第五話 刻む思い【1/2】
ーー自分から死んだらどうなるんだ……
最悪の思いつきであったが、セオドアは突き動かされていた。
セオドアは紙にペンを走らせながら涙を浮かべた。
自分で思いついた最悪の案。
遺言として書き込むとなんて非道な事をしようとしているかを改めて知らしめられる。
「死にたくないよ……何で僕が……何でこんな事になったんだよ……僕……何か悪い事したかな……?」
セオドアは遺言を抱き抱えながらその場に蹲り、幼子の様に泣き声をあげ上げた。
しばらくして落ち着いたセオドアは決心したように涙を拭う。
「死なない為に死ぬんだ……!やってやる……!」
セオドアはできるだけの身辺整理を行うと外に出る。
村の方からは祭りが始まり賑やかな喧騒が聞こえる。村の方へと歩みを進めようと一歩踏み出すも、村人の顔を見たら……
ベンジャミンの顔を見たら決意が揺らいでしまいそうな……気がして、村の中心とは逆の方へと足を向けた。
少し離れた林の中に入るとセオドアは何かを探すようにあたりを見渡す。
「あった……」
セオドアが雑草をかき分けて見つけた物は赤く特徴的な白い斑点のある傘を持つキノコ。
「レッドデスキャップ……まさか、自分から食べる事になるとはね」
力ない苦笑いを浮かべたセオドアは大事そうにレッドデスキャップを抱えながらまた自宅へと戻っていく。
自宅に戻るとレッドデスキャップを見つめながら冷や汗を流す。
「くそっ……!こいつの毒はもう何回も体験してるだろ……!」
またあの嘔吐や吐血……身体が冷たくなっていく感覚を思い出すと、キノコを持つ手が震える。
セオドアは動悸で短く激しい呼吸を荒々しく繰り返し自分を鼓舞する。
「よしっ……!」
セオドアがキノコいよいよ口に入れようとした時、不意に自宅の扉が開け放たれた。
「セオドアー!みんなもう石碑の方に行っちまったぞー……」
セオドアが驚いて振り向いた先にはベンジャミンがいた。一瞬ベンジャミンと目が合う。
ベンジャミンもセオドアが何をしようとしているのかわからないのかピタリと動きを止める。
ベンジャミンはセオドアが赤く特徴的な白い斑点を持つキノコを今まさに口に入れようとしている光景を見る。
「何やってんだ!!!セオドア!!!!!」
ベンジャミンはようやくセオドアが何をしようとしているのかに気づく。セオドアを止めようと鬼気迫る勢いで飛びかかった。
「ごめん!ベンジャミン……!」
セオドアはベンジャミンが飛びつく前にレッドデスキャップを齧りとる。ベンジャミンの顔から一気に血の気が引くのが一瞬にしてわかった。
「馬鹿!!!!出せよ!!!吐き出せ!!!セオドア!!!!」
ベンジャミンはセオドアに馬乗りになる形で押し倒すとセオドアの口をこじ開けようとする。
セオドアも吐き出させまいと必死に抵抗する。そして噛み砕く事もなくセオドアは口の中に入れたキノコを飲み込んだ。
その光景にベンジャミンはセオドアの胸ぐらを掴み上げる。
「何やってんだよ!!!!お前っ!それレッドデスキャップだろ!?」
ベンジャミンはどうにか吐き出させようとセオドアの口に指を入れようとする。
「早く吐き出せよ!!死ぬぞお前!!!!」
セオドアも激しく抵抗しながら、涙があふれてきた。
「ごめん!ごめんよ……!ベンジャミン!」
しばらく揉み合いになっているとセオドアは激しい眩暈を感じた。
セオドアは力いっぱいにベンジャミンを蹴り飛ばす。
ベンジャミンは少し仰け反り地面に手をついてまたセオドアに飛びかかろうとして視線を向けた時、セオドアは激しい嘔吐を始めた。
ベンジャミンはそれを見て凍りついた様に固まると力なく膝から崩れ落ちる。
「何で……?何でだよ……?なぁ……セオドア……」
ベンジャミンが消え入りそうな声でセオドアに尋ねる。吐しゃ物を拭いながらセオドアもベンジャミンに消え入りそうな声で謝罪する。
「ベンジャミン……ごめん。こうする他になかったんだ。色々僕なりに色々頑張ったんだよ……」
「わかんねぇよ!何が言いたいかまったくわかんねぇよ!……あれか!?エルダに振られたからか!?」
ベンジャミンの問いにセオドアは力無く笑みを浮かべる。
「違うよ。あの人は関係ない……うぐっ……!」
セオドアは大量血を吐き出す。ベンジャミンはセオドアの吐血に絶望した様に涙を流す。
「あ、あぁ……!セオドア!死なないでくれよ……!頼むから!俺を置いてくなよ!お前がいなくなったら俺はどうしたらいいんだよ……!」
「ベンジャミン……明るくて、君といるだけで楽しい気分になる……だから君は誰とだって仲良くできるよ……」
「馬鹿野郎!俺はお前といるから明るくいられるんだよ!お前といるから楽しいんだろ!」
セオドアは更に吐血した事により意識が遠のいていき、床に頭から倒れそうになる。ベンジャミンは急いで抱き支える。
「セオドア!あぁ……!あぁ……!
だ、誰か……誰かっ!!!!セオドアが死んじまうよ!!!!
誰でもいいから助けてくれよ!!!!」
ベンジャミンが家の外に叫ぶ。
冷たくなっていく自分の身体にベンジャミンの涙が落ちた箇所に熱を感じる。
「セオドア!セオドア!!!」
ベンジャミンの呼びかけがどんどんと遠のいていき、浅くなっていた呼吸がついに止まる。
脳裏に苔むした石碑のビジョンが現れる。その隣にはこれまでのビジョンになかったもう一つの石碑が建てられていた。
石碑にはセオドアが遺書に書き残した事と一言一句違わずに彫り込まれていた。
セオドアの思惑通りに石碑を建ててもらう事に成功し、ビジョンの男が現れるその時までレッドデスキャップへの忠告を残す事ができたのであった。
(未来に……メッセージを残す事ができた……これで……)
謎の男が現れ、魔除けの石碑と忠告の石碑に目を移す。
これでレッドデスキャップを食べる事を阻止できたと思ったの束の間ーー
ーー男はそばに生えていた赤く特徴的な白い斑点のあるキノコを抜き取り、口にするのであった。
(そんな!何で!?)
男はいつもの様に悶え苦しむ。
(絶対に忠告石碑を見たはずだ!死のうとしてわざと食べた感じではない!それなのに何で!!)
ビジョンに映る男は嘔吐と吐血を繰り返し、やがて息絶えたのであった。
ーーーー朝陽がセオドアの顔に差込み、鳥の囀りが聞こえる。目を開けたセオドアはゆっくりと起き上がる。
「わかった……ビジョンで見る男……あいつ……」
セオドアは大きくため息をついて、自分の結論を口にする。
「字が読めない」
セオドアは呆れた様に頭を掻く。
ヒルクレスト村はアストニア王国にあるのだが、アストニア王国周辺国でも共通言語としてもアルシェール語が用いられる。
その言語が通じない通じないとは思ってもみなかった。
「身なりもこの辺じゃ見たことのない服装だったし、やっぱり外国からの旅人だったのか……?
アルシェール語が通じなかったのだとしたら、キノコへの忠告の石碑を建てて貰っても、あいつがレッドデスキャップを食べてしまった事にも説明がつく……」
前回の決死の自死でもループした原因が「言語が通じなかった」というだけであったという理由に酷く面食らってしまった。
「まぁ、あいつの死の同期による死じゃなくてもループする事って事もわかった」
自死でもループが発動するというタイムループ自体のルールの様なものを段々と掴めてきた。
「タイムループは祭りの日の朝から祭りが終わってしばらくした真夜中まで……」
セオドアはわかっている情報を整理し始める。
「時間になると死の同期によって毒キノコの症状をあの男から僕に押し付けられる。
そうなってしまっては僕がどうしようとも死は免れず、ループの始まりに戻される……
ループの終わりにはあの男の死の間際のビジョンを見せられる。ループは僕が死の同期と関係のない死因で死んだ場合もループの始めに戻される……
現状わかっているタイムループのルールはこれくらいか」
セオドアはりんごと黒パンを食料袋から取り出す。
「タイムループを抜け出す為にはやはりビジョンに出てくるあの男の死を回避させる事だと思う。
おそらくはあの男がレッドデスキャップを食べるのは数十年先の未来の出来事。
男はアルシェール語がわからない。身なりも見慣れないしおそらくアルシェール語圏外からの旅人……」
セオドアはビジョンで見た、男の服装を思い出す。
全身黒で高そうな上着にズボンと言ったところであろうか?まぁ高い服だと都会に行けばああいう服装の人もいるのだろうか?
けれど国外の旅人にしては装備が見当たらなかったな。ヒルクレストの近くの他の村といっても歩いて一日以上かかる。
何の装備もなしで歩いていたから空腹に陥り、毒キノコを食べたのであれば納得が行く。
まったく……自分の生死を握るキーマンが無謀で無知な事につくづく呆れる。
「会ったらぶん殴ってやりたいよ」
セオドアは鼻を鳴らすとりんごと黒パンを食べる。食べ終えたセオドアは机の上を片付ける。
「まぁ、今回やる事は決まってるか……」
セオドアは机の上に紙とインク壷とペンを取り出す。机に向かってペンを走らせる。
「今回は石碑には文ではなく絵を残す!」
セオドアが描き上げた紙には斑点が特徴的なキノコに大きくバツ印をつけた絵が描かれていた。
「よし。我ながら上手く書けただろう……」
セオドアはそのまま別の紙を用意し、昨日同様に遺書を書き始める。
書き終えるとセオドアは紙をカバンにしまうと肩にかけ、用具入れから仕事道具の斧を取り出す。
外に出たセオドアは、空気を胸いっぱいに吸い込み、笑みを浮かべた。
「今日はやりたい事がたくさんあるな……」
セオドアは村まで少し早足で向かう。
パン屋のアグネスさんが朝から噂話に夢中になっていた。
その横を、元気いっぱいの少女リリーが駆け抜けていく。
「セオドアおはよう!今日は祭りだよー!」
「転んで怪我するなよー!」
忠告もむなしく、リリーは盛大に転倒。だがすぐに立ち上がって笑って「何でもない!」と手を振ってきた。
村の広場では、村長のジョージが大人たちに指示を飛ばし、祭りの準備に追われていた。
広場で幼馴染のベンジャミンを見つけ、声をかける。
「ベンジャミン、おはよう!」
「セオドア!昼には仕事終わるんだろ?」
ベンジャミンの顔を見て昨日セオドアの自死を目の当たりにしたベンジャミンの様子を思い出す。
謝罪して抱きつきたくなる衝動に駆られたが、ぐっと堪えて懐かしくも感じるループ初日と同じ会話をする。
石工の親方であるルーカスが声をかけ、ベンジャミンは慌てて駆けていった。セオドアも斧を担ぎ、森へと向かう。
村を抜けると、畑のロバートさんが作物に話しかけていた。
「今日もいい艶だねー。お、君はもう少し大きくならなければならないぞー」
「ロバートさん!おはようございます!」
「おや、セオドア。祭りの日も仕事かい?」
「はい。ロバートさんこそ!」
「いやいや、もうこれは私の趣味みたいなもんだよ!それに今日はこのトマトさんが、とてもいい艶をしているのだ。なんせーー」
ロバートは自慢の野菜達について語り始め、セオドアは笑顔でロバートの話を聞く。
「ーーそれでこの子は……っとすまんすまん。家内と違ってセオドアは私の話をいつも聞いてくれるからついつい長話をしてしまったな。
よかったら、今朝取れたトマトさんだ。仕事の合間にでも食べてやっておくれ。話を聞いてくれたお礼だよ」
「ありがとございます、ロバートさん。有難く頂戴しますね!」
「あぁ、頑張ってな!」
笑顔でトマトを受け取り、セオドアは森の作業場へと向かった。
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