第六話 別れ【1/2】
毒々しいキノコが転がった村の広場でベンジャミンの声が響いた。
「おい何してんだ!?セオドア!!!」
その声に周りにいた村人達も「何事だ」とざわつきを見せる。
「おい、どうした?」
村人の一人がベンジャミンに呼びかける。
「セオドアが!急にレッドデスキャップを食べたんだ!!!」
「はぁ!?何の冗談言ってやがる……」
村人が冗談かと思ったところでセオドアが激しい嘔吐を始めた。
「何やってんだ!!?」
セオドアの嘔吐にみんな冗談ではなかった事に気付き会場は騒然とする。
「おい!!!誰かエルダをすぐ呼べ!」
村人の一人がエルダを呼ばせる。ベンジャミンは嘔吐を続けるセオドアに詰問する。
「おい!セオドアどういう事だよ!?何で急にこんな事!!!」
次にセオドアが吐き出した赤黒い液体に周りは凍りついた。
大量の血を吐き出すセオドアにみんなどうしたらいいのかわからないと言った様子でその場に立ち尽くす。
「みんな退いて!!」
そこへ村人をかき分けながらエルダが駆け付ける。ベンジャミンの元まで来たエルダを見てベンジャミンが訴える。
「エルダ!!セオドアがレッドデスキャップを食っちまったんだよ!!」
「わかったから!!退いて!!」
エルダはベンジャミンを払いのけるとセオドアを横に向かせた。
「おい!!セオドアは大丈夫だよな!?なぁ、エルダ!!!」
エルダはベンジャミンの詰め寄る中、魔法で解毒を試みる。その様子を見ていた村人達も固唾を飲んで見守る。
セオドアはもう血を吐かなくなっていたが、浅かった呼吸が聞こえなくなり、セオドアは石像の様に固まっていた。
しばらくエルダが魔法の光でセオドアを包む。我慢ならないと言った様子のベンジャミンがエルダの肩を掴む。
「おい!セオドアは助かるのか!?」
エルダはしばらく黙って、魔法を続けたが、魔法をかける手を止めた。
「……間に合わなかったわ。もう……彼の心臓が動いてない……」
エルダの言葉にベンジャミンの思考が止まる。
「は?」
魔法を止めたエルダに怒りが込み上げてくる。
「おいおい……嘘だろ!?なぁ!エルダ!何で魔法止めてんだよ!?早く何とかしろよ!魔法使いだろ!」
ベンジャミンはエルダのローブにつかみかかるもすぐに周りの大人達が止めに入る。
「ベンジャミン落ち着け!!」
「嫌だよ!」
ベンジャミンは止めに入った大人達の手を払いのけ、動かなくなったセオドアに駆け寄る。
「おい!セオドア!いい加減にしろ!起きろよ……起きろよ!!」
ベンジャミンは血まみれのセオドアの身体を激しく揺さぶる。
見てられないといった村人がベンジャミンの肩を掴むもベンジャミンはそれを払いのける。
「放せ!セオドアが死ぬわけ無いんだよ!さっきまで一緒に祭りを楽しんでたんだぞ!!」
ベンジャミンはセオドアの血に塗れながらセオドアの名前を呼び続け身体を揺さぶる。
「死ぬな!死ぬなよ!なぁ!セオドア!!お前が死んだら俺はどうしたらいいんだよ!!!」
こうしてヒルクレスト村の解放祭は一人の少年の自死持って幕を閉じた。
先ほどまでの楽しい雰囲気とは打って変わって、音楽ではなく、ベンジャミンの泣き叫ぶ声に村中が暗く重い空気に包まれた。
「セオドアどうしちゃったの?」
リリーは大人達の顔を眺めては状況を飲み込めないでいた。大人達はまだ幼いリリーにセオドアについて話すのを憚れる思いでリリーを見る。
「ベンジャミンは何で泣いてるの?」
リリーの問われた農夫のロバートは涙を堪えながら答える。
「悲しい事があったんだよ……」
程なくして酔いの覚めたルーカスが村人をかき分けベンジャミンを抱きしめる。
ベンジャミンはルーカスに縋るように泣きつく。ルーカスは動かなくなったセオドアを見て絶望した表情を見せた。
「セオドア……何でこんな事に……」
「父さんっ!父さん……!セオドアが……!セオドアが!」
ルーカスは泣き叫ぶベンジャミンにかける言葉が見つからず、ただただ抱きしめることしかできなかった。
程なくして村長のジョージは大人達でセオドアを家に運ぶように指示を出した。
運ばれていくセオドアに気付いたベンジャミンはセオドアに縋り付く。
大人達はそんなベンジャミンを止める術はなく、セオドアの家についてもまだ離れようとはしなかった。
そんな時、机の上の書き置きに大人達が気付いたのをベンジャミンはすぐに奪い取り読み上げた。
『この手紙を見つけた方へ』
『突然の事に驚かせてしまいごめんなさい。自分で命を絶つなんて、どれだけの悲しみや迷惑を残すことか、何度も考えました。
でも、どうしても、僕にはこの方法しか思いつきませんでした』
『どうかひとつだけ、お願いがあります。
村の外れに設置した石碑の隣に、レッドデスキャップの絵と、それに「×」を付けた印を彫った石碑を建ててほしいのです。
理由を説明することはできません。でもそれが、きっと、誰かの命を救うことにつながると信じています』
『僕は両親のいない身でしたが、このヒルクレストの村で、本当に幸せに生きてきました。
心配して声をかけたり。安くで買い物をさせてくれたり。美味しい野菜を分けてくれたり。
この村に育ててもらったのだと思っています。
心から、感謝しています。』
『ただ一人の親友、ベンジャミンへ。
お前と過ごした時間は、俺の宝物です。
木登り勝負も、釣りも、雪合戦も、祭りも……どれも全部、楽しかった。
どうか前を向いて生きてくれ』
『本当に、ごめんなさい。』
『さようなら。』
『──セオドア』
ベンジャミンの遺書に嗚咽を出しながら涙した。
ルーカスは書き置きを泣き叫ぶベンジャミンから受け取り、村長のジョージにも見せる。
ルーカスが石碑を建てて欲しいという文をジョージに見せ二人で首を傾げた。
「セオドアの最後の願いじゃ」と石工のルーカスに騒動が落ち着いたらセオドアの書き置き通りに石碑を建てるよう指示を出す。
ー、次の日の朝、ジョージがルーカスの家を訪れた。
「村長……」
やつれた様子のルーカスにジョージが尋ねる。
「あれからベンジャミンの様子はどうだね?」
「あいつは一睡もせずにセオドアの墓を作ってますよ」
「そうか……一番辛いじゃろう」
「はい……あいつの一番の親友であるセオドアが自殺なんて……今はもうあいつの気が済むまでやらせる他ないと思います……」
「そうじゃな……ではまた葬儀でな……」
「はい……」
祭りの次の日。セオドアの葬儀が執り行われた。棺に詰められ、村の人々が棺桶に花を入れて行く。
一睡もせずセオドアの墓を彫っていたベンジャミンはやつれた様子で参加していた。
アグネスやリリー、ロバートと順々に花を手向けていく。
ルーカスが花を手向けると次にベンジャミンがセオドアの棺桶に花を入れ、セオドアの仕事道具であった斧をセオドアの胸に静かに置いた。
そんな様子を遠くから眺めていたエルダは眉を吊り上げる。
「なんて事してくれたのよ、まったくっ……」
エルダが葬儀を見守る中、セオドアの入った棺は墓穴へと下ろされた。
セオドアの木こり仲間の大人達が棺に土を被せて行く。
最初は渇いた土が棺の上に振りかかる音がしていたが、土に埋もれて行くとあたりにはシャベルが土に刺さる音だけが響いて行くのであった。
葬儀が終わり、一人また一人とセオドアの墓から離れて行く。
最後に残ったルーカス親子もベンジャミンの肩を叩くとベンジャミンを墓の前に残し夫婦は離れていった。
一人になったベンジャミンはただ呆然と墓を眺めていた。
「セオドア……」
セオドアの名前を呼び、拳を握る力が込められる。そんな時、背後から声がかかった。
「ねぇ、ガキンチョ。話があるんだけど?」
ベンジャミンが振り向いた先にはエルダが面倒そうな表情を浮かべながら立っていた。
「エルダ……」
エルダはため息をつくと口を開いた。
ーーセオドアの意識は闇の中にいた。
身体の感覚が麻痺しているようにまったく感じ取る事ができない。
腕を動かそうとしても暗い闇の中では自分が腕を動かしているのかもわからない。何も感じない。
そう言えば、僕は何をしていたんだっけ……
暗闇で意識だけの存在となってしまったセオドアは自分の最後の記憶を思い出す。
祭りの最後、ベンジャミンの前でレッドデスキャップを食べた。嘔吐して、吐血して……そしてーー
そうだ……僕、死んだんだった……
そう思うとどこか気が楽になった。
ここ数日同じ、祭りの日を過ごしてきて、ずっと休む事ができなかったからか、どこかこの闇に身を委ねているこの瞬間に酷く安堵しているのだ。
書き置きは見てくれただろうか……村のみんなはレッドデスキャップの石碑は建ててくれるだろうか……
そんなことを考えながら再び闇の中に意識を落として行こうとしたその時、闇に音が微かに響いた。
ーー音が聞こえる。
音は一定の間隔で聞こえてくる。しかも次第に大きくなって聞こえてくる。
何だ。何で音が聞こえるんだ?
何かが地面を刺す様な音。耳を澄ませると遠くの方で誰かの声が聞こえる。
「……!」
「……だ……な!……な……た……いぞ!」
男の声……聞き覚えのある声の様な気がする。
「……お前が言い出したんだから、お前も手伝えよ!」
「はぁ?あんたの友達でしょう?私は別にそのまま埋めててもいいんだから!そいつが埋まってようが出てこようが私には関係ないんだから!」
次は聞き覚えのある素っ気ない女性の声が聞こえる。
「魔法でどうにかならないのかよ!」
「穴を掘る魔法なんて私が使えるわけないでしょ!金を払うなら筋力上昇の魔法なら気休め程度にかけてあげるわ」
「金とんのかよ!気休めかよ!エセ魔法使い!」
「はいはい、うるさい。口動かす前に手を動かす!」
「ったく!嘘だった場合は埋め戻す時にお前も埋めてやるからなエルダ!」
「はいはい。怖い怖い。いいから早くしてよ」
「あ“ーむかつく野郎だ!」
男がそう叫んだ時、闇が割れて光がセオドアの顔に刺す。
セオドアは眩しくて眉を顰める。
闇が割れたところからゴツゴツとした手が伸びてきて闇を取り払って行く。
明るさに慣れてきたセオドアが目を細めながら開けるとそこには泥だらけのベンジャミンがセオドアを見下ろしていた。
「セオドア……」
ベンジャミンがセオドアに呼びかける。セオドアも酷く渇いて回らない口を必死で開ける。
「べ、ベンジャミン……?」
セオドアがベンジャミンの呼びかけに答えた途端ベンジャミンはセオドアの胸ぐらを掴み上げ完全に闇から引きげる。
「セオドア……お前、本当に生きてるのか……?」
ベンジャミンは驚きで思考が回っていないようで胸ぐらを掴み上げているセオドアをまじまじと見る。
気道が絞められていて呼吸ができず、抵抗しようとするも身体が麻痺している様に力が入らない。
「ベンジャミン……苦しい……」
セオドアが何とか声を絞り出すとベンジャミンは涙を浮かべたまま拳を握り絞めセオドアの顔面へと振りかぶる。
セオドアは顔面を殴られた衝撃で地面に転がる。
身体が麻痺しているからからか痛みは感じない。けれど酷く胸の奥が締められる様な痛みを感じた。
「べ、ベンジャミン……」
セオドアは涙を浮かべながら、かすれた声を絞り出した。地面に横たわるセオドアの前に佇んだベンジャミンは目を拭って深呼吸をする。
「馬鹿野郎っ!!心配させやがって!!何やってんだよ!!」
ベンジャミンはセオドアに怒鳴ると横たわるセオドアを乱暴に起こす。また殴られるかと思ったセオドアは怯えて目を瞑りながら弁明しようと声を上げた。
「ベンジャミン……!待って話をーー」
殴られると思っていたセオドアに強い衝撃はなく、恐る恐る目を開けるとベンジャミンが涙を流しながらセオドアを抱きしめていた。
「生きてて……生きててよかった……!」
セオドアはその言葉を聞いて涙が溢れてくる。
「僕も……生きてて良かった……またベンジャミンに会えて良かったよ……!」
セオドアは何とか身体を動かしベンジャミンに応える様に抱きしめた。
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