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 第十話 沼地の主【2/2】

 第二階層《滴る迷路》――踏破。


 ブックメーカーの面々は、ラド・モーラの素材をできる限り剥ぎ取り、荷をまとめると、地上への帰還を開始した。


 足取りは重い。消耗と疲労が全身にのしかかっていたが、それでも皆の顔には安堵の表情が浮かんでいた。


 地上に出た時にはすっかり夕暮れで、空気は湿り気を帯びながらも澄んでいた。


「……戻ったぞ」


 ドランの言葉に、皆が小さく頷く。


「皆さん......お疲れ様でした」


 セオドアの言葉にノエルとフィオナがその場にへたり込む。


「ふぁ〜!疲れたよ〜!!」


「本当ね〜」


 緊張感の溶けた、セオドア達は警戒を解き、重い足取りで、ギルドへと歩き始める。


 街冒険者ギルドのカウンターへと向かった一行を出迎えたのは、変わらぬ無表情の受付嬢・ミュレナだった。


「受付時間ギリギリに何の様ですか?」


 ミュレナは無表情ながらも眉を吊り上げている。


「す、すいません。すぐに済ませますから......」


 事務的な手付きで書類を差し出すと、セオドアはそれを受け取り、仲間たちとともに報告を進める。


 提出した素材、討伐記録。そしてセオドアはカバンから一冊の手帳を取り出した。


「何ですか、これは?」


「……これは、第二階層の水路で拾った冒険者の手帳です」


 ミュレナは明らかに面倒そうなため息をつくと手帳を手に取り、中を確認する。


 ミュレナの手が止まる。


「これは......」


 ミュレナは静かに本をカウンターに置く。すると、深く息を吸い込むと勢いよくカウンターを手で叩きつけた。


 驚いたセオドア達は、目を丸くさせる。


「ミュ、ミュレナさん......?」


 セオドアの声掛けにミュレナは鋭い眼差しを向ける。


「おめでとうございます......」


「え?」


「お陰様で私の残業が確定しました」


 ミュレナは無表情でお辞儀をする。


「少々お待ちください。今、ギルド長に報告してきます」


 彼女はすぐにカウンターの奥へと消えていった。


「ミュレナ、無茶苦茶キレてたわね......」


「後で刺されたりしませんか......?」


 顔を引き攣らせるセオドアにノエルが肩に手を置いた。


「夜道には気をつけるんだよ、セオドアくん」


「いやいや!何で僕だけなんですか!みんなで提出したんですからね!」


 しばらくすると野太い女性の声が響いた。


「よぉ、話は聞いたぜ」


 現れたのは、ギルド長・ヴェロニカ・ストラーダだった。屈託ない笑みを浮かべながらも、その目は鋭い。


「第二階層の踏破なんて珍しいこっちゃねぇが、これは違う」


 ヴェロニカは手帳をちらつかせた。


「ギルド長室に来い。話を聞こうじゃないか」


 セオドア達はギルド長室に通される。


 ヴェロニカは椅子にドカリと座ると、手帳を開く。しばし沈黙した後に唸るように言った。


「……“知性を持つモンスターとの接触”……か......お前ら、これをどこで?」


「第二階層に水路の中に落ちていました」


「第二階層......という事は手帳の持ち主は第五階層のフロアボスを見つけて対峙したが、勝てずに撤退。この手帳を落としたってことか......」


「僕もそう考えています」


「しかし、こんな報告は受けた事はねぇな......」


「つまり......手帳の持ち主は地上に戻る事なく......」


「そういう事だろうな。このルーメンベルのダンジョンが出現してから250年間未だに第五階層のフロアボスを倒した冒険者はいない」


「250年間で一度もですか......?」


「あぁ。フロアボスに遭遇する事すら、難しいって事だ。俺が現役の頃も第五階層に挑戦したが、フロアボスと思われるモンスターと遭遇する事ができたが、この様さね」


 ヴェロニカは鉄の義手を振ってみせる。


 それにセオドア達はごくりと生唾を飲み込んだ。


「ギルド長はこの手帳にあるブルーというモンスターには遭遇した事はないんですか?」


「あぁ。遭遇した事も聞いた事もねぇ」


「第五階層は未だに謎が多い。高ランクの冒険者でも潜ったっきり消息不明になるのも珍しくもねぇフロアだ」


 ヴェロニカはそう言うと遠い目で窓の外から見えるグランベルを眺める。


「現状、第五階層のフロアボスと対峙して生き残ってるのは俺かベルザくらいだ」


 ヴェロニカの言葉にセオドア達は顔を見合わせる。


「ベルザって......クローリングのクランマスター......」


「あぁ。何度も第五階層でフロアボスと対峙して生き残ってるのはあいつくらいなもんさ」


「あのクラマスそんなすごい人だったのね......」


 フィオナが真剣な表情で呟く。


「あぁ奴はルーメンベルのダンジョン“迷鐘の洞”の攻略においてアストニア王国で随一と言っていいだろう」


 ヴェロニカがそう言うとフィオナが疑問を持った表情を浮かべる。


「ちょっと待ってよ。ベルザってあのクロー・リングって大きなクランを持っているんでしょ?他のメンバーもフロアボスと戦っているんじゃないの?」


 その言葉に先ほどまでの豪快なヴェロニカの様子は消え、神妙な面持ちとなる。


「あぁ、前回の攻略の際にベルザ以外のトップメンバーは全滅した」


 ヴェロニカの言葉に一同は息を呑んだ。


 セオドアはザガンの言葉を思い出す。


『あの人は何度も挑んで何度も仲間や大事なものを失っている......俺がクラン入りしてから副クランリーダーとなった今でも俺が成長するまで、五階層のフロアボス攻略を待ってくれている......』


「ザガンさんが言っていたのはそう言う事だったんですか......」


 ギルド長室には重い空気の中、沈黙が流れる。


「何にしろ。お前らが持ち帰ったこの情報は有益だ。ギルドの方でも情報を公開するが、異論はないか?」


「えぇ。この情報で誰かが救われるのなら」


 セオドアはまっすぐとヴェロニカかを見据えて堪える。


「助かるよ。ベルザにもこの件について何か知らないか尋ねてみる。何かわかったらお前らにも伝える。今日のところはご苦労だったな」


「わかりました。失礼します」


 セオドア達はヴェロニカに一礼し、ギルド長室を後にした。


 そして最後に、手帳を見下ろしながら、呟いた。


「──願わくば、こいつの“声”が、無駄にならないことを祈るさ」


 夕暮れのギルドに、ひとつの謎が落とされた。


 その答えを求め、次の扉が、いま開かれようとしていた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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