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第十七話 残響の回廊【1/2】


 暗紫の瘴気が渦巻く最奥の間。


 血に濡れた地面に倒れたザガンを守るように、少年が立っていた。炎のような魔力を纏い、闇を裂くような瞳が燃えている。


「お待たせしてすいません!あとは引き継ぎます……!」


 セオドアの手には、戦斧ブレイバーが握られている。今にも倒れそうな身体で、それでも一歩、確かに前へと踏み出した。


 フルグナ――八本の触腕を持つ毒の魔蛸が唸り声を上げる。既に四肢の一本はザガンに斬り落とされ、胴の表皮も幾筋かの裂傷を負っていた。


 だが、なお健在。なお強敵。


 セオドアは咄嗟に地形と状況を確認する。谷底の空間には瘴気が満ち、地面のあちこちに濃い毒が染み込んでいる。


「......っく」


 セオドアの鼻に硫黄の様な匂いを感じる。


(この匂い......毒ガスか......)


 その時セオドアは気がついたら様に目を見開く。


 頭に閃いたのは、瘴気への“引火”。


 セオドアは呼吸を整え、斧の柄を握り直す。


「行くぞ……!」


 フルグナの触腕が唸りを上げて振り下ろされる。セオドアはそれを滑るようにかわし、足元の岩を蹴って跳び上がった。


 そのまま、空中で身体を高速回転させながら斧の刃を岩壁へ滑らせる。


 ザシュッ!


 激しい火花が散る。


 そして次の瞬間――


 ――ボウッ!!


 瘴気が爆ぜた。濃密な毒の霧が、引火によって一瞬で爆炎と化し、空間を包み込んだ。


 セオドアも爆炎から身を屈める様にして倒れ込む。


 紫の煙がオレンジに燃え、爆発音が谷底に轟く。


 フルグナの絶叫。何本もの触腕が暴れ、炎に炙られるようにのたうつ。


 肌が焼ける痛みに耐えつつ、セオドアは魔力の炎を身体に纏う。


 フルグナがのたうち回り振り回す、触腕を避けながら、セオドアはフルグナの頭部へと駆け抜ける。


 刹那。


 振りかぶられた触腕がセオドアに迫る。


「セオドアッ避けろッ!」


 ザガンが叫ぶ。


 触腕がセオドアを捉えたかに見えた。


 しかし、セオドアは紙一重で触腕を避け切り、触腕に斧を突き刺し、高速で動く触腕に捕まっていた。


(あの坊主......戦った時から思ってたが、ゴールドランクってのは嘘だろ......あの動き、プラチナか......あるいは......)


 ザガンはセオドアの動きに目見開く。


 セオドアはのたうち回る触腕にしがみつきながら、体勢を整える。


(蛸型のモンスターは心臓が3つある......)


 セオドアはフルグナが先程まで、ガスを吐き出していた、エラ部分を見る。


(二つはさっきまでガスを吐き出していた、エラの両方......)


 先ほどまでガスを吐いていたフルグナのエラ部分はさっきの引火で引き起こした爆発によって焼け爛れている。


(残るは......!)


 触腕が天井叩く振り上げられたと同時にセオドアは飛び出し、斧を振り上げ、身体を回転させ始める。


(頭部の中心!!!!)


 回転するセオドアから振るわれる斧の斬撃はフルグナの眉間を切り裂く。


「うぉおおおおおお!!!」


 セオドアは回転を止める事なく、フルグナの内部を切り裂き、貫通させた。


 セオドアは地面に激しく転がり出て、体勢を立て直し、斧を構える。


「坊主……無茶しやがるぜ……」


 ザガンがセオドアの戦闘を見て笑みを浮かべる。


 フルグナは一瞬全ての触腕をブルッと震わせると崩れ落ちるようにうねりを止め、その巨体を地に伏せた。


「はぁ......はぁ......」


 あたりが静まり返り、セオドアの荒い呼吸だけが聞こえていた。


 第四階層《毒牙の谷》――フロアボス《濁煙魔蛸フルグナ》、討伐。


 次第に毒の霧が晴れていく。


 セオドアとザガンが目が合い、互いに疲弊した笑みを浮かべた。


 だが、その勝利の余韻は、一瞬でかき消された。


 ゴォオオォォオ……。


 地の底から響くような咆哮。


 ミノタウロスのものだった。


 空気が震える。瘴気の残滓がざわめき、石の天井が微かに揺れた。


 咆哮を聞いたふたりは再び顔を見合わせる。


「……まずいな。あの牛野郎、近づいてる」


「あのミノタウルス......第四階層に戻ってきているんですね......」


 息つく間もなく、逃走の決断が迫られる。


「とにかく、第五層へおりるぞ!」


「第五階層!?」


 セオドアはザガンの言葉に驚いて声を上げる。


「説明している暇はねぇ!今あいつと遭遇するわけにはいかねぇ!」


 ザガンがセオドアにそう告げるとセオドアは力強く頷いた


 セオドアはザガンの腕を自分の肩に回し、再び歩き出す。


 フルグナが陣取っていた場所には更に下へと続く階段が見てとれた。


 第四階層――毒牙の谷を後にし、ルーメンベルダンジョン、迷鐘の洞の人が到達される限界の階層へと向かっていく。


 焦げた瘴気の残り香が漂う谷底を、セオドアはザガンの身体を支えながら歩く。


 ザガンの片足は血で染まり、歩を進めるたびに苦痛のうめきが漏れる。だがそれでも、背筋を伸ばして進もうとする姿に、セオドアは歯を食いしばって力を込めた。


「……僕を背負って、第四階層を無理やり進むなんて無茶しますね、ザガンさん」


「無茶はお互い様だろ......隠れてあのミノタウルスをやり過ごす事も考えたが、俺たちは血を流しすぎてる」


 セオドアはザガン、そして自分の流血している傷口に目をやる。


「隠れても血の匂いで気づかれる......」


 セオドアが呟くとザガンは力のない笑みを浮かべる。


「そういうこった......それでもこんなボロボロで第五層に入るのも自殺行為なのは変わりないだろうがな......」


「あのミノタウルスと対峙するより、第五階層に入った方がマシって事ですね......」


「あぁ、だがこれは逆にチャンスでもある......」


「チャンス?」


 セオドアは首を傾げる。


「考えてもみろ......普段は第五階層の最奥を守ってる筈のフロアボスが今は俺たちの後ろにいる......」


「つまり......僕達はあるかどうかもわからない第六階層への道を守護者であるミノタウルスがいないうちに通ってしまおうって事ですか?」


 セオドアの答えにザガンは笑みを浮かべた。


「ご名答だ」


 セオドアは顔を引き攣らせる。


「無茶苦茶ですね......第四階層の攻略適正はゴールドランク......第五階層はプラチナランク以上が適正という話ではなかったですか?」


「そうだな......まさか......今更自分はゴールドランクだから五階層には行けませんってか?」


「この緊急事態にそんな事は言ってられませんが、プラチナランクのモンスターは対峙したことがないので......」


 セオドアの返答にザガンは呆れた様にため息をつく。


「あのミノタウルスと対峙して命があって、俺とも互角にやり合いやがった......お前の実力はプラチナランク以上なのは確かだろうが」


「そうなんですかね......」


 ふたりの間に冗談はない。だが、その言葉にはどこか安堵の色もあった。


 だが――


 ゴォオオォォオ……


 再び響いた、地鳴りのような咆哮。


 重苦しい空気が谷底全体を圧し潰す。残った瘴気がざわめき、耳鳴りと震えがセオドアの全身を貫いた。


「さっきよりも近い……!」


 セオドアが背後を振り返る。


 後ろから微かに石が落ちる音が聞こえた。奴は間違いなく、こちらへ向かってきている。


「間に合わねぇ。逃げるぞ」


 セオドアの肩に手を置き、ザガンが言った。


 セオドアは頷き、歩調を速める。


 ごつごつとした石段は苔むし、瘴気すら降りていない。


 セオドアはごくりと喉を鳴らし、ザガンに問う。


「ザガンさん……この先に、道はあるんですか?」


「ああ……歴代のクロー・リングのメンバーが調査していた。記録は残ってるが、踏破した者はいねぇ。第五階層ばっかりは危ねぇってベルザさんも情報市に情報は流してねぇ」


 その目は真剣で、過去の重みを背負っていた。


「そして……ミノタウルスとの遭遇を避ける為以外に第五階層を進もうとしている理由がもう一つある......」


「ミノタウルスとの遭遇を避ける以外に......?」


「あぁ......ミノタウルスを倒す為のな」


「あのミノタウルスを倒せる策があるのですか?」


「あぁ......言っても頼みの綱は噂程度の話だがな......」


「噂......って......もしかして......」


「あぁ......250年前の勇者の装備。今もこの迷宮の深層に眠ってるってな」


 セオドアは息を呑んだ。


「勇者の……!」


 セオドアの脳裏にはループした時に見たビジョンを思い出す。


 ミノタウルスと対峙して命を落とすハルトの最後の言葉。


『勇者の装備があれば......』


 セオドアの顔に冷や汗が流れる。


「本当にこのダンジョンに勇者の装備があるのですか!?」


「噂って言ったろ。250年前の魔王の出現と共に出現したこのルーメンベルのダンジョンが発見された時からある噂だ」


 セオドアはごくりと生唾を飲み込む。


「なんでも250年前の勇者が装備していた防具なんかと同じ見た目の装備を見たという冒険者がいたそうだ」


「見つけた冒険者がいた?その人は第五階層より下に行ったのでしょうか?見つけたのならなぜその冒険者は回収しなかったのでしょうか?」


「おいおいおい。そう興奮するなって、俺は知らねぇって言ってんだろ。あくまで噂だ」


「すいません......つい......」


「まぁ、その噂が頼みの綱なのは変わらねぇがな。あってもらわねぇと俺らはただただ袋小路に逃げ込んでいるだけだからな」


「勇者の装備というのは、それ程の物なのでしょうか?」


「勇者の装備は身につけるだけでも強大な力を授かるって話だ。俺か、セオドアが装備して戦えりゃあミノタウルスもあるいは......って話だ」


 ザガンの言葉にセオドアは目を見開いた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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