第二十話 十年後に残された者たち【2/2】
毒牙の谷を進む一行はセオドアの痕跡を探していた。
「あ?」
リオが不意に声を上げた。
「どうしましたか、リオ君」
セリカが尋ねるとリオは自分の足元を見ていた。
「地面に何か埋もれてやがる」
セリカも足元に目をやった。
土に埋もれるようにして光を反射する何かがキラリと見えた。
リオが屈み込んで地面に埋もれた何かを掘り起こす。
土を払いのけるとそれは小さな空き瓶であった。
「瓶?他の冒険者が捨てたもんか?」
リオが持ち上げた小瓶にセリカが近寄る。
「見せて下さい!」
「ただの小瓶だぞ?」
「いいから見せて下さい」
セリカはリオから小瓶を受け取る。
瓶の底面には、見覚えのある刻印があった。
素材管理用の調合印。セリカ自身が彫ったものだった。
「間違いない……これは私が作った毒消しの瓶……」
その瞬間、胸が強く脈打った。
「どうしたんですか、セリカさん?」
ダリルが訝しげに問いかける。
「これは……10年前......ダンジョンに赴くセオドア氏達に念の為に渡していた物です。間違いありません」
「……10年前……?」
ダリルとロゼが顔を見合わせる。
「って事は、10年前にセオドアがここを“通った”ってことか」
リオが笑みを浮かべる。
「でも……変じゃないですか?」
ロゼが首をかしげる。
「当時、セオドアさん達が挑んでいたのは“第三階層の攻略”であって、第四階層に潜る予定はなかったはず……なのに……なぜ、毒消しを?」
ロゼの問いにダリルが得意げな笑みを浮かべた。
「ロゼもまだまだだな」
「何よ」
ダリルの様子にロゼは不貞腐れた様な表情を浮かべる。
「冒険の書の初級編に書いてあっただろう?“そなえよつねに”って」
ダリルがそう言うとセリカが大きく頷いた。
「ダリルさんの言う通りです。万が一の時の備えて渡していたんです」
セリカは小瓶を見つめながら呟く。
「当時、クローリングとの合同探索で第三階層でミノタウルスに遭遇した際、セオドア氏とザガン氏が足止めで残ったと聞いています」
セリカの呟きにロゼが反応する。
「確かそれがセオドアさんを確認できた最後の姿でしたよね......」
セリカは目を細める。
「ええ......後の捜索隊での報告では合同探索に参加していて死亡が報告されているヴァンベッタ氏とグウェン氏の遺体は発見されています。
そして襲撃された当時にはなかった大きな崩落の跡が報告されていました......」
セリカがそう言うとリオが思い出した様に口を開いた。
「あぁ。俺らも第三階層を通った時に見た大穴だろ?」
「そうです。ダリルさん。第三階層と第四階層の地図を持っていますか?」
「は、はい。これです」
ダリルは装備から地図を2枚取り出し、セリカに手渡す。
「ありがとうございます」
セリカは地面に2枚の地図を広げる。
「これが第三階層にある大穴の位置......そしてここが今私たちがいるところ......」
セリカが地図に印を付けると2枚の地図を重ね合わせて、ランプの光を当てる。
セリカがつけたバツ印は綺麗に重なっていた。
「おそらく第三階層に空いた大穴の真下は......現在私たちがいるこのあたりだと思います」
「ぴったりだな......」
リオも感心した様に声を上げた。
「……つまり、10年前にセオドア氏達はこの第四階層に、“落ちた”のかもしれません」
「なるほど。大穴の位置もぴったりですし、その小瓶が何よりの証拠ですね」
ダリルが納得いった様に言った。
「でも、何でセオドアさん達は地上を目指さなかったんですかね?」
ロゼが疑問を呈する。それをリオが鼻で笑う。
「簡単な話だ。戻れなかったんだ」
リオの言葉にロゼは眉を顰める。
「戻れない?」
「当時を想像して考えろ。第三階層からセオドア達が落ちたとしたら、第三階層には何が残ってる?」
リオの問いにロゼは考える様に首を捻る。
「それは......あ、ミノタウルス......!」
「そうだ。恐らく、ミノタウルスはセオドア達を追って第四階層に降りてきた。セオドアはミノタウルスとの遭遇を避けて......」
リオは第四階層の奥へと視線を向けた。
「第五階層に逃げた」
リオの推測に一同は目を見開く。
「第五階層に逃げた?そんな危険な場所に逃げ込むなんて無茶しないでしょう?」
リオの無茶な推測にロゼが困惑した様に問いかける。
「第四階層に落ちた時点で道は二択しか残ってねぇだろ」
「二択?」
「一つは第三階層から追ってくるミノタウルスがいる道。もう一つは第五階層のフロアボスであるミノタウルスが不在の第五階層......」
リオは指を二つ立てると中指を残した。
「少しでも生き残る可能性があるのは後者だ」
リオの推測を聞いた上でダリルは難しそうな顔を浮かべる。
「でも第五階層に行ったところで......袋小路じゃないか......」
ダリルの言葉にリオは笑みを浮かべた。
「セオドアならその先を目指す。その先......未踏破の階層をな」
リオの言葉にセリカの目が見開かれる。
「第五階層の下......」
セリカの呟きにリオは仮説を続ける。
「ない話じゃねぇだろ。さっきも言った通り第五階層のフロアボスはその時は留守だったんだ。だったら倒すべき強敵は第四階層のフロアボスのみだ。
そっから先、彷徨いてるモンスターのレベルは上がるだろうが、ミノタウルスに追いつかれずに進むことができりゃ、第五階層のフロアボスを倒さずに進むことができる絶好のチャンスだったって訳だ」
リオの仮説は現実味を帯びていた。
「本当に成長しましたね......リオ君......」
セリカは涙を溜める。
「こんなのは普通だろ。でどうすんだよ?」
リオは世辞はいいとばかりにぶっきらぼうに返事するとセリカの指示を仰いだ。
セリカは涙を拭い、決意を固めた。
「勿論......第五階層を目指しましょう」
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