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第一話 新天地を求めて【1/2】

挿絵(By みてみん)



 焚き火の薪がぱちりと爆ぜる音で、セオドアは目を覚ました。


 視線を空に向ければ、夜の帳がゆっくりと薄らぎ、東の空が淡く染まり始めている。


「もう朝か……」


 体にかけていた、エルダにもらったマントについた灰を軽く払い落とす。


 首から下げたペンダント。ベンジャミンからもらったそれを、指でそっとなぞった。


「今日も頑張るよ……」


 つぶやく声に応える者はいない。


 だが、微かに笑みを浮かべたその顔には、どこか晴れやかな決意が宿っていた。


 焚き火を片付け、近くの川に寄って顔を洗い、水を飲む。水筒を満たすと、荷物を背負い直して東へと歩き出した。


 川のせせらぎ、森の葉擦れ、小鳥のさえずり――。


 そんな音に包まれながら、セオドアは一歩一歩を踏みしめる。


 あの終わらないループから抜け出した今、目に映るすべてが新鮮に感じられた。


 ふと、遠くに馬車の姿が見えた。


「……っ!」


 セオドアは反射的に身を翻し、街道を外れて林の中に身を潜めた。


 まだヒルクレストを出て一日ほどしか経っていない。行商に出ていた村の誰かや、村に出入りしていた商人に顔を見られる可能性がある。


「まずいな……顔を見られるのは避けないと」


(もし僕の死の偽装がバレたら、レッドデスキャップの警告が刻まれた石碑が建たない未来になってしまう。


そうなれば、最悪……また、あの祭りの朝に戻されかねない)


 馬車が通り過ぎたのを確認してから、セオドアは再び街道へと戻った。


「確か、もう少しで隣の村が見えるはず……」


 彼の目的地は、ヒルクレストから二つの村を越えた先にある、大きな町・ウィンドミル。


 ただし、道中の村にはヒルクレストの住人や顔見知りの行商も多く滞在している。村に立ち寄るのはリスクが高い。


 結果、村を経由しない山道を選ぶことになり、到着までには歩いて一週間はかかる見込みだった。


「エルダさんが入れてくれた食料は三日分。昨日で一日分使ったから、残りはあと二日。たぶん、途中の村に寄る前提での量だったんだよな……」


 セオドアは街道の脇に広がる森を見やり、決意を固めた。


「できるだけ自給自足で進むしかないな……」


 森を抜ける途中、小さな村を見つけたが、セオドアはあえて足を止めず、視線を逸らして森の中を進んだ。


 やがて野うさぎの姿を見つけると、セオドアは斧を構え、そっと近づいた。


 しかし、気配に気づかれ、素早く逃げられてしまう。


「……難しいなぁ。もう少し狩りを学んでおけばよかった。くそ!」


 ヤケクソに斧を投げるも、狙いは外れて草むらに突き刺さる。


 仕方なく斧を拾いに行くと、そこには小さなリスの亡骸があった。


「狙ったわけじゃないけど……ごめん、ありがたく頂くよ」


 リスを捌き、簡素な夕食を作る。


 焚き火の火が揺れる中、焼き上がった肉を前に、セオドアはふと昔のことを思い出した。


 ベンジャミンと森を駆け回り、野うさぎを追いかけた日々。


「こういうとき、ベンジャミンがいたら楽しかっただろうな」


 ぽつりと漏れた声と共に、肉をひと口かじった。


 翌日。村を十分に離れたこともあり、セオドアは街道沿いを歩くことにした。


 道端で見つけたベリーを頬張りながら、これからのことを思案する。


「町に行くのはいいけど、働き口を探さないといけないな。大きな町で木こりってのは、難しいかな……」


 その時、ふと脳裏に響く声があった。


『俺とお前で冒険者になって冒険するんだ。な? 面白そうだろ?』


 ベンジャミンの声。


 セオドアは胸元のペンダントをぎゅっと握った。


「冒険者か……悪くないかもな」


 そう呟きながら、目を細めて空を見上げた。


「町に着いたら、冒険者登録をしてみるのもいいかもしれない。確か、十五歳から登録できるって聞いたし……根無し草にはちょうどいい仕事か」


 少しだけ、歩みに力がこもる。ウィンドミルを目指し、セオドアは一歩一歩を進めていった。


 セオドアがヒルクレストを出発して五日目。


 ウィンドミルまでは、あと一日という距離だった。焚き火を片付けたセオドアは街道まで出ようと森を抜けようと進む。


 森を歩くセオドアの鼻先に、突如として不快な臭いが入り込んできた。


「うっ……!」


 獣のような、泥のような、何かが腐ったような――そんな混ざり合った刺激臭。


「なんだ……この臭い……?」


 眉をしかめながら辺りを見回す。


 風は弱く、空気は澄んでいた。なのに、臭いだけが鼻につく。


 ――嫌な予感がした。


 セオドアが足を止めた、まさにその時だった。ガサッ、と茂みが揺れ、腐臭の主が姿を現した。


 緑がかった肌、尖った耳、鋭い目。短剣を手に、獣のように低く唸るその姿。


「ゴブリン……!」


 ただの害獣モンスター。そう教えられたことはあった。だが今、目の前にいるのは“人を殺しに来ている”生き物だった。


 背筋が冷たくなる。斧に手を伸ばす指が震えた。


 ゴブリンが短く咆哮を上げ、飛びかかってきた。


「くっ……!」


 咄嗟に横に転がって避けたが、相手はすぐさま体勢を立て直し、地面を蹴って距離を詰める。斧を抜く隙すら与えてくれない。


 セオドアは背中の斧を無理やり引き抜き、腕に力を込めた。


 斧を盾のように突き出して相手の突進を受け止める。短剣の刃が斧の鉄を削る音が耳をつんざく。


「ぐっ……!!」


 押し込まれる。こんなに小さな身体なのに力負けしそうだ。


 足を滑らせ、バランスを崩した一瞬の隙を突いて、セオドアは半ばやけくそに斧を振るった。


 ゴブリンの肩をかすめた刃が、皮膚を裂き、血が飛び散った。


 ゴブリンは叫び声をあげて後ずさった。しかしその目には未だ殺気を帯びていた。


「……っ!来るなっ……!」


 再び斧を構えたものの、腕が震えてうまく固定できなかった。


 もう一撃来られたら、耐えきれない……


 ――そう思った瞬間、ゴブリンは睨みつけるように一声唸ると、森の中へ逃げていった。



 逃げた?



 セオドアはその場に膝をつき、大きく息を吐いた。


「……はぁ、はっ……助かった……」


 喉が渇き、心臓が胸を叩く音が耳の奥で鳴り響いている。


 ゴブリンの腐臭だけがまだ鼻に残っていて、胃の奥がむかむかした。


(これが、ゴブリンとの……モンスターとの戦い……?)


 言葉にならない何かが、背中をぞわりと這い上がっていく。


 立ち上がり、斧を握り直すと、セオドアはもう一度、森の奥を睨んだ。


「……冒険者になったら、ああいうのを相手にしなきゃならないのか……」


 生き延びただけ。あれが複数いたら、殺されていた。


 油断は命取り。そう刻まれたばかりの教訓を胸に、セオドアは再び足を進めた。



モンスターループ編 開幕!

セオドアは新たな新天地を求めて旅を続ける。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次もどうぞよろしくお願いします。

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