンジャミンが呆れた様にエルダに言い放つ。


『はぁあ?老いぼれのガキンチョに言われたくないんですけど?』


 エルダは眉を吊り上げ、ベンジャミンへと言い返し、二人はいがみ合う。


(老いぼれのガキンチョって……語彙力の崩壊起こしてる……)


 そんなやり取りを思い出し、ハルトはため息をついた。


「異世界召喚されたのなら、強いスキルや装備を期待したいところだよ」




 ウィンドミルへの街道を歩き始めてから五日目。


 ハルトの足取りは、もうふらついていなかった。


 ベンジャミンから託された粗末な短剣と水袋は頼りないが、村を出てからの数日で「野営」「水場探し」「体力配分」といった基礎を少しずつ学んできた。


 もっとも、学んだというより――生きるために無理やり体に叩き込んだ、が正しい。


「もうすぐ……だよな」


 丘を越えると、遠くに高い石造りの塔が見えた。


 風車が回っているその塔こそ、この地方最大のウィンドミルの象徴だ。


 胸の奥がじんわり熱くなる。


 ようやく人の暮らす街へ辿り着ける。食事も、宿も、情報も。王都への手がかりだって、きっと。


 ――その時。


「っ……!」


 風に混じって、金属がぶつかり合う甲高い音が耳に飛び込んできた。


 剣戟。さらに、甲高い怒声。


「誰か、戦ってる……?」


 街道の脇、林の影から煙のように立ち上る土埃。ハルトは息を呑んだ。


 数歩駆け寄ると――視界に飛び込んできたのは、数匹の小鬼ーー緑色の肌、黄色く濁った目。短い棍棒を振り回し、獰猛な笑い声をあげている。


(ゴブリン!?)


 その群れに一人、必死に剣を振るう少女がいた。


「くっ……このっ!」


 肩までの茶髪を乱し、額に汗を浮かべた少女。年はハルトと同じくらい。


 革鎧の胸当てに、片手剣を握りしめるその姿は、まだ頼りない。だが、その眼差しはくじけていなかった。


「危ない!」


 思わず声が漏れる。


 ハルトの声に少女は自分に迫りくるゴブリンに気がつく。


「……っ!」


 ゴブリンの一匹が横から棍棒を振り下ろし、少女は咄嗟に剣で受ける。だが、体勢を崩し、膝が折れる。


 ――次の一撃で終わる。


「……ッ!」


 考えるより早く、ハルトの足が地面を蹴っていた。


 粗末な短剣を抜く。冷たい鉄の感触。


 心臓が喉に張り付くほどの恐怖。それでも、脚は止まらなかった。


 ゴブリンの黄色い目がこちらを向く。棍棒が振りかざされる。


(死ぬ……!)


 そう確信した瞬間、頭の奥に――ざらり、と知識の奔流が流れ込んできた。


 体重の乗せ方。刃の入れ方。敵の急所の位置。


 まるで、誰かが耳元で囁いているかのように。


「うおおおおっ!」


 咆哮と共に短剣を突き出す。


 刃はゴブリンの脇腹に食い込み、体液が飛び散った。


 ゴブリンが絶叫し、倒れる。


 ハルトは息を荒げながら、少女を振り返った。


「あなた……一体……?」


 少女がハルトに問いかけようとしたその時、背後で唸り声がする。


 二匹のゴブリン。


 少女に迫ろうとしていたが、突然仲間が倒されたことで一瞬怯んでいた。


「こっちは俺が!」


 叫んで少女の前に躍り出る。


 短剣を構えた姿はぎこちないはずなのに、体は自然に動いた。


 棍棒を振るゴブリンの腕を滑らせ、横に回り込む――そして脇腹を薙ぐ。


「がっ……!」


 二体目も崩れ落ちた。


 最後の一体が怯え、後ずさる。


 少女がそこへ飛び込み、渾身の力で剣を振り抜いた。


「やあぁッ!」


 ゴブリンの首が横に弾け、血飛沫が散った。


 土埃が静まり返る。


 荒い息を吐きながら、ハルトは短剣を握る手を見下ろした。


 震えていた。だが、それ以上に――信じられない感覚があった。


(……動けた。俺、戦えたんだ……!)


 ハルトが呼吸を整えていると、同じく呼吸を荒くしていた少女の口から安堵の声が漏れる。


「……はぁ、はぁ……助かった……」


 少女が剣を地面に突き立て、肩で息をしていた。


 大きな茶色の瞳が、ハルトを見つめる。


「誰かは知らないけど、助太刀感謝するわ。あなた……強いのね」


「い、いや……今のはたまたま……」


「たまたま? あんな動き、駆け出しじゃできないよ」


 少女は笑みを浮かべ、手を差し出した。


「ありがとう。私はエリナ。冒険者よ、まだまだ駆け出しだけど」


 少女はエリナと名乗り、はにかんだ様な笑顔を見せた。


 ハルトは差し出された手とはにかんだ笑顔を交互に見て、笑みを浮かべた。


「……俺はハルト。ただの旅人だ」


 二人の手が重なった瞬間、ハルトの胸に小さな熱が灯った。


9/3にプロローグに表紙イラストを追加しました。

よかったらご覧ください♪


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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