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 第十六話 命を背負う者【2/2】

 毒牙の谷の瘴気は、刻一刻と濃さを増していた。


 ザガンはセオドアを背負ったまま、第四階層の奥地へと足を進めていた。第三階層へ通じる道にはミノタウロスの瘴気が吹き込んでいる。戻ることは、すなわち死を意味していた。


 今やザガンの選択肢はひとつ。前へ進むしかなかった。


 瘴気の中、ぬめるような音が岩陰から響いた。ザガンの耳がピクリと反応する。


 次の瞬間、地を這うような気配が三方から迫る。


「またか……!」


 視界の先に現れたのは、三体の蛇型モンスター――《瘴蛇しょうじゃ》だった。皮膚には瘴気の毒胞子がびっしりと浮かび、赤くただれた瞳がこちらを睨みつけている。


 セオドアを庇いながらの戦闘。ザガンにとって不利なのは明らかだった。


 だが、彼は迷わない。


「坊主、少しばかり揺れるぞ。耐えとけよ……!」


 ザガンはマントでセオドアをしっかり固定し、双剣を引き抜いた。


 そして――疾駆する。


 一体目の《瘴蛇》が跳びかかる。その牙を紙一重で躱しながら、ザガンは右手の剣で蛇の頭部を裂く。返す左手で腹を穿ち、血飛沫が岩肌を染めた。


「次ッ!」


 二体目が後方から回り込んでくる。ザガンは毒の地面を滑るように踏み込むと、低く構えた双剣で胴を一閃。断末魔の呻きが谷に響いた。


 三体目は、他の二体とは異なる挙動を見せた。


 まるで知恵があるかのように、セオドアの存在を察知し、彼の背を狙って動いたのだ。


「ッ、てめぇ……!」


 ザガンは咄嗟にセオドアごと転がるように回避する。その背中を、瘴蛇の鋭い牙がかすめて通った。


 ザガンは肩に走った灼けるような痛みに眉を寄せたが、動きは止めない。


(かすり傷だ……問題ねぇ)


 呼吸を整え、ザガンは最後の一体に跳びかかる。


 真上から双剣を十字に振り下ろす――斬撃が《瘴蛇》の首元を深々と裂いた。


 モンスターが絶命するよりも早く、ザガンはセオドアを背負い直し、再び走り出す。


「こんな場所で立ち止まってるヒマはねぇ……!」


 その目に宿るのは、もはや迷いのない光だった。


 セオドアを生かす――その目的だけが、ザガンの全身を突き動かしていた。


 


 やがて谷の瘴気がやや薄まり、湿った空気の流れが変化していることに気づく。


 瘴気の中心地を抜けつつあるのか、それとも──


 ザガンは岩壁の陰から見える先を睨む。


 霧のような瘴気の向こうに、歪なシルエットが浮かんでいた。


 まるで大樹の根が絡み合ったような、奇怪な形状の建造物。


 その中心には、黒曜石のような巨大な石柱が聳え立っている。


「……第四階層の、最奥か......」


 ザガンは息を殺し、その場に立ち止まった。


 瘴気はここで一段と濃くなっている。この層の主――フロアボスの“住処”だ。


 その先に進めば、戦闘は避けられない。


 セオドアはまだ意識が戻っていない。


 後ろには暴力の権化......


 それでも──


「逃げ道は、ねぇな」


 ザガンはセオドアの顔を見やり、小さく笑った。


「だったら――ぶち抜くしかねぇ」


 その声は静かだったが、確かな闘志を帯びていた。


 黒い瘴気が渦巻く中、ザガンはその只中へと、足を踏み入れた。


 ザガンの足取りは重い。背中のセオドアの体温は戻りつつあるが、まだ意識は戻らない。


 視界の先に、谷の瘴気が渦巻く異様な空間が広がっていた。


 空気がぬるりと肌にまとわりつき、腐臭と金属のような臭いが混ざって鼻腔を突く。


 そして、瘴気の中心──


 それは、そこにいた。


「……蛸野郎のお出ましだな......」


 岩場に鎮座していたのは、蛸に似た魔物だった。


 全長は四メートルを超え、くすんだ紫色の皮膚は腐肉のように脈動し、不気味に蠢いている。八本の足が岩を這い、吸盤には無数の鋭い針のような突起が並ぶ。


 丸く肥大した胴体から、管状の口がゆらゆらと揺れている。そこから放たれるのは──猛毒の霧。


「《濁煙魔蛸フルグナ》......」


 瘴気に紛れていたその巨体が、ゆらりと動き出す。紫煙を吐き出しながら、ザガンへと視線を向けた。


 次の瞬間、ドゴッという爆音と共に、足場の地面が裂けた。


「っぱ、速ぇな!」


 四本の触腕が地面を砕きながら襲いかかってくる。ザガンは素早く身を翻し、背負うセオドアに衝撃が伝わらぬよう、飛ぶように後退した。


 だが、退いた先にも──毒の霧。


「畜生……!」


 ザガンは腰の薬瓶を手に取り、布を浸して口元を覆う。


「耐えきるしかねぇ……!」


 触腕の一本が鞭のようにしなり、ザガンに襲いかかる。


 ザガンは地を滑るように間一髪で回避すると、背から双剣を引き抜いた。


「《影爪穿断》……!」


 闇を裂くように、ザガンの一撃がフルグナの足を掠め、切り裂く。だが──


「……硬ぇな……!」


 甲殻のような皮膚に、浅く傷が走っただけだった。


 直後、胴体の中央部がぱっくりと裂け、大量の瘴気を撒き散らす。


 毒霧の濃度が跳ね上がり、視界が一瞬で紫に染まる。


「──くっ!」


 ザガンの体にじわじわと痺れが広がっていく。足の感覚が鈍くなる。思考にも霞がかかる。


 だが──ここで倒れるわけにはいかない。


 ザガンは自らの頬を叩いた。


 闇の中を駆ける。


 敵の視線の死角を縫い、逆脚を踏み台に一気に跳躍。


「──てめぇ、まずは一本貰うぜ!」


 ザガンの双剣が十字に閃き、一本の触腕が切り落とされる。断面から異臭を放つ体液が噴き出すが、ザガンは構わず突き進む。


 だが、直後に他の触腕が反撃してきた。空気を裂く音と共に、その一本が岩場を粉砕する。


 爆音と共に岩屑が舞い、衝撃波でザガンは吹き飛ばされた。


 転がるように着地したザガンの背中では、セオドアが呻き声を上げた。


「……すまねぇ、今すぐ終わらせる」


 フルグナが再び霧を纏い始める。動きが鈍くなったザガンに向けて、猛毒の吹きつけ攻撃。


 その時──ザガンの目が光を宿す。


「……全力だ......」


 ザガンは短く息を吸い、全身の筋肉に力を込める。


 《影爪穿断・連牙》


 瞬間、ザガンの姿が幾重にもぶれた。残像が影のように周囲を巡り──フルグナの胴体を縦横無尽に切り刻む。


 触腕が暴れ狂い、周囲を薙ぎ払うが──


「……これで終いだッ!!」


 ザガンはフルグナの管状の口へと飛び込み、双剣を突き立てた。


 魔蛸が痙攣し、盛大な紫煙を噴き上げる。そして、ぶるりと震えたかと思われたが、次の瞬間にはフルグナの触腕が鋭くザガンに向かって伸びた。


「く......!」


 ザガンは双剣を盾に構えるが、押し切られて吹き飛ばされる。


 衝撃でセオドアとザガンを結んでいたマントが解け、セオドアとザガンが離れ離れになる。


「坊主......っ!」


 ザガンは激しく壁に打ち付けられる。


「ぐぁ......!」


 ザガンはそのまま地面に倒れ込む。


 セオドアも地面に転がる。


 ザガンは限界の身体は限界を迎えていた。


(くそ......もう......指もまともに動かせねぇ......)


 フルグナは触腕を2本とも天井へと振りかぶる。


 ザガンは立ち上がることもできずに諦めた様に目を瞑った。


「ちくしょう......!」


 その時。


 激しい炎が巻き起こった様に周りを明るく照らす。


 鋭く空を切り裂く音が聞こえて、ザガンは目を開ける。


 そこには火の粉を巻き上げながら、炎の様な魔力を纏う人物の姿があった。



「へっ......わりぃな......起こしちまったか?」


 ザガンが苦痛に顔を歪めながら笑みを浮かべる。


「お待たせしてすいません!あとは引き継ぎます......!」


 セオドアが斧をフルグナの触腕を切り裂き、ザガンの前に佇んでいた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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