第三十三話 死闘【2/2】
ミノタウロスの咆哮が回廊に轟いた。
衝撃波のような音圧に、岩壁がビリビリと震える。
「来ますッ!」
セオドアが叫ぶより早く、巨躯は地を蹴った。
――速い。
その重量からは信じられない速度で、黒き巨体が五人へと迫る。
「はぁぁぁぁッ!」
先陣を切ったのはクルムだった。
そして、空気を裂く。
ラピッドジャンプ――音速の突き。
鋭い一閃がミノタウロスの足に突き刺さる。鮮血が弾け飛んだ。
巨体が僅かによろめくがニヤリと笑みを浮かべる。
クルムは槍がミノタウロスの皮膚から引き抜けない。
ミノタウロスがクルムに向かって拳を振り上げた時、
「今だッ!」
ザガンが叫ぶ。
「任せろッ!!」
ヴェロニカが素早くクルムの槍へと手を伸ばし、自慢の怪力で強引にミノタウロスの皮膚から引き抜く。
引き抜かれた槍と共にクルムが宙を舞う。
クルムに向かって振り下ろされていたミノタウロスの拳に向かってヴェロニカが片手で戦鎚を振るう。
拳と戦鎚がぶつかり、ヴェロニカが戦鎚ごと吹き飛ばされる。
ミノタウロスが追撃の為に踏み込む。
その時に、宙を舞っていたクルムが天井を足場にスキルを再び発動させる。
「ラピッド・ジャンプ!!!」
天井から放たれるクルムの音速の突きはミノタウロスの皮膚を浅く滑らせ、皮膚を切り裂く。
『ちょこざいな!!クルム!!!』
ミノタウロスはクルムを手で払いのけようとする。
「烈風穿矢!!!!」
フィオナの叫びと共に聖水に浸された矢がミノタウロスの背中に突き刺さる。
『ぐっ......!』
ミノタウロスがフィオナの矢に気を取られると再び、クルムが皮膚を切り裂く。
ミノタウロスはクルムの速度とフィオナの矢に翻弄され、クルムを捉えられずにいた。
「行くぞ!!」
クルムに翻弄されるミノタウロスにザガンは跳躍し、双剣を交差させて首元を狙う。
「《影爪穿断》!!!」
ザガンの刃は分厚い毛皮と筋肉に弾かれる。
「チッ!」
(やっぱり俺の攻撃じゃ!聖水なしじゃ傷つけられねぇか!!)
ミノタウロスはギョロリとザガンを視界にとらえる。
しかし――。
ザガンは笑みを浮かべていた。
「まぁ俺は本命じゃねぇからな」
ザガンの笑みにミノタウロスは目を見開く。背後に迫った脅威に気がついたからだった。
炎の様に巻き上げられる魔力に身を包んだセオドアがミノタウロスの首を見据えて斧を振り上げていた。
(《心身活性-ブレイン・ブースト》)
セオドアは勇者の鎧から流れる神聖な魔力を戦斧ブレイバーに流し込む。
セオドアから放たれた斬撃に鋭い音が残響の回廊に響き渡る。
「くそ......っ!」
セオドアの声が漏れる。
そこに転がったのはミノタウロスの首ではなく、ミノタウロスの角であった。
ミノタウロスは咄嗟にセオドアの斬撃を躱していたが、角を斬られ額から血を流していた。
ミノタウロスの目が怒りで血走る。
『今のが私を殺す最後のチャンスだったな』
ぶん、と巨腕が振るわれた。
それはまるで、暴風が腕に形を持ったかのような一撃。
セオドアの身体は吹き飛び、岩壁に叩きつけられる。
「ぐっ!!」
「セオドア!!!」
フィオナがセオドアを呼びかける。
セオドアは咳き込みながらも手をつき、起きあがろうとする。
セオドアはミノタウロスの攻撃を受けた場所を確認するも、鎧には傷もついていないのがわかった。
(ミノタウロスのあの攻撃を直撃した筈なのに......死んでないのは勇者の鎧のお陰か......)
「セオドア!!」
フィオナがセオドアに駆け寄ろうとするもセオドアが手を挙げて制止する。
「僕は大丈夫です!!フィオナさんはみんなの援護を!!!」
セオドアの指示にフィオナは一瞬の躊躇を見せたが、仲間達の戦う音に気が付きすぐに矢を番える。
フィオナの矢がミノタウロスの背中に突き刺さり、ミノタウロスはフィオナの方を見る。
そこには立ち上がるセオドアの姿があった。
(殺す気で放った私の一撃を受けてもなお、立ち上がりますか......)
ミノタウロスはセオドアの身に付けられている鎧に目を落とす。
(勇者の鎧......何故、セオドア君が結界を突破できたのかは知りませんが、未来視に勇者の鎧......やはりセオドア君が1番の脅威......!)
ミノタウロスは息を吸い込むと轟く様な咆哮を上げる。
(ならば、まずはセオドア君以外の戦力を消す!!)
ミノタウロスはギョロリとザガンに目を向ける。
「なっ......!」
クルムやヴェロニカから受ける攻撃を無視しして、ザガンへと突進する。
その巨躯からは考えられない様な速度でザガンへと迫る。
ザガンは咄嗟に双剣を交差して、攻撃を受け止めるも、ミノタウロスの突進は双剣での防御を容易く貫通し、ザガンの肉体に鈍く激しくぶつかる。
「ぐぅあああああっ!!!!」
ミノタウロスの突進に撥ねられたザガンはそのまま、壁に激突する。
ザガンはすぐに体制を整えようとするも、腹部に激しい痛みを感じて吐血する。
(ぐっ……!骨が……折れたか……!)
呻きながらも立ち上がるザガンの目は、まだ死んでいなかった。
巨獣は休まず、クルムへと襲いかかる。
両の蹄が岩を砕き、斧のような腕が槍を押し潰さんと迫る。
「くっ!」
クルムは寸でのところで跳躍し回避したが、衝撃波が身体を叩き、肺の空気が吐き出された。
「おらぁぁぁぁぁッ!」
ヴェロニカが戦鎚を振り下ろす。義手の腕から伝わる轟音が、衝突の瞬間に火花を散らす。
金属音と共に、ミノタウロスの肩骨が軋んだ。
だが、巨獣は怯まない。
口を裂いて笑いながら、そのままヴェロニカを蹴り飛ばした。
「ぐっ……くそ……!」
転がりながらも、ヴェロニカは地に槌を突き立て、立ち上がる。
その間、矢が幾本も空を裂いた。
フィオナの矢だ。
一本は眼球を掠め、一本は喉元に刺さる。しかし、深くは通らない。
「セオドア!」
「行きます!」
セオドアが前に出た。
勇者の鎧が淡い光を放ち、戦斧に神聖の輝きを纏わせる。
「はぁぁぁぁッ!」
戦斧が振り下ろされる。
金属をも断つ一撃が、ミノタウロスの胸を割った。
肉と骨が裂け、黒い血が噴き出す。
『ガァァァァァッ!!』
巨獣の悲鳴が回廊を震わせた。
だが、傷を負ってなお、その瞳は笑っていた。
巨腕がセオドアを薙ぎ払う。
「ぐっ……!」
セオドアは勇者の鎧に守られて転がり、寸でのところで致命傷を避けた。
「まだだ……!」
膝をつきながらも、戦斧を構える。
五人は必死に連携し、互いの隙を補いながら戦った。
クルムの突きが脚を縫い止め、ザガンの双剣が筋を裂く。
ヴェロニカの戦鎚が骨を砕き、フィオナの矢が隙を穿つ。
そしてセオドアが神聖の光で斬り裂く。
幾度も血を流し、幾度も壁に叩きつけられながら、五人はなお立ち上がり続けた。
「はぁ……はぁ……まだ……倒れないのかよ……!」
ザガンが口の端から血を流しながら笑った。
ミノタウロスの息も荒い。
その毛皮には無数の裂傷が走り、血が滴っている。
しかし、倒れる気配は一向にない。
『……愚かだな。お前たちは、所詮“餌”だ』
低く響く声に、フィオナが歯を食いしばる。
「餌じゃない……!セオドアを、みんなを……守るために、私はここにいる!」
血と硝煙の匂いが満ちる第五階層、残響の回廊。
剥き出しの岩壁に幾度も巨腕が叩きつけられ、砂塵が舞い上がる。
セオドア達は必死に戦い続けていた。だが――限界は近い。
「ぐっ……くそっ!」
ヴェロニカの巨体が宙を舞い、岩壁に叩きつけられる。戦鎚は手を離れ、床を転がった。義手を庇うように身をよじりながら、血を吐く。
「く......そ......が!」
立ちあがろうとするも、腕が思う様に動かずに立ち上がれないでいた。
続けざまに、ザガンが叫び声を上げる。
「チィッ……!」
双剣を交差させて受けたが、圧倒的な膂力に押し負ける。剣が砕け、黒豹の獣人の身体が宙を弧を描き、床に叩きつけられた。
肋骨が折れたのだろう、呼吸が苦しげに掠れる。
振り返ったセオドアの視線の先、槍の勇士が最後の音速突きを放った。
ミノタウロスの肩口を穿ち、鮮血を噴かせる。しかし――次の瞬間、巨腕が彼の身体を掴んだ。
「ぐあぁっ!!」
骨が軋む音が響き、クルムの槍が床に落ちる。巨獣は乱雑に彼を壁へ叩きつけ、そのまま動かなくなった。
仲間が、次々に倒れていく。
気がつけば、残るはセオドアと――フィオナだけだった。
「フィオナさん……!」
「大丈夫よ!私はまだ戦える!」
フィオナは弓を握りしめ、震える指で矢を番える。
しかし、その矢も、巨獣の分厚い皮膚を深く貫くには至らない。
『フフ……結局は、この程度か』
ミノタウロスが血に濡れた歯を剥き出し、笑った。
『人は群れねば何もできません。群れたところで、私を屠る事など叶いませんが......』
その眼がフィオナに狙いを定めた。
巨腕が振り上げられ、影が覆いかぶさる。
「しまっ――」
フィオナが矢を放つ間もなく、絶望の影が迫った。
セオドアの脳裏にフィオナの死に際がいくつも浮かび上がる。
「させるかぁ!!!!!!」
セオドアは全力で駆け出した。
己の身など顧みず、ただ彼女を守るために。
その瞬間だった。
――鎧が光を放つ。
勇者の鎧。かつて勇者が身にまとい、魔王を討ったとされる伝説の装備。
白銀の板金が脈打つように輝き、傷ついた斧に神聖の炎を纏わせる。
「ぁあああああああ!!!!」
セオドアの咆哮が、残響の回廊にこだました。
ミノタウロスの腕が振り下ろされる。
――光と闇が激突する刹那、視界は白く染まった。
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