第二十四話 過去へと贈る狼煙【2/2】
ベルザの口元が、ゆっくりと歪んだ。
『……仕方ありませんね。ならば力ずくで奪いますよ、セオドア君』
次の瞬間、石床を抉る轟音と共に、巨躯のミノタウロスが突進してきた。
その一歩ごとに空気が押し潰され、耳の奥で重低音が鳴る。角が灯火を弾き、鋭い光が走った。
「来るぞ――!」
リオが剣を構え、ロゼが槍を突き出す。ダリルが盾を前に押し出し、セリカは後衛からクロスボウを構えた。
だが、振るわれた腕がダリルの盾を叩きつけた瞬間、鉄板が悲鳴をあげてへし曲がる。衝撃で後ろへ吹き飛ぶ。
「ダリルッ!」
ロゼがダリルを呼びかけるが、目の前に立つミノタウロスから目が離せない。
ロゼはダリルに駆け寄りたい気持ちを堪えて、ミノタウロスへと槍を突き出す。
「やぁあああっ!!」
ロゼの突き出された槍はミノタウロスの肌を貫通することもなく、弾かれる。
「硬すぎる……!」
セリカはクロスボウの矢をミノタウロスの目に向けて発射するもミノタウロスは軽く顔を振るだけで、矢を弾いた。
ベルザは鼻で笑い、再び前脚を振りかぶった。
『その程度か……失望しましたよ』
――だが、その瞬間。
甲高い金属音と共に、白い閃光が黒皮に走った。
『……っ!?』
リオの剣が分厚い皮膚を裂き、赤黒い血が飛沫になって宙を舞う。
焦げた匂いが鼻を刺した。
ベルザはすぐさまリオに拳を振りかぶり、リオはその攻撃に反応して後ろへと飛び退く。
リオはニヤリと笑みを浮かべる。
「聖属性に弱いんだってなぁ......」
ベルザは足元に転がる瓶を見つける。
「……聖水だ。第三階層のアンデッド対策で残しておいたやつを、刃に振りかけた」
低く告げるリオ。その手元から滴った雫が床で白く煙をあげる。
ミノタウロスの瞳孔がわずかに狭まった。
『……なるほど......』
セリカの表情に一瞬、希望が灯る。ロゼは槍の穂先に聖水を染み込ませ、セリカは矢尻を瓶に浸した。
「今よ――!」
矢が放たれ、聖属性の光が尾を引く。ロゼの突きが黒皮を裂き、ダリルの盾打ちが巨体を揺らす。
ベルザの喉から、低く湿った唸り声が漏れた。
――だが。
『……忘れましたか?私はルーメンベルのダンジョン......迷鐘の洞、第五階層、残響の回廊の階層の主......』
ベルザの足元から瘴気が噴き上がり、筋肉がさらに膨張する。角が淡く赤光を帯び、振り抜かれた巨腕が空気を爆ぜさせた。
全員の身体が床を滑り、骨が軋む感触が走った。
『250年間討伐されてこなかった私が貴様らに程度に討伐されてやるなどとは思わないで頂きたい!!』
リオが膝をつき、ロゼは槍を杖にしながらも肩で息をしている。ダリルの盾は中央が陥没し、腕ごと痺れさせられていた。
セリカの弓弦は切れ、矢筒は空。残された矢は折れた一本だけだった。
『私を倒したければ、軍でも引き連れてくるがいい!!!』
仲間は一人、また一人と倒れていく。
しばらくの戦闘の後、セリカは地面に倒れ、辺りに血が広がっていく。
ダリルは血まみれで壁に身体がめり込んでいる。
リオは折れた長剣と共に地面に転がり、ロゼも血だらけで瓦礫に埋もれていた。
立っているのは痩せ細ったセオドアだけであった。
ミノタウロスは荒くなった息を整える様に深呼吸をする。
『もうやめましょう、セオドア君』
ミノタウロスは一歩ごとに身体を変形させ、人型に戻り、懐から回復ポーションを取り出す。
「さぁ早く傷を癒して家に帰してあげますからね」
その眼差しには「また飼う」という支配者の意志が滲んでいる。
だが、セオドアは震える腕で斧を振り抜いた。
金属がぶつかる乾いた音。斧はあっさりと弾かれ、床を転がった。
「無駄な――」
ベルザがポーションを構え、一歩踏み出した瞬間、息が詰まった。
セオドアは――微笑んでいた。
目は虚で口からは流血し、腹部からも大量の出血をしたまま、微動だにせずに立っていた。
ベルザの瞳が見開かれる。
こいつ......死んでいる......
『……っ!!』
ベルザは握られていたポーションの瓶を握り潰す。
怒りで身体が震える。
ベルザの咆哮が第五階層に響き渡る。地鳴りのような低音が、壁を震わせた。
倒れ伏すセリカ達は、互いに顔を見合わせ、弱々しく笑った。
血に濡れた口元が、確かに微笑みを形作っている。
「行ってらっしゃい......セオドア氏......」
セリカが安堵した様に笑みを浮かべた。
――十年越しにループがセオドアに巻き起こる。
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