第五話 刻む思い【2/2】
伐採場に着いたセオドアは元通りになっている仕事場を見ても、嫌な顔一つ浮かべなかった。
「よし!やるか!」
木に斧を振るい、汗を流して木を倒していく。斧が木を叩く音に感傷に浸る気分になる。
しばらく作業を進めて、ループで同じ作業を繰り返していた事もあり、同じ作業でもすぐに終わらせる事ができた。
太陽を見上げると真上に登るまではまだまだ時間がありそうであった。
「よし、こんなもんか!」
セオドアは片付けをすぐに済ませて荷物をまとめて鞄からトマトを取り出した。
「今回はおいしく頂かせて頂きますね」
セオドアはトマトを齧り伐採場から離れようとした時にセオドアはふと振り返り、まじまじと作業場を見た。
両親が亡くなってから木こりの仲間たちと一緒に汗水を流して働いた場所を名残り惜しそうに見たセオドアは深呼吸をして、後にした。
セオドアは駆け足で村に寄らずに村外れの石碑のある街道へと向かった。
道中、石碑を運び終えたルーカスとベンジャミン達に遭遇しそうになり、そっと木陰に隠れる。
一仕事を終えた石工達はセオドアに気付かずに通り過ぎて行く。その場を見つからずにやり過ごしたセオドアは石碑へと駆けた。
石碑のある街道についたセオドアは魔法陣の確認をするエルダを見つけた。
「エルダさん、今ちょっといいですか?」
セオドアはエルダに声をかける。
「駄目。今は忙しいのよ。見てわからない?」
セオドアの方に視線も向けずに素っ気ない態度を取る。相変わらずのエルダに逆に安心感さえ感じる。
セオドアはこれまで得たタイムループの情報をエルダに事細かに説明する。
「ーーだから今回はキノコにバツを描いた絵を石碑に刻もうかと思うんです」
セオドアが話終えエルダの様子を見ると今までにない程に我慢ならない様子で貧乏ゆすりをしている。
「エ、エルダさん?」
「なっがいのよあんた!!」
「え?あ、ごめんなさい」
「こっちは魔法の付与で忙しいってのに厄介な話を持ってきた上にベラベラと!」
エルダは憤慨したように立ち上がり地団駄を踏む。ひとしきり怒りを撒き散らしたのか、呼吸を整えると顔にかかった髪を払いのける。
「それで?今聞いた感じじゃ、あんたが遺書を残して死んだらそいつに警告できそうなのでしょ?私必要なさそうですけど!?」
「エルダさん……僕が死ぬって言ってるんですよ?結構酷い事言ってるのわかってます?」
エルダの他人行事に若干の悲しさを感じて肩を落とす。
「前回のループでの私があなたに手を貸したのかもしれないけど、今の時点で私がそこまでする義理はないのよ!まだ奢って貰ってもないわけだし!?」
「まぁ、それは祭りまで待ってくださいよ……」
「ったく、それで?要件を早く言いなさいよ?」
「実はお願いしたい事がありまして……」
セオドアはエルダに今回のお願い事を話した。エルダはセオドアのお願い事を聞くうちに目を丸くさせた。
「ーーあんた正気!?」
「何日も同じ日を繰り返してるんで、もう正気かどうかは怪しいもんですよ」
セオドアはそう言って、照れくさそうに頭を掻く。
「それで……エルダさんなら可能ですか?」
セオドアがそう尋ねるとエルダは必死に考え込むように手を顎に当てる。エルダは考えながらもセオドアを睨みつける。
「あんたねぇ……まったく!……できなくもない……筈よ!けど!どうなっても私は責任取らないわよ!」
エルダの返答にセオドアはヘラっとした笑みを浮かべる。
「責任も何も失敗した時は僕が死ぬだけですから」
そんな様子のセオドアに更に眉を吊り上げたエルダであったが、根負けしたと言った様子でため息をつく。
「わかったわよ!せっかくの祭りでいい気分でお酒にありつけると思ってたのにこんな厄介事を押し付けられるだなんて!」
「ありがとうございます……エルダさん」
セオドアは深くエルダに頭を下げる。
「わかったから!もうどっか行きなさい!私は石碑の準備もあるんだから!邪魔よ!」
エルダはセオドアにあっちに行けと言わんばかりに手を振って見せた。
「はい!よろしくお願いします!エルダさん!」
セオドアは笑顔でそういうと村に向かって駆け出す。
石碑から離れてしばらくして、セオドアが太陽を見上げると、それはすっかり真上に昇っていた。
村に帰るとすっかり村は祭りの準備を終えており、盛り上がりを見せていた。
辺りを見渡すと既に何かしらの出店で買い込んだであろう菓子を抱えるベンジャミンの姿があった。
「セオドアー!こっちこっち!」
セオドアに気付いたベンジャミンは嬉しそうに手を振り駆け寄る。
ベンジャミンと合流したセオドアはベンジャミンが嬉しそうにビスケットを見せる姿に心が落ち着くような安堵感を得た。
しばらく話すと村外れの石碑にエルダが魔法を付与する為、石碑へと移動を始める。
「魔法が使えたら俺とセオドアで冒険者にでもなって、あちこち旅すれば楽しいだろうなー」
エルダの魔法を羨ましがるようにベンジャミンは子供のような願望を口にする。セオドアはその言葉に一瞬口を噤んだ。
「ベンジャミンと旅に出られたら楽しいだろうな。冒険者になっていろんな所を冒険して、モンスターと戦ったり、お宝を見つけたり、仲間なんかも増えてさ……」
セオドアがそういうとベンジャミンも嬉しそうに微笑んだ。
「絶対楽しいよな!」
セオドアはベンジャミンに同意するように笑顔で頷いた。
「そうだな」
しばらく二人で移動する村人について歩いて行くと村外れの石碑へと到着した。
今までのループと変わりなく村長の話が終えるとエルダが石碑に魔法を付与し、村人達が称賛する。
ベンジャミンの野次にエルダは怒りそれに村人達が笑いでどっと沸く。
そんな中エルダはセオドアの方をチラリと見る。エルダはムッとする表情を浮かべる。それにセオドアは無言で頷いて反応した。
村に戻るとベンジャミンと出店を周り、日が暮れると食事と音楽を楽しんだ。
一息ついたところでエルダが一人で机に酒を並べているのを見つけた。
前に見た時と比べて大人しく飲んでいる様子であった。エルダに近づくと店主がセオドアに話しかける。
「……セオドア。エルダがお前の奢りだって言って酒を頼んでるがいいのか?」
心配そうな店主にセオドアは明るく答える。
「はい。大丈夫ですよ」
「そうか。わかった。エルダは魔除けもやってくれたし安くしとくからな」
「ありがとうございます」
店主の心配を解いた事でセオドアはエルダの席に座る。
「エルダさん」
セオドアを見るなり、エルダは嫌そうな表情を浮かべる。
「きたわね……」
セオドアは卓上に置かれた酒があまり進んでいないのを見る。前回は奢りだと浴びるように飲んでいたのに。
「今日はあまり飲んでいないんですね」
セオドアの言葉にエルダはギロリと睨みつける。
「誰のせいだと思ってるのよ……!」
怒られると思ったセオドアは急いで視線を外し本題に入ろうとする。
「すいません。それでーー」
「はい。これよ」
エルダは一本の小瓶を取り出した。セオドアは徐に小瓶を手に取ろうとするとエルダはセオドアから遠ざけるように小瓶を手に持つ。
「いい?私は保証はできないからね!自分の腕を保証できないのは私が保証してるんだから!」
かなり遠回しの言い方だが自信がないから私に責任はないと言い張っている。
「エルダさんは自分のことを過小評価し過ぎですよ。それに言ったじゃないですか。ダメなら、また僕がやり直させられるだけですから」
セオドアのタイムループ自虐にエルダは眉を顰める。
「ったく!こっちはループを認識できてないんだから蓋を開けてみるまで成功かどうかわからないのよ!こっちの身にもなりなさいっての!」
エルダはそういってセオドアに小瓶を乱暴に放り投げた。焦ったようにセオドアが受け取る。
「危ないですって!それで……これはどうしたら?」
「あんたが計画を実行する前に飲むだけよ。そのあとは成功を祈ってただ死ぬだけよ」
素っ気なく言い放つエルダであったが流石にセオドアも彼女の性格慣れてきた。
「わかりました。本当にありがとうございます。僕が出会った中でエルダさんが一番の魔法使いです」
そう言ってセオドアは小瓶を鞄にしまう。
「あんたそれ嫌味?私の他に魔法使い見たことないでしょ、田舎者の癖に!」
そんなやり取りの中、ベンジャミンがエルダとセオドアの間に割って入った。
「おい、お前らいつのまに仲良くなったんだ!」
ベンジャミンの揶揄いにエルダは一気に顔を歪ませる。
「はぁ?仲良くなんかなってないわよ!」
エルダの態度の悪さにベンジャミンは面を食らったような顔でセオドアを見ると耳打ちするように肩に手を置いた。
「あー……セオドア。お前、ああいうのがタイプなのか?いくら村に若い女が少ないとは言えまさかエルダを口説くとは……」
「そう?エルダさんはいい人だよ」
そんなやり取りに嫌気がさしたのかエルダがガタリと勢いよく立ち上がる。
「もううるさいガキンチョ共!さっさと散れ!」
セオドアとベンジャミンは逃げろと言わんばかりにその場を後にする。踊りや音楽をひとしきり楽しんだ後は祭りの目玉である酒盛り大会が始まった。
今回は大人しく飲んでいた事もあってか酒盛り大会が始まるとルーカスとエルダの一騎打ちはエルダの圧勝で優勝した。
祭りの最高潮も迎えた後は段々と落ち着きを取り戻していく。
会場で座って見ていたベンジャミンが酒盛り大会の感想を述べる。
「まさかエルダが父さんに勝つとはなー!」
そんなベンジャミンを横目にセオドアは鞄から小瓶を取り出すと一気に飲み干す。苦味が口に広がる中、セオドアは小瓶をベンジャミンに見えない様に投げ捨てる。
「なぁベンジャミン」
唐突にセオドアはベンジャミンに呼びかけた。
「ん?どうした?」
「祭り……楽しかったな」
どこか遠い目をするセオドアにベンジャミンは違和感を感じながらも返事をする。
「あぁ、そうだな!何だよ急に!」
ベンジャミンは少し気味悪がる様に引き攣った笑みを浮かべる。
「僕、最後にちゃんと楽しめてよかったよ」
セオドアの言葉にベンジャミンは顔を顰める。
「あぁ?最後?何いってんだよ。祭りは毎年やってんだろ?」
ベンジャミンが呆れた様に頬杖をつくと。急にセオドアがすくりと立ち上がった。
「ベンジャミンがいたから毎日楽しかった」
「え、気持ち悪いなセオドア!本当にどうしちまった……」
横で立ち上がったセオドアを見上げようとした時、視界にセオドアの口元から何かが落ちるのが見てとれた。
「おい、何か落ちたぞセオドア……」
落ちた物をよく見るとそこには赤く特徴的な白い斑点のあるキノコが半分齧られた物が地面に転がっていた。
「ん、キノコ?これって……レッドデスキャップ?」
ベンジャミンは「何でここに?」と言った様子でセオドアを見上げる。
「セオドア……?」
見上げたセオドアは何かを飲み込むように、喉を上下に動かした。
「今までありがとうベンジャミン。ごめんな」
セオドアの言葉とは裏腹にセオドアがしでかした事にベンジャミンは気付く。
「お前まさかっ……!?」
ベンジャミンが気付いたところで、セオドアはふらついて、その場に膝をつく。毒の症状が現れた事にベンジャミンは大声をあげた。
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