第三十二話 選ばれた五人【2/2】
「全員、奴を追うぞ!!!」
ヴェロニカが冒険者達に号令を飛ばす。
だがセオドアが叫んで引き止めた。
「待って下さい!このまま追撃するのは危険です!」
セオドアは荒くを呼吸しながら、ミノタウロスが消えた通路へと視線を向ける。
「何故だ!!奴は手負いで背中を見せているのだぞ!!!今やらねば、奴の脅威は終わらないぞ!!!」
ヴェロニカはセオドアに言い返す。
冒険者たちの足が止まる。セオドアは全員を見回し、必死に言葉を紡いだ。
「聖水はもう残っていません!救出隊の冒険者たちは攻撃手段を失ったんです……!そして、第五階層に入れば奴は精神汚染のスキルを完全解放されます!僕のスキルで精神汚染から守れるのは五人が限界なんです!」
沈黙が広がった。
ヴェロニカも、ザガンも、歯噛みしながら拳を握る。
「だから……ここから先は少数先鋭で挑むべきです!」
セオドアは勇気を振り絞り、提案した。
「少数先鋭......?メンバーは?」
ヴェロニカが目を細める。
「僕には今、奴に対抗する力があります。そして一緒にミノタウロスと戦ったザガンさんは奴の動きを知っています。なので僕とザガンさんの二人は絶対です」
セオドアの言葉にザガンも頷く。
「あぁ順当だな」
「そして、救出隊で一番火力があるのヴェロニカギルド長......貴方です」
セオドアの指名にヴェロニカは戦鎚で地面を叩く。
「当たり前だ!!」
セオドアは頷くと、兎獣人のクルムを見る。
「そして聖水がなくとも音速の突きでミノタウロスの皮膚を貫くことができるクルムさん」
以前のループでは聖水を使わずともスキルを使ったクルムの音速の突きでミノタウロスの皮膚を貫いていた事を思い出す。
「任された」
クルムは静かに頷く。
「あと一人は......」
セオドアがそう口にして周りを見渡す。
(ミノタウロスに聖水なしで攻撃を加えられる冒険者は......他にはいない......となると、部隊の構成を考えるのなら......タンクか、後衛......)
セオドアが思考しているとあたりに声が響く。
「私が行くわ!」
フィオナだった。
弓を握りしめ、真っ直ぐにセオドアを見つめる。
「フィオナさん......き、危険すぎます!」
セオドアはフィオナの身を案じて、引き止める。
しかし、フィオナは顔を横に振った。
「今あげたメンバーには前衛にしかいない。ミノタウロスのあの攻撃は盾役では何度も防げない。なら全員回避前提で動く......それなら後衛......弓を扱える私が行くわ」
フィオナは弓を掲げる。
「小娘。貴様のランクじゃ奴には歯が立たないぞ」
ヴェロニカがフィオナの前に立ち威圧する。
「私はミノタウロスの目を打ち抜いたわ」
フィオナはヴェロニカの威圧に動じずに真っ直ぐヴェロニカの瞳を見つめ返す。
「へぇ......気合いは充分だ!どうだ、セオドア?」
ヴェロニカにはセオドアの判断を仰ぐ。
「で、でも......」
セオドアは判断を迷う様に目を背ける。
セオドアの胸に、過去のループの記憶がよみがえる。幾度も失い、何度も悔やんだ彼女の死。
「セオドア……私はあなたと一緒に戦うって決めたの。何度でも言うわ。私を信じて!」
だが、その瞳は揺るがない。
セオドアは唇を噛み、そして頷いた。
「……わかりました......けど、僕が撤退を判断した時は必ず......!」
セオドアはフィオナに念を押す。
「わかってるわ。あなたとのパーティー行動は私が一番理解している」
フィオナはそう言って笑顔を見せた。
「そうですね......」
セオドアはフィオナの笑みに微笑み返す。
「おい!!聖水が残ってる奴はいないか!」
ヴェロニカの声に数人の冒険者が残った聖水を抱えて前に出る。
「残ってるのはこれだけか......」
ヴェロニカが救出隊から聖水の残りをかき集め、数本の瓶をフィオナに託す。
「後衛は任せたぞ、小娘」
「はい……必ず撃ち抜きます!」
「よし!!セオドア!!作戦は?」
ヴェロニカの問いに、セオドアは深く息を吐き、全員に聞こえるよう声を張り上げた。
「第四階層は《毒牙の谷》。濃い毒の瘴気が漂っています。解毒薬を飲み、ガスマスクを装備しなければ進めません。その準備に時間を要する以上……奴は必ず第五階層に先行してしまうでしょう」
冒険者たちの間に緊張が走る。セオドアは続けた。
「だから、第四階層は救出隊全体で進みます。道中のモンスターは救出隊のみで対処してください。僕たち先鋭部隊は戦力を温存し、第五階層に入ったところで全力をもってミノタウロスを討ちます!」
ヴェロニカが唸るように頷き、ザガンは双剣を鳴らして笑みを見せる。フィオナも弓を握りしめ、静かに気合を込めた。
「――決まりだ。第五階層からが決戦だ」
一行は毒牙の谷に備え、毒消し薬を飲み干し、特殊な布製のガスマスクを装着する。
先鋭部隊を守るように救出隊が周囲を固め、モンスターを引き受ける布陣を整えた。
瘴気に満ちた第四階層を、彼らは進む。
毒の霧が渦巻き、どこかでモンスターの呻き声が響く。不気味な空気に誰もが息を詰めた。
やがて視界が開け――そこには、異様な光景が広がっていた。
フロアボス《フルグナ》の巨体が、地に転がっていたのだ。
八本の触腕は引き千切られ、巨大な眼は抉り取られ、エラからは毒ガスの泡が漏れ続けている。
討伐されたばかりの死骸。
「……フロアボスがこうも無惨な姿になってるとはな......」
ザガンが低く呟く。
セオドアは静かに頷いた。
ミノタウロスはすでに第五階層へと姿を消している。
「ここから先は僕たち五人に託してください」
セオドアの言葉に、救出隊は悔しさを滲ませながらも頷いた。
「必ず……必ず戻ってこいよ!」
「ルーメンベルの希望はお前たちにかかってる!」
仲間たちの声援が広がる中、ノエルがセオドアの前に小走りで近づいてきた。
その小柄な身体に宿る光精霊が、まるで涙を流すかのように淡く揺れている。
「セオドア君……フィオナ......絶対......帰ってきてね......」
ノエルは胸に手を当て、祈るように言った。
セオドアとフィオナはその言葉に、一瞬だけ目を伏せ――それから強く頷いた。
「絶対に帰るからね、ノエル」
「ありがとうございます。ノエルさん、フィオナさんと必ず帰ります」
ドランは無言のまま前に出ると、セオドアとフィオナの肩に分厚い手を置いた。
その掌は鎧越しにも熱を感じるほどに力強い。
「……生きて勝て」
ドランは静かに告げた。
フィオナはその言葉にきゅっと唇を結び、真剣な眼差しで頷いた。
「ええ、約束するわ。絶対に帰ってくる」
セオドアもまた、拳を胸に当て、静かに誓う。
「……約束します」
仲間の想いを背に受け、セオドアは戦斧を握り締めた。
(――これが最後のチャンス......奴を仕留める)
選ばれし五人の先鋭部隊は、決戦の地・第五階層へと足を踏み入れた。
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