第十七話 残響の回廊【2/2】
ザガンがそういうと、2人の足音が鋭くあたりに響いた。
「これは......!」
驚いたセオドアの声もあたりに響き渡る。
「入ったみてぇだな。第五階層......《残響の回廊》にな......」
ザガンの声も鋭く反響する。
残響の回廊を進むごとに、空気が重く沈み込んでいく。
まるで足音すら飲み込まれていくように、音が歪んで響いた。
セオドアとザガンは、互いの気配を確かめながら足を進める。
――カラン。
背後で、金属が落ちるような音がした。
「……今、何か聞こえましたか?」
セオドアが振り返る。しかし、何も落ちていない。
「……気にするな。この階層は……聞こえるんだ。過去の音が」
ザガンの声はひどく低い。
耳を澄ますと、どこかで「笑い声」が聞こえた。それは聞き覚えのある、仲間たちの笑い声だった。
フィオナ。ノエル。ドラン。セリカ。マックス......
彼らの楽しげな声が、遠くから、まるでセオドアをからかうように響いてくる。
「……っ!」
セオドアは歯を食いしばった。
これは幻だ。幻覚だ。
(俺は……もう何度も見てきた……死んでいく仲間の姿も、その声も)
だが――心の奥を抉るように、その声は優しげで、懐かしい。
「セオドアくん、よく頑張ってるねぇ」
ノエルの声が、背後から囁く。
「次頑張ればいいよ......だから今回はここで死んじゃおうよ」
ノエルの声で無情な言葉を脳内に響き渡らせる。セオドアが振り向くと身体中に杭を打ち込まれて血まみれのノエルが不気味に笑みを浮かべていた。
「......く!」
セオドアの顔に恐怖が露わになる。
「聞き入れるな。幻覚だ」
隣を歩くザガンもまた、顔をしかめていた。
「だが、こいつはキツいな……。精神を揺さぶりにくる。あの牛の瘴気がここに溜まってやがる。タチが悪い生活臭だぜ……」
「耐えましょう。これは……乗り越えるしかない」
セオドアは必死に声を張った。
だがザガンの足取りが明らかに鈍っていく。
そのとき――
地の底から、地鳴りのような音が響いた。
ゴォオオォォオ……
低く、重く、圧し潰すような咆哮。
かなり近い。
「来やがったな……!おい。セオドア!ここは俺が時間稼ぎをする......先に行け!」
ザガンが双剣を抜こうとするが、手が震えている。
セオドアはそれを見て、決意した。
セオドアはザガンを担ぎ上げる。
「おいおい!何してやがる......!」
「あなたが僕を背負ったように、今度は僕があなたを支えます」
セオドアの声は、残響の回廊に吸い込まれず、まっすぐにザガンに届いた。
「ったく……強情なやつだ」
ザガンは苦笑しする。
「......ブレイン・ブースト!」
セオドアの身体から火の粉が燻る。それにセオドアは顔を顰める。
(スキルを完全に発動させる魔力が......もう......ない......)
セオドアはザガンを肩に担ぐ。身体の傷口から血が流れ出す。
「おいおい。やっぱり無茶だ......!」
「無茶はお互い様です......!」
セオドアはザガンの身体を固定すると歩み始めた。ブレイン・ブーストで強化した身体能力で小走りにかけ始める。
《残響の回廊》を駆け抜けるセオドア。その背には、未だ回復しきらぬザガンの身体。
ブレイン・ブーストの残滓を振り絞りながら、彼は階層奥を目指していた。
だが――
ギィィ……。
不気味な金属の軋む音が、回廊に響いた。
「っ……来たか!」
ザガンが声を発した。
前方に、揺らぐ鎧の影が見えた。
鎧――否、首のない騎士。巨躯に黒鉄の甲冑をまとい、手には禍々しい斧槍。
《断罪の騎士デュラハン》。
その背後から、何体もの無人の鎧兵――《彷徨う守護者》たちが、異様な動きでセオドアに迫る。
「どいてくれ……!」
セオドアは叫びながら斧を構え、デュラハンに突っ込む。
首がないのに、察知している。斧槍が風を裂き、セオドアの身体を掠める。
「ぐっ……!強い!」
火花が散る。鎧兵の剣が背中をかすめ、セオドアはザガンを庇って転倒しそうになる。
しかし、踏みとどまる。
(ここで……負けるわけには……!)
斧を握り直すと、セオドアはデュラハンの懐に滑り込み、渾身の一撃を叩き込む。
黒鉄の胸板が砕け、デュラハンの動きが鈍る。
だが、背後から鎧兵の刃。
斧を振り抜きながら、セオドアは回避し、デュラハンの左膝に斬撃を放つ。
膝が砕け、バランスを崩した騎士に向けて、斧を振り下ろす。
「うおおおおおおおッ!!」
凄絶な斬撃が、胴体ごと叩き割った。
ガラン……という金属音を最後に、デュラハンは崩れ落ちた。
続いて、鎧兵たちに斧を振るい、セオドアは怒涛の連撃で薙ぎ払う。
数分にも思えた短い死闘の末、最後の鎧兵が崩れ落ち、辺りに静寂が戻った。
セオドアは肩で息をしながら、壁にもたれかかる。
「……ふぅ……っ、っ……まだ、行ける……!」
そう呟いた時――
ゴゴォ……。
再び、あの音。
石の床が震える。空気がねじれるような圧力。
振り返ると、そこに“奴”がいた。
ミノタウロス。
地獄の番人のように、眼前に佇む。
「……追いつかれた……!」
セオドアの喉が鳴る。
「セオドア!!!右手の壁だ、そこに……!」
ザガンが呻きながら指差す。
ザガンが指差した方向には壁に穴が空いていた。
「横穴……!入ってしまえば、あの巨体じゃ追ってこれねぇ……!」
セオドアはその言葉を信じて、ザガンを背負ったまま横穴へと駆け込む。
ギリギリで飛び込んだその瞬間――
ドゴォオオッ!!
後方からミノタウロスの巨大な腕が横穴に突き刺さる。
壁が裂け、石が崩れる。だが、通路は狭すぎる。
「っ……ギリギリ、入ってこれない……!」
だが、腕の先が届く距離にはいる。
大きな手が、セオドアたちを掴もうと襲いかかる。
緊張が走る。
その手がわずかにセオドアのマントを掴むが――
布が裂け、セオドアは身を翻してさらに奥へ。
やがて、ミノタウロスの腕が通路から引き抜かれる。
セオドアとザガンは、横穴の奥、闇の中で息を潜める。しばらくに沈黙。あたりにはセオドアとザガンの荒い呼吸音が響くだけであった。
逃げ場のない通路。
――もう駄目かもしれない。
そう思った瞬間だった。
人影が横穴に滑り込んできた。
「うぁあああ!!!」
急な人影の出現にセオドアとザガンが驚嘆の悲鳴を上げる。
しかし、そこにいたのは――
ベルザ・ドルグ。
顔を土と血で汚しながらも、両の目は鋭く、威圧感に満ちた牛の獣人の重戦士が顔を覗かせていた。
その姿に、ザガンが目を見開く。
「ベ、ベルザさん……!? 生きて……っ、どうやってここに……!?」
ベルザは苦い顔で鼻を鳴らした。
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