第十八話 角は黙して語らず【1/2】
横穴の奥――。
壁に背を預け、荒い呼吸を繰り返すセオドアとザガン。その前に、突然現れた牛獣人の男――ベルザ・ドルグの姿があった。
「……ベルザさん......」
ザガンが呆然としたように呟く。
重たい鎧に傷が刻まれ、額からは血が流れていたが、ベルザの両脚はしっかりと地を踏みしめていた。
「二人とも......よく生きていてくれたな」
ベルザは肩を上下させながら、濁声で言った。
「幻じゃないですよね......?」
セオドアが呟いた。
セオドアの問いかけにベルザは笑みを浮かべる。
「ハハ......。私は本物だよ。セオドア君」
「そうですか......」
セオドアはそれに安堵して顔を明るくさせる。
しかし、セオドアとザガンは状況を思い出した様に声を上げた。
「ミノタウルスはどうなりましたか!?」
さっきまで横穴に腕を突っ込んでいたミノタウルスの気配は今はなく、あたりは静まり返っていた。
ベルザが外を確認する様に振り返る。
「あぁ、奴なら先ほどまでこの横穴の前に佇んでいたが、不意に奥へと消えていったよ」
「諦めたってのか......?」
ベルザの答えにザガンは納得いかない様に横穴の外を確認する。
「本当にいないぞ、セオドア」
外を確認したザガンがセオドアに声をかける。
「本当に僕らを諦めた......?」
「奴も所詮はモンスター。何を考えているかわからんよ」
ベルザがため息をつく。
「ベルザさんはよくあのミノタウルスに気づかれませんでしたね」
「あぁ。これでも奴とは長年の因縁があるからな。奴が匂いを嗅ぎ取らない距離は把握しているつもりだ。ただ奴が階層を移動する事ができるとは思ってもいなかったが......」
ベルザはそう語ると表情には後悔の気持ちが見てとれた。
「奴が階層を移動できるとわかっていたのならもっとダンジョンの適正ランクを見直せた筈だ。ヴァンベッタ......グウェン......すまない......」
ベルザはそう呟くと岩場にドカリと腰掛けた。ザガンはベルザに駆け寄る。
「こんな事ベルザさんでも予見はできませんよ。今回は運が悪かったんです」
ザガンの言葉にベルザの表情が曇る。
「いいや。ザガン。クランマスターである私の責任だ。運が悪かったでは彼らの遺族に説明がつかない」
ベルザの言葉にザガンは悔しそうに歯を剥き出しにする。
「それを言うのなら副クランマスターの俺にだって責任はありますよ!」
そう迫るザガンにベルザは穏やかな表情を浮かべる。
「貴方はまだ若い。これからのクロー・リングを背負って立つ男だと私は考えている。今回の責任は私が取る。貴方は私の様に判断を誤らない為に教訓としてくれ」
「ベルザさん......」
しばらくの沈黙が流れる。ベルザはボロボロの二人に目をやる。
「それより二人はどうして、第五階層まで?」
ベルザの質問にセオドアとザガンは顔を見合わせた。ザガンが頷き、説明を始めた。
「第三階層で奴と遭遇しベルザさんと分断された時、他の仲間達へは地上に戻る様に指示を出しました」
ベルザは静かにザガンの説明に耳を傾ける。
「そして俺とセオドアでミノタウルスの足止めをしていたのですが、地盤が崩れ、第四階層へと落ちたんです」
ザガンの説明を肯定する為にセオドアも頷く。
「一度は第三階層へと向かったのですが、ミノタウルスの瘴気が第四階層まで流れて来ているのに気がついたんです」
ザガンはそういうと、身体の傷がベルザに見えやすい様に傷口をベルザに向ける。
「俺らは見ての通り既に傷だらけで血も流している。隠れてやり過ごす事は困難と考え、奴のいない第五階層へと逃げる選択を行いました」
ザガンの説明にベルザは目を閉じて頷く。
「なるほど。無茶な作戦ですが、お陰でこうして合流できた。いい判断です」
ベルザの言葉にザガンは笑みを浮かべる。
「俺らもベルザさんと合流できるとは思っていませんでしたよ。本当は奴が留守の間に第五階層を抜けて下の階層を目指していたんです」
ザガンの言葉にベルザは眉を顰めた。
「下の階層......?」
「バカな話だとは思っていましたが、勇者の装備があるって噂を頼りに下の階層を目指していたんですよ」
「噂話の為に決死の作戦に出るとは......勇者の装備があれば、あのミノタウルスを倒せるかも知れないと言うわけですね?」
ベルザは顎に手を当て、思考する様な表情を浮かべる。
「そんなところです」
「全く......無茶をしましたね」
ベルザの声には疲労の色が混じっていたが、それ以上に確かな意思があった。
「ベルザさん......他のメンバーが撤退できたかどうかはわかりますか?ドランさん、フィオナさん、ノエルさん、クルムさんたちは……!」
セオドアが縋るように問う。だが――
「……すまない。私にもわからない......」
ベルザは短く言った。
セオドアの胸が締めつけられる。
「私が瓦礫を掻き分けた時にはもう姿が見えなかった。生きてるかどうかも、今はなんとも言えません」
重苦しい沈黙が、横穴の中を包む。
「心配いらねぇさ。セオドア」
ザガンが笑みを浮かべた。
「ザガンさん......」
ザガンは天井を見上げる。
「地上じゃ既に昼過ぎってところだろう?」
ザガンの言葉にセオドアはダンジョン前の光景を思い出す。
初めてダンジョンに入った日、朝一でダンジョン前にはクロー・リングの情報収集班が隊列を組んで傾れ込んでいく様子を思い出す。
「朝にはクローリングの行進がある......!」
セオドアが思い出した様に言うとザガンは当たりと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「そうだ。今頃あいつらは情報収集班と合流して保護されていてもおかしくねぇ」
セオドアは拳を握り、うなずく。
「フィオナさん達は無事かもしれない......」
その事実はセオドアの心に大きな安堵をもたらした。
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