第六話 別れ【2/2】
二人してただひたすらに泣いているとセオドアの視界に赤いローブが目に入る。
「ねぇもういい加減にしてくれない!?男同士泣きながら抱き合ってるの見せられているこっちの身にもなってよ!」
そこには汚いものを見るかの様な目をしたエルダの姿があった。
「エ、エルダさん……!」
セオドアの様子を見てエルダはため息をつく。エルダは手にしていた物をセオドアに投げつける。
「あ痛っ!」
セオドアは投げつけられた物を見ると水の入った革袋であった。セオドアは急いで栓を開けて喉を鳴らしながら飲み干す。
「その様子じゃ、魔法薬はうまく効いたようね」
セオドアは口元から流れる水を手で拭う。
「さすがエルダさんの作った薬ですね……」
セオドアの返答にベンジャミンは首を傾げる。
「薬……?」
「あぁ……俺がエルダさんに仮死状態になる魔法薬を作って貰ったんだ」
「レッドデスキャップの毒じゃなかったのか?」
ベンジャミンは驚いてエルダの方を見る。
「レッドデスキャップの毒はあの時に私の魔法で解毒できてたわ」
「じゃあ何でセオドアは……?」
「私の作った魔法薬は体の血流を最低限まで落として冬眠状態を作りあげるもの。だからみんなはセオドアが死んだと疑わなかったのよ」
「お、おう……そうか……」
ベンジャミンはエルダの説明がまだ脳内でぐるぐると回っている様子だ。
「それよりあんたとこうして話しているという事はタイムループは抜け出せたの?」
エルダの質問にセオドアはハッとする。
「祭りは……!?」
呆れた様にエルダが答える。
「あんたの服毒自殺でぶち壊して、とっくに一日経ったわよ」
「祭りが終わって一日経った……?」
セオドアは自分の身体を確認する。魔法薬のせいで身体に痺れている感じは残っている事と酷く空腹な事以外には悪いところを感じない。
レッドデスキャップの症状も感じない。
「例のビジョンは見なかったの?」
「はい……今回ビジョンは見ていません……」
「じゃあビジョンの男が死ぬ未来を回避できたって事じゃない?」
「という事は……ループから……抜け出せた?」
「みたいね」
エルダの言葉にセオドアは念願の祭りの日を超えた事に声にならない悦びに涙を流す。
「やっと……やっと……!終わったんだ……!祭りが終わった……!終わったんだ!」
セオドアは声を震わせる。
「よくわかんねぇけど、セオドアが生きていたんだ!みんなに知らせなきゃな!」
ベンジャミンが村に駆け出しそうになったところでセオドアとエルダが同時に引き止める。
「駄目だよ!」「やめなさい!」
二人の圧に圧倒されたベンジャミンは驚いて立ち止まる。
「何で?」
間の抜けた声を上げたベンジャミンを他所にセオドアは考える様な素ぶりを見せる。
「エルダさん……遺書に書いた石碑についてはどうなってますか?」
「村長が石工に製作を依頼している様よ。まだ作られていないわ」
「じゃあ俺が今出ていったら作られない未来になってしまいますね」
エルダとセオドアの会話にベンジャミンは首を傾げる。
「どういう事だよ?」
エルダがてっきり、タイムループについて説明していると思っていたセオドアはベンジャミンの様子にエルダに質問する。
「エルダさん、ベンジャミンにはどこまで話したんですか?」
「何も話してないわ」
エルダの返答にセオドアも間の抜けた声をあげる。
「え?」
「面倒なのよ!このガキンチョにタイムループの話なんて理解させるまでどれだけ大変か考えた事ある?自分の口から言いなさいよ!」
エルダがイラついたようにそう言い放つ。
「じゃあ、どうやって墓起こしにベンジャミンを手伝わせたんですか?」
「“あんたが生きてるから黙って掘れ”って言っただけよ」
エルダは素っ気なくそう言い切る。
「無茶苦茶しますね……エルダさん……」
呆れたが、盲目的に僕が生きてると信じて手伝ってくれたベンジャミンに頭が上がらない。
「ベンジャミン。聞いて欲しい事があるんだ……」
セオドアはこれまで自分が体験したタイムループについて語り始める。
「僕はあの祭りに日を何度も繰り返していたんだ。祭りの日の朝に目覚めて祭りに後にレッドデスキャップの毒で死ぬ。
そのあと、また目覚めたら祭りの日の朝に戻っていたんだ。僕以外みんなの記憶も祭りの朝に戻されていてこんな馬鹿げた話を信じてくれる人もいなくて……」
静かに語るセオドアの声はどこか遠くを見つめるように淡々としていたが、その目の奥には、積み重なった日々の苦しみがにじんでいた。
「俺もか……?」
ベンジャミンの声は、ためらいと恐れが混ざったように掠れていた。
「うん……」
頷くセオドアの瞳がわずかに潤んでいるのに気づき、ベンジャミンの胸が締めつけられる。
「すまん!セオドア!!お前の事を信じてやれなくて!!」
叫ぶようにして立ち上がるベンジャミン。その拳は震えていた。
「いやいやいや!今のベンジャミンが謝る事はないよ!!信じてくれた時もあったし!」
セオドアは慌てて手を振り、取りなすように笑ってみせる。
「それでも俺は……親友のセオドアがそんな大変な目に遭っているだなんて気付いてやれなかった!不甲斐ないよ!」
唇を噛んだベンジャミンは、悔しさを噛み殺すように拳を握りしめる。
「いいんだって!」
セオドアは静かに言った。その声ににじむ優しさが、逆にベンジャミンの胸に刺さった。
「だって……!」
ベンジャミンの言葉が詰まりかけたその時。
「あぁもう!うるさい!黙って話聞きなさいよ!進まないでしょ!」
エルダの一喝が空気を裂く。場の空気が一瞬にして引き締まり、二人は思わず息を呑んだ。
「あぁ!わりぃ!続けてくれ!」
ベンジャミンが頭を掻きながら座り直すと、セオドアは少し笑って話を再開する。
「僕が死ぬ瞬間、毎回ビジョンが見えたんだ。
エルダさんが魔除けを付与した石碑の側で見慣れない男がレッドデスキャップを食べて死ぬビジョンが……
祭りの日に建てられたはずの石碑がビジョンの中では苔むしていたからおそらく何十年か先の未来が僕に見えていたんだ」
言いながら、セオドアはビジョンの中の景色を思い浮かべるように目を細めた。
「セオドア……預言者の力に目覚めたのか!?」
ベンジャミンの瞳が輝く。
「はい。茶々入れない」
エルダはぴしゃりと言い放った。
「僕に起きているタイムループはそいつがレッドデスキャップの毒を食べない様にする様に行動しないといけない様になっていたと思うんだ」
セオドアの声で再び静まり返る。己の死が他者の行動に繋がっていたという事実の重みを言葉に乗せて。
「だから遺書にレッドデスキャップの忠告の絵を石碑に彫れって書いていたのか……」
ベンジャミンが呟くように言うと、セオドアはゆっくり頷いた。
「そう。もちろん、ループの中でルーカスさんにも掛け合ったけど内容が内容だからね。断られちゃって」
苦笑するセオドアの横で、ベンジャミンがまた肩を落とす。
「重ね重ねすまん!セオドア!父さんの分も詫びる!」
またかとばかりにエルダが目を細める。
「うるさい。次謝ったら、魔法で痛い目見てもらうわよ?」
その言葉に、ベンジャミンはびくりと肩を震わせ、視線をそっとエルダに向ける。
「だから一生のお願いを使う為にこうやってエルダさんに死の偽装を手伝って貰ったんだ。
だから村の人には僕が死んだ事になってないとまた未来が変わってしまうかもしれない。
そうするとまた僕はあのループに逆戻りになるかもしれない……」
セオドアの言葉に重く沈黙が落ちる。
「じゃあ、石碑が建つまでしばらく隠れて過ごすしかないな!」
ベンジャミンが顔を上げる。けれど、セオドアの表情は複雑だった。
「いや……」
その一言に、ベンジャミンの顔が強ばる。
「ベンジャミン。僕はこのまま町を出ようと思う……」
「は?」
ベンジャミンの口から漏れた言葉は、驚愕というより拒絶に近かった。彼の目が見開かれ、セオドアの顔を真っ直ぐに見据える。
「何で!?せっかくせっかくループから抜け出せたのにか!?」
立ち上がった勢いで小石が弾け飛ぶ。彼の声は裏返り、思わず拳を握り締める。
「僕がこのまま村にいてもずっとループに戻されない様に行動する必要があると思う。
ループを抜け出せている今。つまり、あのビジョンの男に忠告することできている事が確定している現状を変えてしまう可能性がある。
だから僕はできるだけ石碑のある村からは離れていた方がいいと思うんだ」
セオドアは目を伏せ、拳を膝の上で握った。口に出すたび胸が締め付けられる。それでも前を向かなければならない理由があった。
「私もそう思うわ。
石碑が建って村に戻れたとしても死を偽装して騙す様な形で石碑を建てさせた奴なんてよく思わない輩が出てきても不思議じゃない。
最悪、石碑も壊されかねないわ」
エルダは冷静に言い放った。口調は淡々としているが、彼女なりにセオドアの決意を理解し、支持していた。
「そんな酷い事する奴いるかよ!それに俺は石工だぜ!俺が何度だって彫ってやるよ!」
ベンジャミンの声が震えていた。怒りとも悔しさともつかぬ感情が滲み、目の奥に熱を灯していた。
「ありがとう、ベンジャミン。けど……」
セオドアの表情が歪んだ。言葉に詰まりながらも、それでも伝えなければならない“別れ”がそこにあった。
「けどなんて言うなよ!俺はお前がいなくなったらどうしたらいいんだよ!」
ベンジャミンが地面を蹴るようにして叫ぶ。声が割れ、夜の静けさに反響する。
「僕もベンジャミンに会えなくなるのは寂しいよ……けど、それ以上にあのループに戻りたくはないんだ」
静かに、しかし確かな決意がこもったセオドアの言葉。感情を押し殺すようにして吐き出された一言だった。
「そうだ!俺も一緒に村を出るよ!ほら!言ってたじゃないか!一緒に冒険者をしよう!それでいろんな場所を二人で冒険者するんだ!それだったら……」
希望に縋るように、ベンジャミンが一歩踏み出した。かつて夢見た未来を再び目指そうとする、まっすぐな目。
「僕は村にはもう戻れない。僕についてくればベンジャミンもそうなるかもしれない。
君にはルーカスさん……お父さんもお母さんもいるだろう?君がいなくなったらどうするんだ」
セオドアの声は穏やかだったが、その言葉の一つ一つがナイフのように胸に刺さった。
「で、でも……せっかく生きてたのに……またいなくなるなんて、あんまりだよ……セオドア……」
ベンジャミンの瞳が潤む。涙をこらえるようにして、唇を強く噛んだ。
「近くにいてあげられないのは心苦しいけど、離れていたとしても、ベンジャミンは僕の親友だ」
その一言で、全てを託すかのように微笑んだセオドア。けれど、その笑顔はどこか寂しげだった。
「もういい?」
エルダが場の空気を切り裂くように口を開いた。
「エルダ!お前には人の心ってもんがないのか!」
感情を吐き出すように、ベンジャミンが声を荒げる。
「うるさいわねー。私からしたらあんたが出て行こうがどっちだっていいのよ。
それより早くあんたが出てきた墓穴埋めなくていいの?夜が明けたら誰かに気付かれるわよ」
エルダはため息混じりに肩をすくめながら、地面の穴を指差した。現実が、容赦なく夜明けを告げようとしていた。
エルダの言葉にセオドアは急いで土を墓穴に戻し始める。
ベンジャミンをそれを見て急いで手伝うがエルダ誰かの墓石に腰掛け二人に作業を眠そうに見ていた。
「ふぅー終わったー!」
セオドアとベンジャミンはセオドアの墓を埋め直し一息入れる。
「ガキンチョ。持ってきたあの鞄をセオドアに渡して」
「ったく、そろそろ名前で呼べよな……」
ベンジャミンは近くの木陰に置かれていた大きな鞄をセオドアの元に運んでくる。
鞄には何やら色々と詰まられている。運んできたベンジャミンにお礼を言うとエルダの方を見た。
「エルダさん、これは?」
「旅の支度。必要じゃなければ、ガキンチョに持って帰させるけど?」
急いでセオドアはエルダに頭を下げる。
「有り難くいただきます!」
「それとこれ」
頭を上げたセオドアの前にエルダが綺麗な布の様な物を差し出していた。
手に取ったセオドアが布を広げて見るとセオドアが触った事のない程の綺麗な生地でできたマントであった。
「これは……綺麗なマントですね」
「あげる」
そっけなく言い放つエルダに目を丸くさせる。
「え?いいんですか!?こんな高そうな物を頂いて!?」
エルダは眉を吊り上げる。
「あげるって言ってるでしょ!黙って受け取りなさい!ガキンチョが大人に気ぃ使ってるんじゃないの!いらないなら返して!」
セオドアは急いいで頭を下げる。
「有り難く頂かせていただきます!」
フンと鼻を鳴らすとエルダがマントについて説明する。
「それには加護の魔法が織り込まれているの。多少だけどね。旅の餞別よ」
セオドアが物珍しそうにマントを見ていると、ベンジャミンは焦った様に自分の身体を探る。
「あ……!え、じゃあ俺は……これをやるよセオドア!俺のは加護も何にもついてないけど、俺が加工した魔法石のペンダントだ。子供の頃、セオドア欲しがってただろ?」
ベンジャミンは自分の首にかけていたペンダントをセオドアに差し出す。
「いいのか?初めて加工して作ったペンダントだろ?」
初めてベンジャミンが石工の作業を教わりながら魔法石の欠片から削って作った綺麗なペンダントだ。
昔はこのペンダントを羨ましがったこともあったっけ。
セオドアは感傷に浸る思いでペンダントを見る。
「あぁ、純度も悪くて何の魔力もこもってないらしいけど、お前が持って一緒に旅してくれよ。
そうしたら俺もお前の旅についていっているってそんな気がするからよ……」
ベンジャミンは照れくさそうに鼻を啜る。
「ありがとう。ベンジャミン!」
ベンジャミンから受け取ったペンダントを首に下げるとベンジャミンも嬉しそうに笑みを浮かべる。
すると、東の空が明るくなっているのに気がつき、目を細める。水平線の向こうに赤々とした太陽の欠片が見えた。
「朝日だ……」
暖かな日差しが、冷えた身体を温めていく。
「祭りの日以外の太陽を見たのは何だか久しぶりだな……」
セオドアは新しい日を感じながらループで起こった事が走馬灯の様に脳裏を駆け巡る。
振り返ると笑みを浮かべるベンジャミンと無愛想な中に少し温かみのある表情を浮かべるエルダがいた。
「ベンジャミン……信じてくれてありがとう。いつまでも親友だ。村の事、頼んだよ」
「あぁ、いいって事よ!俺の事忘れんなよ!」
「エルダさん。何度も助けて貰ってありがとうございました!あなたはやっぱり僕が出会った中で、一番の魔法使いです!」
「あんた、また皮肉を……」
エルダは眉を吊り上げたが、セオドアの穏やかな表情に力を抜いた。
「フン!まぁ今回はその言葉、素直に受け取っておいてあげるわ」
エルダは少し気恥ずかしそうにそっぽを向く。
「じゃあ、いってきます……!」
セオドアが二人に背を向け一歩踏み出そうとするとベンジャミンが喝を入れる様に背中を叩く!
「おう!行ってこい!」
喝を入れられたセオドアは一歩を踏み出した。セオドアは生まれ育ったヒルクレスト村に別れを告げ、二人が見送る中、朝日に向かって歩き始めた。
村外れの石碑の前に差し掛かる。セオドアは石碑の前で立ち止まり、綺麗な石碑を見上げる。
ビジョンに見た男の正体はわからずじまいであった。しかし、あの男の死を回避できた筈だ。
これからもあの男が毒キノコを食べる事はない事を願うばかりである。
セオドアは再び歩みを始める。新たな時間を踏みしめるように。
毒キノコループ編 完
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