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第二十七話 勇者の装備【2/2】


 空気の密度がわずかに変わる。


 恐る恐る魔法陣の中へとセオドアは指を通していく。


 皮膚が粟立つ感覚。次の瞬間――来る、と思った“弾き”は、来なかった。



 指先が、鎧の冷たい金属に触れる。



「え?」


 セオドアは弾かれずに鎧に触れることができた事に驚いて間の抜けた声をあげる。


「おいおいおい、まじか」


 ザガンのセオドアが弾かれなかった事に声をあげる。


 その時。


 ――カン、と、微細な音が頭蓋の内側に響いた気がした。


 続けて、声が聞こえた。



『――選ばれし者を継ぐ者よ』



 セオドアは反射的に周囲を見渡す。


 松明の炎が揺れる。ザガンがこちらを見ている。ほかには誰もいない。


「今、何か聞こえましたか?」


「……?何が?」


 ザガンには届いていない。


 声の主は続きを告げる気配もなく、沈黙した。試すように、待つように。


(……選ばれし“者”を、“継ぐ者”。僕のことを指しているのか、それとも――)


 セオドアは一度喉を鳴らし、言葉を返してみる。


「……僕は、あなたが“選んだ者”ではありません。ですが、その意志を……継ぎたい」


 セオドアは自身に呼びかけた何かに返事をする。


 しかし、返答は、やはり来なかった。


 セオドアは両手をそっと伸ばし、鎧に触れる。胸、肩、腰――。


 結界は微動だにしない。まるで、最初から存在しなかったかのように静かだ。


 彼は慎重に胴鎧を抱え上げ、円環の外へ一歩を踏み出した。


 ――何事も起きない。


「……持ち出せた」


 ザガンがぽかんと口を開け、すぐに笑い、そして顔を引き締めた。



「おぉ!!!坊主!!やったじゃねぇか!!!」



 ザガンはセオドアを抱き寄せる。


「本当に……本物なのか?」


 セオドアは松明の光に鎧をかざし、表と裏を確かめる。


 内部の革は柔らかく、汗を逃がす細かな孔が均一に開いている。


 鎖帷子部分は編み目がやたらと細かく、触れると指が吸い込まれそうだ。金属部分には、いくつもの極小の魔法陣が刻まれており、それらが全体の結界を織り上げるように組まれている。


「……戦うために作られた。見た目だけの儀礼鎧じゃない。――それに、何より」


 セオドアは胸板の内側に指を滑らせ、小さな凹みに嵌め込まれた水晶片を見つけた。


 透明な石の中で、淡い光が心臓の鼓動のように律動している。


「生きてます......」


「生きてる?」


「ええ。魔力回路が、眠っていただけで死んでいない……そんな感じです」


 ザガンはじっと鎧を見つめ、息を吐いた。


「……やっぱり“本物”だ。俺が王都で見た像の鎧――と全く同じ形だ」


 セオドアは鎧を抱えたまま台座の周囲に戻り、今度は足元の魔法陣をじっと観察した。


 外周に刻まれたルーンが、先ほどよりも微かに明滅している。


 結界は完全に消えたわけではない。ただ、セオドアに対してだけ“門”を開いたのだ。


(なぜ、僕に――)


 脳裏に、さっきの声が微かに反響する。『選ばれし者を継ぐ者よ』。


 僕は勇者本人ではない。


 けれど、勇者の意志に繋がる何かを持つ者......それが僕のタイムループと何か関係しているのか......?僕は50年後にこの世界に召喚される勇者ハルトと死を同期しているから......?


 答えはまだ霧の中だ。だが、結論はひとつでいい。


「……これで、戦えるかもしれない」


 セオドアが呟くと、ザガンは大きく頷いた。


「ああ。勇者の装備なら、間違いなく“神聖”を帯びるはずだ。あの黒牛の外皮を裂く事ができる!これでようやく……!」


 言いながら希望に表情を明るくさせた。


 セオドアは鎧を抱え直し、台座へ軽く頭を下げた。


 松明の炎が微かに揺れ、鎧の輪郭に柔らかな陰影を刻む。


「なぁ、セオドアが結界から出せたんだ!つけてみろよ!」


「そんな僕なんかが!勇者の装備だなんておこがましいですよ!」


「いいからいいから!」


「〜!」


 セオドアは恥ずかしそうに装備をつけ始める。


 セオドアは胴鎧に腕を通し、肩の留め金を締める。重量はある――が、重いというより“密度が高い”。


 身体の動きに合わせ、内部の革がきしみ、鎖が柔らかく泳ぐ。


 胸の水晶片が皮膚越しに鼓動を拾い、ほんのりと温度が上がった。


 輪郭の鋭い金属の冷たさは、次第に体温に馴染んでいく。


「どうだ、重さは」


「着込んだ直後の分はありますが……驚くほど動きやすい。重心がぶれない。――護られている、というより、支えられている感じです」


 腕を振り、肩を回し、足を半歩踏み込む。動きに遅れはない。


 視界の端を、淡い光の粒が流れた。胸の水晶片から鎧全体に魔力が行き渡り、薄い保護膜のように皮膚が撫でられる。


「なんか神聖な魔力を感じる気がします......」


 ザガンの口角はわずかに上げる。


「これで、あいつの外皮に刃が通る」


 ザガンは笑みを浮かべながらセオドアをまっすぐと見つめる。


 セオドアは拳を握り、身につけられた勇者の装備に目をやる。


「これで......ミノタウロスを......ベルザを......」


 ふっと、胸の奥に灯がともる。


 十年後、セリカが血を流しながら手に入れた情報。リオの一撃、ロゼとダリルの支え。彼らが命を賭して僕に託した“未来”。


 その延長線上に、いま自分が立っている。


「ザガンさん。――ありがとうございます。ここまで連れてきてくれて」


「勘弁しろ、俺たちはまだやることが山ほどある」


 セオドアはブレイバーの柄を握り直し、鎧越しの感触を確かめる。


 勇者の装備から流れる魔力がブレイバーへと流れ込んでいく感覚がある。


「よし。じゃあ、あいつに一杯喰らわせてやろうぜ」


「はい。――行きましょう」


 二人が部屋を出ようとしたとき、背後の台座で、かすかな音がした。


 さっきまで鎧を囲んでいた外周の円環とは別に、床石のさらに外側――ほとんど石目に紛れるような位置に、もう一つ淡い刻印の円が存在していた。


「……あれ、さっきまであの魔法陣って光ってなかったですよね?」


「あぁ......結界が発動している時も光ってなかったぞ......」


 ザガンの言葉通り、刻印の間を走る細い溝がじわりと淡い光を帯びていく。


 それは呼吸のように明滅しながら、部屋全体の空気をわずかに震わせた。


 次の瞬間、足元の魔法陣から光が迸った。


「おい、なんだこりゃ――!」


「っ……!」


 石床からあふれる光が、渦を巻くように二人を包み込む。


 視界は真白に染まり、熱も冷気も感じなくなる。


 体が浮くような、落ちるような、不思議な感覚が全身を貫いた。


 最後に見えたのは、空になった台座と、鎧を包んだ柔らかな光だった。


 そして二人は、音もなくその場から掻き消えた――。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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