第二十二話 ひかりさす【2/2】
──第五階層《残響の回廊》。
幾重にも反響する音が耳を打つ中、セリカ達は荒い息を吐きながら進んでいた。
「くっ……遭遇するモンスターが……強くなってきましたね......」
ロゼが額の汗を拭いながら、苦悶の声を漏らす。
「ルティナ草の効果も切れてきた……セリカさん。まだ残っていますか?」
ダリルも剣を杖代わりにしながら、息を整えている。
「えぇ、ですが、この消費量......帰りの分がなくなるかもしれませんね......」
「引き返すなら......今......」
ロゼが呟く。
「下がるなよ……ここまで来たら、行くしかねぇ」
リオはまだ闘志を失っていない。瘴気に顔をしかめながらも、長剣を肩に担ぎ、先頭を歩いている。
セリカはクロスボウを構えながら、一行の様子を確認する。
(……今、ベルザ氏は地上に戻っている。私達がダンジョンに入っている事はいずれ耳に入る......)
セリカは呼吸を整える。
「リオ君、ダリル氏、ロゼ氏……ここまで来るといつフロアボスに遭遇してもおかしくありません......ここから先は深層と呼ばれています」
「“深層”……」
ダリルがごくりと唾を飲む。
「第五階層まではギルドが把握してるけど、その先は未知なんですよね?」
「そうです。第五階層の情報は滅多に公開されませんからね......」
セリカは静かに言った。
「ですが、セオドア氏の痕跡があるとしたら......この先......あの人が生きている証を、私は掴みたいんです」
その言葉に、一同の顔が引き締まる。
「やるだけやってやろうじゃねぇか」
リオがニヤリと笑った。
「行くぞ、セリカさん」
「了解です」
「よし!じゃあ、行こうぜ!」
ロゼとダリルも決意を固める。
その時――
ギィィン……。
金属が石畳を擦る耳障りな音が、回廊に響き渡った。
続いて、規則正しく重々しい足音。
セリカたちは立ち止まり、音のする方へと視線を向ける。
「……来ます」
セリカが低く呟いた直後、瘴気の向こうから一体の影が現れた。
全身を黒鉄の鎧に包み、首のない騎士。
手には戦斧――否、セリカにはその斧には見覚えがあった。
「……あれは……」
セリカが絶句する。
「セオドア氏の……」
セリカの震える声が響く。
「セオドア氏に、アトラス商会のみんなで贈った斧……ブレイバーです……!」
誰よりも早く確信したセリカの言葉にリオの瞳に、怒りの光が灯る。
断罪の騎士デュラハンは無言のまま、ブレイバーを引きずりながら歩み寄ってくる。
その異様な光景に、瘴気で霞む空気がさらに重く圧し掛かった。
「……盗人野郎が」
リオが唸るように呟き、剣を握り直す。
「セリカさん、命令を」
ダリルが静かに言う。ロゼも無言で頷いた。
セリカは震える唇を噛み締め、仲間たちに号令を下す。
「全員戦闘態勢。……ブレイバーはセオドア氏の大切な斧です。絶対に取り返しましょう!」
「了解!」
リオが最前列に躍り出る。
断罪の騎士デュラハンは首が無いにもかかわらず、嘲るかのようにブレイバーを構えた。
次の瞬間――。
鉄と鉄がぶつかり合う轟音が、残響の回廊に鳴り響いた。
断罪の騎士デュラハンは、黒鎧を纏った巨体を揺らし、咆哮と共にブレイバーを振りかざしていた。
「セオドア氏の斧を……!」
セリカの叫びが回廊に響く。
リオは額に血管を浮かべ、剣を構える。
「よくも、セオドアの斧を勝手に……!」
リオが突撃し、ダリルとロゼが左右から挟み込む。
だが、デュラハンの斧は圧倒的な重さを持ち、リオの長剣が軋み、ダリルとロゼの盾が弾かれる。
「やっぱり正面からは分が悪いか……!」
「耐えて下さい!私が隙を作ります!」
セリカはクロスボウに薬液瓶の矢を装填し、デュラハンの関節部を狙い撃つ。
デュラハンの関節部にセリカの矢が刺さるとネバネバとした液体が関節の動きを鈍らせる。
「スライムの体液を作ったとりもちです!これでデュラハンの動きは鈍る筈です!」
瞬間、リオが全力で斧の軌道を逸らす。
「了解!ダリル、ロゼ!援護!」
「行くぞ!」
「はぁぁ!!」
三人が息を合わせた連携攻撃。
デュラハンの胸甲が音を立ててひび割れる。
リオのスキル《クラッシュ・ブレイカー》が炸裂し、デュラハンの動きが止まる。
黒鎧が砕け、断罪の騎士デュラハンは鈍い音を立てて膝をつき、そのまま崩れ落ちる。
倒れたデュラハンの手から「ブレイバー」が転がり落ち、セリカの足元へと転がる。
「セオドア氏......」
セリカは跪き、ブレイバーを手にして、柄を強く抱きしめる。
冷たく、乾いた空気が纏わりつく。
どれほどの時が経ったのか分からない。
ただ、セオドアは静かに目を閉じ、己の内側に意識を沈めていた。
(……考えろ……必ず、道はある……)
思考を止める事なく、脳裏で繰り返す。
静寂の中、突如――
ガチャリ、と。
聞き慣れたはずの鉄格子の開閉音が、違和感を孕んで耳に届いた。
(……ベルザか……?)
しかし、それにしては遅い。
奴なら、もっと無造作に蹴り飛ばすように開けてくるはずだ。
慎重に、静かに開かれる鉄格子。
セオドアは首に巻かれた拘束具を軋ませながら、薄く目を開けた。
瘴気の薄い外気が、一筋、牢に差し込む。
逆光で影となった人影。
「セオドア氏!!!!」
懐かしい声が聞こえた。
その瞬間、セオドアの痩せ細った身体に熱を帯びるのを感じた。
目には涙が溢れてくる。
人影が一心不乱に駆け寄りセオドアの視界が大きく揺らいだ。




