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第三十二話 選ばれた五人【1/2】

第三十二話 選ばれた五人


 第三階層の中央広間。そこに横たわる大きなモンスターの骸は、もはや残滓を思わせる威容もなく、ミノタウロスの暴力に引き裂かれた無残な肉片と化していた。


 そこは、もはや屍と瓦礫と血の匂いが充満する地獄の光景だった。冒険者たちは息を呑み、震える拳を固める。


「第三階層のフロアボス……エルダーリッチをぶっ倒したってのか……」


 ザガンがエルダーリッチの死骸からミノタウロスへと視線を移す。


 巨躯の怪物は冒険者たちを一瞥することもなく、悠然と第四階層へと続く石門へ歩を進めていた。背中から放たれる圧だけで、誰もが本能的な恐怖を覚える。


「逃がすなッ!」


「第五階層に戻られたら……終わりだ!!」


 冒険者たちの叫びが飛び交う。その声を合図に、前衛の一人クルムが躍り出た。


「ラピッド・ジャンプッ!」


 槍の穂先を聖水に浸し、次の瞬間、蒼い残光を描きながら跳躍する。


 彼のスキル《ラピッドジャンプ》――瞬きすら許さぬ音速の突きが、轟音を伴いミノタウロスの脚を貫いた。


 巨躯が一瞬、体勢を崩す。


 クルムは再び跳躍し、脚へ連撃を叩き込む。巨獣の速度を制限するための捨て身の翻弄。


「よくやった、クルム!」


 ザガンが双剣を閃かせて突撃する。鋭爪の獣のような斬撃が次々と巨躯を裂き、血飛沫が飛んだ。


「はぁああああっ!!」


 ヴェロニカの戦鎚が唸りを上げ、ミノタウロスの肩を打ち砕いた。鉄の義手を軋ませながらも、一歩も退かない豪傑の一撃だった。


 ミノタウロスも負けじと反撃に出ようと拳を振りかぶる。


「今よ!」


 後方からフィオナの声。聖水を浴びせた矢が次々と飛び、ミノタウロスの巨体を怯ませる。


 ノエルの精霊魔法で空気を震わせ、聖水を巻き上げ駆け抜けた。


『ぐっ……!』


 ミノタウロスは冒険者達の苛烈な追撃に圧倒され、後ずさる。


 身を翻し、第四階層へと強行突破を図ろうとするも大楯を構えた冒険者達がその行く手を阻む。


「アイアン・コート!!!」


 ドランはスキルで守りを強化し、他の冒険者と共に第四階層への道を塞ぐ。


『邪魔だ!!』


 ミノタウロスの拳が振り下ろされ、盾部隊はその猛攻をなんとか防ぎ切る。


 大地が揺れ、空気が軋むほどの衝撃。だがドランは揺るがなかった。


「ここから先は絶対に通すな!!!!」


 ドランが声を張り上げる。


 仲間たちが作り出した好機を、セオドアは見逃さなかった。


 勇者の鎧に宿る神聖な光が、戦斧を包み込む。


「はあああああっ!!!」


 斧刃が閃き、ミノタウロスの胸甲を叩き割った。血潮が飛び散り、巨獣が膝を折る。


「やった……!」


「押してるぞ!」


 冒険者たちが歓声を上げた。


 だが――勝利はまだ遠かった。


 ミノタウロス次々と浴びせられていた聖水を含んだ攻撃が徐々に数を減らしていった。


 瓶を振る手が虚しく空を切る。残りは――もう、ない。


『やっとか……』


 ミノタウロスが口角を上げた。


「どうした!?聖水に浸して攻撃しなければ奴にダメージは通らないぞ!」


 ヴェロニカが振り返ると、冒険者達が手に持っていた聖水の瓶が既に空になっている事に気がつく。


「まさか……!」


 セオドアが苦悶の表情を浮かべる。


 冒険者達が瓶の底を振っても、もう一滴すら残ってはいない。


「聖水がもう……ない!」


「くそっ……弾切れだ!」


「俺たちの攻撃が通らねぇ……!」


 冒険者たちの顔から血の気が引いていく。


(まずい……!)


 セオドアの表情から焦りが見える。


(聖属性を失った武器では、冒険者達の攻撃は奴の肉体を傷つけることはできない)


『――退けェェェッ!』


 追撃が弱まったその時を見逃さずにミノタウロスが咆哮を上げ、盾部隊ごと前方へなぎ倒した。


(このままじゃ奴を逃してしまう!)


「構わず攻撃を!!可能な限り足止めをしてください!!!!」


 セオドアが叫び、聖水を失った冒険者達も必死で弓を撃ち、魔法を放った。


 しかし、重厚な壁となっていた冒険者たちが吹き飛び、石門の前に道が開かれる。


「行かせるなぁ!!!」


 セオドアが駆ける。


「行かせるかぁああああ!!!」


 ヴェロニカもザガンもセオドアの後に続く。


「観念しやがれ!!!」


「終わりだ!!ベルザ!!!」


 セオドアが一閃を放つも、冒険者の聖水による攻撃でノックバックを受けていないミノタウロスは簡単に身を翻し避け、逆に反撃の拳を叩きつける。


 大地を震わせる一撃。崩落する天井。広間全体が揺れる。


 セオドアは歯を食いしばり、ただひたすらに斧を構え直した。


(ここで仕留められなければ......!)


「くっ......!」


 ヴェロニカの戦鎚とザガンの双剣をミノタウロスが受け止め、弾き飛ばす。


『家畜共めが!!!』


 ミノタウロスは獣の様に拳を振り上げる。その表情には焦りと怒りで染まっていた。ベルザに見られていた理性は影も形もなく、獣の様に拳を振り回す。


 無作為に振り下ろされる拳にセオドアは近づけなくなる。


 ミノタウロスの攻撃で、第三階層の壁や天井が崩落を始める。


「崩れるぞ!!」


「......っ!!退け!!!!」


 ヴェロニカはミノタウロスを包囲していた冒険者達に号令を飛ばす。


(引けない!このまま奴を下の階層に逃したら奴の脅威がこれからも続いてしまう!!!)


「あぁああああああ!!!!」


 セオドアは天井が崩落する中、瓦礫を避けつつ、セオドアはミノタウロスの背中を追う。


「お前だけは絶対に......!」


 セオドアがミノタウロスの背中へと斧を振り上げた時、ミノタウロスが口を開いた。


『焦ったな、セオドア君......!』


 ミノタウロスは瓦礫を掴み、セオドアへと投げつける。


 巨大な岩の塊が空中のセオドアに向かって飛んでくる。


(しまっ......)


 セオドアが身構えると、女傑の咆哮が聞こえる。


「ウォラァアアアア!!!」


 ヴェロニカが戦鎚を岩の塊に振り下ろし、セオドアの直前で粉砕する。


 衝撃で地面へと転がった、セオドアはすぐに体制を立て直し、ミノタウロスの姿を目で追う。


 ミノタウロスは既に冒険者の包囲を抜けて、第四階層へと走り去っていく。


 セオドアは周りを確認すると天井が崩落し、第四階層への道は瓦礫で狭まっている。


「くそ......!!!」


 セオドアは拳を地面に叩きつける。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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